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90話:生き物の定義

「皆様、初めまして。私は案内係のミントと申します」


 突如目の前に現れたゴスロリ姿の少女が、スカートを両手でつまんで優雅に一礼する。

 俺たちは突然の出来事に、目が点だ。


「あなた様がたが、魔法障壁を停止させてくださったと精霊たちから聞いています。ありがとうございました」


「あ、いえ、どういたしまして」


 俺は反射的に頭を下げながらも、ゴスロリ少女を見やる。

 まるで人形のように整った顔立ちの、とても美しい少女だ。

 突然目の前に現れたけど、いったいどうやったのだろうか。


「あの、ミントさん」


「はい」


 俺の呼びかけに、ミントさんがにこりと可愛らしく微笑む。


「俺たち、いきなり地面の中から機械が飛び出してきたり、博物館の屋根を突き破って飛空艇が飛んだりで状況があんまりよくわかってなくて。ミントさんは、飛空艇の乗組員なんですか?」


「失礼いたしました。順を追って、説明させていただきますね」


 ミントさんが自身の胸に右手を当てる。


「私は、今から約2000年前のこの街で、博物館の案内係をしていた人工知能です」


「人工知能!? AIってやつですか!?」


 俺が驚いて言うと、ミントさんはすぐに頷いた。


「はい。この街は2000年前は『トール』という名称で呼ばれていました。私はトールの街で運用されていた人工知能の一体で、博物館の案内係をしておりました」


 ミントさんが言うと、俺の隣にいたノルンちゃんが怪訝な顔で口を開いた。


「人工知能、ですか? つまりは、電子計算機ということですよね?」


「そう考えていただいて問題ありません」


「……んー?」


 ノルンちゃんは合点のいかない顔で小首を傾げている。


「ノルンちゃん、どうしたの?」


「いえ……ミントさん、人工知能と言いましたが、魂があるのですよ」


「魂って……ミントさんは生き物っていうこと?」


 再び驚く俺に、ノルンちゃんが頷く。

 ミントさんも、「え?」といった表情でノルンちゃんを見つめていた。


「はい。今まで私は機械が魂を持っているという話を聞いたことがなかったので、驚いてしまって」


「あの、ノルン様、でよろしいでしょうか?」


 ミントさんがノルンちゃんに声をかける。


「私に魂があるというのは、どうしてわかるのでしょうか?」


「んーと、私は女神なので、魂のエネルギーを感じ取ることができるのですよ。言葉でどうこうと説明するのは無理なのです」


「女神、ですか?」


「はい、私は栽培を司る女神なのです。えっとですね――」


 今までいろんな人々に説明してきた俺とノルンちゃんとの馴れ初めや、この世界が創造されたいきさつを、ノルンちゃんがミントさんに話して聞かせる。

 ミントさんは黙ってそれを聞いていた。

 周囲にいる人々も、何が何やらわからない様子ながらも、口を挟まず話に聞き入っている。


「――といったことでして、この世界はコウジさんの願望を元に作られた理想郷なのです」


「そうなのですか。そういった情報は、私の記憶には一つもないのですが」


「あるはずがないのですよ。すべては私とコウジさんが行ったことですので。それに、この理想郷において、神という存在は私だけです。私以外の神に会うことはあり得ないのですよ」


「そうなのですか……あの、私は生物せいぶつではないのですが、生物以外にも魂は宿るのでしょうか?」


 ミントさんがノルンちゃんに質問する。

 ノルンちゃんの説明を疑うようなそぶりはまったく見せていない。

 人を疑うようには作られていないのかな、と俺は何となく考えていた。


「あ、いえ、生き物ってさっき言いましたけど、それは生物としての生き物ではなくて、『この世に生きている』もののことです。血が通っているから生きている物、という意味ではないのですよ」


