92話:羽ばたき飛行機械
「う、うおお……」
突如目の前に広がった光景に、俺は驚愕の声を漏らしてしまった。
足元の床や周囲の壁がすべて透けて見えていて、飛空艇の全方位が視認できる状態だ。
さらに驚いたことに、俺の周りにいるノルンちゃんやチキちゃんたちまでもが、半透明になっていて向こう側が透けて見える。
どういう原理なのかさっぱりわからないが、乗り物を操縦するにはこれほど便利なことはないだろう。
「コウジ様、ご自分の全方位の視界が半透明になって見えているかと思いますが、いかがですか?」
「はい。全部透けて見えてます。すごいですね……」
「では、そのまま飛空艇が真上に浮かび上がるように意識し続けてください」
「えっと……もし俺が失敗しちゃったら、墜落するようなことには……」
「大丈夫です。私が常に操縦をサポートしますので。万が一の場合には、私が操縦を代わります」
「わかりました!」
それなら安心と、飛空艇が浮かぶことを意識し続ける。
すると、ぐぐっと飛空艇全体が振動した。
一拍置いて、空けている周囲の景色がゆっくりと上昇し始める。
「おおっ、コウジさん、飛びました! 飛びましたよ!」
「飛んだね! やった!」
飛空艇がゆっくりと、空に向かって上昇し続ける。
一緒に乗船している街の人たちも、おー、と歓声を上げた。
「す、すごい……どういう原理なんだろ、これ」
それまで黙って俺たちのやり取りを見ていたポンスケ君が、割れている窓に駆け寄って外を覗く。
上昇に合わせて風が吹き込んできていて、彼の髪が大きく揺れた。
「あ、あの! この飛空艇の動力って、どうなってるんですかっ!?」
ポンスケ君に続いて窓に駆け寄ったリルちゃんが、髪をたなびかせながらミントさんに振り向く。
「街にある精霊発電機からの遠隔動力にて、胴体下部の飛翔装置を動作させています。この飛空艇内にも発電機はありますが、現在この飛空艇内には精霊があまりいないので、街からは遠く離れて飛ぶことはできません」
「精霊の力だけで飛んでいるんですか……」
信じられない、といった顔をしているリルちゃん。
マイアコットさんも窓に駆け寄り、「へー」と感心した様子だ。
マイアコットさんがミントさんに振り返る。
「飛空艇のてっぺんにあるプロペラは何なの?」
「あれは姿勢制御に用いられている、ということにはなっていますが、ほとんど飾りみたいなものですね」
「飾りだったんだ……」
「はい。この飛空艇は街の人々を乗せて遊覧飛行をしたり、イベントの時に垂れ幕を垂らして街の上で宣伝したりすることに用いられていました」
「遠くにお出かけできるような作りじゃないってこと?」
「はい。飛空艇内の発電機のみで飛行する場合、最高飛行速度は時速50キロメートルほどになります。限界高度は1万メートルです」
ミントさんの説明に、皆が「おおっ」と声を上げる。
飛行速度はともかくとして、高度1万メートルまで飛べるというのはすごい。
高度限界があるということは、飛翔装置は酸素を必要としているということだろうか。
「すっごいなぁ。羽ばたき飛行機械じゃ、そんな高くは飛べないよ」
「あっ」
ポンスケ君の言葉に、俺ははっとして声を上げた。
「マイアコットさん。前に羽ばたき飛行機械を見せてくれるって言ってましたけど、あれってどうなりました?」
俺が聞くと、マイアコットさんはにっと笑った。
「えへへ。ちょうどいいタイミングかなって思って、飛行士に飛行指示を出しておいたよ。もうすぐ来るんじゃないかな」
マイアコットさんが言った時、バババ、という聞きなれない音が外から響いてきた。
俺がそちらに目を向ける。
透けている飛空艇の外壁の向こうから、3つの小さな物体が近づいてくるのが見えた。
真っ黒な煙を吐き出しながら、かなりの速度でそれらの物体が近づいてくる。
