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8話:主人公補正

「よいしょ! もうちょっとなのですよ!」


 ノルンちゃんが肉塊を俺に渡し、元気いっぱいの笑顔で言う。

 あれから、彼女の蔓で壁をズタズタに突き崩したのだが、壁があまりにも厚すぎて千切れた肉を外に押し出すことはできなかった。

 仕方がないので、皆でバケツリレー方式で、それらを掻き出しているというわけだ。

 ちなみに、ノルンちゃんの蔓は柔らかく小さいものを掴んだり運んだりするのは苦手とのこと。

 基本的に、突き刺したり巻き付いたりといった、大雑把な行動しかとれないらしい。

 操る蔓を数本にして、時間をかけてゆっくりとなら、できないこともないらしいのだが。


「ううむ、すんごい量だなこれ」


「そうですね。でも、全然臭いませんね」


 ずっしりとしたグリードテラスの肉片を俺から受け取り、カーナさんが言う。

 言われてみれば、あって当然の生臭さが微塵も感じられない。

 グリードテラスに飲み込まれた直後も、まったく臭いを感じなかった。

 体液まみれになったノルンちゃんも、まったくの無臭だ。


「なあ、結構美味いぞこれ」


「へえ、そうなん……って、食ってるんですか!?」


 驚いて、声の方に振り向く。

 何人かの人魚さんたちが山積みの肉片の傍にしゃがみ込んで、もぐもぐとおやつタイムに興じていた。


「俺らもたまに、ちっちゃい種類のクジラを捕まえて食べるからさ。食べれるんじゃないかなと思ってね」


「グリードテラスっていっても、空飛んで暴風巻き起こすだけで、クジラはクジラだもんな」


「腐る前に、できる限り燻製か塩漬けにしちゃいましょ。こんなにあるのに、もったいないわ」


 もっしゃもっしゃと肉を頬張りながら、そんな話をしている人魚さんたち。

 数時間前まで死にそうな目に遭っていたというのに、なんともたくましい限りだ。


「あ、ほんとだ。コウジさん、美味しいですよこれ!」


「あらほんと。美味しいです」


「お前らも食ってるんかい!」


 ノルンちゃんやカーナさんまで肉を食い始めている。

 それにつられて他の皆もその場に座り込み、近場にある肉片をもぐもぐと食べ始めた。

 警戒している自分がアホらしくなってきたので、俺もノルンちゃんから1欠片もらって口に入れる。


「うわ、なんだこれうっま!」


 ほんのり塩味が効いた、馬刺しみたいな味だ。

 まったく筋張っておらず、程よい歯ごたえで非常に食べやすい。

 店で食べたら、一皿5枚で1500円くらい取られそうな味だ。


「コウジさん、せっかくだし食事休憩にするですよ。このお肉には、有毒物質は何も入っていません。栄養価も高いですよ。何だか、ほのかに祝福の力も働いていますし」


「え、そんなことも分かるの?」


「はい。体内に取り込めば、それに何が入っているのかは分かります。これでも一応、栽培の女神なので」


 栽培の女神だと何故それができるのかはよく分からないが、女神様が大丈夫というのだから大丈夫なのだろう。


「もし誰かが傷んでるお肉を食べちゃってお腹を壊しても、奇跡の光に当たれば問題ないのですよ」


「マジか。てことは、今の俺ならフグの毒でも無毒化できるのかね?」


「テトロドトキシンは厳しいと思うですよ。奇跡の光は癒しの力を持ちますが、猛毒を即時解毒するといったほどの力はないのです。過信は禁物なのですよ」


「食中毒くらいなら平気ってこと?」


「程度にもよりますけどね。コウジさんに限って言うなら、腐ってすっぱい臭いがする牛肉を食べても、最悪下痢するくらいで済むと思いますよ」


「それ、地味にすごいな。腐肉を食らう野生動物みたいだ」


「あと、その光がある限り、よっぽどのことがない限り病気には罹らないかと」


「なにそれすごい」


「主人公補正ってやつですね。理想郷に来た際のオマケみたいなものです。健康第一なのですよ」


 まさか、そこまで便利なものだったとは。

 正直、強力な身体能力やら攻撃魔法やらが使えるよりも、日常生活を快適に過ごせるこの光の玉のほうが俺には合っている。

 一生病気から守ってくれて、ちょっとした怪我なら短期間で治癒させてくれる光の玉。

 なんて素敵な贈り物なのだろう!

 とはいえ、ずっとこのまま目の前に浮かんでいるというのは少々邪魔だ。

 寝る時なんか、まぶしすぎて絶対に困る。

 どうにかして、一時的にでも引っ込められないだろうか。


「あれっ?」


 そう思った瞬間、光の玉が俺の身体の中に引っ込んだ。


「わっ、真っ暗なのですよ! コウジさん、引っ込めないで欲しいです!」


「ご、ごめん。でも、どうやって……あ、出た」


 慌てながらも光の玉が出るように念じたところ、すぐにまた目の前に飛び出してきた。

 どうやら、これは俺の意志で出し入れ自由なようだ。

 

