70話:事故原因
数分後。
俺たちはお茶を飲みながら、今までのいきさつについてリルちゃんとポンスケ君に改めて説明をしていた。
「ふーん。そのバグっていうのを直すために、あちこち旅してるんだ?」
ポンスケ君がクッキーを齧りながら、俺に言う。
「うん。なんか、この世界を作った時にあちこち想定外のものが出来上がっちゃったみたいで、それを全部取り除かないと理想郷が完成しなってことらしいんだ。だよね、ノルンちゃん?」
隣のノルンちゃんに声をかける。
幸せそうにお茶を飲んでいたノルンちゃんが、コップから口を離してこくこくと頷いた。
お茶は、アールグレイティーのような風味の紅茶だ。
甘いクッキーと合って、とても美味い。
「はい。不確定要素入りのままでコウジさんに永住していただくわけにはいかないので、どれだけ時間がかかってもすべてを確認する必要があるのですよ」
ノルンちゃんが言うと、リルちゃんが少し不思議そうに小首を傾げた。
「でも、お話を聞く限りだと、バグといっても一概にすべて悪いものでもないように聞こえるのですが」
リルちゃんの意見に、マイアコットさんも頷く。
「うんうん。チキさんのこともそうだし、そのバグがなかったらコウジ君は皆とこうやって仲良くなっていなかったかもしれないんでしょ?」
「はい。なので、バグを見つけても必ず取り除くというわけではなく、どうするかの判断はその時によって違ってきます。基本的に、コウジさんのご希望を優先しているのですよ」
「なるほど。ということは、この街にあるバグも、もしかしたら悪いものってわけじゃないかもしれないんだね?」
「そうですね。実際に見てみないことには、なんとも言えませんが」
「この街にあるバグって、どこにあるかはもう分かってるの?」
ポンスケ君の問いに、ノルンちゃんが頷く。
「はい。バグの場所は地図に記されているので、分かりますよ。カルバンさん、マイアコットさん、地図を出してくださいませ」
「おう」
「はいよ」
カルバンさんが地図を取り出し、テーブルに広げる。
両方の地図を見比べ、俺たちの持つ地図の空白地帯に付いている赤丸印をマイアコットさんの地図と照らし合わせる。
バグの場所は、街の中心にある遺物発掘場と街からは離れた場所にある真っ黒な山だ。
山の場所の赤丸印を見て、ポンスケ君の表情が少し曇った。
「……あのさ。もしかして、この山のバグって、あの落石事故の原因だったりするんじゃないかな?」
「落石事故、ですか?」
「うん。2年前にあった、大規模落石事故。すごくたくさんの人が生き埋めになって死んじゃったんだよ」
「そんな事故が……落石の原因は分かっているのですか?」
「ううん。その場にいた人は全員死んじゃってるから分からない。でも、あの時も雷がすごかったから、それが原因なんじゃないかって言われてる」
ポンスケ君の言葉に、俺とノルンちゃんが見合わせる。
もしそうならば、事故の犠牲者は俺とノルンちゃんが引き起こしたバグの犠牲者ということになってしまう。
「……父さんと母さんも、その事故で死んじゃったんだ」
「ポンスケ」
つぶやくように言うポンスケ君に、マイアコットさんが声をかける。
「もしバグが事故の原因だったとしても、コウジ君たちのせいじゃないよ」
「うん、それはわかってるよ。でも、事故の原因ははっきりさせたいんだ。姉さんだって、そういう事故を二度と起こさないために、代表を父さんから引き継いだんじゃんか」
「そうだね。あんな悲しい事故は、二度と起きないようにしないと」
しんみりと話すふたりに、俺もノルンちゃんも何も言えない。
原因がバグだと確定しているわけではないが、もしそうだとしたら、俺たちの責任だ。
今更どうしようもないけど、なんとも言えない罪悪感に襲われてしまう。
