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52話:ひとりぼっちの王様

「コウジ、あそこ!」


 チキちゃんが食堂の入り口を指差す。

 数体のロボットを背後に従えた白髪の老人が、持ち手部分に水晶玉の付いた金色の杖に手をついてこちらを見ていた。

 背中に白い翼のある翼人だ。

 ギロリ、と鋭い視線をこちらに向けている。


「答えろ。答えねば、ここで死ぬことになるぞ」


 ガシャン、とロボットたちが両腕をボウガンに変形させ、こちらに向けた。

 慌てて、皆で通路の陰に隠れる。


「な、なんだあれ。ロボットを操ってんのか!?」


 ちらりとカルバンさんが入り口を覗く。

 ロボットはこちらにボウガンを向けているが、撃ってきてはいない。


「そうみたいですね……なんか、私の国とか言ってましたけど。エステルさん、天空島にいた人たちは、全員本島に引き上げたんですよね?」


「は、はい。入島者は全員名簿でチェックしているので、取り残されている人はいないはずです」


「こっそり島に入り込んでた、などという可能性はないのですか?」


 ノルンちゃんが聞くと、エステルさんは首を振った。


「それはあり得ません。積乱雲ができるまで、24時間複数の監視員が見張っていましたので」


「そうなのですか……あの人、『私の国』とか言ってましたけど、どういうことでしょうか」


「さあ、私にはさっぱり――」


「答えぬ気か。ならば仕方がないな」


 カツン、と杖が地面を叩く音が響く。

 その途端、ガシャンガシャンとロボットたちが俺たちの方に歩き出した。

 音から察するに、5体や10体の数ではなさそうだ。


「うげ、近づいてくるぞ!?」


「皆さん、私の後ろに隠れてくださいませ! って、チキさん!?」


 ノルンちゃんの脇をすり抜けて、チキちゃんがロボットたちに前に躍り出た。

 俺たちも慌てて、チキちゃんの下へと走る。


「待って! 攻撃しないで!」


 チキちゃんが両手を広げて叫ぶ。

 ロボットたちの動きがぴたりと止まった。


「私たち、この島の異変を調べに来ただけなの!」


「チキさん! 下がってください!」


 ノルンちゃんが伸ばした蔓を硬質化し、大盾を作る。


「ノルン様、いいの。私に話させて」


 チキちゃんがノルンちゃんの盾を避け、再び前に出る。

 そして、まっすぐに老人を見た。


「私たち、荒そうだなんて思ってないの。天空島の周りにできた積乱雲を調べるために来ただけ。攻撃しないで」


「天空島? ……一つ聞くが、今はシリウス歴何年だ?」


 静まり返った食堂に、老人の声が響く。


「シリウス歴?」


 チキちゃんが怪訝な顔になる。

 俺もさっぱり分からず、エステルさんを見た。


「エステルさん、シリウス歴って、今の元号ですか?」


「い、いえ、シリウス歴は確か、この地域で大昔に使われていた元号なはずです。おそらく、2000年前くらいだと思います」


「……2000年前だと?」


 エステルさんの声が聞こえたのか、老人が困惑した声で聞き返す。


「はい。今はプロキオン歴282年です。シリウス歴は、今は使われておりません」


「……そうか。結局、誰も帰って来なかったというわけか」


 老人が疲れたような声で言い、深くため息をつく。

 カツン、と杖が地面を叩くと、ロボットたちがクロスボウを収納し、腕を下ろした。


「どおりで、国中苔だらけになっていたはずだ。おかしいとは思っていたのだがな」


「おじいさんは誰なの? どうしてここにいるの?」


「私はこの国の王だ」


 チキちゃんの問いに、平然と言い放つおじいさん。

