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7話:女神の力

「ノルンちゃん!」


 緑色の長い髪を目にし、俺は歓喜した。

 ノルンちゃんが助けに来てくれたのだ。

 だが、彼女の様子が全体的におかしい。


「ア"ア"ア"ア"ア"ア"!!」


 ノルンちゃんは顎が外れているんじゃないかというくらいに口を開き、怖気の走るような絶叫を上げた。

 身体は首筋まで樹木の幹のようなものに変異しており、両手両足があるはずのそこからは、木の根が伸びて足元の地面に続いていた。

 全身グリードテラスの体液にまみれで、酷い有様だ。

 服もボロボロで、かろうじて身体に引っかかっているような状態だ。

 白目を剥いており、どう見ても正気を失っている。


「ちょっ、ノルンちゃん!? 俺だよ! コウジだよ!」


「ア"ア"ア"ア"ア"ア"!!」


 ノルンちゃんが絶叫しながら、俺が捕らえられている檻に急接近した。

 バキバキと無理やり隙間に身体を捻じこませ、俺の顔から数センチにまで顔を寄せた。

 食われる! と本能が警鐘を鳴らす。


「ひいいい! ノルンちゃん、しっかりして!!」


「ア"ア"ア"……あ……あ……」


 ぐぐっと、白目の上から薄緑色の瞳が下りた。

 目をぱちくりさせ、俺の顔を凝視する。


「あ、あれ? コウジさん?」


「……正気に戻った?」


「コウジさん! ああ、よかった!!」


 ノルンちゃんは涙混じりの笑顔で、俺に頬ずりしてきた。

 まるで猫がじゃれつくような仕草だ。

 先ほどのホラーな印象は、欠片も残っていない。


「よかった、本当に! 私のせいで、コウジさんの身にもしもの――」


 彼女が言いかけた時、周囲に地響きのような音が響き始めた。


「んぎっ!? いぎゃあああ!?」


 同時に、ノルンちゃんが表情を歪めて絶叫した。

 悶えるようにして頭を振り回し、身をよじる。

 めきめきと音を立て、幹状の両腕両足部分にヒビが入った。

 ばきん、と大きな音を立ててその部分が切り離され、達磨状になったノルンちゃんが俺に倒れ込んできた。

 俺は慌てて、彼女を抱きとめる。


「ノルンちゃん!? て、手と足っぽいのが取れちゃったよ!?」


「はひゅっ……コ、コウジ、さん……」


 息も絶え絶えと言った様子で、彼女は俺を見上げる。

 揺れが激しさを増し、がくんと地面が沈んだ。


「ク、クジラを支えている枝が……崩壊……します……」


「え!? どういうこと!?」


 ずずん、と鈍い音が響き、再び地面が沈んだ。

 足元の太い幹に目を向ける。

 地面が徐々に引き裂かれ、めりめりと幹が突き出てきていた。

 俺たち2人は、木の根でできた檻の中。

 このままでは、幹ごと天井に押し付けられてミンチにされてしまう。


「やばい! ノルンちゃん、檻壊して! 潰れちゃう!」


「は、はい……も、もうちょっとだけ、このまま……」


「このままだと潰されちゃうんだって!」


 彼女を抱きかかえたまま、俺は木の根に蹴りを入れた。

 当然ながら、びくともしない。

 檻が天井に近づく。


「ノルンちゃーん!」


「……んんんおりゃああああ!!」


 それまでぐったりしていたノルンちゃんが突如叫び、両腕の断面から勢いよく蔓が伸びた。

 しゅるしゅるっと檻の格子に巻き付き、ばきばきと音を立てて両脇に押し広げていく。

 俺は彼女を強く抱きしめ、その隙間に身を投じた。

 俺たちが飛び出た直後、檻は天井に押し付けられて、ぺしゃんこになった。


「ほいさっ!」


 ノルンちゃんは蔓を伸ばして地面に突き立て、ぐにゃりと曲げて落下の衝撃を緩和した。

 俺は彼女に抱き着いたまま、ふわりと地面に降り立った。


「あ、危なかった……」


「ギリギリでしたねー。はあ、間に合ってよかったです」


「だねぇ……って、ノルンちゃん、身体がえらいことになってるけど、それ大丈夫なの!?」


 ノルンちゃんは両足が根元から切断された状態で、胴体の皮膚はごつごつした茶色い木の皮のようになっている。

 両腕からは蔓が伸びており、かなりインパクトのある外見だ。

