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57話:大惨事

 気がつくと、いつもの見慣れた天井が目に飛び込んできた。

 よっこらしょ、とベッドから身を起こす。

 いつもどおりの我が家、日本のオンボロアパートだ。

 一拍置いて、部屋の中に無数の光が現れた。

 ノルンちゃん(小人バージョン)、チキちゃん、カルバンさん、ネイリーさん、ベラドンナさん、エステルさん、ベルゼルさんが、狭い部屋の中で寝そべった状態で出現した。

 玄関脇にも光が現れ、理想郷で持っていた大量の荷物が現れた。


「ええ……人はともかく、荷物も全部ってどうすんのこれ……」


「ありゃあ、これは足の踏み場もないってやつですね」


 ちゃぶ台の上に出現したノルンちゃんが、室内の光景に目を丸くしている。

 俺の隣に出現したチキちゃんも身を起こし、その惨状に「うわ」と声を漏らした。


「すごいね。鉱石も着替えも道具も、全部転移してきちゃったんだね」


「そうみたい。まあ、馬とか馬車が転移されてないだけよかったかな」


「む……ここはどこだ?」


 のそりと起き上がったベルゼルさんが、怪訝な顔で部屋を見渡す。

 ベラドンナさんとエステルさんも起き上がり、何事かときょろきょろしていた。


「えっとですね、前にも話したとおりなんですけど――」


 彼らにはすでに話していた内容だが、改めてこの世界のことと理想郷のことを説明する。

 部屋の隅に置いてある理想郷の前に3人を連れて行くと、天空都市カゾを中心とする世界が広がっていた。


「ふうむ、これが我らの暮している世界なのか」


 ベルゼルさんが興味深そうに理想郷を覗き込む。

 ゆっくりと流れる雲。

 大空を羽ばたいている極小サイズの鳥のようなもの。

 少し離れた場所に鎮座する、港町に落ちた巨大クジラ。

 いつもと変わらない、理想郷の風景だ。


「仮想空間、というわけではないのだな?」


「はい。その理想郷の中では、実際に人や獣が生活しているのです。魂を持った無数の生き物が、その中で日々を過ごしているのですよ」


「そして、この中に転移することができるというわけか……ううむ、すさまじい科学力だな。どういう仕組みなのか、皆目見当もつかん」


「いえ、それは科学ではなくて神の奇跡によって作り出されたのですよ。科学とはまったく別物ですので」


「なんだそれは。魔法のことを言っているのか?」


「魔法とも違います。救済の女神のソフィア様のお力をお借りして作られた世界でして、神力というエネルギーを用いた神の奇跡によって作られているのですよ」


「何のことやらわからんぞ。もっと詳しく説明しろ。それに、何でお前はそんなに小さくなっとるんだ」


「詳しくと言われましても……あと、体が小さいのは、被救済者様に迷惑がかからないようにと配慮してのことなのです」


 なんやかんやと話しているベルゼルさんとノルンちゃん。

 もしかして、やろうと思えばノルンちゃんもこちらの世界でも人間サイズになることができるのだろうか。

 その脇では、ネイリーさん、エステルさん、ベラドンナさんがテレビにくぎ付けになっていた。


「ねね、コウジ君。この、びゅんびゅん走り回ってるのって何? すっごく速いね!」


「それは自動車っていって、ガソリンっていう燃料で動く乗り物ですよ」


「そうなんだ! たくさん走ってるみたいだけど、自動車を持ってる人ってたくさんいるのかな?」


「そりゃあもう、国民の二人に一人は持っている計算って前に聞いたことがあるんで。日本だけでも六千万台くらいはあるんじゃないですかね」


「ろくせんまん!?」


 ネイリーさんが目を丸くする。

 自分で言っておいてなんだが、確かにすさまじい数字だ。

 トラックやその他車両を合わせたら、もっと大きな数字になるだろう。


「え、ええと、二人に一人ってことは、自動車が六千万台だから人の数はその倍の一億二千万……あわわ」


「す、すごいですね。そんな人数、どうやって管理してるんでしょうか……」


 ベラドンナさんとエステルさんが戦慄している。

 カゾの人口が何人なのかは知らないが、あの広さではどう見てもせいぜい数万人といったところのように思える。

 桁が違うとはこのことだ。


「ちょっと見てくる! 夕方までには戻ってくるから!」


「えっ!? ちょ、ちょっと! ネイリーさん!」


 ネイリーさんは言うが早いか、帽子を押さえて窓から勢いよく飛び出して行ってしまった。

