63話:キウイとアスパラ
二日後。
俺たちは天空島の旧市街のはずれで、畑仕事に精を出していた。
おおざっぱにかき混ぜられた元草原を、カゾの役所の職員たちが鍬で耕している。
広大な草原の硬い土をかき混ぜたのは、もちろんノルンちゃんだ。
「むむむっ……はい、できました!」
ノルンちゃんの手のひらの皮膚が盛り上がり、ぽこん、とコーヒーの種が数粒姿を現した。
俺はそれを受け取り、土を耕しているカルバンさんの下へと走る。
「カルバンさん、この種植えちゃってください」
「おうよ。そういえば、このコーヒーってなんて名前の種類なんだ? 一種類しか存在しないってわけでもないんだろ?」
カルバンさんが撒いた種に土をかぶせながら言う。
「さあ、俺にはさっぱり……ノルンちゃん、このコーヒーの名前ってなに?」
ネイリーさんに種を手渡しているノルンちゃんに呼びかける。
先ほどから、ああしてノルンちゃんが生み出した種を受け取っては、耕した地面に植えているのだ。
チキちゃんは水やり係で、種を植えた場所に魔法で水をかけて回っている。
「『ムンドノーボ』ですよ。丈夫で育てやすい品種なのです。私の力で、さらに丈夫にしてありますけどね! 高地でも、しっかり育つはずなのですよ」
「そうなんだ。ありがと!」
「いえいえ!」
「コウジくーん。私もう疲れたー。腰が痛いー」
ネイリーさんが腰に手を当て、ぐぐっと背伸びをする。
畑仕事ということで、今日の服装は動きやすいズボンとシャツ姿だ。
「まあまあ、休み休み頑張ってくださいよ。それに、汗水流して働いた後のご飯は美味しいですよ!」
「えー。でも私、もともと肉体労働には向いてないんだよ。ものすごく貧弱なんだから」
「普段はぴょんぴょん跳ねて移動したり、魔法を使って大太刀回りしたりしてるじゃないですか。俺よりよっぽど体力ありますよ」
「それとこれとは別なのー。こういう地味な作業は苦手なのー」
「仕方ないなぁ……そこの木陰にあるバッグに板チョコが入ってますから、食べて一息ついていいですよ」
「えっ、ほんと!? さっすがコウジ君、話が分かるね!」
軽快な足取りで木陰に向かうネイリーさん。
やれやれと彼女を見ていると、俺に照り付けている日差しが急に遮られた。
「コウジさん、本日も畑仕事お疲れ様です!」
ばさばさと翼の音を響かせて、ベラドンナさんとエステルさんが頭上から舞い降りてきた。
「ベラドンナさん、エステルさん、お疲れ様です。議会のほうはどうでした?」
「もちろんOKでしたよ! 天空島の積乱雲を取り除いてくれたうえに、新たな財源となるコーヒーの木まで育ててくれることの対価が古城ホテルの無料宿泊なら、都市の財布にも優しいですから。満場一致で賛成してもらえました」
「おお、それはよかったです。都市の財布にも優しいってことは、古城のホテルは役所が運営してるんですかね?」
「はい。経営母体は役所です。なので、どうぞ何日でも泊って行ってください。一カ月くらいなら、たぶん文句も言われませんから」
「い、一カ月ですか!? そんなにいいんですか!?」
「もちろんです! コウジさんたちは、カゾを財政破綻から救ってくださった英雄ですからね!」
「おい、コウジ、やったじゃないか! 高級宿に一カ月も泊まれるなんて、そうそうある話じゃないぞ!」
カルバンさんが俺の背中をバンバンと叩く。
すると、ノルンちゃんが手からコーヒーの種をこぼしながら駆け寄ってきた。
「ベラドンナさん! それって、朝夕の食事もコミコミですか!?」
「もちろんコミコミですよ! コミコミプランです!」
「やったー!」
