87話:アニメのような乗り物
ゴウンゴウンという独特な駆動音を響かせながら、飛空艇が採掘場の上空で滞空飛行している。
ネイリーさんが精霊さんと話している間、俺たちは特にやることもないので飛空艇を眺めていた。
そうしている間にも、先ほどの雷の音に気付いた街の人たちが続々と採掘場に集まってくる。
「すごいなぁ。あんなプロペラだけで、どうして飛んでいられるんだろ」
飛空艇には複数のプロペラが付いているのだが、あの巨大な船体を浮き上がらせるのにはちょっと無理があるように思えた。
「コウジ、飛空艇の底の辺りを見てみて。あそこから何か出てるみたい」
チキちゃんが飛空艇の底部を指差す。
そこには、いつの間にか小さな穴が無数に開いていた。
「何も見えないんだけど……ノルンちゃん、見える?」
「いえ、何も見えないです。魔法の力というやつでしょうかね?」
ノルンちゃんの台詞に、チキちゃんが頷く。
「うん、そう。あそこから、何かもわもわしたものが出てるの。それで浮かんでるみたい」
「そうなのですか。むむ、さっぱり見えないのですよ」
どうやら、あの飛空艇は魔法の力と機械の力で飛ぶようだ。
俺も魔法が使えたら、チキちゃんみたいにいろいろ見えただろうに。
なんとも残念でならない。
「マイアコットさん」
俺たちがそんな話をしていると、採掘場に鎮座している精霊発電機をじっと見つめていたネイリーさんがマイアコットさんに声をかけた。
「とりあえず話はまとまったよ。ドリルの付いてる機械は、いったん全部停止させてくれるって」
「おー、よかった! あのまま動かれたら、採掘場が滅茶苦茶になっちゃうところだったよ」
マイアコットさんがほっと息をつく。
ネイリーさんの言うとおり、地面から飛び出してきたドリル付きの巨大な機械は動きを止めている。
「あの機械、なんていう名前なのかはわかる?」
「『リディア・タイプ3』っていうらしいよ。飛空艇は、『ガルーダ』っていうんだって」
「そうなんだ! タイプ3ってことは、旧タイプもあるのかな?」
「かもしれないねぇ。地下を掘ったら、もしかしたら出てくるかも」
なんともかっこいい名前が付いている機械たちだ。
ガルーダは神話に出てくる鳥の名前だけど、リディアっていうのはなにが元になってるんだろうか。
もしかしたら、あの採掘機を設計した人の名前だったりするのかもしれないな。
「ん? 何か開いたよ?」
採掘機を見ていたマイアコットさんが、異変に気付いて声を上げた。
その機械の上部に付いていた丸いフタが、パカっと開いていた。
「えっとね、あそこから乗り込んで操縦するんだって。ひとり乗りの採掘機らしいよ」
「えっ、私たちが使っちゃっていいの?」
「うん。使い方も精霊さんが教えてくれるって。早く地下の機械を掘り出せって、すごく騒いでるよ」
ネイリーさんの話に、周囲にいた人たちも「おお!」と喜びの声を上げる。
あの採掘機はすごい勢いで地面を掘りながら飛び出してきたのだから、パワーは相当なものなのだろう。
それを使えるのなら、今までチマチマやっていた遺物採掘も捗るはずだ。
「ネイリーさん、あの飛空艇に乗ることはできないのでしょうか?」
ノルンちゃんがネイリーさんに聞く。
俺も乗ってみたいと考えていたところだ。
「ちょっと待ってね」
ネイリーさんが精霊発電機に目を向け、しばし口を閉ざす。
念話のようなことをしているのだろうか。
「……うん、大丈夫だって。どこか広い場所があれば、着陸させてくれるってさ」
「おおっ! コウジさん、やりましたね!」
ノルンちゃんがにこっと微笑む。
「うん! マイアコットさん、街の入り口辺りに着陸させても大丈夫ですか?」
「いいよ! 私も乗ってみたいし! あんなものに乗って空を飛べるなんて、夢みたいだね!」
マイアコットさんが満面の笑みで言う。
どんな乗り心地なのか、飛空艇の内部はどうなっているのだろうかと、今から俺もワクワクが止まらない。
「それじゃ、精霊さんに伝えるね。あと、まだ採掘場には人が入らないように街の人たちに伝えて。さっきの振動で崩れかけてる建物もあると思うからさ」
「了解! 放送局まで行ってくるから、皆は先に街の入り口に行ってて。私もすぐに行くからさ!」
