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75話:温もりを噛みしめて

 俺、チキちゃん、ネイリーさん、マイアコットさんの4人で、だらだらと雑談をしながら街の入り口に戻ってきた。

 空は夕焼け色に染まっており、急がないと夜になってしまいそうだ。


「それじゃ、行ってくるね。夕食は先に食べててよ。リルが用意してくれてると思うからさ」


「はい、わかりました。えっと、今さらですけど、ネイリーさんは今から出発で本当に大丈夫なんですか?」


 俺が聞くと、ネイリーさんはすぐに頷いた。


「うん、大丈夫だよ。私ひとりなら、障壁のところから魔法で飛び跳ねていけば、三十分くらいでカゾに着けると思うから」


「そ、それはすごいですね」


「天才だからね! それじゃあ、また後で!」


 ふたりがゴリちゃんに乗り込み、蒸気エンジンの音を響かせて街の外へと出ていく。

 かなり速度が出ていたので、きっと障壁までもすぐだろう。


「コウジ、この子たちにもご飯をあげなきゃだよ」


 チキちゃんが馬たちに駆け寄り、よしよしと顔を撫でる。

 そういえば、馬たちはこの場に放置しっぱなしだった。

 きっと腹ペコだろう。


「そうだね。飼い葉を出してあげようか」


 俺は荷台に積まれている飼い葉を引っ張り出し、桶に入れて馬たちの前に置く。

 2頭とも、美味しそうにもっしゃもっしゃと勢いよく食べ始めた。

 チキちゃんが飼い葉の隣に水桶を置き、2リットルペットボトルから水を注ぐ。

 いつもはチキちゃんが魔法で水を出してくれていたので、ちょっと珍しい光景だ。


「この子たち、マイアコットさんの倉庫に入れらせてもらえないかな?」


 チキちゃんが馬たちを撫でながら、俺に目を向ける。


「ここだと雨ざらしだからね。お願いしよっか」


「うん。あと、コウジ、こっち来て」


 チキちゃんに連れられ、馬車の荷台に上がる。

 チキちゃんは荷台後部の幌を下ろすなり、俺に抱き着いてきた。


「おわっ!? な、なに? どうしたの?」


「ずっとふたりきりになれなかったから。もう無理。限界」


「げ、限界って……さすがにここじゃまずいって。俺だって我慢してるんだから」


 俺が言うと、チキちゃんはきょとんとした顔になった。

 そしてすぐに、嬉しそうににっこりと微笑んだ。


「そっか。うん、わかった。大丈夫」


 ちゅっと俺の唇についばむようなキスをして、チキちゃんが離れる。


「え、そ、そう?」


「うん。コウジがそう言ってくれて、なんだかすごく満たされたから」


「そ、そうですか」


 その後、俺だけ悶々とした気持ちを抱えながら、馬たちの食事が終わるのを待ったのだった。




 俺たちが倉庫に戻ると、そこにはたくさんの人々が集まっていた。

 皆、ポンスケ君の作ったポン菓子を食べながら、わいわいと雑談に興じている。

 ポンスケ君も、再びポン菓子機のハンドルを回してポン菓子作りに精を出していた。


「あ、コウジさん! チキさん!」


 リルちゃんが馬車に乗る俺たちに気づき、駆け寄ってきた。


「おかえりなさい! 遺物採掘場は見られましたか?」


「ええ。これからしばらく、採掘場で寝泊まりすることになっちゃって」


 採掘場での経緯を、リルちゃんに話して聞かせる。


「なるほど、ゴリちゃんで寝泊まりですか」


「話の流れでそういうことになっちゃって。部屋を間借りさせてもらうって話しだったのに、いきなり予定が変わっちゃってすみません」


「いえいえ、大丈夫ですよ。そしたら、食事は毎食、私がパンを焼いて持っていきますね」


「えっ、いいんですか?」


「もちろんです。大切なお客様ですからね」


 リルちゃんがにっこりと微笑む。

 マイアコットさんもそうだけど、この姉弟は本当にいい人たちだ。


「えっと、それでひとつお願いがあるんです。この馬車と馬たちを、その間この倉庫に置いてもらうことってできせんか?」


「ええ、構いませんよ。でも、私たち、馬の世話なんてしたことがないので……」


「あ、それはもちろん自分たちでやりますから」


 俺たちがそんな話をしていると、ポン菓子を食べていた人々が集まってきた。

 皆、馬が珍しいと見える。

 これは、街の人々と交流を深める絶好のチャンスだ。


「チキちゃん、この人たちにもコーヒーを振舞おっか。チョコとか、お菓子も出してさ」


「うん、そうだね」


「コーヒー、ですか?」


 リルちゃんが小首を傾げる。


「ええ。すごくいい香りのする飲み物なんです。それで、お湯を使わせてもらえたらなって」


「お湯ですね。すぐに沸かしてきます!」


「私も一緒に行く。コウジ、先にお菓子配ってて」


「うん」


 こうして、急遽ご近所さんにコーヒーやらお菓子を振舞うことになった。

