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64話:お別れパーティー

 約一カ月後の昼過ぎ。

 天空島には、数百本のコーヒーの木が立ち並ぶ広大なコーヒー畑が出来上がっていた。

 ノルンちゃんの神力のおかげで、種を撒いてから1日で収穫ができるようになるため、すでにかなりの量のコーヒー豆が収穫できている。

 街のカフェやホテルにもコーヒー豆は卸され、役所が運営する土産物店でも販売が始まっていた。

 予想以上の売れ行きで、財政状況は一気に盛り返す見通しとのことだ。


「よっこらしょ。今日も大豊作だねぇ。ノルンさん様様だよ」


 コーヒー豆でいっぱいになったカゴを地面に置き、半袖短パン姿のネイリーさんが俺の隣で一息つく。

 あれから、ネイリーさんはなんだかんだ言いつつも肉体労働に精を出し、今ではすっかり畑仕事が板に付いていた。

 肉体労働後の食事の美味しさに目覚めたとのことで、毎日一生懸命働いているらしい。


「ですね。さすがは栽培の女神様ですよ。……いてて。こ、腰が」


 コーヒー豆を摘んでいたいた手を止めて、俺は腰を押さえた。

 ここ最近何度か、腰痛に悩まされているのだ。


「ありゃ、また痛むの? ヒールポーション飲む?」


「お願いします。リンゴ味のほうで」


「リンゴ味ね」


 ネイリーさんが指をくるくるっと回すと、木陰に置いてある荷物からポーション瓶が飛び出して、彼女の下へと飛んできた。

 ネイリーさんがそれをキャッチし、蓋を開けると魔法で氷を作り出して中に入れた。

 ちゃぽちゃぽと瓶を振り、よく冷やしてから俺に手渡してくれる。


「はい、どうぞ」


「ありがとうございます。んぐ、んぐ……ふう、美味い」


 ぐびぐびとポーションを飲み干す。

 味は、薄いリンゴジュースといった感じだ。

 鈍痛の走っていた腰の痛みがあっという間に治まり、疲れもすっかり取れてしまった。

 これを飲むのは3度目だ。


「しかし、本当にこのポーションは効きますね。俺の奇跡の光より、よっぽど効き目がありますよ」


「そりゃあ、高い薬草を使ってるからね。でも、続けて飲むと中毒になるから、また痛くなっても明後日までは我慢だよ?」


「了解です。まあ、たぶんもう大丈夫ですよ」


「ほんとかなぁ? コーヒー豆の収穫でも腰が結構疲れるんだし、チキさんに夜は少し控えるようにお願いしたほうがいいんじゃない? 毎晩4、5回くらいしてるじゃん」


「いや、ホテルに泊まるのは今日までですし……って、何で回数まで知ってるんですか!?」


 ぎょっとする俺にネイリーさんが目を逸らす。


「え、えっと……後学のために、ちょっと見学したりしなかったり?」


「ちょ、なに人の秘め事を覗いてるんですか!? 見学っておかしいでしょ!?」


「わ、私だけじゃないし! ノルンさんとエステルさんも一緒だったし! ふたりを誘ったのは私だけどさ!」


「3人で見てたの!? いつから!?」


「え、ええと……29日前かな?」


「初日からじゃねえか!」


 ネイリーさんからポーション瓶のコルクを奪い取り、地面に叩きつける。

 瓶を割るわけにはいかないので、その代わりだ。


「でもでもっ、7、8回くらいしか私は覗いてないから! 他のふたりは知らないけど!」


「回数の問題じゃないでしょうが。ああもう、勘弁してくださいよ……」


 あまりの恥ずかしさに頭を抱える俺。

 そういえば一度、行為中にチキちゃんが窓の方を見て動きを止めたことがあったような気がする。

 彼女はなぜか楽しそうに小さく笑って、そのまま続けられてしまったが。

 見られているとわかっていて続けたのか、あの娘は。


「い、いやぁ……あはは。で、でもさ。チキさん、すごく元気になったっていうか、明るくなったよね!」


 ネイリーさんは誤魔化し笑いをしながら、コーヒー畑に目を向ける。

 収穫人たちの間を回ってはカゴを受け取り、荷馬車へと運ぶということを繰り返している。

 表情はとても明るく楽しげで、周囲の人とわきあいあいといった様子で言葉を交わしている。


「会ったばっかりの頃は、どこか危ういっていうか、感情表現が薄すぎて心配に見えたもん。コウジ君のおかげだよ、きっと」


「んー、でも、チキちゃん自身が積極的にあれこれ頑張ってるのが一番の要因じゃないですかね。それに、ネイリーさんたちとも一緒にわいわいやってるおかげもありますよ。皆さんには頭が上がらないです。覗きは困りますけど」


