66話:2つの印
「狭くてごめんね。天井が低いから、頭をぶつけないように気を付けて」
マイアコットさんを先頭に、肩幅ギリギリの通路に皆で足を踏み入れる。
俺とカルバンさんは少し屈まないと頭がぶつかってしまうくらいに、天井が低い。
中は壁も床も鉄製で、歩くたびにカンカンと足音が響く。
短い通路の先の扉をマイアコットさんが開くと、三メートル四方ほどの小部屋が現れた。
正面には横長のガラス窓と、工事車両に付いているようなレバーがいくつも床から生えている。
壁には謎のレバーやバルブがいくつもあって、「いかにも」な雰囲気を醸し出していた。
部屋の隅には書類やら着替えやらが山積みになっていて、ぐっちゃぐちゃだ。
「適当に座って。そこのソファー、使っていいからさ」
マイアコットさんが壁際に目を向ける。
使い込まれたL字形の布張りのソファーと、床に固定された鉄製のテーブルがあった。
皆でぎゅうぎゅうに詰めるようにして、ソファーに腰掛ける。
「あの、マイアコットさん。これってもしかして、スチームウォーカーってやつですか?」
「うん、そうだよ。私のゴリちゃんは、だいぶ旧型なんだけどね」
マイアコットさんが壁に設置されてあるランタンのつまみを捻り、芯を多めに出して灯りを大きくした。
オレンジ色の光が強くなり、部屋の中を明るく照らす。
マイアコットさんはさらに、壁のバルブに手を伸ばし、キュッキュッと音を立てて回し始めた。
「あ! 燃料をくべないとだ!」
マイアコットさんが慌てた様子で、今入ってきた扉を開いて廊下に出る。
興味が湧いたので後を追うと、通路脇の扉を開いて別の部屋に入って行った。
中を覗くと、彼女は床に山積みになっている石炭をかき分け、小さな金属扉を開けていた。
「あー、もう。いっつも弟たちがやってくれてるから忘れてたよ。ゴリちゃん、腹ペコになっちゃった」
ガッシャガッシャとシャベルで石炭を掬い、開いた扉の向こうへ投げ込む。
ある程度投げ込むと、ばたん、と扉を閉めて留め具を降ろした。
「ごめんごめん。すぐに動けるようになるから、待ってる間に自己紹介でもしちゃおっか」
にこっと微笑むマイアコットさん。
とても親しみやすい雰囲気の彼女に安心しつつ、俺は操縦室へと戻るのだった。
「改めて、初めまして。私は蒸気都市イーギリで代表をやってるマイアコット。よろしくね」
マイアコットさんが操縦席に逆座りして、にこっと微笑む。
「ベラドンナから皆のことはざっくり聞いたんだけど、この世界のバグ取りっていうのをしてるんだって?」
「はい。ちょっと信じられない話だとは思うんですけど――」
いつものように、今までの経緯をマイアコットさんに話して聞かせる。
彼女はふむふむと頷きながら聞いていたが、今まで解決したバグの話をすると、「あー」と声を上げた。
「なるほど。ということは、ここ最近ずっと鳴ってる雷は、そのバグのせいなのかなぁ?」
「雷、ですか?」
「うん。私が代表になった時からだから、もう2年くらいかな? 街から少し離れたところにある山に、ずっと雷雲がかかっててさ」
マイアコットさん曰く、その山には常に雷雲が立ち込めており、四六時中ピカピカゴロゴロと雷が鳴り続けているらしい。
落雷も頻繁に発生しており、とてもではないが危なくて近寄れないとのことだ。
「あそこ、石炭の大鉱脈があるんだけどさ。雷のせいで近寄れなくなっちゃって、ずっと困ってるんだよね」
「ふむ。ということは、2年間ずっと石炭が採掘できていないってことですか?」
「そこの炭鉱からは掘れてないね。他にも炭鉱はいくつかあるから、今はそこから掘り出してる状態なんだ。でも、あと十年くらいで枯渇しそうだっていうのが、作業員たちの見解だね」
「それは困りますね。石炭がなかったら、このスチームウォーカーも動かなくなっちゃいますもんね」
「そうなんだよ。ほんと、困っててさ」
はあ、とマイアコットさんがため息をつく。
「カルバンさん、地図を出してもらえます?」
「おう」
カルバンさんがバッグから開拓者の地図を取り出し、テーブルに広げる。
真っ白な紙の中に、俺たちがグランドホークに運ばれてきた道筋がマッピングされていた。
カルバンさんが地図に指を当て、表示範囲を広げる。
「お、あったぞ」
地図の真っ白な部分に、ペンでつけたような赤い丸印が表示されていた。
ソフィア様が付けておいてくれた、バグの位置に違いない。
「マイアコットさん、この印の辺りって、その雷が鳴ってる炭鉱の場所ですかね?」
「ううん。そこはイーギリの街なかだと思うよ」
「えっ、そうなんですか?」
「うん、ちょっと待ってて。私の地図を見せるから」
マイアコットさんは部屋の隅に行くと、ぐっちゃぐちゃになっている着替えと書類の山を漁り出した。
使わない物をとりあえずそこに投げました。みたいな感じで、酷い有様だ。
「えーっと、確かここにあるはずなんだけど……お、あったあった!」
