84話:博物館
マイアコットさんの家でリルちゃんとポンスケ君に屋根の応急処置をしたことを報告し、俺たちは遺物採掘場へと戻ってきた。
俺の手には、バスケット一杯の焼きたてパン。
ノルンちゃんは俺と腕を組みながら、鼻歌混じりでご機嫌だ。
「皆様! おはようございまーす!」
ノルンちゃんが手をぶんぶんと振り、畑仕事をしているチキちゃんやカルバンさんに呼びかける。
「おっ、戻って来たか。おはようさん」
カルバンさんが作業の手を止め、爽やかな笑顔を向けてくれる。
「その様子だと、まあ、よろしくやってきたようだな」
「はい! 私もついに、大人の階段を上らせていただきました!」
いひひ、とノルンちゃんがはにかむ。
嬉しそうで何よりだ。
「おかえり。ふたりとも、朝ごはんは食べた?」
チキちゃんが俺たちの下へと駆け寄ってくる。
「ううん。まだこれから。朝食用にって、リルちゃんがパンを焼いてくれたよ」
「そっか。じゃあ、コーヒー淹れるね」
「うん、お願い」
「おっ。コウジ君、ノルンさん、たっぷりラブラブしてきたかな?」
「爛れた夜を過ごしてきたのかなー?」
ネイリーさんとマイアコットさんも畑から出てきた。
「それはもう、たっぷり爛れさせていただきました……はふう、思い出しただけで、顔が熱くなってしまうのですよ」
ノルンちゃんが頬に手を当て、うねうねと身をよじる。
昨夜の幻想的な雰囲気はどこへ行ってしまったのだろうか。
「そっか! ノルンさん、よかったね!」
「いやぁ、青春だねぇ……私もそんな想いをしてみたいもんだよ」
にっこりと微笑むネイリーさんと、爺臭いことを言うマイアコットさん。
「マイアコットさん、まだ若いじゃないですか。美人なんですし、すぐに彼氏くらいできますよ」
「いやー、私、奥手だからさ。そういうのは縁がなくて」
あはは、とマイアコットさんが笑う。
「それはそうと、昨夜はノルンさんがいなかったせいだと思うんだけど、野菜も果物も全然大きくなってないんだよ」
マイアコットさんが畑に目を向ける。
トマトは小さく青い実をつけており、白菜はまだ中途半端な大きさで葉を広げていた。
「あっ、そうでした! すぐに育てますので、少々お待ちを!」
「ノルンちゃん、ご飯食べてからにしようよ。急いで作らないといけないってわけでもないんだから」
「でも、今日も街の人たちが野菜を受け取りに来ると思うのですよ。早くやらないと、がっかりさせてしまうのです」
「んー、そっか。じゃあ、パンを齧りながらやる?」
「そうします! コウジさんにくっついていると少し早く成長させられますので、一緒にいてもらえると」
「うん、いいよ」
「いひひ。よろしくお願いしますね!」
ノルンちゃんと腕を組みながら、パンを齧りつつ畑の間を練り歩く。
ノルンちゃんが傍にいれば野菜は成長速度を加速させるとのことで、別に踊る必要はないらしい。
普段踊っているのは、「そのほうが気分が盛り上がるから」とのことだ。
「コウジ、コーヒー淹れたよ」
パンを齧りながら畑の間を歩いていると、チキちゃんが湯気の立つ紙コップを2つ持ってきてくれた。
「ありがと。ノルンちゃん、コーヒー飲もう」
「はい!」
畑の真ん中で立ち止まり、コーヒーを口にする。
朝露に濡れた野菜たちはキラキラと輝いていて、空気も清々しくてすごく贅沢な時間を過ごしている気分になる。
「ノルン様、嬉しそうだね」
終始ニヤニヤしているノルンちゃんに、チキちゃんが嬉しそうに微笑む。
「はい! もう、幸せ一杯っていう感じです! 心がぽっかぽかなのですよ!」
「これで、3人でずっと一緒にいられるんだよね?」
「はい。未来永劫、ずっと一緒なのですよ。ソフィア様からも許可を頂きましたので、この理想郷でずっと一緒にいられます」
「バグ取りが終わらなくても大丈夫なの?」
「その点については、きちんとすべてこなす必要がありますね。この世界は地球と同じくらいの広さがあるので、かなり時間がかかるかもしれませんが」
「俺はいくら時間がかかっても大丈夫だよ。むしろ、バグ取りは楽しいし、たくさんあったほうが嬉しいかな」
ノルンちゃんも知らないようなびっくり要素がたくさんあるこの世界は、刺激満載でとても楽しい。
巨大クジラや天空島のように命の危険に遭遇することもあるが、別に死んでも大丈夫とのことなので不安はない。
カルバンさんやネイリーさんはそうもいかないので、あまり無茶して彼らを危険な目に遭わせることはできないけれど。
「おーい、コウジ君」
俺たちがマッタリしていると、マイアコットさんが歩いてきた。
「今朝、作業員さんたちがさ、コウジ君たちのためにって、発掘途中の工場とかお店を危なくないように今日のうちに片づけてくれるって言ってきたんだ。見学させてくれるらしいよ」
「えっ、ほんとですか! ぜひ見てみたいです!」
どうやら、野菜の無料配布や遺物採掘のお手伝いが功を奏したようだ。
やはり、知らない土地に踏み入って現地の人と仲良くなるには、贈り物やお手伝いが一番のようだ。
