86話:飛空艇
すさまじい轟音と眩い閃光が辺りを包む。
ノルンちゃんが俺に振り返り、慌てた様子で口をパクパクしている。
耳がキーンとしていて、何を言っているのかわからない。
俺は一瞬呆然としてしまったが、はっとして傍にいるチキちゃんに目を向けた。
「チキちゃん!」
チキちゃんは体を少し縮めて目をつぶっており、俺の声にも反応しない。
俺がチキちゃんに駆け寄って肩に触れると、チキちゃんが目を開いた。
「――に? なにが起こったの?」
聴力が元に戻り始め、チキちゃんの声が微かに耳に響く。
「チキちゃん、大丈夫? 怪我はない?」
「うん。なんともないよ」
チキちゃんの返事にほっと息をつき、俺は周囲を見渡した。
他の人たちも無事なようで、皆が困惑した顔で閃光が直撃した遺物に目を向けている。
「コウジさん、大丈夫ですか?」
ノルンちゃんが体を元に戻し、俺に駆け寄る。
「耳が少し痛いけど、大丈夫だよ。ありがとう」
「よかったです……皆さん、ご無事ですか?」
ノルンちゃんの呼びかけに、皆が「大丈夫」と返事をする。
「お、おい! コウジ、あれ見ろ!」
カルバンさんが遺物を指差す。
遺物の天辺、先ほどまで真っ黒でツヤツヤしていたはずのそれは、バキバキにヒビが入っていた。
その周囲の恐ろしく硬い地層も、ヒビだらけになっている。
「おお! あそこから崩せるんじゃないか!?」
「周りもヒビだらけだし、これなら砕けそうだぞ!」
「あっ! 皆待って! 下がって! もう一発来るって!」
遺物に駆け寄ろうとする作業員さんたちを、ネイリーさんが慌てて止める。
ネイリーさんは空を見上げて、大きく手を振りながら「ちょっと待って! ストップストップ!」と声を上げている。
「わっ、コウジ、空に精霊さんがいっぱいいるよ!」
チキちゃんが空を見上げ、驚いた顔で言う。
「えっ? 見えるの?」
「うん。あの雲の真下だけ、魔法障壁に少し穴が開いて……あ、閉じていく」
俺にはさっぱり分からないが、チキちゃんにはそれが見えているようだ。
ネイリーさんも、精霊さんの声が聞こえているのだろう。
「みんなー! 早く下がってー! 目を閉じて耳を塞いで!」
ネイリーさんの再度の呼びかけに、俺たちは慌てて遺物から離れて指示通りにする。
数秒置いて、再びすさまじい轟音が辺りに響いた。
恐る恐る、再び目を開いて遺物を見る。
黒い球体は粉々に砕け散り、周囲の地層もすべて剥がれ落ちて、隠されていた中身が丸見えになっていた。
「え、何だあれ?」
遺物があった場所には、バチバチと電気の帯を纏う巨大な四角い機械が鎮座していた。
ぱっと見では、街なかの変電所にある巨大な変圧器のような見た目をしている。
「これが精霊発電機なのですかね? あっ、光りだしましたよ!」
ノルンちゃんはそう言いながら、俺を守るように俺の前に立った。
その巨大な機械は唸りを上げ始め、いっそう眩しく光り輝く。
「わわっ!? なになに!?」
突然、周囲の地面が小刻みに揺れ始めた。
何かが地面の中で蠢いているかのような振動だ。
「あっ! 魔法障壁が消えちゃった!」
ネイリーさんが空を見上げて、驚いた顔で言う。
「ええと、ええと……えっ!? だ、ダメだって! 建物が壊れちゃうってば! ここには人もたくさんいるんだよ!?」
ネイリーさんがひどく慌てた顔で、精霊発電機に向かって叫ぶ。
「ネイリーさん、なにがどうなってるんですか?」
「精霊さんたちが興奮しちゃってて、博物館にある飛空艇を動かすって言ってるの! 地下に埋まってる機械も全部動かすって!」
「えっ!?」
ネイリーさんは大慌てで、精霊発電機に向かって「やめて!」と繰り返している。
地下にどんな機械があるのか俺にはわからないが、ネイリーさんの慌てようから察するに、地面の中からいろいろなものが飛び出してきそうだ。
「は!? それなら四十秒で出ていけ!? そんな短時間じゃ――」
「あ、あわわ! 皆さん、そのままじっとしていてくださいませ! コウジさん、私に抱き着いて!」
「うん! 寿命吸っていいから、お願い!」
「承知しました!」
俺がノルンちゃんの背に抱き着くと同時に、ノルンちゃんは両足を木の根に変異させ、ドスドスと地面に突き立てた。
「うおりゃあああ!!」
ノルンちゃんの両腕が無数の蔓に変異し、四方八方に勢いよく飛び出す。
あちこちにいる人々を一瞬で絡めとり、そのまま猛烈な勢いで採掘場の外へと運び出した。
「ノルンちゃん! 他にも人がいないか探さないと!」
「はい! しっかり掴まっていてください!」
