88話:のんびりしたお知らせ
その後、俺たちはバスに乗り、途中でマイアコットさんの家に立ち寄って、リルちゃんとポンスケ君を誘って連れ出した。
今は、馬車に乗って街の入り口へと向かっているところだ。
いつもどおり、俺とノルンちゃんが御者台で、他の皆は荷台に乗ってもらっている。
通りにはスチームウォーカーやバスが時々走っていて、それに乗っている人たちは俺たちの馬車を見ると物珍しそうな目を向けていた。
向かう先の空には飛空艇が浮かんでいて、俺たちの到着を待っているのが見て取れる。
「精霊発電機、ですか。そんなものが、地中に埋まっていたんですね」
俺が今までのいきさつを説明すると、リルちゃんが嬉しそうに微笑んだ。
「ドリル付きの大型採掘機っていうのもすごそうですね! 地面から飛び出してくるくらいパワーがあるなら、採掘作業も捗りそうです」
「そうだね。作業員さんたちが使ってる採掘機よりもずっと大きなものだったし、一気にたくさん掘り進められそうだね」
「ねえ、その採掘機って、僕も中を見せてもらうことはできるの?」
ポンスケ君が、俺に声をかける。
「たぶんできるんじゃないかな? これから飛空艇にも乗れるんだし、採掘機も大丈夫だと思うよ」
俺が振り向いて答えると、ポンスケ君は嬉しそうな顔になった。
「そっか。よかった」
「ポンスケ、採掘場で新しいものが発掘されると、いつも見物に行ってるもんね。気になるよね」
リルちゃんがクスクスと笑う。
「そりゃあ、どんなものなのか気になるじゃないか。構造だって未知のものなんだし、どんなふうに動くのかも気になるよ」
そう言うポンスケ君に、手綱を握っているノルンちゃんが微笑む。
「やっぱり兄妹なんですねぇ。マイアコットさんも、すごくうきうきしたご様子でしたよ!」
「新しい機械って聞くと血が騒ぐんだよ。ばらばらに分解して、構造を知りたくなっちゃうんだ」
「ポンスケ、スチームウォーカーでもガス灯でも工作機械でも、何でも直せちゃうんですよ」
リルちゃんが、少し誇らしげに言う。
「えっ、そうなんだ。さすがメカニックだね」
「はい! ご近所さんのスチームウォーカーが壊れたりすると、いつもポンスケが呼ばれるんです。何日かかっても絶対に直してくれるから、安心して任せられるって評判なんですよ」
「おおっ。なんだか『ザ・職人』って感じですね! それだけひとつの分野に熱中できるというのは、とても素晴らしいことだと思いますよ!」
「うん。私もそう思う。すごく格好いいね」
褒めるノルンちゃんとチキちゃんに、ポンスケ君は「そ、そうかな」と少し照れ臭そうだ。
俺も、彼みたいになにか熱中できる分野があればよかったのだけれど。
ゲームやアニメなら、それこそ寝る間を惜しんでプレイしたり視聴したりしたものだけど、ポンスケ君の熱意とはちょっと違うような気がする。
消費者としてただ楽しむだけじゃなくて、その仕組みにまで触手を伸ばせるというのは、なんだかとても格好いいことのように思えた。
「すごいじゃん! その年でそんなことができるなんてさ! 俺がポンスケ君くらいの頃なんて、鼻水たらしながら友達と毎日鬼ごっことか隠れんぼばっかりやってたよ」
「コウジさんは模範的な少年時代をお過ごしでしたからねぇ。愛らしくって実に可愛い少年だったのですよ」
ノルンちゃんが楽しそうに笑う。
「ん? ノルンちゃん、俺の子供時代のことまで知ってるの?」
「はい。コウジさんの担当になった時に、生まれてからの成長ぶりは映像記録で確認済みですので。初恋の相手の名前とか、初めて書初めで銀賞を受賞した時の嬉しそうな表情とか、すべて把握しておりますよ!」
「ええ……ノルンちゃん、俺のすべてを知ってるのか。中学時代からじゃなくて、生まれてからのこと全部見られてたのか……」
「はい! 夜の内職以外は、すべてばっちり見させていただきました!」
「は、はは……」
空笑いする俺を、チキちゃんが不思議そうな顔で見る。
きっと、夜の内職をなぜ見てはいけないのだろう、とでも思っているのだろう。
