78話:突然の婚約
翌朝、ゴリちゃんの中で一夜を明かした俺たちは、皆で外に出て朝食を作っていた。
チキちゃんが焚火コンロに火を入れ、フライパンで持参したベーコンを焼く。
俺は昨夜の残りのパンを半分に切る係だ。
カルバンさんは鍋と水のペットボトルを持って、近場の作業員さんが焚いていた焚火を使わせてもらいに行っている。
ノルンちゃんはチキちゃんの隣で、ジュージューと焼かれるベーコンに釘付けだ。
早くも、口の端によだれが光っている。
「これ、どうなってるの? ぴっちりしてるけど」
真空パックのベーコンを手に取り、マイアコットさんが物珍しそうにしている。
「真空パックっていって、中の空気を全部抜いて密閉してるんですよ。外気に触れないから、すごく長持ちするんです」
俺が答えると、マイアコットさんは「へー、へー」と真空パックベーコンをこねくりまわした。
「これ、いくらでも保存が利くのかな?」
「本当は冷やさないとダメみたいだけど、常温でもしばらくは持つみたい。こっちのソーセージは、常温でも大丈夫」
チキちゃんが鞄からソーセージの真空パックを取り出し、マイアコットさんに差し出す。
「へえ、これがソーセージっていうんだ。私、初めて見たよ」
「イーギリでは、ソーセージって作ってないんですか?」
俺が聞くと、マイアコットさんが残念そうに頷いた。
「うん。お肉自体がここじゃ珍しいからね。いつも、パンと野菜しか食べてないよ」
「そうなんですか。この辺りって、動物がいないんですか?」
「あんまりいないね。魚はそこそこ捕れるけど、動物はさっぱりだよ」
マイアコットさんの話に、俺は依然、カルバンさんが「イーギリは飯がまずいらしい」と言っていたことを思い出した。
リルちゃんが焼いてくれたパンはすごく美味しかったし、ポンスケ君が作ってくれたポン菓子も最高に美味しかったけど、それとこれとは別なのだろうか。
「マイアコットさん、イーギリの食べ物の名物って、何があるんです?」
チキちゃんが聞くと、マイアコットさんは「うーん」と少し考えた。
「名物って言えるほどのものかはわからないけど、魚のフライは結構美味しいよ。あと、ジャガイモのフライも一緒に食べるの」
「魚とジャガイモ……もしかして、『フィッシュアンドチップス』っていう料理だったりします?」
「うん、そうだよ。知ってたの?」
「いえ、俺の住んでた世界のイギリスっていう国で、その料理が名物だったんです。それで、もしかしてって」
「イギリス? 私たちの街と似てる名前の国なんだね。イーギリとイギリス……うん、似てる似てる」
「この世界はコウジさんの理想や憧れをもとに作られていますので、おそらくこの街はコウジさんが思うイギリスのイメージが多分に含まれているのですよ」
俺たちの話に、ノルンちゃんがフライパン上のベーコンを眺めながら口を挟む。
「あちらの世界では、イギリスは『霧の街』と呼ばれるほどに雨が多くて、この街のようにしょっちゅう雨が降っているのです。この街で蒸気機関の機械技術が発展しているのも、コウジさんの持つ昔のイギリスのイメージが色濃く反映されているからですね」
「へえ、そうなんだ。コウジ君って、こういう街に憧れてたの?」
マイアコットさんが少し嬉しそうに俺を見る。
「はい。俺、スチームウォーカーみたいなメカメカしいものが大好きなんですよ。味があるっていうか、なんとも言えない渋さがあって」
「お、わかってるね! 機械って、見てるだけでわくわくするよね!」
「ですね。歯車同士が連結して、ガッコンガッコン動くような機械なんて、最高にかっこいいですよ。そんでもって、動き出す前に真っ白な蒸気なんて出された日にはもう、メロメロになっちゃいます」
「あはは。コウジ君、メカニックに向いてるんじゃない?」
マイアコットさんが楽しそうに笑う。
趣味を共感できる仲間を見つけたといった感じで、すごく嬉しそうだ。
「世界のバグ取りが終わったらさ、この街に住んでみたらどうかな? きっと楽しいと思うよ。食べ物はあんまり種類はないけど、ノルンさんも一緒なら野菜でも果物でも、なんでも作れるだろうしさ」
そう言って、マイアコットさんがすぐそばの即席野菜畑に目を向ける。