「うん……おわあああ!?」
ノルンちゃんの両足の木の根がぎゅんぎゅん伸び始め、あっという間に俺たちは上空百メートル近くに到達した。
ノルンちゃんが眼下を見下ろし、あちこちで慌てふためいている人を見つけてはピンポイントで蔓を伸ばして絡めとる。
「ノルンちゃん、あそこの斜面にも人が!」
「はい!」
ノルンちゃんが数百メートル先の斜面に蔓を伸ばし、人を絡め取っては採掘場の外へと運び出す。
野菜を受け取りに斜面を下って来ていた人や、作業員さんたちにお弁当を運んできた乗り物が何台か見受けられた。
ノルンちゃんはお弁当を配達してきている小型トラックまでも、乗っている人ごと絡めとって持ち上げていた。
さすがフルパワー、とんでもない力だ。
「ふう、これで全員だと思います」
目につく人々をすべて救出し、ノルンちゃんが息をつく。
「建物の中に人はいないかな?」
「あの遺物が掘り出されるのを見ようと、作業員さんは全員集まってきていたので、大丈夫はなはずです」
「コウジ君、ノルンさん、早くこっちに!」
俺とノルンちゃんの耳元で、ネイリーさんの声が響く。
以前も使っていた、声を届ける魔法だろう。
採掘場の崖から、俺たちに手を振っているネイリーさんたちの姿が見えた。
「ノルンちゃん、行こう!」
「はい!」
鳥が空を飛ぶような勢いで、俺たちはあっという間にネイリーさんたちの下へと降り立った。
ノルンちゃんの太もも辺りから新たな木の根が伸びて地面に突き刺さり、体を固定する。
先に伸ばしていた根っこが採掘場の地面から引き抜かれ、しゅるしゅると彼女の体へと戻っていった。
ものの数秒で、ノルンちゃんの全身が人間のそれに戻っていく。
「コウジ、あれ見て!」
チキちゃんが採掘場を指差す。
あちこちの地面が盛り上がり、地中から先端にドリルの付いた巨大な機械がいくつも飛び出してきた。
何棟かの建物の一部が、その衝撃で崩壊していく。
「なんだありゃ? ドリル付きのスチームウォーカーか?」
カルバンさんが目を凝らしながら、地面から出てきたそれらを見やる。
てっきり採掘場全体が滅茶苦茶になるのかと思っていたけど、そうはならなくてほっとした。
その時、再び黒雲から稲妻がほとばしり、博物館の屋根に直撃した。
「あわわ、博物館が!」
マイアコットさんが悲鳴のような声を上げる。
博物館の屋根がガラガラと崩れ落ち、中から飛空艇が姿を現した。
「飛空艇……あ、何か動いてるよ!」
チキちゃんが言うように、屋根が崩れて露出した飛空艇の上部が数カ所、左右にゆっくりとスライドして開いた。
その中から、いくつもの巨大なプロペラが、ゆっくりと姿を現す。
ヒュイーン、と機械の駆動音を響かせてプロペラが回転し、飛空艇が空へと浮かび上がった。
上空の黒雲が霧散し、光が精霊発電機に降り注いでいく。
再び空で輝きだした太陽の光を浴びた飛空艇は、俺の目にはこのうえなく美しく見えた。
「す、すげえ……」
まるでゲームか映画のワンシーンのような光景に、俺は思わず感嘆の声を漏らしてしまった。
博物館が半壊してしまっているという悲惨な状況だが、正直かなり感動している。
夢にまで見た光景を、まさかこの目で見ることができるとは。
「えっと……精霊さん、とりあえず満足したみたい。地下に埋まってる機械を掘り出すのを手伝ってくれって言ってるよ」
ネイリーさんが疲れたように苦笑しながら言う。
「えっ、手伝ってくれって、精霊さんたちが遺物を掘り出してくれるってこと!?」
空を飛ぶ飛空艇に目を丸くしていたマイアコットさんが、喜びの色が混じった声で聞く。
「うん。地下に埋まってる大昔の機械、まだ動くやつがたくさんあるんだって。それを全部掘り出すんだってさ」
「おおっ! そうなんだ! 今、地面から出てきたドリルが付いてる機械、あれって私たちで動かせるの?」
「ちょっと待って。聞いてみるから」
「あと、採掘場にある建物、これ以上壊さないように言っておいて! それが最優先だから!」
「うん、伝えてみるね」
ネイリーさんを介して、マイアコットさんが精霊さんと交渉を始める。
俺は飛空艇の姿に目を奪われっぱなしで、半分聞き流しているような状態だ。
「コウジ、嬉しそうだね」
俺が口を半開きにして飛空艇に釘付けになっていると、チキちゃんが俺を見上げて言った。
「うん……こんな光景を見ることができるなんて、思ってなかったからさ……」
「見れてよかったね。コウジが幸せそうで、私も嬉しい」
チキちゃんがにこりと微笑むのが視界の端に映る。
俺は飛空艇を見つめたまま、小さく頷いた。




