91話:止められた感情
「以上が、私たちの葬儀の映像です」
ミントさんが俺たちに向き直り、静かに言う。
飛空艇に乗り込んだ時の喧騒はすっかり収まっており、皆が神妙な表情でミントさんに目を向けている。
「私たちの死についての疑問は、解消できましたでしょうか?」
「はい。よくわかったのです。ありがとうございました」
ノルンちゃんがぺこりと頭を下げる。
「あと、この街がどうして埋まって……あ」
ノルンちゃんが言いかけた時、再びミントさんの瞳から涙が溢れた。
ミントさんの姿が再び一瞬ブレて、次の瞬間には涙は跡形もなく消え去った。
「申し訳ございません。不具合のせいで、いくつかの言葉がきっかけで涙が出てきてしまうようです」
ミントさんが申し訳なさそうな表情で頭を下げる。
俺はノルンちゃんの肩に手をかけた。
どうやら、街についての質問は、ミントさんにとってつらい出来事を思い出させてしまうようだ。
本人は感情システムとやらがオフなっているせいで、そのつらさを感じていないというのが、余計に悲しく見える。
「ノルンちゃん、その質問はまた後にしない?」
「はい。そのほうがよさそうですね」
ノルンちゃんが頷き、ミントさんを見る。
「この話はまた後日ということにして、飛空艇の操縦をコウジさんに教えていただければと思うのですが」
「えっ!?」
俺が驚いて声を上げると、ノルンちゃんが俺を見てにこっと微笑んだ。
「コウジさんは、こういう飛空艇を操縦することが夢だったんですよね? せっかくですし、一度操縦させてもらってはどうですか?」
「そりゃあ、できるものならやってみたいけど……」
俺がミントさんに目を向けると、彼女は微笑み頷いた。
「承知いたしました。今のこの街の首長の許可があれば、飛空艇の操縦方法をお教えいたします」
「首長っていうと……」
それまで黙って俺たちの話を聞いていたマイアコットさんに、皆の視線が集まる。
「え? 私?」
「マイアコットさん、この街の代表ですし」
「確かに私はこの街の代表だけど……本当に、私の許可でいいわけ?」
マイアコットさんがミントさんに尋ねる。
「はい。トールの街の管理者権限は、最上位の者が突然死去したり、何らかの理由で意思の疎通が取れなくなった場合、残っている者の中で最も権限の高い者に移行するようになっております」
ミントさんが、周囲を取り囲んでいる人々に目を向ける。
「もとより、すでに私の知っている人間はこの世には存在しておりません。私の一存で決めてしまっても、問題はないでしょう」
「一存でってことは、システムで縛られてるわけじゃないんですか?」
俺の問いかけに、ミントさんが頷く。
「はい。私たち人工知能は、自分で考えて判断する権利が与えられています。人に対して害をなさなければ、ですが」
なんとも、人工知能への扱いがかなりおおらかな街だったようだ。
ほとんど人と同じ扱いといっても過言じゃないように感じる。
俺が感心していると、マイアコットさんが「そっか」と頷いた。
「そういうことなら、許可なんていくらでも出すよ。操縦の仕方、私にも教えてほしいな」
「かしこまりました。では、こちらへどうぞ」
ミントさんが部屋の奥へと足を向ける。
彼女に道を空けるギャラリーたちの体に彼女が少しぶつかったが、ホログラム映像の彼女の体は素通りしていた。
そういえば、映像だけで実体のない彼女を見てノルンちゃんは「魂がある」って断言してたけど、映像から魂のエネルギーが感じられるということなのだろうか。
連れてこられた操縦席は、瓦礫だらけだった。
目の前に広がる大きな窓ガラスはすべて割れていて、床や操縦席には離陸の際に入り込んだ瓦礫とガラスが散らばっている。
「あちゃ、ぐちゃぐちゃかー」
そんな酷い惨状を前に、マイアコットさんが顔をしかめる。
「これが操縦席?」
「はい。がれきを払って、座ってください」
「だってさ。コウジ君、まずは掃除をしよっか」
「了解です」
ミントさんに言われるがまま、俺たちは操縦席に散らばっていたがれきを払った。
ギャラリーの人たちがどこからかほうきとチリトリを持ってきてくれて、皆で瓦礫や砕けたガラスを破れた窓から外に捨ててくれる。
