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9話:欠陥品

「ひょおおお! なにこれすごく楽しい!」


 約100メートルほどの長さの滑り台を満喫し、俺は地上に降り立った。

 ノルンちゃんが滑り台を形成していた蔓と木の根を引っ込め、人間の手足に変異させる。

 何度見ても、どういう仕組みなのかさっぱり分からない。


「はあ、疲れました……コウジさん、しばらく引っ付いていてもいいですか?」


「い、いいけど、その格好のままはちょっと……」


 ノルンちゃんの服はボロボロで、胸やら腹やらが所々露出してしまっている。

 俺の上着を貸してあげたいが、さっき燃やしてしまった。


「ありゃ、ほんとですね。乙女としてあるまじき格好です。そういうコウジさんにかけては、上半身裸ですけどね」


「クジラの中で焚火をしたもんでね。上着はその燃料になった」


「あ、ずいぶんと煙たかったのは、そのせいでしたか」


 そう言いながら、ノルンちゃんは俺の腕に自らの腕を絡めてきた。

 恥ずかしいやら嬉しいやらで、顔が熱くなる。


「うんうん。極楽極楽なのです」


「だ、だから、せめて何か羽織ってから……うお! グリードテラスって、こんなにでかかったのか!」


 恥ずかしさを紛らわすように俺は振り返り、思わず声を上げた。

 墜落したグリードテラスのとんでもない巨体が、目に飛び込んだからだ。

 恐らくだが、全長500メートル、高さ100メートルはあるように見える。

 まるで山が横たわっているかのようだ。


「すごい大きさですよねぇ。これはちょっと、片付けるのは無理そうです」


 同じくグリードテラスを眺め、ノルンちゃんは困ったように言う。


「でも、何とかして片付けないと……さすがに、このままってわけには」


「これは私でもどうにもならないですよ。海に落とそうにも、大きすぎて動かせる気がしないですし」


「うーん、このまま腐ったら虫が湧いて大変なことになりそうなんだよな……あ、そういえば、グリードテラスの身体の中にも変な虫がいたなぁ。巨大カマドウマみたいなやつが」


「うえ、それは気持ち悪いですね」

 