ぐちゃぐちゃに折れ曲がった地図を引っ張り出し、テーブルに広げる。
俺たちの地図と表示範囲を同じくらいに、マイアコットさんが調節した。
「おお、これが蒸気都市イーギリですか」
「緑が全然ありませんね」
俺の隣に座るノルンちゃんが、むう、と唸る。
表示されている街の絵は赤茶色や銀色で埋め尽くされており、緑色はまったく見つからない。
「うん。街なかに木とか草があると掃除が大変になるから、一切植えないことになってるんだ。この辺りは一年中雨ばっかりだし、落ち葉とか枯草が濡れて流れると側溝がすぐに詰まっちゃうからね」
「そうなのですか。自然がまったくないのは残念ですね」
しゅんとした様子のノルンちゃん。
マイアコットさんの話す理由もわかるけど、街路樹すらないというのは確かに寂しい気がする。
そこまで徹底して排除しなくてもいいように思えるけど。
「まあ、街の外には大きな小麦農園があるから、そのあたりに行けば緑はたくさんあるよ。ええと、そっちの地図と照らし合わせると……この辺かな?」
マイアコットさんが地図を見比べ、街の中央部分に指を置いた。
赤丸印は、やはり街なかに付いているようだ。
「その辺りって、何がある場所かわかります?」
「ここは遺物採掘場だね」
「遺物?」
聞き返す俺に、マイアコットさんが頷く。
「うん。大昔の機械とか材料がたくさん埋まっててさ。それを掘り出して再利用してるんだよ」
「機械ですか。まだ使えるものが出てくるんですか?」
「そそ。部品工場がまるごと埋まってたりもするから、そういうのを少しずつ掘り出して、スチームウォーカーとか飛行機械を作るのに利用してるの。ネジとかナットとか、私たちが作るより精度がいいものがたくさん出てきたりするんだ」
「なるほど。じゃあ、そこに何かバグの原因が埋まってるってことなのかな」
「コウジ、こっちにも印が付いてるよ」
チキちゃんが俺の腕を引っ張る。
見ると、先に見つけた印からだいぶ離れた位置に、ぽつんと赤丸印が付いていた。
「ありゃ、本当だ。今回はひとつだけじゃないのか」
「そうみたいですね。他にもあったりしますかね?」
ノルンちゃんが地図に手を伸ばし、表示範囲を広げる。
近くには他の印は見当たらず、どうやら2つだけのようだ。
「マイアコットさん。もうひとつの印の場所には何があるか、わかりますでしょうか?」
ノルンちゃんがマイアコットさんに顔を向ける。
「んー。たぶん、雷が鳴ってる炭鉱の辺りだと――」
マイアコットさんがそう言った時、外から「プシュー!」と空気の抜けるような音が響いた。
それと同時に、操縦席から「チン!」とベルの音が鳴った。
見ると、操縦席の正面の壁に付いている金属の札が裏返り、『稼働中』という赤い文字が現れていた。
「おっと、ゴリちゃんの準備ができたみたいだね。続きは街に行ってからにしよっか」
「いよいよスチームウォーカーが動くのですね!」
ノルンちゃんがうきうきした表情で言う。
「あ、コウジ君。馬車も連れて行かないとだよ」
ネイリーさんが思い出したように言う。
そういえば、馬車はコンテナの中で待たせっぱなしだ。
「そうですね。そしたら、俺が馬車に乗って後から付いて行きますよ」
「コウジさん、私が馬車で行くのですよ。コウジさんはこういう乗り物に乗ることを、ずっと夢見ていたじゃないですか」
俺を気遣って、ノルンちゃんがそう申し出てくれる。
「それはノルンちゃんだって同じなんじゃないの? 俺と同じものが好きなんでしょ?」
「私はまたあとで乗せてもらえれば大丈夫なのですよ。心配ご無用なのです」
にっこりと微笑むノルンちゃん。
すると、カルバンさんが苦笑して俺たちを見た。
「まあまあ、おふたりさん。馬車は俺が連れて行くから、このまま乗ってろよ」
「え、いや、悪いですよ」
「いいっていいって。酒でも飲みながら、のんびり付いていくからさ」
「なんかすみません……じゃあ、お願いします」
「カルバンさん、ありがとうございます!」
俺とノルンちゃんが、ぺこりとカルバンさんに頭を下げる。
「気にすんなって。ウイスキーの黒州だっけ? あれ飲ませてもらおうかな。で、街まではどれくらいで着くんだ?」
カルバンさんがマイアコットさんに聞く。
「んと、ゴリちゃんだけだったら1時間くらいで着くんだけど、馬車の速度に合わせると……2時間くらいかな。たぶん」
「コウジ、それなら皆で交代しながら行こうよ」
チキちゃんの提案に、それもそうだと頷く。
「あ、それなら、私もカルバンさんと一緒に最初は馬車で行こうかな」
はい、とネイリーさんが手を上げて申し出る。
「魔力障壁に入るまで、精霊さんたちとお話ししてみるよ。雷について、何かわかるかもしれないしさ」
もちろんお酒も飲むけどね! とネイリーさんが付け足す。
こうして、スチームウォーカー組と馬車組に分かれて、交代しながら街へと向かうことになったのだった