「さてと、そろそろ屋根の修理をしに行きますか! コウジ君、ノルンさん、事故のことは気にしないでいいからね。私たち、あなたたちが悪いなんてこれっぽっちも思ってないからさ」
「……はい、ありがとうございます」
「コウジさんは悪くないのです。すべては私に責任があるのですよ」
ノルンちゃんが暗い顔の俺に気付き、声を上げる。
「もし原因がバグだと判明したら、何かしらの救済措置を検討させていただきます。本当に申し訳ございません」
深々と頭を下げるノルンちゃん。
それを見て、マイアコットさんが慌てて手を振った。
「あ、だから、本当にあなたたちが悪いなんて思ってないって! 第一、落石事故だよ? 雷が原因だったとしても、たまたまその場に居合わせちゃった父さんたちの運が悪かったんだよ」
マイアコットさんの言葉に、リルちゃんも頷く。
「うん。私もそう思います。落石事故とか崩落事故なんて、そんなに珍しい事故じゃないですし、仕方がないです。鉱山関係者にはつきものですから」
大人のマイアコットさんはともかく、リルちゃんもポンスケ君も、まだ十歳ほどだというのになんて人間のできた子だろうか。
俺が逆の立場だったら、同じことを言える自信がない。
「もうこの話は終わりにしましょう! 屋根の修理もしないとですし!」
にこっと微笑むリルちゃん。
マイアコットさんとポンスケ君も頷き、席を立った。
「それじゃ、俺はポン菓子作りの用意をしに行くよ。作る時になったら、呼びに行ったほうがいいよね?」
「うん、お願い。リルはポンスケのこと、手伝ってあげてよ」
「はーい」
こうしてひとまず話を終え、俺たちは雨漏りがしている3階へと向かった。
「うお、これはすごいな」
「雨漏りだらけだねぇ」
三階に上がり、目に飛び込んできた光景にカルバンさんとネイリーさんが目を丸くする。
床に十個近く置かれた水桶に、天井から染み出した水滴がぽたぽたとこぼれ落ちている。
二人の反応に、マイアコットさんが、あははと笑った。
「ごらんの有様でさ。何度か修理したんだけど、またすぐに漏ってきちゃうんだよ。なんとかならないかな、これ」
「この屋根は、板張りか?」
カルバンさんが天井を見上げながら、マイアコットさんに聞く。
「うん。板を張り付けてるだけだよ」
「ふむ。こんだけ漏ってると全面張替えしたいところだな」
カルバンさんが言うと、マイアコットさんが渋い顔になった。
「全面張替えって、一度屋根を全部剥がすってこと?」
「いや、部分的に剥がしては付け直しをする感じだな。ちょいと日数はかかるけどよ」
「うーん。全面張替えねぇ……費用も掛かりそうだなぁ」
マイアコットさんが渋い顔になる。
「この辺り、雨ばっかりなんだろ? 小手先で修理しても、またすぐに漏ってくるようになっちまうぞ。やるなら、ちゃんとしたほうがいい」
「マイアコットさん、費用は俺たちが出しますよ。長期滞在させてもらうんですし、宿賃代わりです」
俺が言うと、マイアコットさんが驚いた顔になった。
「えっ!? いやいや、それはダメだよ。すっごくお金かかるでしょ?」
「大丈夫です。俺たち今、懐がものすごく温かいんで」
小首を傾げるマイアコットさんに、カゾで売り払ったコーヒーや宝石などの話をかいつまんで説明する。
「そ、それはすごいね。でも、さすがに費用を負担してもらうってのは……」
「まあまあ、俺が出したくて出すんですから、気にしないでください。カルバンさん、とりあえず、屋根の具合を見てもらってもいいですか?」
「おう。ちょっくら屋根に登ってみるか。女神さん、上に持ち上げてもらえるかい?」
「かしこまりました!」
ノルンちゃんが両腕を蔓に変異させ、カルバンさんの体に巻き付けた。




