79話:そんなことより収穫だ!
「もぐもぐ……うう、やっぱりベーコンは最高ですね! これで卵もあれば、もっと幸せなのですが!」
ノルンちゃんが昨日の残り物のパンにベーコンを挟んだものにパクつき、幸せそうに頬を緩める。
「そうだねぇ。卵、どこかで手に入ればいいんだけど……マイアコットさん、卵屋さんって街にはないんですか?」
「ないねー。魚卵なら、川魚のが少しは手に入るけど」
「魚卵ですか。ベーコンエッグには使えないなぁ」
「コウジさん、いくら! いくらなら作れますよ!」
ノルンちゃんが瞳を輝かせる。
そういえば、いくらは川を登ってきた鮭の卵から作るんだった。
「ああ、それなら作れそうだよね。秋頃だから、もう少ししたら鮭釣りとかできるかな? マイアコットさん、この辺りって、鮭は捕れます?」
「うん、捕れるよ。もう少ししたら川が鮭だらけになるから、捕り放題だよ」
「おおっ、それはいいですね! もしかしたら、遺物の中身を拝める頃にはちょうど――」
俺がそう言った時、空が急に薄暗くなった。
空を見上げると、真っ黒な巨大な積乱雲が渦を巻きながら俺たちの頭上に迫って来ていた。
「あ、戻ってきた」
「コウジ、建物の中に避難しないと。また雨が降るかもしれないよ」
チキちゃんの指摘に、皆が「そうだった!」と慌てる。
皿やら調理道具を大慌てで近場の建物の中に運び込んでいると、ぽつぽつと雨が降り出した。
本降りになる前に何とか撤収を終え、皆で空を見上げる。
「ふう、危ない危ない」
「話し合いが終わったみたいですね」
ゆっくりと通過していく積乱雲を眺めながら、ノルンちゃんが言う。
「だね。どうなることやら」
「もぐもぐ……てことは、ネイリーさんがこっちに戻ってくるのかな?」
マイアコットさんがベーコンサンドを齧りながら言う。
「あ、そうですね。迎えに行ったほうがいいかも」
「ん、了解。それじゃ、行ってくるね」
「すみません、お願いします」
「いえいえ、なんのこれしき! 皆はのんびりしててよ。もぐもぐ」
マイアコットさんは残りのパンを口に放り込むと、ゴリちゃんへと駆けて行った。
「ノルン様。お野菜って、そろそろ収穫できる?」
チキちゃんの言葉に、ノルンちゃんが「そうだった!」といった顔になった。
自分で育ててるのに、すっかり忘れていたらしい。
「そうでした! もう食べごろですので、収穫するのですよ!」
「はは。朝ごはんに野菜も添えればよかったねぇ」
「はい……私としたことが、すっかり忘れていました……」
その後、俺たちは雨が止むのを待って、ノルンちゃんが育てた野菜の収穫を始めたのだった。
「ううむ。いつもながら、これは本当にすげえな」
雨上がりの即席野菜畑のなか、たわわに実るトマトを目にしてカルバンさんが唸る。
トマトはどれも真っ赤に熟しており、とても昨日蒔いた種から育ったとは思えないほどに立派だ。
「あまり土がよくなかったのですが、私の神力とコウジさんの生命エネルギーをたっぷり吸っているので、そこそこ美味しいと思いますよ!」
「そ、そうか。それじゃ一つ……ん、美味い!」
カルバンさんがトマトを丸かじりし、にっと笑う。
「いくらでも採れますので、好きなだけ食べてくださいませ!」
「おう、たっぷり食べさせてもらうわ。あと、街の人らにもおすそ分けしたらどうだ?」
「はい、そのつもりなのです。ノルンの無料野菜販売所の開店なのですよ」
ノルンちゃんはそう言いながら、手のひらからぽんぽんと野菜の種を生み出し始めた。
両手の指をすべて蔓に変異させ、周囲の地面にドスドスと穴を穿っていく。
「皆さん、種を穴に植えてくださいませ!」
「うん、わかった。それって、何の種?」
俺の質問に、ノルンちゃんがにぱっと笑う。
「スイカなのです。土に毒を出さないように調整しますので、毎日収穫できますよ!」
