62話:ご褒美
帰宅後、皆でチキちゃんが作ってくれた夕食の八宝菜丼を食べ、風呂に入り、酒盛りをして就寝の運びとなった。
俺とベルゼルさんとチキちゃん以外は、全員酔いつぶれてしまっている。
今は、俺とチキちゃんで洗い物をしているところだ。
「よし、終わった。俺たちも寝るとするか」
「うん。コウジ、一緒に寝よう?」
「うん、いいよ。ベッドはネイリーさんが占拠してるから、床で寝ることになるけど」
「うん、わかった。タオルケット、出すね」
チキちゃんが押し入れからタオルケットを二枚取り出す。
「ベルゼルさん、これ、使って」
「いや、私は起きていることにする。転移の瞬間を見届けたいのでな。それはお前たちで使うがいい」
チキちゃんの差し出すタオルケットを断り、壁に背をもたれたベルゼルさんが部屋を見回す。
「しかし、もう少し広い部屋に住めなかったのか? 窮屈でかなわんぞ」
ベルゼルさんが、床に転がっているベラドンナさんを見る。
エステルさんと抱き合うような恰好で、ぐーぐーすやすやと眠りこけていた。
荷物やら人やらでぎゅうぎゅう詰めのスペースに押し込まれた結果、そうなってしまったようだ。
「すみません、なにぶん、家賃が一番安いところを選んだもので……チキちゃん、悪いんだけど、今日は廊下で寝るってことでいいかな?」
「うん、いいよ」
ベッドはネイリーさんが独り占めしており、部屋にはカルバンさん、ベラドンナさん、エステルさんが転がっている。
ちゃぶ台の上では、ノルンちゃんが大の字になって大口を開けて眠っている。
部屋の電灯を消し、廊下にタオルケットを一枚敷いて、その上にチキちゃんと寝転ぶ。
すぐに、チキちゃんは俺の腕に自身の腕を絡めてきた。
髪から香るシャンプーの匂いが、かなり蠱惑的だ。
自制心、自制心。
「それじゃ、ベルゼルさん、おやすみなさい」
「うむ。おやすみ」
「チキちゃんも、おやすみ」
「おやすみなさい」
チキちゃんのぬくもりを腕に感じながら、目を閉じる。
目が覚めたら、またしばらくは理想郷暮しだ。
天空島での観光生活を想像しているうちに、俺はいつの間にかに眠りについていた。
「うわっ、なんだこれ!?」
「消えたと思ったら、急に出てきたぞ。どうなってんだ?」
ざわつく人々の話し声に、目を開く。
いつものように、俺たちは消えた場所の周囲に寝転んだ状態で出現していた。
体にかけているタオルケットも一緒に転移してきてしまったようだ。
「ん……ふああ、おはようございますぅ」
むくりとノルンちゃんが草むらの中から身を起こし、目をこする。
「おはよう、ノルンちゃん。よく眠れた?」
「はい、ばっちりなのですよ。他の皆さんも起こさないと」
ノルンちゃんが立ち上がり、いまだに眠りこけているベラドンナさんたちを起こして回る。
皆、ものすごく眠たそうにしながらも身を起こした。
ベラドンナさんとエステルさん、頭が寝ぐせで爆発しているぞ。
「ん、コウジ、おはよう」
「おはよう、チキちゃん。よく眠れた?」
「まだ眠い……でも、大丈夫」
んー、とチキちゃんが背伸びをする。
すると、ベルゼルさんが杖をついて歩み寄ってきた。
「なかなか面白い体験だったぞ。しかし、ずいぶんと時間がかかったな」
「え、そうでした? 俺、すぐ寝付いちゃった気がするんですけど」
「うむ、よく眠っていたな」
「俺が眠ってからすぐに転移しませんでした?」
「いいや、空が明るくなってから、急に部屋中が光に包まれて、気がついたらここに転移していた状態だ」
「ふーん……あ、でも、いつもこっちから現世に戻る時って、向こうは朝ですもんね。そういうことだったのか」
ふむふむと納得しながら、周囲を回す。
部屋に置いておいた荷物もすべて、近くの草むらに鎮座していた。
「よし、荷物もちゃんと転移してきてるな」
鉱石やら着替えやらの荷物もすべてこの場所に転移してしまっている。
大変だけど、グランドホークに積み込んで運んでもらうしかない。
「うわ、ベラちゃん、頭爆発してる!」
「えっ!? わ、わわっ! どうしよう……って、エステルもすごいことになってるよ?」
「ええっ!?」
ベラドンナさんとエステルさんが、互いの頭を見て慌てふためいている。