 先ほどは両腕両足を自分の意志で切断したようだが、悶えながら絶叫していたからには相当痛かったのだろう。


「あっ!? ご、ごめんなさい! 今元に戻しますから!」


 伸びた蔓が、するすると縮んでいく。

 そしてぐにゃりと歪んだかと思うと、あっというまに人間の手に変異した。

 太もも部分からも木の根が伸びて、同じように歪んで人間の足に変異した。

 めきめき、と胴体が音を立てて蠢き、人間のそれに変わっていく。

 おお、と俺は声を漏らしながら、その様子を感心して眺めていた。


「何という再生能力……いや、変身能力か」


「お見苦しいところをお見せしてしまいました……うう」


 ノルンちゃんはしゅんとした様子で、俺の胸元に視線を落としている。

 奇跡の光が彼女の身体の中にめりこんでいるのだが、大丈夫なのだろうか。


「いやいや、おかげで助かったよ。ありがとう」


「……私、気持ち悪くないですか? まるで怪物みたいですよね?」


 ノルンちゃんが上目遣いに、俺を見上げてくる。

 どうやら、先ほどのすさまじい姿を俺に見られて、どう思われるかを気にしているらしい。

 なりふり構わず助けに来てくれた彼女のことを、悪く思うはずがないのに。


「気持ち悪くなんてないよ。驚きはしたけどさ。さすがは俺の女神様だよ」


「……そうですか! 変なこと言ってごめんなさいです!」


 ノルンちゃんはにぱっと笑顔になり、俺から離れた。

 彼女の中にめり込んでいた光の塊が抜け出てきて、俺の胸元に浮かぶ。


「あ、あの……お取り込み中のところ大変申し訳ないのですが……」


 その声に俺たちが目を向けると、カーナさんがおずおずといった様子で俺たちを見ていた。

 いつの間にか周囲に集まっていた人魚たちも、不安そうにこちらを見つめている。


「先ほどから、変な音が下から響いてくるのですが……」


「「あ」」


 俺たちが同時に声を上げた瞬間、すさまじい破砕音が足元から響いた。

 ぐらり、と地面が大きく横に傾く。

 その直後、俺たちの身体は宙に浮いた。

 グリードテラスを貫き、支えていたものが崩壊したのだ。


「うおおおお!? ノルンちゃん何とかしてええええ!」


「かしこまりました!」


 ノルンちゃんが両手を広げ、俺に向き直った。


「コウジさん、ぎゅってしてください!」


「はい!?」


「早く!」


 言われるがまま、俺はノルンちゃんを引き寄せ抱きしめた。

 先ほどとは違い、とても柔らかくて暖かく、素晴らしい抱き心地だ。

 何だかいい匂いもする気がする。


「てやああああ!」


 彼女の両手が一瞬にして数十本の蔓に変異し、すさまじい勢いで四方八方に伸びだした。

 悲鳴を上げながら落下する人魚たちを、次々とからめとっていく。

 両足も再び数十本の木の根に変異し、勢いよく地面に突き刺さった

 

「地上に墜落します! 皆さん、舌を噛まないように口を閉じてください!」


 ノルンちゃんが叫んだ数秒後。

 轟音とともに、地面が大きく跳ね上がった。

 足元の根が大きくたわみ、衝撃の大半を吸収した。


「……ふいー。何とかなったのですよ。さすがにヘロヘロです」


 ノルンちゃんはやれやれといった様子で、からめとった人魚たちをその場に降ろしていく。


「た、助かった……マジで死ぬかと思った」


 俺も地面に降ろしてもらい、周囲を見渡す。

 人魚たちも皆、無事なようだ。

 地面の振動は、完全に止まっている。

 グリードテラスは息絶えたのだろうか。

 どちらにせよ、早く脱出しなければ。


「よし、外に出よう。ノルンちゃん、壁に穴開けてくれない?」


「穴ですか。突き刺すのは得意なんですけど、切り裂くのは苦手なんですよね」


 ノルンちゃんは手足を元に戻しながら、少し困ったように言う。

 かなり疲れているようで、少しフラフラしていた。


「あれ? でも、さっきはクジラのお腹を突き破って助けに来てくれたじゃん」


「あれは、ここらへん一帯の大地の生命力を根こそぎ吸収したのと、可能な限り光合成をしたうえに、暴走状態になって能力のリミットが外れていたからできたのですよ。もうちょっとで、完全に正気を失うところだったのです」