 ノルンちゃんはそう言って、また困った顔になった。

 どう説明したものか、といったことを考えているのだろう。


「ノルンちゃん、『生きている』ことの定義とかってあるの? 魂が存在する条件、みたいなさ」


「定義ですか。んー……むむむ」


 俺が聞くと、ノルンちゃんが腕組みして考え込んだ。

 先ほどよりもさらに、困った顔になっている。


「なんというか、そこに存在して生命としての営みを行っているというか……とはいっても、物を食べたり生殖活動を行えなければその枠組みに入らないというわけではなくて……うーん」


「言葉じゃ説明できない感じ?」


「はい。魂の存在については言葉で説明して理解するというよりも、感覚的に理解するものなのですよ。コウジさんとチキさんは、後ほど天界で受ける研修のなかで理解することができると思いますよ」


「そうなんだ」


「難しいね」


 俺とチキちゃんがふむふむと頷く。

 今は理解できないけど、後で理解できるというのならそれでいいや、といった感じだ。


「ノルン様、私に魂があるということは、私は今生きているということでよろしいのでしょうか?」


 ミントさんがノルンちゃんに問いかける。


「はい。魂のエネルギーはしっかりと保たれています。ミントさんは生きていますよ」


「そうなのですか」


 ミントさんが小さくそう答えた時、彼女の瞳からぽろぽろと涙が溢れた。

 表情は悲しんでいる様子ではなく、話していていきなり目から涙だけが溢れた。

 俺もノルンちゃんもチキちゃんも、周りを取り囲んでいるギャラリーたちもぎょっとしてしまう。


「ミ、ミントさん、どうしました?」


 俺が聞くと、ミントさんは少し驚いた表情で、指先で涙を拭った。

 ジジッ、と彼女の姿が一瞬ブレて、次の瞬間には涙は跡形もなく消えてしまった。


「申し訳ございません。システムに不具合があるようです」


「不具合? 壊れてるってことですか?」


「はい。感情システムはオフになっているのですが、どういうわけかノルン様のお言葉に反応してしまったようです」


「えっ。感情システムって、ミントさんには感情がないんですか?」


 ミントさんは先ほど挨拶してくれた時は実に可愛らしく微笑んでいたし、話している時も無感情のようには俺には感じられなかった。

 今だって、彼女は少し驚いた表情になっているのに。


「システムとして感情及び性格は設定されていまして、オンオフの切り替えが可能です。私には、温厚、従順、献身の性格が設定されているのですが、パートナーが死亡した際に私自身が管理者に希望して、システムをオフにしました」


「パートナー? 恋人のことですか?」


「はい」


 ミントさんは頷き、経緯を説明してくれた。

 曰く、彼女たち人工知能は、2000年前のこの街にはかなりの数が存在していたらしい。

 彼女たちには個々に感情が備えられていて、伴侶がいなかったり対人関係が苦手な人間のパートナーとして、彼らに寄り添って身も心も支える役割をしていた。

 彼女たちには機械仕掛けの体が与えられていて、人間と同じように活動できた。

 物を食べたりお風呂に入ることもでき、性交渉をすることも可能だったらしい。


「私たち人工知能は、指定された人間のパートナーとなり、彼らが死ぬまで傍に寄り添っていました。私たちの本来の運用予定では、パートナーが死亡した際には新たに別のパートナーを指定されることになっていたのですが、誰一人としてそれを望まず、パートナーとともに死ぬことを希望し、皆が死んでいきました」


「ふむ。文字通り、伴侶と生涯を添い遂げるってことですか」


 俺の言葉に、ミントさんが頷く。


「はい。私も、ペンネルという方のパートナーとして生活していました。私は彼と一緒に墓に入ることを望んだのですが、彼の希望により、この街の行く末を見守るべく、博物館の案内係として存在し続けることになりました」


