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83話:デレデレ

「……ん」


 鼻孔をくすぐるほのかな香ばしい香りに、俺は目を覚ました。

 目を擦りながら、ベッドから身を起こす。

 視線の先には、テーブルに置いたマグカップをスプーンでかき混ぜているノルンちゃんの姿があった。


「あっ、コウジさん。おはようございます!」


 身を起こした俺にノルンちゃんが気付き、にぱっと笑顔を向けてくれる。

 俺は全裸だが、ノルンちゃんはすでに衣服を纏っていた。


「おはよ。それ、コーヒー?」


「はい! 『羊飼いの木』の根っこで、コーヒーを作ってみました!」


「羊飼いの木?」


 ベッドから出て、ノルンちゃんに歩み寄る。


「はい。根っこをすり潰してお湯で煮出すと、コーヒーのような味が……あ、あわわ! コウジさん、ご立派なものが!」


 ノルンちゃんが、自己主張している俺のマイサンを見て顔を赤くする。

 いわゆる、朝の生理現象状態になっていた。


「あ、ごめん!」


 ベッドの隅にきちんと畳まれていた服を掴み、慌てて着る。

 どうやら、ノルンちゃんが畳んでおいてくれたようだ。


「はうう、昨夜のことを思い出して顔から火が出そうなのです……私もとうとう、大人の階段を上ってしまったのですよ」


 ノルンちゃんが両手を頬に当て、うねうねする。

 昨夜はあれから、ノルンちゃんと濃密な一夜を過ごした。

 昨夜のノルンちゃんは、いつものようなおちゃらけている雰囲気は微塵も見せず、実に蠱惑的というか情熱的に俺のことを求めてきた。

 行為の最中、俺は脳みそがとろけるんじゃないかと思うほどの快楽を感じてしまった。

 彼女の体から、何か麻薬物質でも出ているのではと疑いたくなるほどだ。


「はは。でも、ノルンちゃんノリノリだったじゃん」


「そ、それはその、勢いというか気分が盛り上がったせいというか……恥ずかしいことを言わせないでくださいませ!」


 ぐい、とノルンちゃんがマグカップを俺に突き出す。

 薄い灰色のお湯の中に、クリーム色の木片が沈んでいる。

 どうやらこれが、羊飼いの木の根っこのようだ。


「おお、いい香り。コーヒーと同じ匂いだね」


「はい。味も焙煎したコーヒーと同じという話です。私もまだ、飲んだことはないのですが」


「そうなんだ。それじゃ、いただきます」


 ふうふうと息で冷まし、マグカップに口をつける。

 本物のコーヒーと同じ味と香りが口の中に広がり、俺は思わず目を見開いた。


「うわ、本当だ! コーヒーの味がする!」


「おおっ、それはよかったです! 私もいただいていいですか?」


「うん。どうぞどうぞ。立ったままってのもアレだし、座ろうか」


 ベッドにふたりで並んで腰掛ける。

 ノルンちゃんはマグカップに口をつけ、一口飲んだ。


「んっ、本当ですね! 本物のコーヒーに負けず劣らずなのですよ!」


「美味しいよね。これ、天空島でも栽培してみればよかったかな?」


「ですね。でも、これは根っこを使うので、木の実を採取するより収穫効率が悪いと思うのですよ」


「ああ、確かに……って、この根っこ、もしかして、ノルンちゃんの体を切り取ったものだったりする?」


 ノルンちゃんは今朝起きてからコーヒーを作ったということは、種から羊飼いの木を栽培するのは間に合わないはずだ。


「はい。指先をちょこっとだけ、根っこに変えて切り取りました」


「ええっ!? 切り取ったって、痛かったんじゃない?」


「えへへ、少しだけ痛かったです。でも、昨夜コウジさんからたくさん神力をいただいたので、大丈夫なのですよ」


 ノルンちゃんが照れ顔で言う。

 神力はあっても、痛みの抑制はできないのか。