 皆でぽかんとした顔をしていると、彼が再びため息をついた。


「と言っても、分かるわけがないな。聞きたいことがある。皆の者、座るがよい」


 おじいさんがつかつかと長テーブルの1つに歩み寄り。

 椅子に腰かける。


「どうした。座らんか」


「コウジさん、どうします?」


「ロボットたちも襲ってこなさそうだし、言うとおりにしてみよう。体、元に戻しちゃって」


「了解であります」


 ノルンちゃんが両腕を元に戻し、席に座る。

 俺たちも全員、おじいさんに向き合うかたちでイスに座った。


「2000年か……ずいぶんと長いこと眠ってしまったものだ。長くてもせいぜい4、5年程度だと思っていたのだがな」


「あの、一から説明してもらえませんか? 俺たち、何がなにやらさっぱり分からなくて。この島の周りにできた積乱雲は、あなたが作ったものなんですか?」


 俺の問いに、おじいさんが頷く。


「そうだ。目が覚めたら、いつの間にか我が国のすぐ傍に巨大な島が接近しているのが監視モニターに映ったものでな。慌てて防衛システムを作動させたのだ」


「防衛システム?」


「うむ」


 おじいさんが今までの経緯をかいつまんで説明する。

 彼曰く、昔この地では謎の疫病が蔓延し、国民の9割が死んでしまうという大惨事があったらしい。

 疫病発生の原因が解明できず、彼以外の人々は疫病が再び発生するかもしれないという恐怖から地上に降りる道を選んだ。

 王であった彼はそれを良しとせず、この地に残って1人で疫病の発生原因調査を続けた。

 何年も調査を続けた結果、この島がある場所に流れ込む魔素が遺伝子に作用して突然変異を起こす場合があることが判明した。

 彼は急いで島を移動させ、島を去った人たちを呼び戻すべく探し回った。

 だが、散り散りになってしまった人々はなかなか見つけることができず、会った者も皆地上の生活になじんでしまっており、誰も戻ってこなかった。

 彼は会った人々に島にいつでも島に戻ってくるように伝え、孤独から逃れるために休眠装置で眠りについたとのことだ。


「国民の誰かが戻ってきたら休眠から目覚めるように設定しておいたのだが……まさか、2000年も起きないままとはな。装置が故障してしまっていたようだ。国民以外が入ってくれば、防衛システムも自動的に作動するようにしておいたのだがな。まったく、不具合だらけだ」


「そうだったんですか……積乱雲も防衛システムの一部で、人為的に発生させていたってことですか?」


「そうだ。私は目覚めてすぐ、積乱雲で周囲を覆い、頭上は機雷魚を迎撃モードに切り替えた。こいつらロボット兵たちも、防衛システムの一部だ」


「機雷魚って……もしかして、虹鯉のことですか?」


「虹鯉? ……ああ、虹色に光るからそう呼んでいるのか。あれは我が国で作った魔法生物でな。近づいた敵に体当たりして自爆する対空迎撃兵器だ」


「じ、自爆!?」


「うむ。瞬間的に周囲に3000度の熱線を放ち、同時に爆風で吹き飛ばすのだ。平時は観賞魚としても使える優れものだぞ」


 さらりと説明するおじいさんに、皆の顔が引きつる。

 もしネイリーさんが風の魔法で虹鯉の突撃を逸らしていなかったら、シェルターごと全員爆死していただろう。


「あの、どうしてそのようなことを? 本島の人たちを認識していたなら、せめて接触を試みるとかしていただければこのようなことには……」


 おずおずと、エステルさんが口を開く。

 おじいさんは、ふん、と不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「接触も何も、お前らは大軍でもって我が国に侵入しようとしていたではないか」


