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68話:霧と歯車の街

 馬車に乗り込んでから、約一時間後。

 がこんがこんと多角車輪を動かして進むスチームウォーカーのお尻を眺めながら、俺たちは草原を進んでいた。

 岩やら溝やらのある道を、スチームウォーカーはシュポシュポという蒸気エンジンの音を響かせながら力強く前進を続ける。

 馬車はノルンちゃんの巧みな手綱さばきで、器用にそれらを避けながら進んでいた。


「蒸気エンジンって、すごい力があるんだな。こんなに大きなものを動かせるなんてさ」


 後ろから見るその姿は、多角車輪を備えた大きな装甲車といった感じだ。

 真っ白な蒸気と真っ黒な石炭の煙を噴き出しながら、馬車の速度に合わせてゆっくりと進んでいく。

 背後を進む俺たちにも煙が降りかかり、少々煙たい。


「まあ、多少なりと理想郷のロマン補正が利いていると思います。あまり深くは考えないのが吉なのですよ」


 御者台で俺の隣に座るノルンちゃんが、手綱を引きながら朗らかに笑う。

 確かにそんなことを言ったら、蒸気エンジンで人を乗せて飛ぶ羽ばたき飛行機械など夢のまた夢だ。


「コウジ街が見えてきたよ」


 荷台に座るチキちゃんが、スチームウォーカーの車体から見え隠れしている先の景色に目をやる。

 背の高い建物と、それらから立ち上る黒い煙がいくつも見て取れた。

 どれどれ、と俺が御者台で立ち上がった時、スチームウォーカーの上部ハッチが開いてネイリーさんが顔を覗かせた。


「おーい、コウジ君! もうすぐ街に着くってさ!」


 ぶんぶんと手を振るネイリーさん。

 すでに雨は止んでおり、辺りには白い靄が立ち込め始めている。


「わかりました! ネイリーさんは、精霊さんとはお話しできていますか?」


「ううん、全然ダメ。魔力障壁を越えてからは何にもできないよ。ただのかわいこちゃんになっちゃった」


「そ、そうですか」


 ネイリーさんですら魔法を使うことができないとなると、イーギリの周囲ではどんな人物であれ一切魔法が使えないということなのだろう。

 雷の精霊さんがバグに関わっているので、精霊さんと対話のできるネイリーさんがいれば楽勝だと思っていたのだが、そうもいかなそうだ。


「街に入って停車したら、馬車もスチームウォーカーの隣に停めてくれだってさ」


「了解でーす!」


 そうして数分進んでいくうちに、周囲にぽつぽつと建物が見られるようになってきた。

 レンガ造りの真四角の豆腐のような形の家ばかりで、どれも似たり寄ったりだ。

 どの建物も古くはないのだが、カゾのようなオシャレ感はゼロである。

 進むにつれてむき出しだった地面は石畳で舗装され、建物も増えてきた。

 特に街の入口といったものは見当たらない。

 どうやら、すでに街なかに入りつつあるようだ。


「コウジ、スチームウォーカーがあるよ」


 チキちゃんが路肩に停めてある乗り物を指差す。

 動物の足のようなものが四本付いた、多脚車両だ。

 窓を全開にした運転席では、中年のおじさんが咥えタバコをしながら新聞のようなものを読んでいる。


「うわ、なんだあれ。もしかして、あの足で動物みたいに歩くのかな?」


「面白い乗り物ですねぇ。でも、車輪とかキャタピラのほうが、どう考えても運用しやすそうですけど」


 そうして進むにつれて、街の全容が俺の視界に入ってきた。

 背の高い鉄骨製の建物がいくつも立ち並び、その隙間に挟まるようにして背の低い建物がひしめき合っている。

 すべての建物には煙突が備わっていて、もくもくと白い煙を吐き出していた。

 道には多くのスチームウォーカーが行き交い、その種類は様々だ。 

 四本足のもの、二本足のもの、キャタピラ式、車輪式といったものが、シュポシュポとエンジン音を響かせながら道を進んでいる。


「す、すごい。スチームウォーカーだらけだ!」


「ですね! どれも変わった形をしていますね!」