 ここで生活をするようになってから、チキちゃんは少しずつ表情が豊かになっていった。

 毎日なんの心配もなく、朝から夕方まで畑仕事をしてはホテルに戻り、美味しいごはんを食べながら皆とおしゃべりして、豪華なお風呂に浸かってベッドに向かう。

 そんなのんびりとした満たされた日常が、彼女の心にはとてもいい作用をもたらしたのだろう。

 もっとも、元から自分の意見はしっかり主張する娘ではあったので、肉体が精神にようやく追いついてきたといったほうが正しいだろうか。


「かーっ! コウジ君、そこだよ! そこで調子に乗らないところがキミのいいところ! 本当にいい男だよキミは!」


 ネイリーさんが俺の肩をバンバンと叩く。

 なんだか、覗きの件を勢いで誤魔化そうとしてないか、この人。


「あ、ありがとうございます。でも、覗きは本当に……ん?」


 そんな話をしていると、頭上の日差しが突如として遮られた。

 上を見るとベラドンナさんが俺たちのもとへと舞い降りてきているところだった。


「コウジさん、お仕事お疲れ様です!」


 言いながら俺の目の前に降り立ち、翼を畳む。

 何度見ても、かっこいいな。


「ベラドンナさんもお疲れ様です。すみません、旅の準備まで全部お願いしちゃって」


「いえいえ、私がやりたくてやっていることですので」


 にっこりとベラドンナさんが微笑む。

 ホテルでの滞在が10日を過ぎた頃に、ベラドンナさんが蒸気都市イーギリの近くまでグランドホークで運んでくれると言ってきてくれたのだ。

 そのうえ、イーギリの代表さんにも話を通しておいてくれるとのことで、あちらに着いてからのバグ探しが順調に進むようにと手をまわしてくれると言ってくれた。

 イーギリの人々は排他的らしい、などとカルバンさんが話していたので少し心配だったが、これなら安心できる。


「本当は、イーギリに直接お送りしたかったのですが……」


「いや、それは仕方がないですよ。魔力干渉があるんでしょう?」


 イーギリの周辺は『魔力の壁』と呼ばれるものに覆われていて、それに近づくとグランドホークが酷く暴れてしまうため、近づくことができないらしい。

 そのうえ、壁の内側ではどういうわけか魔力が減衰してしまうため、魔法を使うことは非常に困難とのことだ。

 魔法使いのネイリーさんにとっては、天敵みたいな土地だ。


「はい。なので、壁の外側から少し離れた場所までお送りさせていただきますね。壁に近寄りすぎても、グランドホークが暴れてしまうことがあるので」


「それで十分です。ありがとうございます」


 さて、と俺はコーヒー畑に目を向けた。

 すっきりと晴れ渡った空の下、コーヒーの木々の間でノルンちゃんが鼻歌交じりにくるくると踊っていたり(コーヒーの木を育てているらしい)、チキちゃんやカルバンさんたちが収穫作業を続けていたりと、皆が忙しそうに動き回っている。

 畑仕事も、今日でやり納めだ。


「今日でここともお別れか……なんだか、寂しくなりますね」


「はい。本当に残念です……また、いつでも戻ってきてくださいね。皆さんになら、カゾの市民権を即日発効しますから!」


 にっこりと、ベラドンナさんが俺に笑顔を向ける。

 ちょっと抜けたところもあるけど、街のために一生懸命だし、何より性格も穏やかで素直だし、本当にいい人だ。


「ありがとうございます。また必ず……って、ど、どうしたんですか!?」


「うぅぅ! うええええん!」


 俺が言いかけた途端、ベラドンナさんの涙腺が崩壊した。

 子供みたいにギャン泣きしているベラドンナさんに皆が気づき、なんだなんだと集まってくる。


「あ、明日でお別れって思ったらっ……ふぐっ……寂しいですよぉ……!」


「ベラドンナさん……おわっ!?」


「うええええん! コウジさあああん!」


 ベラドンナさんが俺に縋りついてきて、顔を俺の胸にこすりつけて大泣きする。

 ギャラリーに囲まれながら、よしよしと彼女の頭を撫でる。

 なにやら背後から鋭い視線を感じるが、今は無視するしかない。


「うぅぅ……ず、ずびばぜん」


 しばらくしてベラドンナさんは泣き止み、俺から離れた。

 鼻水はだばだばだわ、目はうるうるだわで大変なことになっている。

 不謹慎かもしれないが、ちょっときゅんときてしまったのは内緒だ。


「ベラちゃん、ほら、顔拭いて」


「うう、エステル、ごべんね。こんな泣き虫の代表でごべんねえ……」


「それはいいから。ほら、ちゃんと顔拭いて。お別れの前日からそんなのでどうするの」


 エステルさんに顔を拭かれるベラドンナさん。

 なんか、1カ月前にも同じような光景を見た気がする。


「そ、そうだよね……皆さん!」


 気を取り直したのか、ベラドンナさんが顔を上げた。

 目が真っ赤で涙声だ。

 なんだか、俺までもらい泣きしそうだ。

 いつの間にか隣に来ていたノルンちゃんは、すでに瞳がうるうるで泣く一歩手前になている。

 チキちゃんも隣に来て、俺の手をぎゅっと握った。


「今夜は、古城のホテルでお別れ会を開かせていただきます! 職員の皆さんも参加費は無料ですので、ご家族も連れてぜひお越しを!」


 わあっ、と職員たちから歓声が挙がる。


「ううう、コウジさん。私、この街が大好きなのですよ。また、絶対に来ましょうね……ふええ」


 ノルンちゃんが堪えきれずに涙をこぼしながら、俺の袖を引っ張る。


「コウジ、私もここに戻ってきたい。この街でなら、ずっと楽しく暮らしていけそうだから」


 チキちゃんが俺を見上げる。

 目尻に涙が光っていて、泣くのを堪えているのが一目でわかった。 


「うん、そうだね。必ず戻ってこようね」


 その日の夜、古城ではお別れパーティーが夜遅くまで行われた。

 ベラドンナさんをはじめとして、一緒に農作業に勤しんだ職員さんたちとも別れを惜しみつつ、大いに盛り上がった。

 チキちゃんはその夜は、いつもより少しだけ控え目だった。

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