「それじゃ、伝えておくね。博物館はすぐに見れるけど、野菜を育て終わったら見に行く?」
「行きたいですねぇ。ノルンちゃん、野菜が収穫できるようになるまで、どれくらいかかりそう?」
「あと四時間くらいかかるかと思います。お昼過ぎくらいには終わるかと。コウジさんの寿命をいただければ、もっと早くできますよ」
「いや、寿命は吸わないでもらおうかな……」
そんなこんなで、俺たちは博物館見学をすることになったのだった。
四時間後。
俺たちはマイアコットさんに連れられて、採掘場にある博物館の前へとやって来た。
野菜畑は近場にいた作業員さんたちにお願いして、野菜を貰いに来た人たちに「ひとり一カゴ分、自由に採って持って帰っていい」と伝えてくれるようにお願いした。
「博物館、ボロボロだね……」
大きな二階建ての建物を見上げ、チキちゃんが言う。
これぞ、ザ・廃墟、といった様相で、あちこちの壁は崩れて中の鉄筋がむき出しになっている。
博物館というより、崩壊しかけている廃墟といった見た目だ。
「まあ、千年以上埋まってた建物だからね。崩れる心配はないみたいだから、安心してよ」
マイアコットさんがランタンを手に、中へと入って行く。
俺たちも、それに続いた。
「おおっ!?」
「おー」
入ってすぐ目に入った巨大な物体に、俺とノルンちゃんは声を上げた。
赤黒く錆びついた、長方形の車体。
底部に備えた長いキャタピラ。
車体前面に備えられた、カーブを描いた排土板。
おそらくこれは、ブルドーザーだ。
「これ、ブルドーザーですか?」
俺の声に、マイアコットさんが頷く。
「そそ。これは『蒸気ブルドーザー』だよ。設計図も残ってて、これを元にして作ったブルドーザーを採掘場でも使ってるんだ」
「蒸気エンジンで動くブルドーザーですか。使い勝手はどうです?」
「すっごく便利だよ。ものすごく石炭を使うけどね。さ、次に行こうか」
マイアコットさんに連れられて、奥へと進む。
街で見かけるようなスチームウォーカーや、鉱山で使うトロッコ列車、防塵マスクや防護服など、いろいろなものが展示されていた。
「ここにあるものはほとんど全部、土に埋まっちゃっててさ。一度掘り出してから展示し直してるから、あちこち欠損してたりするんだよね」
「へえ……それらを分解して、作り方を調べて街では使ってるってことですか?」
「ううん。資料室にあった設計図を見て作ったの。地下にあったせいか、そこだけ土に埋まってなくてさ。まるっと無事だったんだ」
「そうなんですか。千年以上経っても、紙ってボロボロにならないんですね」
「鉄の箱に入って油紙で包んであったからね。貴重な資料として、大切に保管されてたみたい」
そうして博物館内を練り歩き、展示されている機具を見て回った。
羽ばたき飛行機械も展示されてはいたのだが、土砂で潰れてしまったようで、ほとんど原型をとどめていなかったのが残念だ。
さらに奥へと進むと、今まで見てきたものとは桁違いに巨大な物体が展示されていた。
マイアコットさんのスチームウォーカー、ゴリちゃんの十倍くらいはある、巨大な葉巻型の物体だ。
「でっけえなぁ。こりゃ何だ?」
カルバンさんが物体を見上げて言う。
「飛空艇。ほら、そこのネームプレートに書いてあるでしょ?」
マイアコットさんが指さすネームプレートを皆でのぞき込む。
そこには『蒸気魔力飛空艇』と書かれていた。
「えっ、これが空を飛ぶのか?」
「みたいだね。でも、設計図に載ってた『魔力炉』っていうものの構造が理解できなくて、私たちじゃ再現できないんだ」
「魔力炉ってことは、石炭の代わりに魔力を炉にくべるのかな? くべるっていうか、私みたいな魔法使いが魔力を送り込むっていうか」
ネイリーさんが飛空艇を見上げ、興味深そうに言う。
「うーん、どうなんだろうね? 『精霊魔力抽出装置』っていうのが設計図には載ってたんだけど、さっぱりわからなくてさ」
「抽出装置? ちょっと物騒な名前だね……精霊さんを閉じ込めて、魔力を吸い出す装置なのかも」
「精霊さん、可哀相だね……」
ネイリーさんとチキちゃんが顔をしかめる。
もしネイリーさんの推測が当たっているならば、精霊さんを奴隷のように使ってエネルギーを得る装置ということになる。
日頃から精霊さんと対話しているふたりにしてみれば、気分のいい話ではないだろう。
「まぁ、図面自体がさっぱり分からないし、再現のしようもないからさ。こんなものもあったんだー、って眺めるだけだから、安心してよ」
「もし再現できるようになっても、今言ったような物だったら作っちゃダメだよ。そんなことしたら、絶対にろくなことにならないからさ」
「精霊さんをいじめちゃダメだよ」
ネイリーさんとチキちゃんが言うと、マイアコットさんはすぐに頷いた。
「うん、分かった。私の目の黒いうちはそんなことさせないから、安心して」
そうして俺たちは博物館をすべて見て歩き、失われた古代文明に思いを馳せたのだった。