「えっ、スイカって毒があるの?」
「あ、いえ。スイカの実自体にはないのですが、根っこが毒を吐くのですよ。十年くらいしないと土壌がもとに戻らないので、連作に向かない作物なのです」
ノルンちゃんから作物の豆知識を聞きながら、収穫と種植えを行っていく。
発掘場の空き地は手あたり次第畑にしてしまうつもりのようだ。
ノルンちゃんから離れすぎると成長は遅くなるが、毎日畑を走り回って何とかするらしい。
皆で昼近くまで畑仕事をしていると、キュウリを収穫していたチキちゃんが耳をピクリと動かし、顔を上げた。
「コウジ、ゴリちゃんの音がする」
「えっ、ほんと?」
「うん。あそこ」
チキちゃんが指差す先に、皆で目を向ける。
ちょうどその時、崖の上にゴリちゃんが姿を現し、ガタガタと多角車輪を動かしながら斜面を下り始めた。
チキちゃん、相変わらず、すごい聴力だな。
「うわ、本当に来た。チキちゃん、どれくらいの距離まで聞こえるの?」
「音の大きさにもよるから、どれくらいって説明するのは難しいよ」
「んー。じゃあ、ひそひそ話だったらどれくらいの距離まで聞こえる?」
「三十メートルくらいなら、はっきり聞こえると思う」
「マジか。地獄耳ってレベルじゃないな……」
そうして話しているうちに、ゴリちゃんが俺たちの傍にまでやって来た。
後部ドアが開き、ネイリーさんとマイアコットさんが降りてくる。
「たっだいまーって、なにこれ!? 野菜だらけじゃん!」
そこら中に広がっている野菜畑に、ネイリーさんが目を丸くする。
「街の人たちにも食べてもらおうって、ノルンちゃんが張り切っちゃって。採掘場の空き地は全部畑にするみたいですよ」
「そ、そうなんだ」
「わわっ、これ、トマトだよね!? 食べていい?」
マイアコットさんがトマト畑に駆け寄る。
「どうぞ! 食べてくださいませ!」
ノルンちゃんから許可をもらい、真っ赤なトマトを一つもいでかぶりついた。
美味しい! と大喜びしている姿が、なんとも可愛らしい。
「ネイリーさんも食べていいんですよ」
「い、いいよ。私、本当に野菜は嫌いなんだって。果物ですら、ほとんど食べられないくらいだから」
俺の勧めに、ネイリーさんが苦笑いして両手を挙げて拒否する。
「それより、カゾでベルゼルさんに積乱雲を出してもらってさ、集まってきた雷の精霊さんにお願いして、山の上の雷の精霊さんと話してもらったんだ」
「お、予定通り行ったわけですか」
「うん。山の上の精霊さんたち、ここに埋まってる『精霊発電機』っていう機械を掘り出してもらいたくて、ずっと騒いでるんだって」
「精霊発電機?」
聞いたこともない装置の名称に、俺はマイアコットさんに目を向けた。
「マイアコットさん、精霊発電機って機械、聞いたことあります?」
「うわぁ、イチゴって美味しいんだね! 初めて食べたよ!」
「おーい、マイアコットさん!」
ノルンちゃんに案内されて、ひたすら野菜やら果物やらを食べて回っているマイアコットさんに大声で呼びかける。
「もぐもぐ……ん? なあに?」
「精霊発電機って聞いたことあります?」
「ないよ! それより、この畑すごいね! 果物もたくさんあるしさ! あ、この紫色の実ってなに?」
「それはブルーベリーなのですよ。ブラックベリーとラズベリーも、そっちの畑にありますよ!」
「うわー、うわー! 今まで食べ物でこんなにテンション上がったの初めてだよ!」
それどころではない、といった様子で、ノルンちゃんと一緒に果物狩りに戻るマイアコットさん。
「コウジ、とりあえず収穫は終わらせちゃわない?」
近場でキュウリをもいではカゴに入れているチキちゃんが、俺に声をかける。
「そ、そうだね。そうしよっか」
「あはは、天空島のコーヒー畑を思い出すね!」
そうして俺たちは、再び畑仕事へと戻るのだった。