「おおっ! 何か飛んでくる!」
「えっ、どれ?」
チキちゃんが俺の見ている方へと目を向ける。
当然ながら、そこは壁だ。
「ちょっと待って……ええと、こうかな?」
俺は飛空艇を旋回させ、近づいてくる物体へと向けた。
すると、ブゥン、と軽快な音を響かせて、割れた窓の十メートルほど前を物体が通過して行った。
「おおっ、すごいですね! アニメで見た羽ばたき飛行機械とそっくり……げほっ、げっほ! えごふ!」
「けほ、けほ。す、すごい煙」
割れた窓から入り込んできた黒煙に、ノルンちゃんとチキちゃんが咳込む。
ノルンちゃんは窓から身を乗り出していたせいで、思いっきり煙を吸い込んでしまったようだ。
他の皆も、げほげほとむせ返りながらも窓から身を乗り出した。
周りにいる市民たちは口々に「久しぶりに見たな」とか「あれで長く飛べればねぇ」と話している。
「すごい速さで飛ぶんですね!」
俺が言うと、マイアコットさんは満足そうに頷いた。
「うん。博物館にあった設計図からそのまま作ったんだけど、すごい乗り物だよね」
「さっき誰かが『長く飛べれば』って話してるのが聞こえましたけど、どれくらいの間飛べるんですか?」
「最上級の石炭を使っても、5分ちょっとが限界だね。あと、体重制限があって、装備なしの状態で45キロまでの人しか操縦できないんだよ」
「45キロ? それって、女の人でも小柄で痩せ型な人じゃないと乗れないですよね?」
「人間だとそうだね。あと、部品がすごく貴重でさ。現存してるものって、あそこで飛んでる3機だけなんだ。操縦も難しくて危ないから、脱出するためのパラシュートが必須なんだよ」
どうやら、羽ばたき飛行機械はかなり危険な乗り物のようだ。
そのうえ5分しか飛べないとあっては、ちょっとそこまで、と普段使いの乗り物としては使えないな。
「あっ、戻ってきたよ!」
窓から眺めていたチキちゃんの叫びに、俺とマイアコットさんがそちらに視線を戻す。
バババ、という羽ばたき音を響かせて舞い戻ってきた羽ばたき飛行機械が、飛空艇の数十メートル手前を旋回飛行した。
茶色い飛行服を着たパイロットたちが、こちらに手を振ってくれている。
飛空艇の窓から皆が身を乗り出して、おーい、と呼びかけながら手を振り返していた。
「うわあ、すごいですね! かっこいいですね!」
ノルンちゃんも手を振り返しながら、満面の笑みだ。
「あれは試験型のオーニソプターですね」
俺の傍にいるミントさんが、窓の外を見つめて言う。
「オーニソプター? あ、羽ばたき飛行機械の別名ですっけ?」
「はい。あれは燃料を石炭のみでも飛行できるのか、という試みの下で作られたものです。試験は成功しましたが、燃費が悪すぎて実用化はされませんでした。10機ほどで生産中止になっております」
ミントさんの説明に、マイアコットさんが苦笑する。
「ありゃりゃ。てことは、私たちはその試作機を使ってたんだ」
「でも、すごいじゃないですか。イーギリの街の人たちは、こうやって使いこなしてるんですから」
「使いこなしてるっていうか、これしかなかったから使ってるんだけどね。部品も発掘したものを使ってるだけだしさ」
「いやいや、それでも……ん?」
俺たちが話していると、旋回飛行をしている羽ばたき飛行機械、もとい、オーニソプターの一機から緑色の煙が打ち上げられた。
飛行士さんが、発煙弾を打ち上げたようだ。
「おっ。もう戻るみたいだね」
手を振って飛び去って行く3機のオーニソプター。
飛空艇に乗っている皆も、窓から手を振って歓声を上げてそれを見送る。
「それじゃ、コウジ君。せっかくだし、街の上をぐるっと一周してみる?」
「了解です!」
マイアコットさんの提案に従い、俺は飛空艇の進路を街の中心へと向けた。
 




