71話:ネイリーさんのお師匠様
「あー、こりゃひでえな。屋根板があちこち腐ってやがる」
屋根の上から、カルバンさんの声が響く。
「とりあえず応急修理で、雨漏りしてる部分を塞ぐぞ。女神さん、俺のバッグをこっちに寄こしてくれ」
「はい!」
ノルンちゃんが腕を変異させた蔓にバッグを引っ掛け、屋根の上のカルバンさんに届ける。
なんだか、こうして見ていると蔓というより触手のようだ。
「水の漏ってる部分を叩いてくれ」
「はい!」
ノルンちゃんが雨漏りの部分を、もう片方の腕の蔓で叩く。
なにやらガサゴソと、作業をする音がその部分の上から響きだした。
「ノルン様、私も上に持ち上げて。カルバンを手伝う」
「了解であります」
ノルンちゃんがチキちゃんを屋根の上に運ぶ。
「マイアコットさんよ。釘と金槌があったら借りたいんだが。あと、大き目の薄い板も欲しい」
「うん、取って来るね!」
マイアコットさんが階下へと走る。
俺とネイリーさんは、完全に見学組だ。
「はあ、こうなっちゃうと、私は完全に役立たずだねぇ」
俺の隣で、ネイリーさんが苦笑する。
「それは俺も同じですよ。というか、俺なんていつも役立たずですし」
「コウジ君はノルンさんのエネルギー補充係りなんだから、いつも役に立ってるじゃん。私は魔法が使えないと、本当になんにもできないしさ」
「魔法使いなんですから、それは仕方がないですよ。カゾでは大活躍したじゃないですか」
「あはは。そうだね。でも、あの時は本当に死ぬかと思ったよ。まだお師匠様に恩返しもできてないのにさ」
「恩返しですか。そういえば、ネイリーさんのお師匠様のことってなにも聞いたことがないですけど、どんな人なんです?」
俺が聞くと、ネイリーさんは唇に指を当て、「うーん」と唸った。
「そうだねぇ……一言で言えば、変態かな?」
「へ、変態?」
「そう、変態。毎日毎日、山みたいに積み上げた本に囲まれてさ。魔法の研究に没頭してた」
昔を懐かしむように、ネイリーさんが笑う。
「ご飯も食べないで、ずっっっと研究ばっかりしてさ。私が遠くの街にお使いに行って帰ってきたら、部屋の中で衰弱して倒れてたことがあったんだよ。飲まず食わずでずっと研究してて、餓死寸前になってた。食事を取るのを忘れてたんだってさ」
「そ、それはすさまじいですね。研究熱心っていうか、抜けてるというか」
「そうだねぇ。で、今はずっと眠り姫になっちゃった」
「眠り姫?」
「うん。完成したって言って使った魔法が失敗しちゃってね。それからずっと、眠ったまま」
「その魔法のせいで、眠っちゃったってことですか?」
「そそ。何がどうなったか分からないけど、ずっと眠りっぱなしでね。なんとか助けられないかなって思って、あちこち旅して、いい方法がないか探してるんだ」
ネイリーさんは自由気ままに旅をしているのだろうと思っていたが、どうやらちゃんと目的もあったようだ。
「なるほど。そういえば、俺たちの旅仲間に加わることになった時、『買いたい物がある』って言ってたじゃないですか。あれって、何のことです?」
「ああ、そんなことも言ったね。土地を買いたいんだ。妖精郷の湖畔にある土地をまるごと買って、お師匠様にプレゼントしたくて」
「妖精郷?」
「うん。妖精たちが暮らしてる場所で、すごく綺麗なところなの。私的には、カゾより綺麗だと思うよ」
「そんな場所があるんですね。でも、お師匠様って、眠り姫状態なんですよね?」
「うん」
ネイリーさんが微笑む。
「でも、どうしても買いたいんだ。その場所、お師匠様との思い出の場所でさ。そこで一緒に暮らせたらなって。医療設備とか全部そろえて、お師匠様が目を覚ますまで面倒を見るの」
「ネイリーさん、その方のことが大好きなんですね」
それまで黙って話を聞いていたノルンちゃんが、ネイリーさんに微笑む。
「コウジさん、旅をしながら、ネイリーさんのお師匠様を目覚めさせる方法も探してみてはどうでしょうか。もちろん、バグ取り優先で、ですが」
「そうだね。なにをどう探したらいいかもわからないけど、そうしようか」
俺とノルンちゃんが言うと、ネイリーさんは嬉しそうに微笑んだ。
「ありがと。まあ私も、どう探したらいいかさっぱりわからない状態でさ。自分であちこち探し回るより、コウジ君たちに付いて行ったほうが何か見つかるかもって思って付いてきたんだ。お金も稼げるって占いでは出てるしね」
「なるほど、そういうことだったんですか。わかりました。ネイリーさんのお師匠様のためにも、頑張って探しましょう!」
そんな話をしていると、マイアコットさんが金槌などを手に戻って来た。
「よいしょ。ノルンさん、これも屋根の上に運んでもらえる?」
「かしこまりました!」
ノルンちゃんが屋根の上にそれらを運ぶと、すぐに、トンカントンカンと釘を打つ音が響き出した。
しばらくその作業を屋内から見守っていると、階下からリルちゃんが上がって来た。
「姉さん、ポン菓子機の用意が出来たよ」
「お、早かったね! カルバンさん、ポン菓子機の用意ができたって!」
マイアコットさんが窓から声をかける。
「あと5分待ってくれ。ぱぱっと塞いじまうから!」
「うん、わかった。焦らなくていいからね!」
「おう!」
それからきっかり5分で屋根の応急修理は終わり、俺たちはポンスケ君の下へと向かうのだった。
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