 ミントさんが自身の胸に手を当てる。


「しかし、ペンネルのいない世界で過ごすことは、私にはあまりにも寂しくつらいものでした。なので、管理者に願い出て、感情システムをオフにしたのです」


 何とも物悲しい話だ。

 ミントさんのパートナーのペンネルさんが、どういう想いで彼女に生き続けることを望んだのかは分からない。

 自分が見ることのできない未来を、彼女に代わりに見てもらいたかったのだろうか。


「ミントさん、先ほど『人工知能はパートナーと一緒に死ぬことを希望した』とおっしゃっていましたが、具体的にはどうやって死を迎えたのですか?」


 ノルンちゃんがミントさんに質問する。

 俺としても気になっていたけど、あまりずけずけ聞くのは悪いかな、と思っていたことだ。


「パートナーが埋葬される際、葬儀の最中に私たちもパートナーと一緒の棺に入り、自身の意思で再起動不可の最終プログラムを実行します。当時の映像をお見せいたしますね」


 ミントさんがそう言うと、俺たちの前にホログラム映像が現れた。

 いくつもの墓石が立ち並ぶ広々とした墓地に、大勢の人々が集まっている。

 彼らの前にはフタの開いた棺が置かれていて、その中には男の老人が胸の前で手を組んで横たわっていた。

 棺の前には、華やかなドレス姿の金髪の少女が、人々に向かって立っている。

 棺の傍には神父らしき男も立っており、どうやら葬儀の映像のようだ。

 誰かの視点の映像なのだが、これはミントさん視点だろうか。

 画面下に、車椅子に座っている白髪の老人が見える。

 その車椅子の手押しハンドルを、映像の主が両手で握っているようだ。


『皆様、今まで大変お世話になりました』


 映像の中、棺の前に立っている少女が、葬儀に参列している人々に言う。


『皆様のおかげで、私も彼も、とても幸せな日々を過ごすことができました。本当にありがとうございました』


『ライムちゃんっ、今までありがとうねっ……うぅっ』


『私たち、ずっと友達だからね。天国で待っててね。ぐすっ』


 黒いドレス姿の女性や青年たちが、次々に彼女に言葉を投げかける。

 彼女たちの隣にはそれぞれだいぶ歳の離れた異性がいることから、彼女たちも人工知能なのだろう。

 皆、涙を流しながらも必死に笑顔を作ろうとしている様子だ。

 その表情や仕草は、完全に人間のそれと同じだ。


『ライムさん……いつも仲良くしてくれて、ありがとうございましたっ……う、ふぐっ……』


 彼女たちに続いて、ミントさんの涙交じりの声が少し大きく映像から響いた。

 やはりこの映像は、過去のミントさんが見たもののようだ。

 しゃくりあげるミントさんの声と、泣かないで、と彼女に微笑むライムさんの声が響く。

 そうして少しの間彼女たちのやり取りが続き、神父が口を開いた。


『それでは、ライムさん。棺にお入りください』


『はい』


 神父の指示に従い、ライムさんが棺に入る。

 横たわっている老人に口づけをし、寄り添うようにして横たわると、その腕にそっと自身の腕を絡めて目を閉じた。

 人々の中にいた数人の子供たちが、美しい歌声で聖歌を歌い始めた。

 神父は、命の尊さや死後の安寧を願う言葉を紡ぐ。

 参列していた人々は、手にしていた花を棺の中に入れていく。

 つい先ほどまで言葉を交わしていた者が棺に入り、花を手向けられている光景は、何とも奇妙なものに俺には見えた。


「棺の中のライムさんは、もう死んじゃってるの?」


 チキちゃんが映像に目を向けたまま、ミントさんに問いかける。

 その右手は、俺の左手をぎゅっと握り締めていた。


「いいえ。経過時間的に、まだ最終プログラムが実行される前段階です。彼女の頭の中では、プログラム実行までのカウントダウンが始まっているはずです」


「そう……」


「ライムさん、まだ意識あるんだ……」


 チキちゃんと俺は、神妙な顔で映像を見つめる。

 死までのカウントダウンを聞いているライムさんは、いったいどんな気持ちなのだろうか。

 怖くないのかな、と邪推してしまう。

 聖歌が響くなか、参列者の献花が終わり、彼らの手によって棺のフタが閉じられる。

 皆の手で棺が持ち上げられ、墓穴へと移された。

 映像はそこまでを映した後、ぱっと消えた。

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