65話:蒸気都市へ!
翌日の朝、俺たちは天空島の島端で、ベルゼルさんとエステルさん、それにカゾの役所の職員さんたちの見送りを受けていた。
俺たちの前には大型の輸送コンテナが置かれており、グランドホークが出発を待っていた。
すでに荷物も馬車も積み込み済みで、あとは俺たちが乗り込むだけだ。
「お前たちには世話になったな。改めて礼を言わせてくれ」
神妙な顔をしたベルゼルさんが、俺たちにぺこりと頭を下げる。
ベルゼルさんはすっかりカゾの人たちと仲良くなって、毎日観光客相手に他の職員たちと観光案内の仕事をこなしている。
かなりの高齢のようだが、まだまだ元気でいてくれそうだ。
「俺たちのほうこそ、本当にお世話になりました。アルバムまで作ってもらっちゃって、ありがとうございます」
先ほどベルゼルさんに手渡されたアルバムに目を落とす。
皆で撮った集合写真をはじめとして、いつの間にか撮影されていた俺たちの写真が多数収められている。
ベルゼルさんがロボット兵や彼の杖を使って、こっそり俺たちの日常を写真に納めておいてくれたらしい。
「うむ。またいつでも戻ってくるがいい。そのアルバムには、まだ空きスペースがいっぱいあるのだからな。新しい写真を貼り付けることができる日を、楽しみにしているぞ」
にっこりとベルゼルさんが微笑む。
会った当初は気難しい印象を受けていたが、今ではすっかり気のいいおじいちゃんといった感じだ。
「私も、皆さんが戻ってきてくださるのを楽しみにしていますから! もし戻ってこなくても、ベラちゃんの代表の任期が終わったら一緒に追いかけますからね!」
エステルさんが瞳を潤ませながら言う。
彼女とも、この一カ月ですっかり仲良くなった。
袖の下で云々、といったことをやっていた頃が懐かしい。
今ではすっかり仲良しだ。
「ええ、必ず戻ってきますよ。それに、再会のベルを持っているんですし、いつでも連絡は取れます。ちょくちょく連絡しますからね」
「はい! 私からも連絡させてもらいますね!」
「さて、そろそろ行くか。ベラドンナさん、お願いします」
「はい。では皆さん、コンテナにどうぞ!」
ぞろぞろと、皆でコンテナに乗り込む。
長椅子に座って安全バーを降ろし、体を固定する。
ベラドンナさんは外からコンテナの扉を閉め、防風ゴーグルを着けた。
翼を羽ばたかせて飛び上がり、グランドホークの背に跨る。
「では、出発します!」
グランドホークが甲高い声で一声鳴き、力強く翼を羽ばたかせる。
「また、絶対に戻って来ますからね! それまでさよならなのです!」
「またね。行ってきます」
「次来たときも、古城ホテルに泊めてね!」
「コーヒー畑、枯らすんじゃねえぞ! 頑張れよ!」
ノルンちゃん、チキちゃん、ネイリーさん、カルバンさんが、見送ってくれる皆に手を振る。
俺も他の皆と一緒に手を振りながら、別れの言葉を告げた。
「コウジさん、何だか景色が変わってきましたね」
グランドホークに運ばれながら、コンテナの格子の間から覗く地上の景色を見てノルンちゃんが言う。
天空島から飛び立った当初は、晴れ渡った抜けるような青空と、緑豊かな森や草原の爽やかな景色が広がっていた。
だが、飛んで行くにつれて空には薄暗い雲が多くなり、地上にはごつごつとした岩肌を覗かせた山が増えてきた。
森はそこかしこにあるのだが、どことなく暗い印象を受ける。
「だね。天気も悪いし……あ、雨が降ってきた」
ぱたぱたという雨音がコンテナに当たる音が響き始めた。
俺たちはコンテナ内にいるからいいけど、グランドホークに跨っているベラドンナさんはずぶ濡れだろう。
「ベラドンナさん、大丈夫ですか? 雨が降ってきましたけど!」
「はい、これくらい平気です! 皆さん、コンテナ内に雨は吹き込んでいませんか?」
大声で呼びかける俺に、ベラドンナさんの返事が頭上から響く。
「こっちは大丈夫です。何なら、地上に降りて雨宿りしますか?」
「いえ、もう少しで待ち合わせ場所に到着しますので、一気に行ってしまいましょう!」
そう言っている間にも、雨音は激しさを増し、ゴロゴロと雷の音まで響き始めた。
「おいおい、雷が鳴ってるぞ。このまま飛ぶのは危ないんじゃねえか?」
カルバンさんが心配そうに、格子の隙間から空を見る。
雷の音はまだ比較的遠いが、もし近くで雷が発生したら直撃を食らうかもしれない。
「ん、まだ大丈夫だよ。まだ、雷の精霊さんは近くにはいないから」
「えっ、ネイリーさん、そんなことも分かるんですか?」
「うん。風の精霊さんが教えてくれるの。チキさんもわかるんじゃないかな?」