「えっ、大軍って、そのような真似は一度も……」


「嘘をつくな。島の端に集結して、巨大な怪物まで用意して乗り込もうとしていたのを見ていたぞ。証拠を見せてやろう」


 おじいさんが杖をかざす。

 すると突然、杖の水晶玉から光が延び、俺たちの前に巨大な映像が浮かび上がった。


「うわっ、な、なんですかこれ!?」


「す、すげえ。ホログラム映像だ……」


 空中に突然現れた映像に、俺も含めて全員口を半開きにして見入ってしまう。

 映像は、この島から本島の端っこの部分を撮影したもののようだ。

 人々が大勢集まり、わいわいと騒いでいるのが見て取れる。

 手に槍を持った兵士の姿もたくさんおり、騒ぐ人々を諫めている様子だ。


「なんですかこれ!? 何がどうなっているんですか?」


 エステルさんが驚愕の眼差しで、映像を見つめている。

 そういえば、この世界に来てからカメラとかビデオといった撮影道具は見たことがなかった。


「172日前の映像だ。どう見ても攻め込もうとしているようにしか見えんだろうが」


「172日前? ……あっ、こ、これは、天空島に空振現象の調査団を派遣しようとした日です! あそこに私もいますよ!」


 エステルさんが画面を指差す。

 人垣の端っこで、人々に応対をしている翼人が小さく映っている。

 距離が遠すぎてあまりよく分からないが、後ろ姿はエステルさんに見えなくもない。


「なるほど……それで、慌てて防衛システムを起動したと」


「うむ。城にも街にも誰もおらぬ状態では、攻め込まれたらひとたまりもないからな。機能を保っていたすべての防衛システムを作動させたのだ」


「なら、その必要はもうないですよ。この島はずっと観光地として使われていただけです。誰も攻めてきたりなんてしませんから」


「おじいさん、よく見てみてくださいませ。集まっている人たち、どう見ても野次馬にしか見えないですよ?」


「む……」


 俺とノルンちゃんが言うと、おじいさんは映像を凝視した。


「……拡大しろ」


 おじいさんが言うと、映像がズームした。

 こちらを指差して何やら怒っている人や、出店でクレープを買っている人たちの映像が映し出された。

 かなりの高画質で、まるで間近で撮影しているかのような高解像度だ。


「ほら。どう見ても、野次馬集団にしか見えないですよね?」


「……そうだな。お前たちが正しかったようだ。せめて、映像を見返しておくべきだったな」


 はあ、とおじいさんがため息をつく。

 

「しかし、この国は私の国だ。勝手に観光地化していたお前たちにも非はあるぞ」


「確かにそうかもしれませんけど……2000年間も留守にしていて、起きてきていきなり『ここは私の国だ』と言われてもこちらも困惑するしかないというか」


「そうかもしれんが、私の国であることには違いないだろう」


 むすっとした表情で言うおじいさん。

 気持ちは分からなくもないけど、いい分には無理があるように思える。


「まあまあ、どちらが悪いとかいう話はこの際置いておくのですよ」


 ノルンちゃんが明るい声で間に入る。


「おじいさん、とりあえず、防衛システムを解除してもらうことはできませんでしょうか? 隣の島の人と話し合うですよ」


「話し合い? 何のための話し合いだ?」


「この島を、観光地としてこれからも使わせて欲しいという件についてです。隣の島は天空都市カゾという都市国家なのですが、この島はカゾの一部として扱われているのですよ」


「分からん奴だな。ここは私の国だと言っているだろうが。なぜお前たちの国のために、我が国を差し出さねばならんのだ」


「でも、この国にはおじいさん1人しかいないじゃないですか。これから先も、ずっと1人で生きていくつもりなのですか?」


「む……」


 ノルンちゃんの指摘に、おじいさんが言葉に詰まる。

 おじいさんが眠りについたのは2000年前。

 その頃いた人々は、もう誰も生き残ってはいないだろう。


「国民が1人もいないのに、王様だけで生きていくなんておかしいのです。隣の島にはたくさんの人が住んでいますし、彼らが生きていくにはおじいさんの協力が必要不可欠です。これからは、彼らとともに生きていってみてはいかがですか?」


「なぜ私が必要なのだ」


「この島は観光地の目玉でして、ここが使えないとなるとカゾの財政は破綻してしまうのですよ」


 ノルンちゃんが説明すると、おじいさんが呆れた顔になった。


「どんなずさんな国家運営をしているのだ。観光地の1つが使えなくなっただけで財政破綻の憂き目に遭うとは」


 やれやれ、とおじいさんがため息をつく。


「代表者に会わせてくれ。私が国家運営の何たるかを教育してやる」


 おじいさんの言葉に、皆が「おお」と声を上げた。

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