76話:遠雷の知らせ
俺とチキちゃんが採掘場に戻ると、数十人の作業員さんたちが集まっていた。
皆でノルンちゃんを遠巻きに眺めながら、カルバンさんと何か話している様子だ。
ノルンちゃんは何やら鼻歌を歌いながら、くるくると楽しそうに踊っている。
彼女の足元には十センチほどの高さの木がいくつも生えていた。
女神の力で、それらを育てているようだ。
「ノルンちゃん、カルバンさん、ただいま」
「あ、コウジさん。おかえりなさいませ!」
ノルンちゃんが踊りをやめ、俺たちにぶんぶんと手を振る。
カルバンさんは待ちくたびれたのか、やれやれといった様子だ。
「ようやく戻ってきたか。ずいぶんと遅かったじゃねえか」
「すみません。マイアコットさんの家のご近所さんに、コーヒーを振舞っていたら話し込んじゃいました」
「なんだ、そうだったのか。俺はてっきり、嬢ちゃんとよろしくやってんのかと思ったぞ」
がはは、と笑うカルバンさん。
「カルバン、最低」
「じょ、冗談だって。真に受けないでくれよ」
「冗談でも、そういうことを言っちゃダメ」
「わ、悪かった。これからは気を付けるから勘弁してくれ」
ジト目を向けるチキちゃんに、カルバンさんがタジタジになっている。
実際問題、馬車の荷台でチキちゃんに迫られてよろしくされそうにはなっていたので、カルバンさんの推測は間違っていないように思えるのだが。
「コウジさん! それ、パンですか!? いい香りがしますね!」
ノルンちゃんが俺に駆け寄り、バスケットを掴む。
十メートルくらいは離れていたというのに、すごい嗅覚だ。
「うん。リルちゃんが夕食にどうぞって、焼いてくれたんだ」
「おおっ! それは嬉しいですね! さっそく夕食にするですよ!」
「まあまあ。その前に作業員さんたちにコーヒーを振舞わないとだよ。夕食はその後だね」
「そ、そうでした。コウジさん、お水は持ってきましたか?」
「もちろん。キャンプ用具も持ってきたから、ちゃちゃっとお湯を沸かしちゃおう」
「コウジ、テーブルとかイスは、そこの建物の中に用意しておいたぞ」
カルバンさんが指差す方を見ると、掘り出された古代の建物の中にイスとテーブルが用意されているのが見えた。
あそこなら、雨が降っても安心だ。
「ここらの連中も、普段から掘り出した建物で休憩してるんだとよ。崩れる心配もないそうだ」
「屋根付きはありがたいですね! ご苦労様でした」
「ああ、礼ならこの人らに言ってくれ。全員で手伝ってくれたんだ。飲み物と菓子を御馳走するっていう交換条件付きだけどな」
カルバンさんが言うと、作業員さんたちから笑い声が上がった。
俺たちがいない間に、ずいぶんと打ち解けたようだ。
さすが行商人、人付き合いが上手だな。
「皆さん、ありがとうございます。それじゃあ、さっそくコーヒーを淹れますか。チキちゃん、コンロ出して」
「うん」
チキちゃんが焚火コンロをバッグから取り出し、固形燃料を入れて火を点ける。
作業員さんたちは興味が湧いたのか、俺たちの周りに集まってきた。
「珍しいもの使ってるな。料理用の台座かい?」
「うん。焚火で直に料理するより便利だから、持ち歩いてるの」
「今、火をつけたのはマッチじゃないよな? なんの道具だ?」
「ライターっていう道具。中にガスが入ってて、火打石で点火するの」
いつの間に仕組みを理解していたのか、チキちゃんが作業員さんたちにあれこれ説明する。
ノルンちゃんあたりから説明してもらったのかもしれない。
その間に俺は鍋でお湯を沸かし、紙コップにコーヒーを淹れて皆に配る。
倉庫でご近所さんに振舞った時と同様に、作業員さんたちも「いい香りだ」と喜んでくれていた。