隠語だとバレた時の反応を考えると、かなり恥ずかしい。
そうして馬車で進んでいると、ピンポンパンポン、と街中に大きな音が響き渡った。
以前、天空都市カゾへとつながる地上の街で聞いた音と同じものだ。
俺が馬車から周囲を見渡すと、あちこちの建物にスピーカーのようなものが付いているのが見えた。
『皆さんこんにちは。代表のマイアコットです』
スピーカーから、マイアコットさんの声が響く。
『現在、街の中央の遺物採掘場では、特殊作業を執り行っています。採掘場に降りるのは大変危険ですので、採掘場には降りないよう、ご協力をお願いいたします』
「ん? ここの音声は、ずいぶんとはっきり聞こえるな。カゾのやつは、雑音だらけだったのによ」
カルバンさんが荷台から顔を出し、スピーカーを見上げる。
「ですね。カゾのは壊れかかってるのかも」
「だなぁ。後で、マイアコットさんかポンスケ君あたりに、修理してもらったほうがいいんじゃねえか?」
「ですね。ポンスケ君は、あのスピーカーの修理ってできるのかな?」
俺が聞くと、ポンスケ君はすぐに頷いた。
「うん、できるよ。音声に雑音が混じるのは、スピーカーの中に入ってる受信用水晶がくすんできてるからだと思う。あれって、定期的に交換が必要なものだから」
「そうなんだ。どういう原理で動いてるの?」
「それはよくわからないんだ。放送局にある発信用水晶から受信用水晶に音声を送ってるってことしかわからない。設計図にも、そうとしか書いてなかったからさ」
「そっか。じゃあ、それを交換すればいいだけだね」
「うん。でも、水晶の在庫はあんまりないから、交換費用はすごく高くつくと思うよ。この街でも使わないといけないから、売りに出すこと自体、議会でも承認してもらえないかもしれないし」
「ああ、なるほど。だからカゾの下の街のスピーカーは、壊れかけてるのを使い続けてたのか」
俺が言うと、ノルンちゃんも納得した様子で頷いた。
「カゾの財政は火達磨状態だって、ベラドンナさんが言ってましたもんね。職員の給料も払えなくなるって言っていましたし、スピーカーを買う余裕なんてなかったのだと思うのですよ」
「そうだね。採掘場から、新しい水晶が掘り出せるといいね。たくさん掘り出せれば、値段も下げてもらえるかもしれないしさ」
『また、現在街の西出入口上空に浮遊しているのは、採掘場の博物館に展示されていた飛空艇です。間もなく西出入口付近に着陸する予定ですので、見学をご希望の方は、離れた場所で待機するようお願いいたします』
マイアコットさんの声が再び響く。
『飛空艇の真下に行くと大変危険ですので、けして真下には近づかないよう、ご協力をお願いいたします。以上、代表のマイアコットでした』
ピンポンパンポン、と放送終了の音が響く。
なんというか、巨大な飛空艇が空を飛んでいるという大事の事態なのに、ずいぶんとのんびりした放送だった。
下手に厳しい指示を出すよりも、このほうが混乱も起きずに安全なのかもしれないな。
そうして俺たちは馬車を走らせ、街の出入口に到着した。
頭上には、飛空艇がゴウンゴウンと音を響かせて滞空飛行している。
すでにたくさんの人々が集まって来ており、がやがやとざわめきながら、皆が飛空艇を見上げている。
「す、すごい……どうやって浮かんでるんだろ」
馬車から降りたポンスケ君が、飛空艇を見上げて口を半開きにしている。
リルちゃんも同じように飛空艇を見上げながら頷いた。
「ほんとだね。遠くから見たときは、翼で羽ばたくんじゃなくて、プロペラを回してるように見えたけど。あんな大きなものが……あ! 降りてくるよ!」
リルちゃんの言うとおり、飛空艇が徐々に高度を下げ始めた。
底部に開いている穴からは薄っすらと光り輝く輪っかが見えていたのだが、それが一際強く光り輝いている。
「おー、テレビで見たUFOみたいだ」
「葉巻型UFOみたいですねぇ」
俺とノルンちゃんがそんなことを言ってから数十秒後、飛空艇は周囲に強い風を吹き下ろしながら、俺たちの前に着陸した。




