60話:異世界視察
「よ、よお。なんか大変だったみたいだな」
部屋の中で座ってこっちを見ているカルバンさんと目が合う。
ベルゼルさんも唖然とした顔でこちらを見ていた。
「なんだ今の女は。急に現れたと思ったら、ぱっと消えてしまったぞ」
「え、ええとですね。今のは救済の女神のソフィア様というかたでして、どうやら今回の騒動を見て出張ってきてくれたみたいなんです」
「ああ、テレビで映ってたやつの関係か。いきなり『速報!』とか出てお前らが映ったからびっくりしたぞ」
「あー、やっぱりテレビでも流れちゃってましたか」
靴を脱ぎ、皆で部屋に上がる。
どれどれ、とテレビを見ると、画面が真っ暗だった。
「カルバンさん、テレビつけてもらっていいですか?」
「ん? あれ、おかしいな。つけっぱなしにしてたんだが」
カルバンさんがリモコンの電源ボタンを押す。
再びテレビがついたが、砂嵐だ。
「カルバンさん、ニュースつけてくれます?」
「いや、これがそのチャンネルだったはずなんだが……」
カルバンさんがリモコンを操作する。
CH1という表示が画面左上に出た。
「ありゃ、本当ですね。なんで砂嵐なんだろ」
俺がそう言った時、ぱっと映像が切り替わり、ニュース番組が映し出された。
だが、なにやらスタジオの様子がおかしい。
キャスターたちは酷く慌てた様子で、ばたばたしている。
「映ってます!」とスタッフの声が響き、キャスターの女性が姿勢を正してカメラに向き直った。
『突然映像が中断してしまい、失礼いたしました。先ほどまでお伝えしていた……』
女性キャスターがそこまで言い、視線をカメラから少し外してわずかに顔をしかめる。
『え、ええと……大変申し訳ございません。機材トラブルで、すべてのデータが現在お届けできない状態になっております。先ほどまで放送していた……あの、何を放送していたんでしたっけ?』
女性キャスターが隣に座る男性キャスターに、自身の襟に付いたピンマイクを押さえながら小声で聞く。
どうやらマイクの感度がかなりいいらしく、声が駄々洩れになっていた。
『いや……僕も何も覚えてなくて、何が何だか……』
『私も何も覚えてないんです。ど、どうしましょう』
わたわたと慌てているキャスターたち。
その後もスタッフが近くに行って何やら話している様子だったのだが、どうやら誰一人として俺たちの事件を覚えていないようだった。
「コウジ、ネットに載ってた動画とか写真が、全部消えてるよ」
チキちゃんがスマホを操作しながら言う。
SNSや動画投稿サイトに載っていた俺たちの動画や書き込みが、すべて消えてしまっているようだ。
どう考えても、ソフィア様の仕業だろう。
「マジか。ソフィア様、そんなことまでできるのか……」
驚く俺に、ノルンちゃんがにこっと微笑む。
「ソフィア様は最上級神のひとりですので、私なんかとは比べ物にならないくらいの神力をお持ちなのです。これくらいのことは朝飯前なのですよ」
「そうなんだ……ノルンちゃんだってとんでもない力を持ってると思ってたのに、上には上がいるものなんだね」
「私は部署に配属されたてのド新人ですので、女神の中では一番下くらいの神力しか持っていないのですよ」
「よっと! ただいま!」
そんな話をしていると、窓からネイリーさんがふわりと飛び込んできた。
「あっちこっち隠れながら跳んできたから、遅くなっちゃった」
「ネイリーさん、おかえりなさい。気を使ってもらってすみません」
「こっちこそ迷惑かけちゃったみたいでごめんね? あれから大丈夫だった?」
「いろいろありましたけど、なんとかなりました。ノルンちゃんの上司が来てくれて――」
俺が一部始終を説明すると、ネイリーさんは感心したように頷いた。
「へえ、神様ってすごいんだね! そんなことまでできちゃうんだ」
「ええ。どうやら人々の記憶まで消してくれたみたいなんで、とりあえずはもう安心しても大丈夫そうです」
「そっか。なら、夜になって元の世界に戻れるまでは、ここで大人しくしてたほうがいいね」
よっこらしょ、とネイリーさんが床に座る。
「少ししか見てこれなかったけどさ、こっちの世界ってすごくごちゃごちゃしてるんだね。こう、広々とした景色が全然ないっていうかさ」
「場所にもよりますよ。あっちの世界みたいに、どこまでも草原が広がってる土地もあります。この国だって、少し都会を外れれば山と森ばっかりですよ」
「そうなんだ。てことは、1つ1つの街がものすごく大きいんだね」
「んー。まあ、そんな感じですかね。そもそも、人口があっちの世界とは桁違いですし」
「一億人だっけ? そんなに人がいる世界なんて、想像もつかないよ」
ネイリーさんが「あーあ」と窓の外に目を向けた。
「もっといろいろ見てみたかったなぁ。お店にも入れてないし、食べ物だって食べれてないしさ」
「そうですよね……でも、ネイリーさんとかベラドンナさんたちの見た目だと、あちこち出歩くのはちょっと……」
『かしこまりました』