ノルンちゃんが万歳して大喜びする。
コーヒーの種がそこらじゅうにぶちまけられてしまっているが、気にも留めていない。
「コウジさん、ぜひ泊めてもらうのですよ! 一カ月まるごと、高級ホテルを満喫しちゃいましょう!」
「そうだね。しばらくはのんびり楽しませてもらおっか。でも、バグ取りっていう本来の目的も忘れちゃダメだよ?」
「もちろんです。しっかり休んで、次に備えるのです!」
天空島観光が再開されたことによって、もともとは地上に帰る予定だった人々が滞在を延長したり、地上の商店街に遊びに来ていた人たちがリフトで上がってきたりで、一気にカゾは大賑わいとなっていた。
宿はどこもかしこも一杯で、俺たちが泊まっていた虹の翼亭も数日先まで予約で埋まってしまっていた。
そんなわけで、あちこち探して何とか見つけた宿の1室に、俺、ノルンちゃん、チキちゃん、ネイリーさん、カルバンさんの5人で今朝まで無理くり泊まっていたのだ。
安宿というわけではなかったのだが、元が2人部屋だった場所に5人で泊ったので、かなり手狭だった。
「ベラドンナさん」
俺たちが騒いでいると、チキちゃんがとてとてと駆けてきた。
「泊れる部屋って、広い部屋?」
「はい。寝室とお風呂が3つある、一番大きなお部屋ですよ。私が視察で泊ったお部屋です」
「そう。ありがとう」
チキちゃんが俺を見る。
「コウジ、約束だからね」
「え? 約束って?」
「今夜は寝かさないから」
「は、はい」
俺たちの会話を聞いてきょとんとしていたベラドンナさんだったが、すぐに意味を理解して顔を赤くした。
「え、ええと! で、では、私はこれにて失礼いたします! エステル、後はお願いね!」
「う、うん」
ばさっと翼をはためかせ、ベラドンナさんが空へと舞い上がる。
あんなふうに空を飛べたら、きっとすごく気持ちがいいんだろうな。
転生したら、翼人にしてもらうというのも面白いかもしれない。
「それじゃ、私は水やりをしてくるね」
飛び去って行くベラドンナさんを見送り、チキちゃんが俺を見る。
「うん。また後でね」
「夜の分の体力、残しておいてね」
「しょ、承知しました」
元気に駆けて行くチキちゃんの背を見ていると、隣から視線を感じた。
顔を向けると、ノルンちゃんが顔を赤らめて俺を見ていた。
「あわわ。コウジさん、大人の階段を数段飛ばしで、どんどん登っていきますね。私はもう、見ているだけでタジタジなのです」
「いや、まあ……はは」
「若いってのはいいねぇ……ほら、いい宿に泊めてもらえるんだし、その分しっかり働こうぜ。役所の人たちと一緒に仕事してるってことを忘れちゃダメだぞ」
カルバンさんが鍬を手に、俺たちに苦笑を向ける。
「あ、はい! ノルンちゃん、どんどん種を作っちゃって」
「了解であります。この一帯を、大コーヒー畑にしてみせるのですよ!」
むん、と両手を握り、気合を入れるノルンちゃん。
カゾのためにも、この畑を大々的に拡張して、財政の一角を担えるようにしなければならない。
それが終わったら、いよいよ蒸気都市イーギリへ出発だ。
いったいどんな都市なのだろうかと、今から心が躍ってしまう。
「ふふふ、コウジさんのために、畑の一角にキウイとアスパラも植えることにしますね」
ノルンちゃんが、くふふ、と含み笑いをする。
「キウイとアスパラ? なんで?」
「その二つは、ビタミンが豊富なのですよ。血行促進で、夜のお勤めもばっちりなのです!」
「そ、そっか。ありがと」
その日の夜、俺はチキちゃんにこれでもかというくらい搾り取られてしまった。
詳細については、まあ、割愛ということで。