数時間前にカルバンさんと喧嘩になりかけた人たちもいないかと見まわしてみたが、どうやらこの場にはいないようだ。
「ノルンちゃん、遺物の採掘はできそう?」
イスに座り、ひたすらパンをむさぼっているノルンちゃんに声をかける。
「もぐもぐ……地下20メートルくらいの位置に竹の根を這わせたところです。これから数日掛けて、地中を竹の根だらけにして、周囲の地層ごと遺物を持ち上げるつもりです」
「そうなんだ。上手くいきそう?」
「ええ、大丈夫ですよ。いくら硬いといっても、周りの土ごと掘り返してしまえば硬さなんて関係ないのです。問題は、持ち上げた後にどうやって周りの硬い物を引きはがすかなのですが」
「ノルンちゃんの力でなんとかできないの?」
「うーん。頑張ってはみますが、どうなるかはわかりません。私の蔓で別の岩を持ち上げて、それを勢いよく叩きつければいける気もしますが」
「ああ、なるほど。それなら外壁は何とかできそうだね。中身が無事で済むかはわからないけどさ」
「はい。なので、掘り出した後はマイアコットさんや作業員さんたちにも協力してもらうべきかと。何かいいアイデアが出るかもしれないのですよ」
いくらノルンちゃんの能力がすさまじいといっても、採掘ドリルが割れるほどに硬い物はどうにもならないようだ。
これはもしかしたら、長丁場になってしまうかもしれないな。
「コウジさんたちも食事にするのですよ。パンが冷たくなってしまいます」
「うん、そうだね。チキちゃん、カルバンさん、パンを――」
俺が言いかけたとき、突如として空がカッと光り輝いた。
「きゃっ!? な、なに!?」
「なんだ今の。雷か?」
チキちゃんとカルバンさんが驚いた声を上げた直後、ゴロゴロと大きな雷の音が辺りに響いた。
かなり遠くで、大きな稲妻が走ったようだ。
「うわ、すごい音だね。これは一雨くるかな?」
「でも、すごく遠くから聞こえましたよ?」
ノルンちゃんが建屋の外に走り、空を見上げる。
「んー、この辺りには雷雲はないですねぇ」
ノルンちゃんは足を木の根に変異させ、地面に突き刺してそれを伸ばし、ぎゅんぎゅんと真上に上っていった。
作業員さんたちから驚いた声が響くが、いつものことなので気にしない。
俺たちも建屋の外に出て、上を見上げた。
ノルンちゃんは採掘場の上空にまで伸び上がって、周囲の空をきょろきょろしている。
「ノルンちゃーん! 何か見えたー!?」
「えーと……あ、はい! カゾの方で、なにやらピカピカ光ってますね! 暗くてよく見えませんが!」
どうやら、再びカゾで積乱雲が発生しているようだ。
ネイリーさんは出発してから3時間くらいしか経っていないはずなのだが、まさかもうカゾに着いたのだろうか。
「他には何か見えるー!?」
「いいえ! ピカピカ光っているだけです!」
「そっか、ありがと! 降りておいで!」
「はい! あ、雨が少し降ってきました」
ノルンちゃんが足の蔓を縮め、するすると下に降りてきた。
皆で建屋の中に戻り、外を眺める。
小雨程度だが、これは冷え込みそうだ。
「な、なあ。その足どうなってんだ?」
「姉ちゃんは、植物系か何かの種族なのか?」
作業員さんたちが恐る恐るといった様子で聞いてくる。
「いえ、私は栽培を司る女神なのですよ。わけあって、この世界のバグを取り除くために――」
いつものようにノルンちゃんが説明を始めると、外からがこんがこんとスチームウォーカーの走る音が聞こえてきた。
どうやら、マイアコットさんが戻って来たようだ。
パンもあることだし、彼女も一緒に夕食の続きをすることにしよう。




