69話:お茶休憩
マイアコットさんに案内されて、部屋に入る。
壁際にある暖炉には火が点いていて、室内はとても暖かい。
「まあ、座ってよ。ええと、お茶菓子は……あ、前にベラドンナから貰ったクッキーだ!」
マイアコットさんが部屋を見渡し、壁際の本棚の一番上に置かれていた四角い缶に目を付けた。
背伸びしてそれを取り、ふうっと息を吹きかけて埃を飛ばす。
巻きあがった埃に、マイアコットさんが「ケホケホ!」と咳をした。
「はい、どうぞ」
マイアコットさんが箱をテーブルに置き、席に座る。
賞味期限とか大丈夫なんだろうか。
「あ、ありがとうございます。あの、リルちゃんはマイアコットさんの妹さんなんですか?」
「うん、そうだよ。あと、今は出かけちゃってるポンスケは弟。双子の姉弟なの」
「ポンスケ君ですか。変わったお名前ですね!」
ノルンちゃんがさらりとそんなことをのたまう。
俺も思っていたけど、あえて口にしなかったというのに。
「ああ、ポンスケはあだ名だよ。本当の名前はロムっていうの」
マイアコットさんが言うと、ノルンちゃんが不思議そうに小首を傾げた。
「ロム君ですか。でも、どうして『ポンスケ』なんてあだ名なんです?」
「あの子、ポン菓子を作るのが上手なんだよ。だから、ポンスケって呼んでるの。父さんが付けたあだ名なんだけどね」
「ポン菓子! お米とか麦とかを、圧力釜で熱して作るお菓子のことですね?」
ノルンちゃんが瞳を輝かせて言う。
ポン菓子とは、米や麦を回転する圧力釜で熱し、釜が十分加圧されたらフタをハンマーで叩いて外し、一気に減圧して米や麦の内部の水分を膨張させて作るお菓子のことだ。
俺も何度か作っているところを見たことがあるが、フタが外れた時のドカンという大きな音に、分かっていても毎回びっくりしてしまった記憶がある。
「そうそう。よく知ってるね。結構マイナーなお菓子だと思うんだけど」
「コウジさんと一緒に、作るところを見たことがあるのです。食べたことはないのですが」
「へえ、それって、この街以外でってことだよね?」
「はい。日本という国で、ですね」
「ああ、こことは別の世界の国だよね?」
「はい。あちらでは有名なお菓子なのですよ。でも、まだ私は食べたことがなくて!」
食べたことがない、ということをノルンちゃんが強調する。
「そうなんだ。じゃあ、ポンスケが帰ってきたら作ってもらおっか?」
「おおっ! いいんですか!?」
「うん。準備に少し時間がかかるけどね」
そんな話をしていると、玄関が開く音とともに「ただいま」と声が響いた。
ぱたぱたと走る音とともに、大きな小麦袋を抱えた男の子が部屋に入って来た。
少し気の強そうな目つきの青い瞳と、短い金色のくせっ毛が印象的だ。
「あ、姉ちゃん」
「おかえり、ポンスケ。この人たちが、来るって話してたお客さん」
「ども」
ポンスケ君が、ぺこりと会釈をする。
俺たちも皆で、こんにちは、と挨拶をした。
「ポンスケ、帰ってきて早々で悪いんだけどさ、ポン菓子を作ってくれないかな?」
「今から? スチームウォーカーの修理依頼が入ったの?」
「ううん。この人たちがポン菓子を食べてみたいんだって」
「ふーん。別にいいけど、その前に屋根の修理を手伝ってもらいたいよ。あちこちから雨漏りするようになっちゃってるし」
「あ、それもそうだね」
マイアコットさんが俺たちを見る。
「さっきも話したけどさ、宿賃替わりに、家の掃除とか片付けを手伝ってもらいたいんだ。屋根とかも壊れてきてて修理したいんだけど、手が回らなくてさ」
「はい。そんなことでよければ、いくらでも。ね、皆?」
俺が皆を見ると、すぐに全員が頷いた。
「ちょっとした大工仕事だったら、俺に任せとけ。若い頃に屋根とか壁の修理も何回かやったことがあるから、手慣れたもんだぞ」
「私も出来るよ。エルフの大工の記憶があるから」
カルバンさんとチキちゃんが頼もしいことを言ってくれる。
カルバンさんは昔は何でも屋みたいなことをしていたと言っていたし、いろんな雑務をこなしたことがあるんだろう。
チキちゃんも、とても頼りになりそうだ。
「それじゃあ、早速やっちゃおっか。ポンスケはポン菓子機の準備をしておいて」
マイアコットさんがそう言って立ち上がった時、湯気の立つコップをおぼんに載せて、リルちゃんが部屋に入ってきた。
「姉さん、とりあえず一休みしたら? コウジさんたちだって疲れてるだろうし、ポンスケも買い物から帰って来たばっかりなんだしさ」
「そうだね! じゃあ、お茶を飲んでからにしよっか!」
こうして、ひとまずお茶休憩をしてから屋根の修理に取り掛かることになったのだった。