「チキちゃん、彼女たちの寝ぐせ直してあげられるかな? 魔法でお湯出してさ」
「うん。わかった」
そんなこんなで、皆で身だしなみを整え、再び天空島観光へと繰り出すのだった。
「ここはかつて、この国の市街だった場所だ。自然とともに生活することを望む者は市街に住み、利便性を優先する者は城の地下施設内で生活していた。大半の国民は、市街を選択したがな」
旧市街を前に、ベルゼルさんが観光客に話して聞かせる。
目の前に広がる旧市街は、度重なる空震によって壊れてしまっているものが少々目立った。
ノルンちゃんやネイリーさんが大暴れした場所は瓦礫の山になっているのだが、ロボット兵たちがせっせと瓦礫を撤去していた。
「ベラドンナさん、天空島って宿泊施設はあるんですか?」
最後尾を歩くベラドンナさんに、俺は振り返って質問する。
「ありますよ。古城の最上階がホテルになっているんです」
「へえ、最上階ですか。それは眺めがよさそうですね」
「コウジ、私、泊まってみたいな」
くいっと、チキちゃんが俺の袖を引っ張る。
「うん、俺もそう思ってたとこ。ベラドンナさん、そのホテルって、一泊いくらくらいなんです?」
「えっと……確か、一番安い部屋でも、朝夕食事付きで一泊大金貨八枚(四十万円)からですね。ルームチャージ式なので、定員までなら何人で泊っても同額です」
「高っ!? なんでそんなに高いんですか!?」
「超高級ホテルという位置づけですので。食事もサービスも、すべてが一流ですよ。お部屋も、超豪華! って感じです」
「ベラドンナさんは、泊まったことがあるんですか?」
「はい。代表に就任した時に、視察で一泊、一番高い部屋に泊まりました。ベッドルームとお風呂は3つずつあるし、出てくる料理は頬っぺたが落ちそうなくらい美味しいしで、なんだかもう、別世界に来たみたいな感じでしたね……」
その時のことを思い出しているのか、ベラドンナさんが恍惚とした表情になる。
そして、「そうだ!」と、ぱちんと手を合わせた。
「コーヒーの木などを育てていただく対価として、そのホテルでの滞在を無料にするというのはいかがでしょうか」
「えっ、それは嬉しいですけど、そんなことして大丈夫なんですか?」
「はい。もともと、全部屋が埋まるということはあまりないホテルですので。空いている部屋でしたら、無料で大丈夫ですよ。議員たちも、それくらいなら納得してくれはずです」
「コウジさん! ぜひそうしましょう! 私、コーヒーの木をこれでもかっていうくらい育てまくりますので!」
ノルンちゃんが勢い込んで、俺たちの間に入ってきた。
すでに口の端によだれが光っている。
チキちゃんも、こくこくと頷いた。
「私も手伝うよ。コウジ、そうしよう?」
「そうだね。すごくいい話だし、乗っからせてもらおっか。ベラドンナさん、お願いしちゃっていいですか?」
俺の言葉に、ベラドンナさんがにっこりと微笑む。
「かしこまりました。では、ホテルの準備が整い次第ということで」
「ベ、ベラちゃん。私も一緒に泊まっちゃダメかな?」
話を聞いていたエステルさんが、物欲しそうな顔でそんなことを言う。
「エステルは職員なんだから、関係ないじゃないの。なに言ってるのよ」
「でもでも! 私だって死にそうな思いをして頑張ったんだよ!? ご褒美の一つくらい欲しいよ!」
「そ、それはそうだけど……」
「ベラドンナさん、いいじゃないですか。皆で一緒に泊まりましょうよ。もちろん、ベラドンナさんも一緒に」
俺の意見に、ベラドンナさんが驚いた顔になる。
「さ、さすがに私が泊まるわけにはいきませんよ。どう考えても、税金の無駄遣いだって突き上げられますもん」
はあ、とベラドンナさんがため息をつく。
「じゃあ、エステルはコウジさんたちのお世話係ということで、議員たちには説明しておきます。コーヒーの木は盗難防止の観点から天空島で栽培していただきたいので、その付き添いも兼ねるということで」
「やった! ベラちゃん、ありがとう!」
こうして、俺たちは古城の高級ホテルに泊まることになった。
ベラドンナさんが議員たちに責められないように、コーヒー作りを頑張らないといけないな。