「コウジ様、ノルン様」


 俺たちがグリードテラスを眺めていると、カーナさんに声をかけられた。

 手に上着を2着持っている。

 崩れた家の中から、引っ張り出してきてくれたようだ。


「はい、お洋服です。これで大丈夫でしょうか?」


「おお、ありがとうございます! ノルンちゃん、服だよ服!」


「文明人の嗜みってやつですね! でも、私はこれがあるから大丈夫です!」


 ノルンちゃんがそう言うと、彼女の髪の毛が一本、しゅるしゅると物凄い勢いで伸び始めた。

 あれよあれよという間に毛はまとまり、当初着ていた大きなリボン付きの薄緑色の服が出来上がった。

 硬質化した指で、服から垂れ下がった髪の毛を切断した。


「ざっとこんなものなのですよ」


「何それ!? 服まで作れるの!?」


「これでも一応、栽培の女神なので!」


 ドヤッ、とノルンちゃんが腰に腕を当てて胸を張る。

 それならさっき抱き着いてくる前に作れとも一瞬思ったが、よくよく考えれば嫌どころかかなり幸せだったので、突っ込むのは止めておいた。

 ノルンちゃんは着替えるために物陰へと走っていったので、俺もいそいそとその場で上着を着た。

 無地の黒いタンクトップだ。


「ノルン様、本当に何でもできるんですね……コウジ様は、服の大きさはどうですか?」


「ちょうどいいです。ありがとうございます。でも、皆さんの服装とはずいぶん違うような……」


「ああ。私たちが着ているのはお祭り用の正装なんです。普段はそっちと同じような服装ですよ」


「なるほど。確かに、こっちのほうが動きやすいですもんね」


「お待たせしました!」


 そうしていると、ノルンちゃんが戻ってきた。

 先ほど作った、大きなリボン付きの薄緑色の服。

 なぜか所々濃淡が違っていて、とても一本の髪の毛から作ったようには見えない。

 これ、服を作って売るを繰り返せば、一生安泰なんじゃないか。


「あの、コウジ様、ノルン様、お聞きしたいことが――」


 カーナさんがそう言いかけた時、突然俺とノルンちゃんの身体がきらきらと輝き出した。


「うおっ!? 何だこれ!?」


「あ、帰還の光なのです! 元の世界に戻るですよ!」


「え!? 戻るの!? ごめん、カーナさん! またいつか!」


「えっ!? ま、待ってください!」


 俺の腕を、カーナさんが慌てて掴んだ。

 それと同時に、俺の身体は光に包まれた。




「――はっ!?」


 突如として目に飛び込んできた見慣れた天井に、俺は慌てて身を起こした。

 アパートの自室の床に、俺は寝転んでいたらしい。

 数秒置いて、ちゃぶ台の上に光の粒子が現れた。

 その中から滲みだすようにして、手のひらサイズのノルンちゃんが姿を現した。

 やっぱり、こっちだとミニチュアサイズのままなのか。


「はー、よかったです。何とか戻って……えっ!?」


 ノルンちゃんが、ぎょっとした顔でこちらを見る。

 その視線を追い、自分の隣へと目を向けた。


「え、えっと……」


 呆然とした顔のカーナさんと目が合った。


「ななな、何であなたまでこちらに戻ってきているんですか!?」


「えっ? えっ? ご、ごめんなさい」


 ノルンちゃんの叫びに、カーナさんがおどおどしながらも謝る。

 何ということだ。

 現代に、人魚を連れてきてしまった。


「俺に触ってたから、一緒にこっちに戻ってきちゃったんじゃないの?」


「いえ、本来はそんなことが起きるはずがないのです。あちらの世界の物を、こちらに持ち込むことは不可能なはずなのですよ。こちらからあちらには可能なんですが」


「でも、現にできちゃってるじゃん。俺の服も、カーナさんにもらった服のまんまだし」


「で、ですが……うーん」


 腕組みして考え込むノルンちゃん。


「……どちらにせよ、出来てはいけないことができてしまうこの理想郷は欠陥品なのです。あの巨大クジラも、本来はいないはずでしたし。これは困りました」


「え、欠陥品?」


 部屋の隅に置かれた、ドーム状の物体へと目を向ける。

 相変わらず、中にはファンタジーな世界が広がっている。


「たぶん、カンラン石の代わりに大理石を使ってしまったせいかと……いえ、本当はその程度なら問題ないはずなのですが……」


「原因不明ってこと?」


「はい。何が何やらさっぱりです。これはもう、一度すべてを作り直すしかないですね」


「作り直す、ですか?」


 それまで話を聞いていたカーナさんが、口を挟む。


「はい。あの理想郷を一度破棄して、1から新たに構築しなおすのですよ」


「破棄された世界はどうなるのですか?」


「天変地異が起こって、生命の死に絶えた炎の塊になります。そこからすべてを作り直すのですよ」


「えっ!? そ、それはやめていただきたいのですが」


 慌てて待ったをかけるカーナさん。

 そりゃそうだ、世界を一度滅ぼすと言われているようなもんだしな。


「ノルンちゃん、それは止めようよ。それ以外の方法で何とかならないの?」


「ですよねー。私もやりたくないです。でも、それ以外の方法となると、かなり大変ですよ。発生しているバグを、あちらに行って1つ1つ取り除かないといけないのです」


「ここからちょちょいのちょいって直せないわけ?」


「一度完成してしまった理想郷は、破棄以外では外から手を加えることが出来ないのですよ。万が一にも、被救済者の理想の世界を後からいじられては困るので、そういうシステムになっているんです。ちなみに、破棄を実行できるのは構築した者だけです」


 なるほど、たとえ世界を作った女神でも、後から『いらぬおせっかい』で手を加えたりできないようになっているのか。

 あちらの世界に入ってからでも女神が絶対的な力を行使できないということは、蔓やら樹木やらに変異して苦労していたノルンちゃんを見て良く分かった。

 完成した理想郷では、あくまでも女神は序盤のガイド役。

 その後にそこで何をするのかは、被救済者にゆだねられているのだろう。


「えっと、バグっていうのは、あのグリードテラスとかみたいな怪物ってことかな?」


「はい。わくわくドキドキする成分は確かに入れましたが、中で虐殺が起こるような血なまぐさいものは入れてないです。そういったものは、すべてバグかと」


「なるほど。じゃあ、そのバグとやらを全部取り除きに行こうか」


「助けていただけるのですか!?」


 俺の言葉に、カーナさんが瞳を輝かせる。


「怪物が出るようになっちゃったのは俺たちが原因ですし、責任は取らないと寝覚めが悪すぎますからね。失敗したからリセットって、いくらなんでも酷すぎるかと」


「う……ごめんなさいです。私がポンコツなばっかりに……」


 しゅんとして謝るノルンちゃん。

 バグの発生原因がよく分からないのはすっきりしないが、俺のために一生懸命やってくれている彼女を責める気にはならない。


「いやいや、いいよ。俺のためにやってくれたことだし、こうなるなんて思ってもみなかったんだろ? それにほら、こういういかにも『冒険するぞ!』って流れも、わくわくするしさ」


「うう、コウジさん、ありがとうございますぅ」


 ノルンちゃんが瞳を潤ませて俺を見上げてくる。


「あ、そうだ。言い忘れてましたが、これからは眠りに落ちるとあちらの世界に強制転送されるですよ」


「あっぶねえなそれ!? 何でそんなシステムになってんの!?」


「ほとんどの場合、1度か2度の転送で皆さん移住を決められるので、何度も行ったり来たりするということは考慮されていないのです。普段寝てる時間で理想郷を体験してもらって、こっちに戻ってきてからいつもどおりの生活をして、落ち着いてから本当に移住するか考えるのですよ」