「うおわっ!?」
突然頭上から響いたソフィア様の声に、びくっと肩をすくめる。
上を見てみると、天井の少し下あたりに虹色の渦が巻いており、そこからソフィア様がぴょこんと顔を覗かせていた。
本当に何でもありだ。
『理想郷から来ている皆さんは、こちらの世界の人々が見ても普通の人間と認識するように調整させていただきます。ただし、飛んだり魔法を使ったりといったことは、しないようにお願いしますね』
「あ、はい。ありがとうございます。あの、ひたすら手を煩わせちゃってるみたいで……」
『いえいえ、この程度のことでしたらいくらでも。それでは、失礼いたします』
にこっとソフィア様が微笑み、渦が消える。
唖然としているネイリーさんと目が合った。
「え、なに今の? 誰?」
「今のが救済の女神のソフィア様です。なんか、常に俺たちのことを見てるみたいで――」
「コウジさん! 今、こっちの世界の人が私たちを見ても大丈夫、みたいなこと言ってませんでしたか!?」
ベラドンナさんが話に割って入る。
目が期待に満ち溢れていた。
「そ、そうですね。言ってましたね」
「じゃあじゃあ、今からお出かけしても大丈夫ってことですよね!? 街を散策したり、お店入ったりとかできるってことですよね!?」
「たぶんそうかと。ノルンちゃん、そうだよね?」
「はい! ソフィア様がおっしゃることは絶対なのです!」
「それじゃあ、今から皆で外行ってみるか。車じゃ乗り切れないから、バスかタクシーを使うことになるけど」
というわけで、俺は異世界人を多数引き連れて、再び街へと繰り出すことになったのだった。
数時間後。
皆でバスに乗り、皆でショッピングモールにやってきていた。
ソフィア様の言っていたとおり、バスを待っている間もバスに乗った後も、誰一人としてベラドンナさんたちの翼やネイリーさんの犬っぽい顔を気にする様子はなかった。
翼や尻尾はハナから認識されていないようで、ぶつかった人は何にぶつかったのかよく分からずに首を傾げていた。
「おー、すっごいねえ。おしゃれっていうか、きらびやかっていうか」
モール内の高い天井を見上げ、ネイリーさんが口を半開きにしている。
今日は平日ということもあって、客入りはまばらといった感じだ。
「ふむ、なかなかの施設だな。商店の集合施設か?」
ベルゼルさんの杖の水晶玉が、一瞬光り輝いた。
「ええ、そうです。あの、今杖で何かしました?」
「撮影を開始したのだ。せっかく来たのだから、見たものを録画しておこうと思ってな。これからのカゾの発展にも役立つだろう」
「おじい様、さすがです! 私も、こちらの世界の施設や街の作りをカゾにも応用できないかと考えていたんです!」
「そうかそうか。しっかり録画しておくとしよう」
ベラドンナさんに褒められて、ベルゼルさんは嬉しそうだ。
ぞろぞろとモール内を歩き、例のごとく輸入食料品店に入る。
「おしゃれなお店……こういう雰囲気の造りのお店もいいなぁ」
ベラドンナさんが店内を見渡し、感心した様子で言う。
あれこれと棚の商品を手にとっては、俺やチキちゃんに質問してくる。
とても楽しそうだ。
「ベラちゃん、コーヒー貰ってきたよ」
「わあ、ありがとう!」
エステルさんが貰ってきた試飲のコーヒーを受け取り、ふうふうと冷ましながら口にする。
翼人二人がこちらの世界のお店で楽しそうにしている姿は、なんとも不思議な感じだ。
「あ、これ、私がもらったコーヒーと同じものですよね? ここから仕入れてきていたんですか?」
棚に置かれた五百グラム入りの粉末コーヒーの袋を、エステルさんが手に取る。
以前、袖の下で渡したものと同じパッケージだ。
「ええ、そうです。こっちで買えるだけ買って、あっちの世界で売ってを繰り返せば大儲けできるかなって」
「なるほど。四百円って書いてありますが、元の世界の通貨に換算するといくらくらいなんでしょうか?」
「ええと、小銅貨4枚分ってところですかね」
「そ、そんなに安いんですか!? 私、手持ちのお金全部出しますから、両替してもらえませんか!?」
「まあまあ、他にも品物はいろいろ売ってますから、それも見てから決めたらどうですかね」
「コウジさん、コーヒーはわざわざ買っていく必要はないのですよ。あちらに戻ったら、私がコーヒーの木を育てますので」
チキちゃんの腕の中から、ノルンちゃんが俺に声をかけてくる。
「他にも必要な果物や茶葉があれば、私が育てます。豆の加工の仕方や、私たちが旅立った後の世話の仕方がわかる資料を本屋さんで探すのですよ」
「ああ、なるほど。ベラドンナさん、それでいいですかね?」
「はい! でも、もう少しこのお店を見て行ってもいいですか? 気になるものがたくさんあって」
「ええ、いいですよ。欲しい物があったらカゴに入れてください。お金は立て替えますから」
「ありがとうございます!」
その後、店内を散策してお菓子屋やら缶詰やらをいくつか購入し、俺たちは店を出たのだった。




