67話:魔力障壁
カルバンさんとネイリーさんをスチームウォーカーから降ろし、いよいよ出発の運びとなった。
マイアコットさんが操縦席に座り、左右のレバーに手をかける。
「そんじゃ、出発しますか」
マイアコットさんが両方のレバーを引く。
数秒おいて、ガコンガコンと何かが駆動する音が足元から響き出し、窓から見える景色がゆっくりと上昇し始めた。
「おおっ! 動き出したっ!」
「コウジさん、夢にまで見たスチームウォーカーですよ! やりましたね!」
マイアコットさんの座るイスの背もたれを掴み、テンションアゲアゲ状態の俺。
そんな俺の肩を、ノルンちゃんが嬉しそうにぺしぺしと叩く。
「マイアコットさん! 蒸気は!? 蒸気は見えないんですかっ!?」
「え? 蒸気?」
マイアコットさんがレバーを操作しながら、俺に怪訝な顔を向ける。
スチームウォーカーは前進を始めたようで、外の景色がゆっくりと流れて行く。
「この窓からは見えないよ。圧抜き用の穴は、ゴリちゃんの後部に付いてるからね」
「あっ、そうなんですか。すみません、興奮しちゃって」
「興奮って、そんなにスチームウォーカーが好きなの?」
「はい! 本物に乗れるなんて夢みたいですよ!」
俺が答えると、マイアコットさんは嬉しそうに笑った。
「そかそか。なら、街に着いたら、もっと楽しいと思うよ。スチームウォーカーだらけだからね」
「そうなんですか! うわー、楽しみだなぁ!」
「外の景色が見たいなら、そこのハシゴを上って展望塔ハッチを開けてごらん。雨でびしょ濡れになると思うけど」
マイアコットさんが、壁に付いている梯子に目をやる。
「えっ、いいんですか!?」
「うん。ただ、ちょっとだけにしてね。中に雨が吹き込んできちゃうからさ」
「分かりました!」
俺は早速ハシゴを上り、ハンドルを回してハッチを開ける。
パラパラと雨粒が顔を叩くが、気にせず身を乗り出した。
「おおっ!」
目に飛び込んできた景色に、思わず声が漏れる。
まるで戦車の上部ハッチから顔を出しているような、そんな感覚だ。
うっすらと白い霧が漂う森や山の間の草原を、俺たちの乗るスチームウォーカーがゆっくりと進んでいる。
振り返ると、2つの煙突から真っ白な蒸気がシュポシュポと漏れ出していた。
煙突は直角に折れ曲がっており、雨水が入る心配はなさそうだ。
「おーい、コウジ、そっちはどうだー?」
見ると、後ろから付いてきている馬車の御者台で、カルバンさんとネイリーさんが並んで手を振っていた。
二人とも、顔は赤みを帯びていて、すでに酒盛りを始めているようだ。
カルバンさんは手綱を握り、ネイリーさんはウイスキーの瓶を抱えていて、ふたりともニコニコ顔だ。
「最高ですよ! ずっと、こういう乗り物に乗ってみたかったんです! 感動しまくりですよ!」
「そりゃよかったなぁ! そいつが動いてるのを後ろから見るのも、なかなか面白いぞ!」
「そうなんですか! そっちに乗るのも楽しみです!」
「コウジ君、お酒ありがとね。これ、すごく美味しいよ」
ネイリーさんの声が、まるで間近にいるかのように耳に届く。
どうやら魔法を使っているようだ。
「それはよかった、いくらでも飲んでいいんで、楽しんでください。それで、雷の精霊さんのことは、なにかわかりました?」
「それが、雨の精霊さんに聞いてみたんだけどさ。雷の精霊さん、何だかすごく興奮しちゃってるんだってさ。全然話も聞いてくれないって言ってる」
「興奮ですか。怒ってる感じなんですかね?」
「うん。でも、喜んでもいるみたいなんだ。怒ってたり、喜んでたり、いろいろなんだって」
「よくわからないですね……そのままもう少し、情報を集めておいてもらえます?」
「ん、了解。でもまぁ、あんまり期待しないでね。魔力障壁が近くなってるせいなのかわからないけど、私の魔力が拡散しやすくなっちゃっててさ。精霊さんとも、もう少ししたらお話できなくなりそうなんだよ」
「そうなんですか。魔法が使えなくなっちゃうってことですか?」
「たぶんね。今こうして音声魔法を使ってるのも、普段の三倍くらい魔力を使ってるしさ」
「うぇ、それはすごいですね」
「コウジさん、私にも外を見せてくださいませ!」
俺がネイリーさんと話していると、ハシゴの下からノルンちゃんが声をかけてきた。
「うん、わかった。今下りるね」
俺が降りると、ノルンちゃんがいそいそとハシゴを上って行った。
すぐに、楽しそうな声が響き出す。
