72話:巨大なすり鉢
リルちゃんに連れられて俺たちが倉庫へ向かうと、ポンスケ君がポン菓子機の前に座っていた。
ハンドルを掴み、くるくるとポン菓子機を回している。
機械は石炭で加熱しているようだ。
「おお、手動式だ。初めて見た」
「普通は蒸気エンジンで回すんだけどね。ポンスケが手で回して作ると、なんでか知らないけど蒸気エンジンで回して作るより美味しいんだよ」
マイアコットさんが楽しそうに言う。
すると、ポンスケ君がハンドルを回すのを止めた。
「できたよ。窯を開けるね」
「「待ってました!」」
俺とノルンちゃんの声が重なる。
ポンスケ君は飛び出してくるポン菓子を受け止めるための網の接続を再確認すると、ハンマーを手に取った。
「よっ!」
――バァン!
「うおっ!?」
「「ひゃっ!?」」
ハンマーで窯のフタが叩き外されると同時に内部が急激に減圧され、大きな音を立てながら麦が飛び出した。
何も知らないチキちゃんたちは、突然の爆音にびっくりした様子だ。
「おお、すごい迫力だ!」
「たっくさん出てきましたね! いい匂いなのですよ!」
ノルンちゃんが窯に駆け寄る。
ポンスケ君は網から取り出したポン菓子を木のボウルによそい、ノルンちゃんに手渡した。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます!」
ノルンちゃんはそれを受け取ると、ニコニコ顔でわっしゃわっしゃと口に放り込んだ。
「むひゅっ! おいひいれふ!」
もっしゃもっしゃとポン菓子を咀嚼し、ノルンちゃんがとろけそうな顔になっている。
「ほら、皆も食べてよ」
「すみません、いただきます……おお、熱々で美味い」
「こりゃ美味いな」
「甘くて美味しいね」
俺たちもポン菓子をもらい、皆でその甘くて香ばしい味に舌鼓を打つ。
カルバンさんとチキちゃんも気に入ったようだ。
ネイリーさんも、もぐもぐと美味しそうにポン菓子を頬張っている。
「姉さん、屋根の修理は?」
ポンスケ君がマイアコットさんに声をかける。
「応急修理はしてもらったよ。でも、屋根板を全部外さないとダメだってさ」
「そっか。近いうちに何とかしたいね。このままだと、家の中まで腐っちゃうよ」
「だねぇ。屋根用の板を発注しておかないと」
さて、とマイアコットさんが俺に顔を向ける。
「そんじゃ、ポン菓子を食べながら遺物発掘場に行ってみよっか」
「えっ、屋根の修理はいいんですか?」
「修理はしたいけど、屋根材がないからねぇ。バグの調査をしながら、のんびりやってもらえればいいよ」
「そうですか……カルバンさん、屋根って、次に雨が降っても持ちますか?」
「雨漏り箇所は完全に塞いでおいたから、土砂降りみたいにならなけりゃ大丈夫だろ。少しくらいなら持つと思うぞ」
「漏ったら、その時はまた塞げばいいから」
カルバンさんに同意して、チキちゃんも言う。
ふたりがそう言うのなら大丈夫だろう。
「わかりました。マイアコットさん、案内をお願いしてもいいですか?」
「うん、任せて。ポンスケとリルも行く?」
「俺はご近所さんにポン菓子を配ってくるよ」
「私もポンスケを手伝おうかな。ポン菓子、たくさん余ってるし」
「ん、わかった。それじゃ、こいつで行きますか」
マイアコットさんはそう言うと、倉庫の隅にある大きなシートがかかっている物体へと歩み寄った。
ばさっとシートを外すと、車輪式のトラックが現れた。
運転席は一人用で助手席がなく、大きな荷台が付いている。
荷台には幌が付いているが、今は運転席側に畳んであった。
エンジンは自動車と同じく前面部に備わっているようで、排煙用の筒も前に付いている。
「おお、トラックだ!」