「マジか。光合成できるって、ノルンちゃんって植物だったのか」


「植物じゃなくて、栽培の女神なのですよ。全然違うのですよ」


「そ、そっか、ごめん。で、さっきは女神から邪神にクラスチェンジしそうだったってこと?」


「そんな感じです。コウジさんのおかげで、かろうじて戻ってくることができたのですよ」


 どうやら、先ほどグリードテラスを仕留めたらしい超絶パワーは、滅多に使えるものではないようだ。

 そうなると、俺たちは巨大カマドウマを排除しつつ、口から出ていくしかない。


「あ、でも、もう一度ぎゅってしていただければ、何とかいけると思います」


「……え? ぎゅっとって、抱きしめるってこと?」


「はい!」


 おいで、といった具合に、ノルンちゃんが笑顔で両手を広げる。

 ボロボロになった服の隙間から、白い柔肌が覗いていてかなり危険だ。

 とはいえ、こんなかわいい子とハグできるなんて、嬉しい以外の感情が湧くはずもない。

 問題は、周囲を数百人のギャラリーに取り囲まれているという点だ。


「救世主様! 私たちのことはお気になさらず!」


「ほれほれ、さっさと抱き着けー!」


「はあ……コウジ様、もうお手付きだったのですね……」


「ハーグ! ハーグ!」


 あちこちから好き勝手に言葉を投げてくる人魚たち。

 ハグという単語が普通に通じるあたりに、この世界の適当っぷりが垣間見える。

 というより、こいつらのノリはいったい何なんだ。


「え、えっと、俺と引っ付いて、この光の力を取り込むってことなのかな?」


 俺の前にふわふわと浮かぶ、光の玉を指差す。

 この光に触れるだけなら、別に抱き着かなくても大丈夫な気はする。

 超至近距離で向かい合うという、抱き着くのと大して変わらないレベルで恥ずかしいことにはなりそうだけども。


「それもあるのですが、私はコウジさんの近くにいればいるほど、神力をたくさん補充できるのです。能力が使い放題になるのですよ」


「え? どういうこと?」


「この世界の根源は、コウジさんの願望なのです。それを元に世界を作り上げたのは私なので、私は世界の根源であるコウジさんからこの世界で奇跡を行使するための神力を供給してもらうことができるのです」


 何とも分かりやすいんだか分かりにくいんだか、判断しにくい説明だ。

 要約すると、ノルンちゃんが身体を変異させるのにはエネルギーが必要で、そのエネルギーの供給源が俺なのだろう。

 大地の生命力やら光合成でもエネルギーを得ることはできる、みたいなことを、さっき彼女は言っていた。

 だが、グリードテラスに飲み込まれた俺をすぐに助けに来なかったということは、そういった方法でのエネルギー補充にはかなり時間がかかるのだろう。


「その光の玉の力は、私にとっては鎮痛剤代わりというか、オマケみたいなものですね。もちろん治癒の効果もありますが、コウジさんに引っ付いているのと光に当たっているだけとでは、治癒の仕方も雲泥の差なのですよ。直に肌を接していると、効率が桁違いなのです」


「そうだったのか。それって、他の人にも同じことが言えるの?」


「いえ、私限定です。他の人が引っ付いても、何にもならないですよ」


「ふーん……」


「なので、はい!」


 ノルンちゃんが、再び笑顔で両手を広げる。

 今の説明は他の皆も聞いていたので、やましいことはないと分かってもらえたはずだ。


「じゃ、じゃあ、ぎゅっとさせていただきます……」


「はい! あ、お尻とか触ってもいいですよ! ご迷惑おかけしたので、特別サービスなのです!」


「この状況でそんな真似できると思う!?」


 俺は赤面しながらも、ノルンちゃんを抱きしめた。

 なぜか、割れんばかりの拍手がギャラリーから贈られる。

 ぴゅーぴゅーと、指笛まで聞こえてくる始末だ。


「コウジさん……私、幸せです……」


「からかわないでください死んでしまいます」


「えへへ」


 ノルンちゃんはいたずらっぽく笑うと、右手を壁に向けた。


「ではでは、そこの壁にしましょうか。皆さん、少し離れていてくださいね」


 一瞬で彼女の右手が太い蔓に変化し、その先端がめきめきと音を立てて茶色く変色した。


「えいやっ!」


 掛け声とともに勢いよく蔓が伸び、高速で壁に突き刺さった。

 ぎゅるん、と蔓がねじれ、無理やり奥へと突き進んでいく。

 10秒ほどして、ノルンちゃんが「おっ」と声を上げた。


「突き抜けました! 少し時間がかかりますが、これを繰り返せばいけるですよ!」


「おお、さすがノルンちゃん。よろしくお願いします」


「かしこまりました!」


 ノルンちゃんは俺に抱き着いたまま、蔓を手元にまで一気に引き戻した。

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