55話:物語の主人公
翌日の午後。
天空島を望む本島の渡島地点には、大勢の観光客と都市の観光課の職員、そして数十頭のグランドホークが集まっていた。
晴れやかな表情で皆の前に立ったベラドンナさんが、大きく息を吸い込む。
「皆さま、大変お待たせいたしました。ただ今より、天空島観光を再開いたします!」
わあっ、と集まった人々から歓声が上がり、職員たちが渡島用コンテナへと皆を案内し始めた。
満員になったコンテナはグランドホークの4本の脚で天井を掴まれ、天空島へと順次飛び立っていく。
コンテナ内には外が眺められるように座席が設置されており、座るとジェットコースターの安全バーのようなもので体を固定する仕組みになっている。
「おー、なるほど。ああやって運ばれていくのか。便利だなぁ」
俺が眺めていると、隣でノルンちゃんもこくこくと頷いた。
「ですね。あれ、ファンタジー世界の強襲揚陸艇みたいにも見えますね! 降り立った途端に、GOGO! って武器持って飛び出してみたいです」
「……ノルンちゃん、前から思ってたけど俺と趣味趣向がまるっきり同じじゃない? 好きなものが男の子っぽいっていうかさ」
俺が言うと、ノルンちゃんはにこっと笑って俺を見た。
「ずっとコウジさんのことを見守っていましたから、同じ漫画や映画を見ているうちに趣向も似通ってしまったのですよ。それに、もともと好きになるものも似ているのです」
「ああ、なるほど。ずっと俺と同じものを見てきたわけか……好きになるものが似ているってのは?」
「私とコウジさんは、魂レベルでこのうえなく相性がいいのですよ。現世と天界において、これ以上ないほどに最も相性のいい組み合わせなのです」
「えっ、そうなの? そんなに相性いいの?」
「はい。だからこそ、私がコウジさんの担当として付けられたのですよ。相性がいい者同士のほうが、何かと上手く行きやすいので」
「そうだったのか……なるほど、一緒にいて居心地がいいわけだ。元から相性が良かったのか」
俺が言うと、ノルンちゃんは頬を染めて両手を当てた。
「はい……なので、ふたりは惹かれ合う運命だったのです。こんな私ですが、末永くよろしくお願いするのですよ」
「え? あ、はい」
「……むう」
チキちゃんが何やら不満そうな顔で、俺たちを見ている。
まがりなりにもチキちゃんは俺の彼女だし、それを差し置いてそんな話をしては、確かに不愉快には感じそうだ。
「あ、いや、チキちゃん――」
「あっ! も、もちろんチキさんがコウジさんの一番なのですよ! 私は二番さんで大丈夫ですので!」
ノルンちゃんが慌てて言うと、チキちゃんはすぐに頷いた。
「うん、ならいいよ」
「い、いいんだ……」
「うん。私もノルン様大好きだから」
「そ、そう……いつの間にか、エルフと女神様の両手に花状態になってるな……」
「これなんてエロゲ? ってやつですね! コウジさんにとっては、理想郷らしい展開なのではないでしょうか!」
「ノルンちゃん、それはちょっと違うかと……ていうか、ノルンちゃんまで俺の幸せに組み込まれてくるとは考えてなかった」
「誰もつらい目には合っていませんし、当人たちが幸せなのでいいのですよ。それに、コウジさんの幸せが私の幸せでもあるのです。何も問題はないのですよ」
「あはは。コウジ君たち、なんだか不思議な関係なんだねぇ」
地べたにあぐらをかいて座ってるネイリーさんが、俺たちのやり取りを見て楽しそうに笑う。
「あのさ、この世界って、コウジ君のための理想郷なんでしょ?」
「ええ、一応そういうことになってます」
「っていうことは、コウジ君はこの世界における物語の主人公ってことだよね? それで、私はそのお話に出てくる脇役みたいな立ち位置かな?」