「そそ。荷台が広いから、皆乗れるよ。さあ、乗って乗って!」
マイアコットさんにうながされ、わくわくしながら荷台に乗り込む。
彼女も運転席に乗り込み、何かのレバーを操作した。
パンパン! と音が鳴り、窯に火が入ったようだ。
ワンタッチで火が着けられるとは、どういう仕組みになっているんだろうか。
「ちょっと待っててね……よし、出発! けほけほ!」
もくもくと倉庫内に立ち込める煙に巻かれながら、トラックがゆっくりと進みだした。
雨に濡れたイーギリの町を、俺たちは荷台で揺られながら進む。
霧はだいぶ晴れてきたようで、空を覆っていた雲の隙間からは青空が覗き始めていた。
「しかしなんていうか、のんびりした街だよね。落ち着いてる雰囲気っていうか、しっとりしてるっていうか」
俺は街並みを眺めながら、隣に座るチキちゃんに話しかけた。
座席のようなものはないので、荷台に直に座っているかたちだ。
煙が時々荷台にも流れてきて、ちょっと煙たい。
「うん。カゾとは全然違うね」
「だね。あそこは観光事業で食ってるから、商売っ気がすごかったよね。活気があって楽しかったけどさ」
イーギリは炭鉱事業と工業で生計を立てているせいか、それ以外の商売はあまり力を入れていないのかもしれない。
通りにはいくつか飲食店もあるけど、呼び込みをしているような店は一軒もないようだ。
どの店も、外装は地味なものばかりだ。
「そんなに、カゾは楽しかった?」
マイアコットさんが運転しながら、俺たちに声をかけてきた。
「ええ、すごくいいところでしたよ。どこに行っても奇麗だし、毎日がお祭り騒ぎみたいで」
「そっか。私、一度も行ったことがないんだよね。そのうち行ってみたいなぁ……っと、そろそろ着くよ」
マイアコットさんの声に、俺は荷台から身を乗り出して前を見た。
前方百メートルほどの場所で道は終わっていて、その先は崖になっているようだ。
崖の前には、いくつものスチームウォーカーや蒸気自動車が停車されている。
それらの隣に、マイアコットさんはトラックを停車した。
荷台から降り、崖に歩み寄る。
「うお、すげえ」
「す、すごいね。大きなすり鉢みたい……」
カルバンさんとチキちゃんが驚いた声を上げる。
チキちゃんの言うとおり、そこは巨大なすり鉢のように大穴が掘られていた。
直径四、五百メートルくらいはありそうな巨大な穴だ。
底に向かって壁面沿いにぐるぐると道が続いていて、底の方ではたくさんの工作機械が動いているのが見える。
「あそこで遺物を掘ってるんですか……すごい深さだな」
感心している俺に、マイアコットさんが頷く。
「うん。いくら掘っても掘り切れないくらい、たくさん遺物が出てくるんだよ。古代都市がまるごと埋まってるみたいでさ」
「街がまるごと埋まってるんじゃ、そりゃあたくさん出てきますよね」
「マイアコットさん、食べ物とかも埋まってたりはしないんですか?」
ノルンちゃんが期待した目で穴の底を見つめる。
「食料品店を掘り当てたりすると、缶詰とか包装されたよくわからないものがたくさん出てくるよ。まあ、中身は泥みたいになっちゃってるけどね」
「むう、そうですか……残念です」
「いや、そんな数千年前の食べ物なんて食べられるわけがないでしょ……」
呆れ顔の俺に、マイアコットさんがあははと笑う。
「そんじゃま、降りてみよっか。カルバンさん、バグの場所はどの辺りかな?」
「ちょっと待ってくれ。……ええと、たぶん穴のど真ん中だな」
カルバンさんが採掘場の中心を指さす。
ショベルカーのような工作機械が数台、作業をしているのが見て取れた。
「ありゃ、結構遠いね。まあ、のんびり行こっか」
マイアコットさんに連れられて、俺たちは遺物採掘場へと降りて行った。




