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53話:2000年前の記録

 おじいさんを先頭に、皆でぞろぞろと古城の廊下を進む。

 島の防衛機能を停止させるため、システムの制御室があるという王の間へ向かっているところだ。

 後ろからは数十体ものロボット兵が付いてきていて、なんというか威圧感がすごい。


「このロボットたちって、おじいさんが操ってるんですか?」


 ノルンちゃんが歩きながら、後ろのロボット兵を振り返る。


「うむ。半自立型でな。指定した人物以外がこの国に侵入すると、どこまでも追いかけて殺すように設定されておる」


「指定した人物以外ですか。この国に住んでいた人たち全員を指定していたのですか?」


「そうだ。顔と声の両方を認識するようになっている。今はお前たちも仮登録されているぞ。……住民リストを表示しろ」


 おじいさんが言うと、先ほどのように杖の水晶玉から俺たちの真横に光が延びた。

 空中に、たくさんの人々の顔写真と、名前、性別、年齢といった個人情報が表示された。


「すごい……全国民の顔と名前が分かるのですか?」


「そうだ。死んだ者の記録も、全部残っている」


「そうなのですか……」


 エステルさんが、ホログラム映像に手を延ばす。

 リストの一番上の女性の顔写真に指先が触れた途端、顔写真が動画に切り替わり、音声が流れ始めた。


『住民ナンバーAA156621、メラディアです。えーと、来月結婚するんですけど、式の衣装がまだ決まっていなくて――』


「ひゃっ!? う、動きましたよ!?」


「うむ。国民は皆、毎年王城に来て住民情報を更新する義務があってな。その時に、30秒ほど自由に話して映像に残すようにしてあったのだ。記念になるからな」


『来年の私、いい式は挙げれたかな? 新婚生活は楽しめてる? 私たちのことだからきっと――』


 楽し気に話す、画面の中のメラディアさん。

 とても2000年以上も昔の存在とは思えないほどに映像は鮮明で、その表情は生き生きとしている。

 おじいさんがホログラムに手を延ばしてを何やら操作すると、杖の水晶玉が頭上に浮き上がり、俺たちの周囲に数十人もの人々の顔写真が現れた。

 それらが一斉に動き出し、話し始める。


『住民ナンバーAA156626、ドーンだ! 今日は何と、5年も入院してた妹が退院する日なんだ! 試験治療法の遺伝子操作なんたらってのが上手くいったってさ! ほんと、あの医者最高だぜ! 後で山ほど高級酒を――』


『住民ナンバーAA156627、ユーリです。え、えっと、何を話したらいいんだろ。王城に来るのは5年ぶりで……ちょ、ちょっと! 兄さん、笑わないでよ! ただでさえ緊張してるのに――』