 スチームウォーカーの形はさまざまで、自動車のような見た目のものもあれば、2本足で歩くロボットのようなものもあり、見ていてとても楽しい。

 雨が降ったばかりということで、街はしっとりと濡れており、霧も出ている。

 気温はそこまで高くはないが、かなりの湿度だ。


「コウジ、ゴリちゃんが停まったよ」


 完全にわき見運転をしている俺とノルンちゃんに、チキちゃんが教えてくれた。

 マイアコットさんの操る巨大なスチームウォーカーの隣に馬車を進め、停車する。

 俺たちの他にも、たくさんの大きなスチームウォーカーが停車していた。

 すぐに後部扉が開き、マイアコットさんが出てきた。


「お疲れ様。蒸気都市イーギリへようこそ!」


 マイアコットさんがにっこりと微笑む。

 彼女に続き、カルバンさんとネイリーさんも降りてきた。

 ふたりとも、周囲の建物を見上げて「おー」と声を上げた。


「それじゃ、私の家に行こうか。空き部屋はたくさんあるから、街にいる間はゆっくりしていってよ。手伝いさえしてくれれば、何泊していってもいいからさ」


「えっ? 泊めてもらえるんですか?」


 予想外の言葉に俺が驚くと、マイアコットさんは小首を傾げた。


「ん? そうだけど、ベラドンナから聞いてなかったの?」


「はい、なにも。皆は、何か聞いてた?」


 俺の問いかけに、ノルンちゃんたちが首を振る。


「ありゃ。じゃあ、伝え忘れかな? まあ、付いてきてよ」


 マイアコットさんに連れられて、通りの歩道を歩く。

 車道と歩道が分けられている道を見るのは、こちらの世界では初めてだ。


「すごいですね、本当にスチームウォーカーだらけですね」


 がっしょんがっしょんと車道を進んでいく二足歩行のスチームウォーカーに目を向ける。

 その後ろからは、車輪式の大きなスチームウォーカーが続いていた。

 たくさんの人が乗っており、車体には行き先の記された板が張り付けてある。

 どうやら、バスのようだ。

 通りの交差点には両手に旗を持った人が立っており、人間信号機として交通整理をしていた。


「うん。この街じゃ、三人に一人はスチームウォーカーを持ってるからね。朝なんて、街の工業地区に向かう道は渋滞になるよ」


「そんなにですか! ちなみに、人口はどれくらいなんですか?」


「三万人ちょっと。カゾより少し多いくらいだよ」


「ということは、スチームウォーカーが一万台……す、すげえ」


 そうして歩いているうちに、一軒の古びた三階建ての建物に到着した。

 マイアコットさんが扉を開く。

 廊下の先に、いくつか部屋があるようだ。


「ただいまー! お客さんを連れてきたよー!」


 彼女の呼びかけに、廊下の奥の部屋から「はーい」と女の子の声が響いた。

 ぱたぱたと足音を響かせて、エプロン姿の十歳くらいの女の子がやってきた。

 金色のショートカットに大きな青い目が印象的な、可愛らしい娘だ。


「こんにちは! 私、リルって言います。よろしくお願いしますね」


 にっこりと愛想よく微笑むリルちゃん。

 文句なしに可愛い。


「初めまして、俺はコウジっていいます」


「私はノルンです。よろしくお願いします!」


 いつものように、皆で順番に挨拶をする。

 そうしていると、マイアコットさんが廊下の奥に目をやった。


「リル、ポンスケは? いないの?」


「うん。さっき小麦を買いに行ってもらったの。そろそろ帰ってくると思うよ」


「あれ、小麦切れてたっけ?」


「あと十日分くらいはあったけど、姉さんがお客さんが来るって言ったから」


「あ、そっか。五人も増えたら、すぐになくなっちゃうもんね。塩の在庫はある?」


「この前買ったばかりだから、しばらくは大丈夫だよ」


「ん、了解。そんじゃ、中に入って待ってよっか。とりあえず、一休みしたいし」


「皆さんもどうぞ。すぐにお茶をお出ししますね!」


 二人にうながされ、俺たちは家に上がるのだった。

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