「コウジ、びしょびしょになってるよ。マイアコットさん、タオルないですか?」
チキちゃんがマイアコットさんに声をかける。
「そこに埋まってると思うから、好きに使っていいよ。ちょっとばっちいかもしれないけど、それでもいいなら」
「ありがとうございます」
チキちゃんが隅に投げ出されている着替えの山を漁り、タオルを引っ張り出した。
なんだか油汚れのような黒ずみが付いているが、贅沢は言っていられない。
びしょぬれになった髪を、ごしごしと拭く。
「ありがと。はあ、楽しかった」
「コウジ、夢が叶ってよかったね」
チキちゃんがにっこりと微笑む。
「イーギリの街も、期待どおりだといいね」
「そうだね。どんな街なんだろうか」
「おーい、そろそろハッチを閉めてくれる? ハシゴの下、水が溜まってきちゃってるよ」
マイアコットさんが振り返り、俺たちを見る。
彼女の言うとおり、小さな水溜まりができてしまっていた。
「通路の脇の部屋にモップがあるから、それで拭いておいてね」
「わかりました。ノルンちゃん、ハッチを閉めて降りてきて」
「かしこまりました!」
その後、俺たちは小一時間ほどスチームウォーカーに揺られ続けたのだった。
スチームウォーカーの後部扉を開き、外に出る。
カルバンさんたちと交代の時間だ。
「はあ、楽しかった。カルバンさん、ネイリーさん、先に乗せてもらっちゃって、ありがとうございました」
「いいんだって。こっちも思う存分飲ませてもらって、めちゃくちゃ楽しかったしさ。それより、魔法使いさんが大変みたいだぞ」
カルバンさんがネイリーさんに目を向ける。
ネイリーさんは浮かない顔で、俺たちがこれから向かう先を見つめていた。
「コウジ君、私、この先役立たずになりそう。魔法がもう、ほとんど使えなくなってる」
「えっ。それって、魔力障壁の影響ですか?」
俺の問いに、ネイリーさんが頷く。
「うん。すぐそこに魔力障壁があるんだけど、あそこを越えたら、何もできなくなると思う」
ネイリーさんの視線を追い、これから俺たちが進む先を見る。
俺の目には、特に何も映らない。
「そこって、どの辺ですか?」
「百メートルくらい先。魔力を散らす壁っていうか……んー、なんて言ったらいいのかな。魔力を散らす霧をまき散らしてるっていうか、そんな感じ」
「……俺には全然見えないですね。チキちゃんは、なにかわかる?」
「うん。なんか、景色がゆらゆらしてるよ」
「ふむ」
目を凝らして見てみるが、やはり俺には何も見えない。
「チキちゃんも、魔法は使えないの?」
「ちょっと待って」
チキちゃんが人差し指を差し出す。
しばらくそれを見つめた後、俺を見上げた。
「無理。精霊さんの声も聞こえないし、水も出せない」
「そっか。まあ、仕方ないか」
「魔法なんか使えなくったって、大丈夫だって」
俺たちのやり取りを見ていたマイアコットさんが、にこやかに笑う。
「そのために、ゴリちゃんみたいな道具がたくさんあるんだからさ。気にしなくてもいいと思うよ」
「イーギリって、昔から魔法が使えない土地だったんですか?」
「うん。ずっと大昔から、そうだったみたい。でも、千年とか二千年前は、魔法機械が発達した巨大都市だったらしいよ」
「えっ、魔法機械ですか?」
新たなワクワクワードに、内心テンションが上がってしまう。
魔法機械って、いったいどんなものだろうか。
「そそ。詳しい文献は残ってないけど、すごく高度に発達した魔法機械文明があったんだってさ。古代都市の博物館から、模型が掘り出されたりしてるよ」
「へえ。古代都市の博物館ですか。それも面白そうだなぁ」
「街に着いたら、案内してあげるよ。まあ、その前に家の片づけだけどね。ほら、いつまでもここにいても仕方がないし、早く出発しよう。今度はそっちのふたりがゴリちゃんに乗るんでしょ?」
「あ、はい。それじゃあ、カルバンさん、ネイリーさん、また後で」
「おう。代表さんよ、あんたも飲むかい? こいつは美味いぞ」
ちゃぽんと、カルバンさんが持っているウイスキーの瓶を揺らして見せる。
「だーめ。お酒飲みながら運転なんて、危なくてできないよ。事故になったらどうするのさ」
「むう、そうか。じゃあ、向こうに着いたら皆で一杯やろうぜ」
「うん、それならいいよ。でも、ゴリちゃんの中にも持ち込まないでね。あると飲みたくなっちゃうからさ」
「あいよ、了解だ」
こうして、俺たちは再びイーギリへと向けて進み始めるのだった。