「この光の玉ってさ、頭の上とかに移動できないの? 目の前にあると邪魔でしょうがないんだけど」


「もちろんできますよ。一旦引っ込めて、頭の上の好きな高さに出るように念じてくださいませ」


 言われたとおり、光を引っ込めて、念じる。

 ひゅっと、頭の上1メートルくらいの位置に、光の玉が飛び出した。

 玉はその位置で固定され、いくら念じても動かすことはできない。

 やはり、俺を基準位置とした固定式のようだ。


「おお、できた。でもさ、これ不便じゃない? 自在に動かせた方がいいような気がするんだけど」


「いえいえ、固定の方が便利なのですよ。自在に動かせるようにすると、あっちを見たりこっちを見たりするたびに、光が動いちゃいますから。邪魔くさくて、出してられないのですよ」


「む、そうなのか。言われてみれば確かに……」


「外が見えたぞー!」


 俺たちが肉を食べながらそんな話をしていると、肉のトンネルの奥から声が響いた。

 数人の人魚たちが、肉を食いながら肉をかき分けていたようだ。

 



「次のかたどうぞー!」


 外に降り立ったノルンちゃんが、こちらに向かって声を張り上げる。

 彼女の足は木の根になって地面に固定されていて、両腕は数十本の蔓に変化していた。

 蔓は滑り台のような形に束ねられており、俺たちのいる脱出口へと延びていた。

 地上から脱出口までの高さは、50メートル近くはあるだろう。

 長さは100メートルちょっとといったところだろうか。

 今は一人ずつ、地上へと滑り降りているところだ。

 俺は皆を安全に滑らせるための誘導員役で、ノルンちゃんは地上での受け止め役である。


「はい、どうぞ。いってらっしゃい」


「いってきまっひょおおお!」


 送り出した若い女性の人魚さんが、勢いよく滑り降りていく。

 摩擦熱とか大丈夫なのだろうか。


「はー、ノルン様、本当にすごいですね。女神様って、本当にいるんですね」


 楽しそうに歓声を上げながら滑り降りていく女性を眺め、カーナさんが感心したように言う。

 確かにすごいんだが、この滑り台を作るのには10分以上はかかっていた。

 俺と手をつなぎながら作ったにもかかわらず、しんどいしんどいと連呼しながらやっていた。

 このような能力の使い方は、体力もそうだが神経も磨り減るのだろう。


「そうですね……あの、街を壊しちゃって本当にすみませんでした……」


 俺は瓦礫の山と化している街を前に、びくびくとカーナさんの横顔を見た。

 ノルンちゃんは街なかで超絶パワーを発揮したらしく、港付近にとんでもない太さの巨木が生えていた。

 巨木は下降してきたグリードテラスの腹を貫いて息の根を止め、その後に半ばで折れてしまい、グリードテラスは街の中心に墜落したのだ。

 墜落の下敷きと衝撃とで、街の建物の9割方が崩壊していた。

 周囲一帯の草木はどれも枯れ果てており、茶色く変色してしまっている。

 ノルンちゃんが生命力を根こそぎ吸収した結果だろう。


「いえいえ、街はまた再建すればいいんですし、気にしないでください。お二人のおかげで、1人も欠けずに助かったのですから」


「うう、そう言ってもらえると救われます……でも、家は何とかしないとですよね。このままじゃ野宿生活だ」


「あ、それなら大丈夫です。海中のお家が使えると思いますので」


「えっ、水の底に見えた建物って、皆さんの家だったんですか?」


「私たちが作ったわけではないんですけどね。大昔からある海底遺跡を、そのまま使わせてもらっているんです」


 さすが人魚、陸地でも水中でも生活できるようだ。

 これなら、彼女たちの寝床の心配はひとまずいらなそうだ。


「あの、一つお伺いしたいのですが……」


「何です?」


「コウジ様も、神様なのですか?」


「いや、俺は一般人です」


 即答する俺に、カーナさんが小首を傾げる。

 そういえば、さっきノルンちゃんと話していた際に『世界を作り上げた~』とか『世界の根源は~』みたいなことをみんなの前で話してしまっていた。


「えっとですね、何て言えばいいのか……俺、ノルンちゃんと初めて顔を合わせたのも、つい昨日の話なんですよ。なんやかんやあって、ノルンちゃんと一緒にこの街にたどり着いて、今こんな感じです」


「は、はあ。なんやかんやですか」


 まったく説明になっていない気もするが、これまでのいきさつをすべて説明しても理解してもらえないだろう。

 この世界が誕生したのはつい昨日だなんて、当事者の俺ですら正直信じられない。


「俺のことはいいとして、ちょっと聞きたいことがあるんですが」


「あ、はい。何でも聞いてください」


「あのグリードテラスって、他にもたくさんいたりするんですか?」


「どうでしょう。この辺に現れ始めたのも、つい2カ月前くらいなので……もしかしたら、他の地域にも現れているかもしれないですね」


「え、あれって、昔からいたわけじゃないんですか」


「はい。何年か前から、世界のあちこちでよく分からない生き物やら、伝説上の怪物やらが出現し始めたらしいんです」


「そうだったんですか……あれ? ならどうして、皆さんは全員グリードテラスに飲み込まれてたんですか? 現れ始めてからしばらくの間は、何とか逃れてたんですよね?」


「えっと……年に一度のお祭りで盛り上がっているところにグリードテラスが現れちゃって……深夜だったせいで出現に気付かずに、皆まとめて……」


「ええ……」 


「コウジさーん! 皆さん降り終わりましたよー! 降りてきてくださーい!」


 何とも間抜けな話を聞いたところで、ノルンちゃんが俺たちを呼んだ。

 続きは下に降りてからにするとしよう。

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