『住民ナンバーAA156631、ゲンドルト。特に話すことはないんだが……まあ、来年も元気に過ごせていることを願う。……おい、もう止めてくれ。30秒もいらん』


「……この人たちが皆、昔はここで暮らしていたんだね」


 映像を見つめるおじいさんの背に、チキちゃんが声をかける。


「ああ。外界からの侵略もなく、実に豊かで平和な王国だった。あの疫病が蔓延するまではな」


「おじいさんの家族は?」


「妻と息子夫婦がいたが、皆死んでしまった。疫病が発生してから、数日のうちにな」


 おじいさんが深いため息をつく。

 疲れたような、それでいて懐かしんでいるような表情をしていた。


「翼は腐り落ちて、まるで枯れ枝のような体になっていた。死ぬ間際など、もはや翼人としての原型をとどめていないほどだったよ」


「……つらかったね」


 チキちゃんの言葉に、おじいさんが振り返る。


「私も似た経験があるから、分かるよ」


「……そうか。その歳で、難儀なことだ」


 おじいさんが杖で地面を叩く。

 すべての映像がぱっと消え、水晶玉が杖に戻った。

 再びぞろぞろと、無言で廊下を進む。

 しばらくして、古城の中央部に位置する王の間へと到着した。

 大きなホールのようになったその場所は、最奥に置かれた石の玉座に向かって赤い絨毯がまっすぐに敷かれている。

 それ以外には、壁際にずらりと並んだ翼人の石像しかない。


「こっちだ。離れず付いてこい」


 おじいさんの後に続き、皆で玉座へと向かう。

 玉座の前にたどり着き、おじいさんは足を止めた。


「管理者ナンバーS01、ベルゼル。ゲート開放」


『ゲート開放。おかえりなさい、ベルゼル』


 どこからともなく機械的な音声が響き、皆ぎょっとして周囲を見渡す。


「ただの機械音声だ。気にするな」


 おじいさん――ベルゼル――が言い終わると同時に、玉座が音もなく後方へとスライドした。

 石の床がガシャガシャと音を立てて変形し、地下へと向かう幅広の階段が出現した。


「す、すげえ……なんだこの科学力は」


「うーん……なんか、コウジさんの好きなものや記憶にあったものが、全部ごちゃまぜで世界に反映されてしまっているみたいですね」


 ノルンちゃんが眉間に皺を寄せて、そんなことを言う。


「エルフの里の件もそうですし、空飛ぶ鯨だってそうです。本来ならばコウジさんが好きなものや憧れるものだけを世界の構築に反映させるはずだったのですが」


「ええと……エルフの里のはゾンビ映画を見た記憶のもので、空飛ぶ鯨は絵本で読んだ記憶ってこと?」


「だと思います。これは仮定ですが、特に印象に残っているものが、こうして理想郷のバグとして表れているのかもしれませんね」


「なるほど。なんか納得できる。というと、ベルゼルさんも被害者ってことにならない?」


「ですね……バグ取りが完了したら、そのあたりも含めてもう一度調べなおしてみます」


「いったい何の話をしておる」


 ベルゼルさんが怪訝そうな顔で俺たちを見る。


「あ、いえ、こっちの話です。気にしないでください」


「そうは言うが、私が被害者だとかなんとか言っていたではないか」


「え、ええとですね……」


「コウジさん、私から説明するのですよ」


 ノルンちゃんが今までの俺たちの経緯と、ベルゼルさんの国が滅亡するにあたった経緯がバグのせいかもしれないという話を説明する。

 ベルゼルさんは話が終わると、ふむ、と顎を撫でた。


「この世界自体が、お前たちが作り出した『理想郷』というものだというのか? とても信じられんな」


「はい、すぐには信じられないと思います。ですが、これは本当のことなのです。ベルゼルさんがつらい目に遭ったのは、私のせいなのかもしれないのですよ」


「何をバカなことを」


 ベルゼルさんが鼻で笑う。


「たとえこの世界がお前たちの創造物だとしても、国が滅んだことの原因と結果は別であろう」


「別、ですか」


「そうだ。疫病が蔓延し、皆がばたばたと死に絶えるなか、我らはあらゆる手を尽くした。原因の特定がすぐにできずに国が滅びはしたが、それは我らが疫病に立ち向かい、戦った末の結果なのだ」