ネイリーさんがチキちゃんを見る。
「チキちゃん、わかるの?」
「ん、ちょっと待って……」
チキちゃんが虚空を見つめる。
「……うん。あっちは危ないって、教えてくれてる。雷の精霊さんが大騒ぎしてるって」
チキちゃんが進行方向を指差す。
「そうなんだ。そろそろ危ないってわかったら、すぐに教えてね」
「うん、わかった」
そうしてしばらく飛び続けていると、ぐぐっとコンテナが傾いた。
「そろそろ目的地です。着陸しますので、しっかり掴まっていてくださいね!」
ベラドンナさんの声に、皆が了解の返事をする。
グランドホークはゆっくりと旋回しながら、少しずつ高度を下げて行った。
「あっ! コウジさん、あれ!」
ノルンちゃんが地面を指差す。
そこには、大型トラックほどの大きさの、青黒い色の物体があった。
その上には人が立っていて、どうやら女性のようだ。
長い紫色の髪の女性が、傘を片手に額に片手を当ててこちらを見ている。
「あの人が迎えの人ですかね?」
「かな? でも、あれはなんだろう。乗り物かな?」
「足みたいなのが側面に付いていますし、乗り物じゃないでしょうか」
「てことは、あれがスチームウォーカーかな?」
「かもしれないですね!」
期待に胸を膨らませる俺とノルンちゃんが盛り上がっている間にも、どんどん地面が近づいてきた。
グランドホークが大きく羽ばたいて、その青黒い物体の脇に舞い降りる。
ぬかるんだ地面にコンテナが着地すると同時に、バシャッと水の音が響いた。
「皆さん、お疲れ様でした!」
ベラドンナさんがグランドホークの背から飛び降りて、コンテナの出入口を開けてくれる。
俺たちも安全バーを上げ、彼女のもとへと向かった。
相変わらず、コンテナの外は雨が降り続いている。
「うわ、ベラドンナさん、びしょびしょじゃないですか。大丈夫ですか?」
ベラドンナさんは全身ずぶ濡れで、翼や衣服からはぽたぽたと水が滴っていた。
「これくらい大丈夫です! 皆さんのためならなんのその、ですよ!」
ベラドンナさんがにっこりと微笑む。
彼女は防風ゴーグルを外しているのだが、目が赤くなっていた。
どうやら、つい先ほどまで泣いていたようだ。
すると、ベラドンナさんの後ろから、水音が響いた。
青黒い物体の上から飛び降りた女性が、俺たちのところへと歩いてくる。
「ベラドンナ、ひさしぶり。この人たちがお客さん?」
「あ、はい! こちら、お伝えしていた、カゾを救ってくださった方たちです。皆さん、こちらはイーギリで代表を務めている、マイアコットさんです」
ベラドンナさんに紹介され、マイアコットさんが「よろしくね」と微笑む。
代表さんが自ら、俺たちを迎えに来てくれたらしい。
マイアコットさんは自動車の整備士みたいな作業服を着ていて、ぱっと見では代表にはとても見えない。
見た目もかなり若く、20歳そこそこに見える。
長い紫色の髪と、すらっとした細い手足を持つ、スタイルがいい女性だ。
笑顔がとても可愛らしい。
種族は人間のように見える。
「初めまして、マイアコットさん。俺は――」
「あー、雨がすごいから、挨拶はゴリちゃんの中に入ってからにしてくれるかな?」
「ゴリちゃん?」
「うん、ゴリちゃん。この子のことだよ」
マイアコットさんはそう言うと、先ほど彼女が飛び降りた青黒い物体のもとへと歩み寄った。
側面に付いていた手すりを掴み、ぐっと横にスライドさせる。
金属の扉が開き、オレンジ色の光に照らされた廊下が現れた。
「ほら、入って入って。ベラドンナも、雨宿りしていきなよ」
「いえ、私はこれで失礼します。あとはよろしくお願いしますね」
「はあ? あんた、全身ずぶ濡れじゃん。そのまま飛んで行ったら風邪ひくよ? 雨が止むまで、中で休んでいきなよ」
「いえ、大丈夫です。では、皆さん、またお会いしましょう!」
ベラドンナさんはにっこりと笑ってそう言うと、翼を羽ばたかせてグランドホークの背に飛び乗った。
そうして俺たちに大きく手を振り、グランドホークとともに空へと消えて行った。
「行っちゃった……あの娘、もしかして泣いてた?」
「いいえ。泣くのを一生懸命、我慢していたのですよ。笑顔でさよならがしたかったのだと思います。ふええ……」
ノルンちゃんが目をうるうるにして言う。
ベラドンナさん、声が震えていた気がするし、きっとノルンちゃんの言うとおりだったんだろうな。
俺も少し泣きそうだ。
「そっか……コンテナ、あとで取りに来てもらわないとだね」
マイアコットさんはそう言って頭をかき、ベラドンナさんが飛び去って行った空を眺めるのだった。