すでにノルンちゃんが野菜の種を蒔いてくれており、ダイコン、ニンジン、トマトといった野菜が成長していた。
あと半日もすれば、収穫できそうだ。
「うーん、どうしようかな……この世界って、どこに行っても何かしら俺の琴線に触れる魅力があって、どこに住もうか迷っちゃうんですよね」
俺の言葉に、ノルンちゃんがにっこりと微笑む。
「コウジさんの理想とする世界ですからね。きっとこの先、どの街に行ってもコウジさんが喜ぶようなポイントが必ずあるのですよ」
「うう、そう言われちゃうと、ますます世界中を見て回ってからじゃないと決められないなぁ。大きな街でも、小さな街でもってことなんでしょ?」
「はい! 素敵なワクワクとドキドキを、必ずご提供できるはずなのですよ!」
そう言ってから、ノルンちゃんは、はっとした様子で申し訳なさそうな顔になった。
「って、私の不手際のせいでバグ混じりなので、確約はできないのでした……ご迷惑おかけして、申し訳ありません」
「いやいや、そのバグも今のところいいアクセントになってるしさ。バグ混じりのままでも、すごくいい世界だと思うよ」
俺は言いながら、ベーコンを焼いているチキちゃんの頭をよしよしと撫でた。
チキちゃんが俺を見上げ、にっこりと微笑む。
「私、コウジが住みたいところならどこでもいいよ。どこでもついて行くから」
「うん、ありがと。嬉しいよ」
「わわ、ラブラブだね! コウジ君とチキさんって、恋人なの?」
「うん。私、永遠にコウジのお嫁さんになるの」
チキちゃんが即答する。
俺はもちろん嬉しいのだが、面と向かって言われると、少し照れくさい。
「はうう、羨ましいのです……永遠の愛なんて、まさに至高なのですよ。すべてに勝る尊いものなのです」
ノルンちゃんが染めた頬に両手を添え、うねうねしている。
「ノルン様も、コウジのお嫁さんになればいいよ。ずっと一緒にいられるんだから」
「えっ、わ、私もですか? ええと……」
ノルンちゃんが俺を見る。
照れたような眼差しに、思わずドキッとしてしまう。
「コウジさん、私もお嫁さんにしてもらっても大丈夫でしょうか? ……はうう、言っちゃいました! 言っちゃいましたよ私!」
きゃー、とノルンちゃんがしゃがみ込んで、両手で顔を覆う。
指の隙間から、ちらっと俺を盗み見ている。
「え、ええと……チキちゃんは、本当にそれでいいの?」
「うん。ノルン様も一緒だと、私も嬉しいから。コウジは、ノルン様のこと好き?」
「う、うん。好きだけど」
「なら、問題ないよね。ノルン様は?」
「私もコウジさんが大好きなのですよ!」
「うん、よかった。コウジ、ほら。コウジからも、ちゃんと言葉にして」
チキちゃんにうながされ、ノルンちゃんに向き直る。
ノルンちゃんは慌てた様子で立ち上がり、俺と向き合った。
顔が真っ赤だ。
「えっと、ノルンちゃん……お、お嫁さんになってもらってもいいでしょうか」
「はい! 末永くよろしくお願いするのです! ……きゃー! 恥ずかしいですねこれ!」
ノルンちゃんが再び、うねうねと身体をうねらせる。
なんとも軽いやり取りで、プロポーズさせられてしまった。
というか、ノルンちゃんは女神様なのに、一介の人間である俺のお嫁さんになってもいいのだろうか。
しかも、一夫多妻制になってるし。
「あはは、何だか面白いね! ノルンさん、おめでとう!」
「ありがとうございます!」
笑いながらも祝福してくれるマイアコットさんに、ノルンちゃんが嬉しそうに微笑む。
そうこうしていると、湯気の立つ鍋を手にしたカルバンさんが戻ってきた。
「おーい、お湯が沸いたぞ! 嬢ちゃん、コーヒー作ってくれや!」
「あ、カルバンさん、コーヒーは私が作ります! 花嫁修業として練習するのですよ!」
「は? 花嫁修業?」
「はい! 私、たった今、コウジさんと婚約したのですよ!」
「そ、そうか。まあ、何だかよくわからんが、おめでとさん」
「ありがとうございます!」
そうしてノルンちゃんはカルバンさんからお湯を受け取り、人生初料理のドリップコーヒー製作にチャレンジした。
ドリップパックにお湯を注ぐだけの簡単なお仕事だったのだが、ノルンちゃんの淹れてくれたコーヒーは、昨夜飲んだものよりもすごく美味しく俺は感じた。




