61話:より充実した日々のために
「もぐもぐ、網の上で肉を焼いて、煙は上に吸い上げると。これなら煙たくないですし、建屋の中でも焼き立ての肉が食べられて便利ですね」
「もぐもぐ、ベラちゃん、これと同じお店を街に出したら絶対に人気でるよ! 戻ったら作ろうよ! もぐもぐ」
もぐもぐと肉を食べながら、ベラドンナさんとエステルさんが言う。
昼食に何が食べたいか聞いたところ、「なにか珍しいものが食べたい」と彼女が言うので、あちらの世界にはないという焼き肉屋に入ったのだ。
焼き肉屋のように自分で肉を焼いて食べる、という店は珍しいらしく、ふたりとも楽しそうだ。
ふたりとも箸ではなく、フォークを使って食べている。
「うん、雨の日でもバーベキューみたいなことができるっていうのが画期的だよね。でも、煙の吸い上げはどうすればいいのかな」
「排煙装置なら、古城にもたくさん付いているぞ。設計図もあるはずだから、それをもとに作ればいいだろう」
せっせと肉を焼きながら、ベルゼルさんが答える。
ベルゼルさんが肉を焼き、ベラドンナさんとエステルさんがもりもりと食べている状態だ。
焼肉テーブルは2つに分かれていて、俺、チキちゃん&ノルンちゃん、カルバンさん、ネイリーさんで一卓。
ベラドンナさん、エステルさん、ベルゼルさんで一卓を使っている。
「おじい様なら、設計図を見れば作ることができるのですか?」
「うむ。排煙装置くらいならば、城に残っている部品を使えば作れるだろう。たいした手間でもない」
「さすがおじい様です! 戻ったら、よろしくお願いしますね!」
「よしよし、私に任せておきなさい。ほれ、この肉も焼けたぞ。たくさん食べるといい」
「ありがとうございます!」
「コウジよ、肉がなくなりそうだ。追加を頼んでくれ」
「はい!」
俺が店員呼び出しのボタンを押すと、すぐに店員がやってきて注文を取って行った。
ベラドンナさんは「店員の呼び出し用のベルも用意したほうがいいですね」と店内のあらゆるものに終始感心しながら、肉を食べ続けている。
「もぐもぐ、このお肉美味しいね! カゾでも、牛は飼育してるのかな?」
ネイリーさんが、幸せそうに肉を頬張りながらベラドンナさんに聞く。
「はい。山の中腹に牧場がありまして、そこで牛と羊と鶏を育てていますよ」
「そうなんだ! なら、肉の仕入れも問題なくできるね!」
「あまりたくさんはできませんけどね。牧場をもう少し拡張して、飼育数を増やす検討もしないといけませんね」
「んぐんぐ。カゾでも焼肉が食べられるようになるのは嬉しいのですよ。タレも美味しいものを作れるように、見本品を買っていくのです。ニンニクとかネギとか、もし足りない野菜があれば私が種を作りますので、畑をこしらえるのですよ」
ノルンちゃんがテーブルの上で肉を手掴みで食べながら、ほっぺをパンパンにして言う。
タレと肉汁とで、かなりベトベトだ。
時折、チキちゃんがお手拭きで口や手を拭いてあげている。
「なるほど。それはいいね。少しの間カゾに留まって、俺たちもお手伝いしようか」
「せっかくあんな綺麗な場所に行ったのですから、お手伝いがてら思いっきりバカンスを満喫するのですよ。時間はいくらでもあるのです」
「うん。まだ見てないところだらけだし、あちこち観光していこうか」
「おっ、いいねぇ。宿もあちこち泊まってみようぜ」
ジョッキのビールを片手に、赤い顔をしたカルバンさんが言う。
「カゾでの長居なら、俺は大歓迎だぞ。これでもかっていうくらい、楽しんでいくとしようや」
「ですね。存分に楽しんでから、蒸気都市イーギリに向かうことにしましょう」
俺が言うと、カルバンさんは少し顔をしかめた。
「むう、本当にイーギリにも行くのか?」
「そりゃあ、地図にもバグの位置として記されていますからね。行かないわけにはいきませんよ」
「そうか……。飯に関しても人間に関しても、あんまりいい噂を聞かないからなぁ。今から心配だよ」
「でも、カルバンさんも実際に行ったことはないんですよね? もしかしたら、噂ほどひどい場所じゃないかもしれないですよ」
「むぐぐっ。カルバンさん、コウジさんの言うとおりなのですよ。百聞は一見に如かず、なのです。自分の目で見てもいないのに、決めつけるのはよくないのです」
チキちゃんに口を拭かれながら、ノルンちゃんも俺に同意する。
まあ、たとえバグがなかったとしても、スチームパンク好きの俺としては絶対にイーギリには寄りたい。
スチームウォーカーや羽ばたき飛行機械を、是が非でもこの目で見るのだ。
「そうだな。まあ、あれこれ言うのは実際に見てからにするか」
「カルバン、お肉がこげちゃうよ。どんどん食べて」
チキちゃんがカルバンさんのお皿に、トングで肉を運ぶ。
相変わらず、マメな娘だ。
「お、嬢ちゃんすまねえな。まあ、飯に関してはイーギリは期待できそうもないから、今のうちにいいものをたくさん食っておこうや」
そんな話をしながら、俺たちは食事を続けた。
昼食を済ませた俺たちは、スーパーマーケット区画、衣料品店、本屋、ゲームセンターといった場所をぐるりと見て回り、ショッピングモールを出た。
ベラドンナさんは店を巡るたびに、これはカゾにも導入できそうだ、これはちょっと無理そうだ、と事細かにチェックしていたのが印象的だった。
「あっという間に夕方になっちゃいましたね」
バス停でバスを待ちながら、ベラドンナさんが夕日を見つめる。
皆、手に買い物袋をぶらさげており、お土産もいっぱいだ。
「私、ずっとカゾから出たことがなかったんですけど、違う場所に遊びに行くのってすごく楽しいんですね。あちこち旅をしているコウジさんたちが羨ましいです」
「ベラドンナさんも、旅をしてみればいいじゃないですか。その翼があれば、どんなところもひとっ飛びですよ」
「そうですね……。代表の任期が終わったら、旅に出てみるのもいいですよね。その時は、コウジさんたちに同行させていただいてもいいですか?」
「ええ、もちろん。いつでも歓迎しますよ」
「コウジさん、ベラドンナさんと対の『再会のベル』を用意するのですよ。そうすれば、いつでも連絡が取れます」
チキちゃんの腕の中から、ノルンちゃんが提案する。
「うん、そうだね。ベラドンナさん、再会のベルって、簡単に手に入りますかね?」
「はい! 道具屋に行けば売っています。あちらに戻ったら、すぐに用意しますね!」
「ベラちゃん、二期目はやらないつもりなの? 財政が持ち直したら、お給料たくさん取れるようになるよ?」
エステルさんが意外そうに聞く。
「そうだけど、今はお金より、いろんなところを見て回りたいの。知らない場所に行くのが、こんなに楽しいなんて知らなかったから」
「そっか。なら、その時は私もベラちゃんに付いていこうかなぁ。検査官のお仕事も、もう飽き飽きだったしさ。コウジさん、いいでしょうか?」
「ええ、いつでも歓迎しますよ。お、バスが来た」
そうして、俺たちはアパートへの帰路につくのだった。