 ぴょーんぴょーんと、屋根の上を100メートルほどの間隔で跳ねて行く。


「エステル、私たちも行きましょう!」


「うん!」


 ベラドンナさんとエステルさんが、背中の翼で窓から大空へと羽ばたいていく。

 あっという間に3人の異世界人が現実世界に解き放たれてしまった。

 まだこちらの世界について、ろくに説明していない。

 魔法がこの世界には存在せず、翼人などの亜人種も存在しないことを彼女たちは知らないのだ。


「うあ、コウジさん、これはよろしくないのですよ。彼女たちが大衆の目に晒されたら、大騒ぎになってしまうのですよ」


 あわあわ、といった表情でノルンちゃんが俺を見上げる。


「ど、どうしよう。ネイリーさんの魔法はともかく、ベラドンナさんたちが空を飛んでるところ見られたら、誤魔化しようがないよ」 


「む、なんだ。我らのような翼人は、この世界では珍しいのか?」


 理想郷を覗き込んでいたベルゼルさんが俺たちに振り返る。


「ええ、この世界には、人間しか存在しないんですよ。犬人とか猫人もいないんで……ああ、ネイリーさん犬人だけど、コスプレってみんな思ってくれるかなぁ……」


「コウジ、魔法で飛び回ってる時点でそれどころじゃないと思うよ」


「うう、だよね。ノルンちゃん、どうしよう」


「どうするもこうするも、追いかけて捕まえるしかないのですよ」


「そうだね……探しに行こうか」


「はあ……私、ソフィア様からお叱りを受けてしまうかもしれないです……」


「なら、この杖を持っていけ」


 ベルゼルさんが、俺に杖を差し出す。

 杖の先端にある水晶玉から、青色の小さな光が窓に向かって伸びていた。


「え、なんですかこの光?」


「その光の先に、ベラドンナとエステルがいるはずだ。血液データを登録した人物なら、どこにいるかそれでわかるのだ。数キロ程度しか探知はできないがな」


「マジですか。超便利ですねこの杖」


「うむ。この杖は我が国の英知の結晶だからな。壊すんじゃないぞ」


 そんなこんなでベルゼルさんから杖を借り受け、飛び出して行った彼女たちを探しに行くことになった。




「コウジ、光が少しオレンジ色になってきたよ」


 助手席に座るチキちゃんが、杖を手に俺に教えてくれる。

 杖から延びる光は、対象が近づくにつれて青→赤に変化していくらしい。


「チキちゃん、空を見張ってて。きっとどこかを飛んでるはずだよ」


「うん」


 そうしてしばらく車を走らせていると、なにやら人々が空を指差している場所に出くわした。

 車を路肩に停め、窓から顔を出して空を見る。


「あっ、コウジ、いたよ!」


「うわ、本当だ」


 ベラドンナさんとエステルさんは、よりにもよって人通りの多い商店街の真上で翼を羽ばたかせて滞空飛行していた。

 人々は大騒ぎしながら、スマホを空に向けて2人を撮影しているようだ。

 これはもう、ネットに拡散確定である。


「やっばいな、ここから大声で呼びかけたら、俺たちが関係者だって丸わかりだし……」


「あ、こっちに気づいたみたい」


「げっ!」


 ばさばさと翼の音を響かせて、2人が運転席の横に降り立った。

 周囲から歓声とも悲鳴ともとれるような声が上がったが、2人は興奮した表情で気にも留めていないようだ。


「コウジさん! ここはすごい世界ですね! 見渡す限り、どこまでも街が広がっていますよ!!」


 ベラドンナさんが運転席の窓枠に手をかけ、興奮気味に言う。


「珍しいお店もたくさんありますし! あの、私たちの持っているお金って、こっちでも使えるんでしょうか!?」


「ちょ、ちょっと待って! とりあえず車に乗って!!」


「乗せていただけるんですか!? エステル、自動車に乗れるんだって……って、なにやってるの?」


「ベ、ベラちゃん、助けてー!」


 エステルさんに目を向けると、いつの間にか集まってきた人々に取り囲まれていた。

 翼を触られたり、動画や写真を撮られたりともみくちゃにされている。


「お二人とも、いいから車に乗るですよ!」


「は、はい! エステル、こっち!」


「あわわ、す、すみません。通してくださいー!」


 二人が何とか車に乗り込む。

 俺は徐行しながらクラクションを鳴らして人ごみをかき分け、なんとか車を走らせた。

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