「うーん。どれくらい痛いのか俺には分からないけど、無理はしないでよ?」


「はい、ありがとうございます。でも、これくらいなら全然平気ですので」


 ノルンちゃんがコーヒーを半分飲み、俺にマグカップを手渡す。

 俺は残りを、ぐいっと飲み干した。

 これ、ノルンちゃんの出汁と考えることもできるよな。


「えへへ。コウジさん」


 俺がコーヒーを飲み終わるのを待っていたかのように、ノルンちゃんが俺に抱き着いてきた。


「私、すごく幸せです。心がぽっかぽかなのですよ」


 そう言いながら、俺の胸に顔をスリスリしているノルンちゃん。

 恥ずかしがったかと思えば、子猫のように甘えてきたりと、なんとも可愛らしい。


「うん、俺も幸せだよ」


「嬉しいです! ちゅーしてくださいませ!」


「はいはい」


 それから数分いちゃいちゃし、俺たちは部屋を出たのだった。




「はー。素晴らしい朝ですね! 希望の朝なのですよ!」


 朝もやに包まれる大通りを歩きながら、ノルンちゃんが明るい声を上げる。


「あっ、コウジさん。スチームウォーカーが列をなしていますよ!」


 道にはずらっとスチームウォーカーが並び、朝の通勤渋滞のようだ。

 二本足や四本足、円形車輪や多角車輪など、いろいろな足を持つスチームウォーカーが雑多に並んでいる。

 まるで、スチームウォーカーの展覧会のような様相だ。


「だね。皆、工業地区に行くのかな?」


「そのようですね。皆さん、これからお仕事のようです」


「工業地区も見てみたいなぁ。スチームウォーカー製造工場もあるだろうし、どうなってるのか見てみたいな」


「面白そうですね! あとで、マイアコットさんに見学させてもらえるように頼んでみましょう!」


 そうして話しながら通りを歩き、俺たちはマイアコットさんの家へとやってきた。

 昨日チキちゃんが言っていた、間もなく大雨がやってくるというのは本当のことらしいので、屋根の補強を行うのだ。


「さて、ぱぱっとやってしまいましょう!」


 ノルンちゃんの足がざわざわと木の根に変異し、にょきにょきと伸び出した。

 体がぐんぐん上に昇って行き、あっという間に屋根に到達する。


「よいっしょー!」


 ノルンちゃんの髪の毛がぶわっと広がり、すさまじい勢いで伸びて大きな一枚布を作り出した。

 布はうねうねと動きながら、屋根全体を覆いつくすとぴたりと張り付いた。


「これでよしっと……いたたっ!」


 ノルンちゃんが硬質化した指先で、髪の毛と布との境目をばっさりと斬り割く。

 どうやら、髪の毛にも痛覚があるようだ。

 ノルンちゃんの足の木の根が縮まり、地面に降りてくる。


「終わりました。これで、一日二日なら持つと思います」


「お疲れ様。ずいぶん早く終わったね」


「はい。昨晩、コウジさんに愛してもらったおかげで、私の神力は満タンなのです。神力の行使速度もアップしているのですよ」


「そんな効果もあるんだ……」


「はい。愛の力というやつですね!」


 そう言って、ノルンちゃんが俺の腕に自身の腕を絡める。


「でも、今ので少し消耗してしまったのです。しばらくの間、くっつかせてくださいませ」


「はは。好きなだけどうぞ」


「いひひ。では、好きなだけ引っ付かせてもらうのですよ」


 ノルンちゃんがぎゅっと俺の腕を抱き、ぴったりと俺に寄り添う。


「それじゃ、皆のところに戻ろっか」


「はい! あ、その前に、リルさんとポンスケ君にも挨拶していきましょう!」


「それもそうだね」


 デレデレになったノルンちゃんにへばりつかれながら、俺は玄関扉に歩み寄った。

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