 ベルゼルさんが鋭い視線をノルンちゃんに向ける。

 ノルンちゃんも、真剣な顔でまっすぐに彼を見つめていた。


「そなたが世界を作った者だとしても、すべての原因が自分にあるなどという考えはおこがましいにもほどがあるぞ。我らに対する侮辱と言ってもいい」


「……そうですね。失礼いたしました。私が間違っていたのですよ。あなたたちの過去は、あなたたちだけのものなのです」


「うむ。分かればよい。さあ、行こうか」


 ベルゼルさんが階段を降りていく。

 俺たちもそれに続いた。

 階段を下りきると、ダウンライトに照らされた明るい真っ白な廊下が現れた。

 廊下はまっすぐ延び、両脇には等間隔で、大きなガラス窓付きの金属製の扉が設置されている。

 何というか、近代的な雰囲気だ。


「ここが制御室ですか?」


 俺の問いに、ベルゼルさんが頷く。


「いいや、制御室はこの奥だ。ここには制御室をはじめ、発電施設や医療施設といった重要施設はすべてこの区画に収められておる」


「なるほど、重要な施設は城の地下に隠してあったんですね」


「うむ。有事の際のシェルターとしても機能するようにしてあったのでな」


 廊下をしばらく進み、最奥に到達した。

 いかにも重厚そうな金属の扉を前に、皆で立ち止まる。

 プシュッと空気が抜けるような音とともに、扉が静かに両側にスライドして開いた。

 皆で中に入る。

 室内はかなり広く、大量のモニターが壁に設置されいた。

 いかにも制御室といった雰囲気の部屋だ。


「少し待っておれ」


 ベルゼルさんがモニター前の椅子の1つに腰かけ、テーブル上にあった器具に腕を差し込んだ。

 その途端、一斉にモニターが起動して島中の映像が映り出した。

 静脈認証のような装置のようだ。


『雷雲シールド解除。魔力障壁解除。機雷魚を鑑賞モードへ移行。警備ロボットの警戒レベルを管理者の警護のみに移行』


 特に何かを操作しているような動きはないのだが、次々に指示を実行する旨の機械音声が流れていく。

 ベルゼルさんが腕を器具から抜き、俺たちを振り返った。


「これでよし。防衛システムは解除したぞ」


「ありがとうございます。では、本島の方に一緒に戻ってもらえますか?」


「うむ。移動手段はどうする? すまぬが、私はあまり長距離は飛べぬのだ。歳で翼の力が弱くなってしまってな」


「了解です。エステルさん、本島に迎えを寄こすように連絡してもらえますか?」


「はい!」


 エステルさんがポケットから再会のベルを取り出した。

 ベルゼルさんが、怪訝そうな顔でそれを見る。


「何だそれは?」


「再会のベルです。対になっているベルの持ち主と話ができる魔法具ですが、ご存じありませんか?」


「いや、初めて見るな……通信可能距離は?」


「魔力干渉がなければ、大陸の端から端でも可能かと」


「なに、それはすごいな。そうか、魔法具も2000年の間に進歩していたのだな……」


 感心しているベルゼルさん。

 エステルさんが再会のベルをちりんと鳴らす。


「ベラちゃん、いる?」


『エステル! 積乱雲がなくなったよ! 解決したんだね!?』


 ベラドンナさんのはしゃいだ声が制御室に響く。


「うん。それでね、こっちで積乱雲を作り出してた人と会ったの。話したら分かって貰えたんだけど、彼の今後も含めてベラちゃんと話してもらいたくて」


『えっ、人が雲を作り出してたの?』


「うん。2000年前にこの国で王様をしてた人なんだって。機械に入ってずっと眠ってたって話なんだけど……後で詳しく説明するから、こっちに迎えのグランドホークを寄こしてくれない?」


『わ、分かった! すぐに連れて行くから、えっと……観光客が入島する時に降りる場所で待ってて!』


「うん、分かった。じゃあ、またね」


 エステルさんが、ちりん、とベルを鳴らし、通話を切る。


「今の声の主が、お前たちの国の代表者か?」


「はい。私たちの国では、最高責任者は『代表』と呼ばれています。彼女がその代表です」


「ずいぶんと若い声に聞こえたな」


「ベラちゃんはまだ25歳ですからね」


「そんなに若いのか。さぞかし優秀なのだろうな」


「大学を首席で卒業してますし、すごく頭いいですよ。ただ、いっぱいいっぱいになるとすぐにパニックになっちゃうんですよね」


「……それは国家運営者として致命的なんじゃないのか?」


「い、いえ、でも頭はすごくいいので……」


 エステルさんとベルゼルさんのそんなやり取りを聞きながら、俺たちは地上へと戻るのだった。

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