 馬車から取り出したお菓子を両手に抱えて、皆の前に出る。

 軽く自己紹介をしてお菓子を振舞うことを言うと、子供たちが、わっと寄ってきた。

 子供たちにお菓子を配りながら馬を触らせ、親御さんたちとコミュニケーションを図る。

 どうやらこの街ではあまりお菓子の種類がないらしく、ポン菓子、ラスク、干しブドウくらいしかないそうだ。


「コウジ、お湯持ってきたよ」


「コップもたくさん持ってきました!」


「おお、ありがとう」


 チキちゃんとリルちゃんが持ってきてくれたヤカンとコップで、皆にインスタントコーヒーを淹れて振舞う。


「これはいい香りだな……」


「ほろ苦くて美味しいわね。ラスクによく合いそうだわ」


 コーヒーを口にした親御さんが、感心した様子で味わっている。

 子供たちにはココアを淹れて振舞ったのだが、そちらもとても好評だ。

 この街で甘い飲み物といえば、砂糖入りの紅茶が一般的らしい。

 その後、お馬さんお触りタイム&お茶会をしながら、俺たちがこの街に来た経緯を皆さんにかいつまんで説明した。


「はあ、世界のバグ取りねぇ」


「ずいぶんと突飛な話だな。こことは別の世界なんてのが、存在してたのか」


「にいちゃん、その『日本』って国、どんなとこなのかもっと詳しく聞かせてくれよ」


「ええとですね。こっちの世界と違って魔法が存在しない世界なんですが――」


 皆、物珍しそうに俺の話を聞いてくれる。

 真剣に聞いているというよりは、噺家のお話を楽しんでいるといった様子に見えた。

 蒸気機関車やら鉄道やらの話に食いつきがよく、調子に乗ってあれこれと話していると、隣でココアを飲んでいたチキちゃんに腕を引っ張られた。


「コウジ、そろそろノルン様たちのところに戻ってお手伝いしないとだよ」


「あ、それもそうだね」


 すでに空は暗くなってきており、あと数十分で真っ暗になってしまいそうだ。

 いくらなんでも、長居しすぎた。


「それじゃあ、俺たちはそろそろ失礼します」


「採掘場で無料のコーヒー屋さんを出すから、皆さんも遊びに来てね」


 チキちゃんが言うと、皆が一様に「行く行く」と返してくれた。


「コウジさん、チキさん、パンが焼けましたよ!」


 すると、いつの間にか姿を消していたリルちゃんとポンスケ君が、フタ付きのバスケットを手に倉庫に入ってきた。


「これ、持って行ってください。後片付けは私たちでやるので」


「ありがとうございます! 助かります!」


 カゴはほんのり温かく、香ばしいパンの香りが漂ってくる。

 焼きたてのパンを食べながらコーヒーを飲むのが、今から楽しみだ。


「2人だけで採掘場に戻れる? バス停まで案内しようか?」


「あ、お願いできる? まだバスは使ったことなくてさ」


 リルちゃんやご近所さんとお別れし、ポンスケ君に連れられて近場のバス停へと向かった。




 暗い街なかを歩き、バス停へと向かう。

 ところどころに街灯は点いているのだが、空には雲が覆っているせいでかなり暗かった。

 人通りはほとんどなく、街はしんと静まり返っている。


「ポンスケ君は、採掘場の博物館には行ったことがあるの?」


 歩きながら、ポンスケ君に聞いてみる。


「うん。何度もあるよ」


「そっか。中身って、全部は運び出したりはしてないのかな?」


「一部の模型とか機械は運び出されてるけど、だいたいは残ってるよ。明日にでも見に行ってみたら?」


「そうだね、そうしようかな。ポンスケ君も一緒にどう?」


「俺はスチームウォーカーの修理の仕事があるから無理」


 ポンスケ君、十歳なのに修理の仕事してるのか。

 子供なのにメカニックをしているなんてすごいな。

 そんな話をしながらバス停へとたどりつくと、ちょうどバスがやってきた。


「このバスに乗っていけば、採掘場に着くよ。料金はどこで降りても小銅貨3枚だから」


「うん、ありがとう」

 

 ポンスケ君に手を振って別れ、バスに乗り込む。

 チキちゃんと並んで、一番後ろの席に座った。

 バスケットから漂う焼きたてのパンの香りが、ふんわりと車内に広がる。


「この街、日本の街と似てるね」


 ぼうっと外を眺めながらバスに揺られていると、チキちゃんがそんなことを言った。


「似てるって、どの辺が?」


「静かで、なんとなく冷たい感じがするから」


 チキちゃんがそう言いながら、俺の腕に自身の腕を絡める。


「でも、こういうのも嫌いじゃないよ」


「え? 冷たい感じがするのに?」


「うん。ほかが冷たく感じると、傍にいる人がいつもより温かく感じるから。少しだけ、嬉しいな」


 なんとも哲学的というか、情緒的なことを言う娘だ。

 俺はチキちゃんの言葉を確かめるように、彼女の温もりを感じながらバスに揺られるのだった。

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