「あ、作業員さんたちに、採掘機の乗り方を教えて作業を始めてもらってもいいかな」
「えっ、今すぐじゃないとダメなの?」
マイアコットさんの問いかけに、ネイリーさんが苦笑する。
「精霊さんが、『早く始めろ』って騒いでてさ。機嫌悪くしちゃうと大変だから、やらせてあげてほしいんだ」
「ん、わかった。ただし、安全第一でお願いね。事故とか起こったら洒落にならないからさ」
マイアコットさんはそう言うと、近くで停まっているトラックの運転手さんに事情を話し、助手席に載せてもらって走り去っていった。
「そんじゃ、ドリルのやつはここまで上がってきてもらおっか」
ネイリーさんが再び精霊発電機に目を向ける。
しばらくすると、動きを止めていた採掘機がガタガタとキャタピラを回転させて動き出した。
かなりの速度で、こちらへと向かって走って来る。
それと同時に、飛空艇もゆっくりと街の入り口へと向けて動き出した。
「ネイリーさんすごいなぁ……チキちゃんも、ああいうふうに遠くにいる精霊さんと話せたりするの?」
「ううん。私は近くに行かないと話せないよ。ネイリーさんは魔法で話してるみたいだから」
「そっか。その魔法も使えたら、何かと便利そうだよね」
「うん。ネイリーさん、私にもその魔法、教えてもらえませんか」
チキちゃんが言うと、ネイリーさんはにっこりと微笑んだ。
「うん、いいよ。少し時間はかかると思うけど、練習してみよっか」
「お願いします!」
そんな話をしている間に、採掘機が斜面を登って俺たちの前にまでやって来た。
採掘機はダンプカーくらいの大きさで、キャタピラ式の装甲車の前面に大きなドリルが付いたような外観だ。
ヴヴヴ、と採掘機は低い音を立てながら、小刻みに振動している。
見たところ窓がないのだが、どうやって中から外を見るのだろうか。
「ええと、作業員の皆さん、こっちに集まってください!」
ネイリーさんが作業員さんたちを集める。
「今からこの機械の操縦の仕方を教えるので、覚えてください」
ネイリーさんはそう言うと、ぴょん、と四メートル近くもジャンプして採掘機に飛び乗った。
中にはハシゴがあるのか、カンカンと音を響かせてネイリーさんが車内に入る。
ガサゴソと中で何やらいじっている音が聞こえ、「おお!」とネイリーさんの驚く声が響いた。
数秒置いて、ネイリーさんがぴょこっと顔を出した。
バイクを運転するときに被るような、インナーバイザー付きのヘルメットを被っている。
「はー、びっくりした……あ、コウジ君たちは先に飛空艇のとこに行ってていいよ。私も後から追いかけるから」
「わかりました。あの、そのヘルメットはなんですか?」
「んとね、これを被ると、車内にいても採掘機の周りが全部透けて見えるの」
「えっ、車内からでも、外の景色が見えるってことですか?」
「そそ。まるで透明な乗り物に乗ってる感じになるの。すごいよこれ」
あはは、とネイリーさんが楽しそうに笑う。
天空島といい、この街の遺物といい、この世界には現世よりもはるかに進んだ科学力が存在していたようだ。
周りにいる作業員さんたちや見物人たちも、「へー」と感心した声を上げていた。
子供たちなんかは、「乗ってみたい!」と早くも騒ぎ出している。
「操縦も、なんか変な機械に手を当てて、思考を機械に同調させて動かすみたいなんだよ。操縦者登録もする必要があるみたい」
「うお、それはすごいですね。まるでアニメみたいだ……」
「ロボットアニメでそういうのありましたね! 宇宙戦艦に乗って火星に行くやつ、すごく面白かったのですよ!」
ノルンちゃんがうきうきした顔で言う。
ほんと、俺が見てきたもの全部を一緒に見ていたんだな。
漫画もアニメも、俺が見た作品の内容はすべて把握していそうだ。
「アニメ? なにそれ?」
「ええと、紙芝居の絵が動くやつっていうか、テレビで見るんですが……今度現世に戻った時にでも、いくつか見せますよ」
「ん、わかった。よくわからないけど、楽しみにしてるね!」
「ネイリーさんみたいな魔法使いが活躍するお話もあるんで、きっと面白いと思いますよ。今度いろいろ見せますね」
「うん!」
そうして、俺たちはネイリーさんをその場に残し、街の入り口へ行くべくバス停へと向かったのだった。