数分で作業は終わり、俺は操縦席に腰かけた。
操縦席は金属でできた硬いもので、肘掛けの先には丸い金属の玉が2つ備え付けられている。
「そこの玉に、両手を置いていただけますでしょうか」
指示に従い、両手のひらを玉に載せる。
「そのまま、少々お待ちください」
ミントさんがそう言うとすぐ、玉に載せた手の甲に青白い文様が現れた。
円の中に縦線を半分ほど描いたような文様で、学生時代に見たアニメに出てきたロボットを操縦する時にパイロットの手に現れていたものに酷似している。
「うおお、なんという近未来っぽさだ……」
「おー! コウジさんが見ていたアニメと似ている感じですね! わくわくしますね!」
「だね! うわー、こういうの憧れてたんだよなぁ!」
うきうきした表情で言うノルンちゃんに、俺も明るい声を返す。
自分と同じ想いを共有してくれる人がいてくれて、かなり嬉しい。
以前ノルンちゃんが言っていた、相性がいいというのはこういうことを指していたのだろう。
「コウジ、次にあっちの世界に帰ったら、私にもそのアニメを見せてね」
チキちゃんが俺の肩に手を置いてそんなことを言う。
少し不満げな顔をしていて、ノルンちゃんに嫉妬している様子だ。
その様子がなんともいじらしく可愛らしい。
「ノルン様、そちらにあるヘルメットを、コウジ様に被せていただけますでしょうか」
「これですね!」
ミントさんが目を向けた棚に置いてあるヘルメットを取りに、ノルンちゃんが走る。
ノルンちゃんはすぐに戻って来ると、俺の頭にそれを被せた。
ヘルメットは採掘場に現れた工作機械の中にあったものと同じ、バイクを運転するときに被るようなインナーバイザー付きのものだ。
俺の視界が、半透明の灰色のインナーバイザーに遮られて少し薄暗くなる。
「あ、それ、遺物採掘場の地下から出てきた機械の中にあったものと同じやつだ」
俺たちのやりとりを見ていたネイリーさんが言う。
「はい。あれらの機械と扱い方は同じです。すでに使用されたのですか?」
「うん。近くにいた精霊さんに教えてもらいながらね」
「あなたは精霊と対話ができるのですか?」
「できるよ。私、魔法使いなんだ」
「魔法使いということは、私たちの存在を快く思っていない方でしょうか?」
直球な質問をしてくるミントさんに、ネイリーさんが苦笑する。
「ううん。そんなことないよ。自分たちと考え方が違うからって、それを否定して迫害するのなんておかしいじゃん」
それに、とネイリーさんが続ける。
「雷の精霊さんたち、精霊発電機が再起動するのを、ずっと心待ちにしてたみたいなんだ。大昔に、この街の人たちに自分たちの力をあれこれ使ってもらうことが、すごく楽しかったみたいだよ」
「はい。私たちもそれを理解していました」
ミントさんが静かに語る。
「しかし、外の人たちにそれを伝えても『自分たちの都合で精霊たちを奴隷のように使うことは見過ごせない』と聞き入れてもらえませんでした。それで、争いに発展してしまったのです」
「そっか……まあ、今のこの世界には、そういう考えをする人たちはいないんじゃないかな? 皆、争いごとは嫌いだし、他人の意見は尊重してくれる。ミントさんが暮らしてた時代とは、人の在りかたも考えかたも、だいぶ違うと思うよ」
「そうでしたか。いい時代になったのですね。教えてくださり、ありがとうございます」
ミントさんがネイリーさんに頭を下げる。
一瞬、ミントさんの体がブレて見えた。
きっと、出てきてしまった涙を消したのだろう。
ネイリーさん、街がどうして土砂に埋まっていたのかを精霊さんから聞いたのかな。
「話が逸れてしまいましたね。飛空艇を離陸させましょう」
ミントさんが顔を上げ、俺に目を向ける。
「わかりました。俺はどうすればいいんですかね?」
「ご自分が飛空艇そのものになったように意識しながら、空に浮かぶことを想像してください」
「自分が飛空艇に、ですか」
俺はミントさんに言われたとおりに何となく想像しながら、空に浮かぶことを意識する。
すると、何かが駆動する「キィィィン」という甲高い音が飛空艇全体から響き出した。