「ああ、なるほど。勢いじゃなくて、本人にちゃんと納得させてから移住を決めるってことか。でも、100%理想の世界なら、移り住まない理由はないわな」


「日常生活も冒険も恋愛も、すべてがいい感じに転がっていくように構築されるので、楽しくて当たり前なのです。その世界で永遠に、何度でも輪廻転生して命を繰り返すことができるのですよ」


「すごいなそれ。その場合って、ここにあるこれはどこかに持っていくの?」


 部屋の隅っこに置かれている『理想郷(欠陥品)』を指差す。


「はい。私が責任をもって、天界に発送させていただきます。救済部署にある、『理想郷管理室』というお部屋に置かれることになるですよ。万が一何かトラブルが発生したり、被救済者から問い合わせがあれば、担当の者が呼び出されて対応に当たらせていただきます」


「なるほど、それなら安心だな」


 自分のために造られた、永遠に幸せな時を過ごすことができる世界。

 しかも、アフターサービスも万全。

 まさに理想郷だ。


「でもさ、こっちに残された家族とかはどうなるの? 人によっては、結婚して子供もいたりするだろうし」


「ご希望があれば、一緒に理想郷に連れていくことも可能です。ご家族のカルマが規定値に達していない場合は、規定値に達するまで天界で研修を受けていただくことになります。完全移住後は、誰も気づかないようにこちらの世界の情報を天界で改竄してしまうので気にしなくて大丈夫です。もちろん、移住自体を無しにすることも可能ですが、お勧めできませんね」


「す、すごいお話ですね……」


 カーナさんが目を丸くしている。

 今更だけど、こんな話、カーナさんには聞かせるべきじゃなかったか。

 自分たちの世界が、俺のためだけに造られたまがい物だと感じてしまうはずだ。


「えっと……何かすみません。気分のいい話じゃないですよね」


「あ、いえいえ! 私たちは助けていただいた身ですので! それに、世界の創造主様に文句なんてとても!」


 慌てた様子で、胸の前で手を振るカーナさん。


「それに、他の人たちはどうか知りませんが、私はあの世界に不満はありません。大きな争いもないですし、毎日のんびりお魚獲ったりお野菜作ったりして何一つ不自由なく生活していましたから」


「そ、そう言ってもらえると本当に助かります……」


「あんなに素敵な世界を作ってくださった、コウジ様とノルン様には感謝の念しかありません。謝る必要なんて、どこにもありませんよ」


 天使かこの人は。

 めちゃくちゃになった街の責任を取れ、くらいのことは言われてもおかしくないと思うのだけれど。

 まあ、誰も死人が出ていないからこそ、そう言ってくれるのかもしれないが。

 

「ありがとうございます。あの、グリードテラスみたいな怪物が現れたって話、他にもあったら教えてもらえませんか?」


「2カ月くらい前に来た旅人さんが、すごく遠くの国で巨人の集団が出たと言ってましたね。他には特には……あ」


「何かありますか?」


「しばらく前から、いつも物々交換に来てくれるエルフさんたちが来なくなってしまっていたことを思い出して。何かあったのかなと」


「エルフ!?」


 エルフと聞いて、思わずテンションが上がってしまう。

 是非ともお目にかかってみたい。


「はい。いつも、山里からシカやイノシシなどの獣や山菜を持ってきてくれるんですけど、ぱったりと来なくなっちゃったんですよね。私たちに山登りは無理なので、様子を見に行くわけにもいかなくて」


「なるほど。そしたら、俺たちが様子を見に行ってきますよ。バグが原因かもしれませんし。ノルンちゃん、いいよね?」


「はい! 理想郷の修正が完了するまで、コウジさんにお供するですよ!」


「そうと決まれば、いったん寝て……って、今は朝か」


 窓の外からは、ちゅんちゅんとスズメがさえずる音が聞こえてくる。

 時計の針は、午前7時を指している。

 丸一日以上寝ていないはずなのだが、眠気はゼロで体調も絶好調だ。

 理想郷で奇跡の光を身に着けていたおかげだろうか。


「ちょっと今は眠れそうにないなぁ。あっちに戻るのは夜にするか。どうせ今日は日曜日だし」


「コウジさん、私、朝ごはんが食べたいです」


 はい、とノルンちゃんが手を上げる。


「え、あんなにグリードテラスの肉食ったのに、まだお腹減ってるの?」


「力をたくさん使ったので、腹ペコなのですよ。女神は燃費が悪いのです」


「疲れるうえにお腹も減るのか。女神って大変だな。俺に引っ付いていても、腹は膨れないか」


「元気にはなりますけどね。ご飯は別腹なのですよ」


「そしたら、何か作るか。ベーコンエッグでいい?」


「ベーコンエッグ! 天界からコウジさんが食べているのを、よく見ていたですよ!」


「コウジ様、私にも何か手伝わせてください」


「それじゃあ、手伝ってもらおうかね」


 そんなこんなで、ひとまず朝食ということになった。

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