85話:稲妻
数日後。
俺はチキちゃん、カルバンさんと一緒に、マイアコットさんの家の屋根を修理していた。
チキちゃんとカルバンさんが屋根の上に上っていて、トンカントンカンと屋根の張り替え作業に精を出している。
俺はベランダから道具や板材をふたりに渡す係だ。
「コウジ、もう一枚、板を持ってきてくれ」
「了解です!」
屋根へと掛けられた梯子を上り、カルバンさんに板材を手渡す。
足元を見ながら梯子を下りると、ちらりとベランダ下の道路が目に入った。
さすが三階建てということもあって、かなりの高さだ。
「うへ、怖い怖い。カルバンさんもチキちゃんも、高いところは平気なの?」
俺が言うと、カルバンさんがかっかと笑った。
「こんなんでビビってたら、屋根修理なんてできねえよ。俺、この家の五倍くらいの高さの、議事堂の屋根の修理もしたことがあるぞ」
「五倍ってすごいですね。落ちたら確実に死んじゃうじゃないですか」
カルバンさんとチキちゃんは、腰に縄を結んでベランダの鉄格子に縛り付けてある。
念のための命綱だ。
「だな。俺の前任者が足滑らせて落っこちて死んだっていうんで、代わりに俺が雇われたんだ」
「そりゃまた恐ろしい……って、チキちゃん、そういえば、高いところは苦手じゃなかったっけ?」
以前、天空島でグランドホークに運ばれた時のことを思い出す。
チキちゃん、「高くて怖い!」とかなり怯えていたはずだ。
「これくらいなら平気。ちょっとだけ怖いけど」
「そっか。俺、代ろうか?」
「ううん、大丈夫。ありがとう」
そうして屋根の修理を続けていると、階下から階段を上がる音が響いてきた。
ネイリーさんがベランダにいる俺を見つけて、にこっと微笑む。
「お疲れ様! ノルンさんが、そろそろ遺物が掘り出せそうだから、コウジ君たちを呼んで来いってさ」
「おっ、ついにですか!」
ノルンちゃんはずっと採掘場におり、野菜を育てながら遺物の真下に植えた竹を育ててくれている。
予定では五日くらいかかるはずだったけど、俺となんやかんやあったおかげで竹の成長速度が促進されたようだ。
「カルバンさん、屋根の修理は終わりそうですか?」
「おう、もう少しだ。待っててくれ」
そうして屋根の修理が終わるのを待ち、俺たちは遺物採掘場へと向かった。
俺たちが採掘場に着くと、例の遺物の周囲には黒山の人だかりができていた。
「あっ、コウジさん! お待ちしておりました!」
ノルンちゃんが俺たちに気づき、満面の笑みで大きく手を振る。
「お待たせ。今から掘り出すの?」
「はい! 遺物の真下と周囲の土のなかは、もう竹で一杯なのです。すぐにでも持ち上げられますよ!」
「そうなんだ。じゃあ、お願いできるかな?」
「承知いたしました! コウジさん、ぎゅっとしてくださいませ!」
「うん」
俺がノルンちゃんに後ろから抱き着くと、ギャラリーから「ヒューヒュー!」と茶化す声が響いた。
野菜を受け取りに来る街の人たちは、常日頃から俺たちが引っ付いている姿を目にしているので慣れっこだ。
ちなみに、毎晩チキちゃんとノルンちゃんに代わりばんこで、俺はラブホテルに引っ張り込まれている。
なんだかんだで、三人同時で一緒にというのはふたりとも抵抗があるらしい。
「いきますよー! そうれっ!」
ノルンちゃんがくわっと目を見開くと同時に、ズズズ、という地響きが遺物の周囲から響きだした。
遺物を囲んでいる固い地層が無理やり地面から引きはがされ、遺物ごとゆっくりと持ち上がり始める。
「わわっ! すっごい迫力!」
ばらばらと土をまき散らしながら持ち上げられていく遺物に、ネイリーさんが楽しそうな声を上げる。
マイアコットさんも、「おー!」と声を上げて楽し気だ。
「皆様、遺物をそちらに降ろしますので、場所を空けてくださいませ!」
ノルンちゃんの呼びかけで、ギャラリーたちがスペースを空ける。
竹の根が大きくうねり、ずしん、と遺物を地面に下ろした。
遺物は埋まっていた時の状態のまま、横にもならずに直立したままだ。
遺物自体が球体なので、これが正位置なのかはわからないけども。
「うお、でっけえなぁ……で、これからどうするんだ?」
カルバンさんが遺物を見上げながら、マイアコットさんに言う。
遺物の大きさは、周囲を覆っている硬い地層も合わせて、高さ五メートルは優にありそうだ。
横幅はさらに大きく、七、八メートルはあるだろう。
「とりあえず、周りの土をそぎ落とさないとだね。ノルンさん、どうにかできそう?」
マイアコットさんがノルンちゃんに話を振る。
俺とノルンちゃんは、まだ引っ付いたままだ。
「うーん……難しいとは思いますが、試しにやってみるのですよ」
ノルンちゃんが腕を蔓に変異させ、先端をドリルのような形にする。
ビキビキと音を響かせて、先端が焦げ茶色に変色しながら硬質化した。
「せえっのっ!」
勢いよく蔓が伸び、遺物周囲の地層にぶち当たる。
メキッ、という木材が割れるような音が響くと同時に、ノルンちゃんが「あいたっ!?」と叫んだ。
どうやら、硬質化した蔓の先端が割れてしまったようだ。
「ふええ……やっぱりダメだったのです」
ノルンちゃんが蔓を人間のそれに戻すと、中指と薬指が裂けて血が滲んでいた。
だが、それも数秒のことで、みるみるうちに傷が塞がって元の綺麗な手に戻った。
「そっかぁ。じゃあ、皆で地道にやるしかないか」
マイアコットさんがそう言った時。
急に日の光が遮られ、採掘場全体が薄暗くなった。
皆が一斉に空を見上げる。
いつの間に現れたのか、真っ黒な雲が俺たちの頭上を覆っていた。
「あれ? いつの間に雲が――」
俺が言いかけると同時に、雲の中心が眩く光り輝いた。
「コウジさん!!」
ノルンちゃんの体が一瞬で硬質化し、背にくっついている俺を覆い隠すように、彼女の体から無数の蔓が伸びる。
それとほとんど間を置かず、巨大な雷が遺物めがけて撃ち下ろされた。