「え? ど、どうでしょう。みんなそれぞれ、自分の人生にとっては主役なんじゃないかなとは思うんですけど」
「へえ、かっこいいこと言うねぇ」
ネイリーさんは感心した様子で頷く。
「……うん、そうだね。きっとそうだよね。そう思うことにするよ」
「ええ。皆この世界で自由に生きているんですし、特定の人が主役とかってのはないですよ。確かにこの世界は俺のために作られたことには違いないですけど、それとこれとは別だと思います。ね、ノルンちゃん?」
「はい! 皆さんの人生は、皆さんのものなのです。コウジさんに都合がいいような作りにはなっていますが、主役がどうとかはないのですよ」
「ん、わかった。でさ、私としてはそんな話知っちゃったらさ、コウジ君の傍にいたほうがおもしろい目に遭えるかなーって思っちゃったんだ。前は断っちゃったけど、やっぱりこれからはコウジ君たちに付いて行ってもいいかな?」
思わぬ提案に、俺たち三人が、おお、と声を上げる。
「ぜひお願いします! ネイリーさんが一緒なら、すごく心強いですよ!」
「コウジさん、やりましたね! 旅の仲間がまたひとり増えたのですよ!」
ぺしぺし、とノルンちゃんが俺の肩を叩く。
場合によってはノルンちゃんより高い戦闘能力を誇るネイリーさんが一緒にいてくれるというのは、本当に心強い。
「お師匠様。これからよろしくお願いします」
ぺこりとチキちゃんが頭を下げる。
相変わらず礼儀正しくて大変よろしい。
「ありがとう! よろしくね! それと、私はお師匠様ってガラじゃないから、名前で呼んでもらえたほうが嬉しいかな」
「うん。ネイリー、これからよろしくね」
「うん!」
俺たちが改めて挨拶を交わしていると、エステルさんと何やらやり取りをしていたカルバンさんが俺たちの下へと戻ってきた。
「おーい、そろそろ俺たちもあっちに行こうぜ! 次の便で人数分席を取っておいてもらったからよ」
「おお、カルバンさん、ありがとうございます! あと、これからネイリーさんも旅に付いてきてくれることになりましたよ!」
俺が言うと、カルバンさんも先ほどの俺たちのように、おお、と声を上げた。
「マジか! 姉ちゃんとんでもなく強いし、女神さんもいるからこの先もう怖いものなしだな!」
「ですね。ノルンちゃんとネイリーさんがいれば、何があっても大丈夫そうです」
ネイリーさんが、ふふん、と胸を張る。
「ま、大船に乗ったつもりでいてくれていいよ! 仲間だし、お金も取らないからさ!」
「あ、そういえばお金、天空島の分をまだ払ってないですね。後で払いますね」
「ああ、いいよいいよ! 仲間にしてもらうんだし、サービスしちゃう。それに、コウジ君たち、みんなお財布一緒にしてるんでしょ? 私もそうするから」
「えっ、いいんですか?」
「うん。でも、私ちょっと買いたいものがあって、全財産ってわけにはいかないけどね。ええと……とりあえず大金貨十枚、みんなのお財布に入れることにするね」
「じゅ、十枚!? いいんですか!?」
「うん! 今まで一緒に楽しませてもらったお礼も兼ねて!」
ネイリーさんが懐から財布を取り出し、中身を漁る。
ウサギの毛のようなファーの付いた、こじゃれたお財布だ。
「お金の管理はチキさんでいいのかな?」
「うん」
チキちゃんがお金を受け取り、財布にしまう。
一気に懐事情が温かくなってしまった。
宝石とかの換金はまだなので、これで旅の路銀はしばらく心配する必要はなくなりそうだ。
「みなさーん! 天空島へ渡りますよー! こちらへどうぞー!」
そうしていると、ベラドンナさんがこっちに手を振って呼びかけてきた。
昨日は酷い目に遭った天空島だが、今日は観光を満喫するとしよう。




