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51話:天空島の古城

 ノルンちゃんのとても柔らかな唇の感触が、俺の唇に伝わる。

 ほのかな甘い香りを感じていると、ノルンちゃんが残った右手で俺の肩を軽く叩いた。

 俺が顔を離すと、ノルンちゃんが困ったように苦笑していた。


「あ、もういいの?」


「いえ、その……粘膜同士じゃないとダメなのですよ」


「……」


「ディープなやつでお願いします!」


「は、はい」


 チキちゃんにガン見されながら、再びノルンちゃんと唇を重ねる。

 互いにぎこちないながらもディープなやつを行っていると、ノルンちゃんのえぐれた左肩からミチミチという音が響き始めた。

 思わず閉じていた瞼を開き、目だけ動かしてそちらを見てみる。

 肩の傷口から、ものすごい勢いで骨や肉、血管といったものが再生されているのが見えた。

 そのままそれは腕の長さにまで伸びていき、ジュクジュクと音を立てて綺麗な腕があっという間に出来上がってしまった。

 その間、僅か1分ほどだ。

 ノルンちゃんが唇を離し、頬を染めて微笑む。


「ありがとうございました。元通りになったのですよ」


「ど、どういたしまして……その腕、もう動かせるの?」


「はい。完全に元どおりです」


 ノルンちゃんが手を開いたり閉じたりしてみせる。


「うはー、ノルンさんすごいねぇ。それに、キスして怪我が治るなんて、なんかロマンチックでいいね!」


 少し離れたところから見ていたネイリーさんが、感心したように言う。

 ノルンちゃんが恥ずかしそうに、頬に両手を当てた。


「はうう、ついに私も大人の階段を1つ上ってしまったのですよ……初めてがコウジさんで、私は幸せです……」


「あ、あはは……そりゃどうも」


「コウジ」


 声に振り向くと、真顔のチキちゃんが俺を見ていた。


「今夜、宿に帰れたら、朝まで寝かせないから。覚悟して」


「は、はい」


「それにしても、あの襲ってきたやつら、何だったんだろうな?」


 地べたに座ったカルバンさんが、瓦礫で塞がっている出入口を見る。


「矢は撃ってくるわ、光線は飛ばしてくるわ、やばいどころの話じゃねえぞ。今まで動かなかったなら、何で急に動き出したんだ?」


「太古の超兵器って感じだよね。エステルさんは何か知らないの?」


 ネイリーさんがエステルさんを見る。

 エステルさんは顔を赤くして、俺とノルンちゃんを凝視していた。


「おーい、聞いてる?」


「あっ、はい! 私も何がなにやらさっぱりで……遺物が動くなんて、聞いたこともありません」


「そっか。あれって、外にだけいるのかな?」


「いえ、街なかや古城の中にも、何体か横たわっていました」


「うーん、それは困ったね。次に襲われたら勝てるかなぁ……」


「さっきみたいに、雷の魔法でやっつけられないんですか?」


 エステルさんが聞くと、ネイリーさんは首を振った。


「無理無理。あれは、積乱雲の中にいた精霊さんたちに手伝ってもらったからできたんだよ。ここからじゃ手伝ってもらえない。それに、これ以上あの魔法を使うと、私自身が持たないと思う」


「そ、そうですか……」


「でも、コウジ君の奇跡の光に当たってたら少し元気が出てきたかな。それ、すごいね。伝説どおりだよ」


 ネイリーさんが俺の頭上にある光の玉を見る。


「あ、ネイリーさんも伝説を聞いたことがあるんですか」


「そりゃあ、有名だもの。『奇跡の光を持つ者、傷と病を緩やかに癒し、邪悪をわずかに払いのける力を有す』ってね。その力の、いろんな種類のおとぎ話があるみたいだけどさ」


「へえ、そんなに有名な話だったんですね」


「大昔からある伝説だからね。知らない人のほうが少ないんじゃないかな?」


 ネイリーさんが、崩落している出入り口に目を向けた。

 元気が出てきたとは言っていたが、まだ少し顔色が悪いように見える。


「さて、こっちは塞いじゃったから、奥に進むしかないね。エステルさん、この先って何があるか分かる?」


「古城につながっています。ここは見学用通路で、この先は食堂です」


「その食堂に、さっき襲ってきた遺物はいるかな?」


「どうでしょう……ただ、食堂に遺物は倒れていなかったはずです。遺物があったのは、中庭と屋上庭園、それに王の間ですね」


「なるほど。食堂から、外に出る道はあるかな?」


「廊下に出てしばらく歩けば、正面玄関から外には出られます」


「ん、了解。コウジ君、どうする?」


 ネイリーさんが俺を見る。

 ノルンちゃんは未だに、俺の腕の中だ。


「ここにあるはずのバグを探すか、それとも逃げ出すか、ですか?」


「そそ。もし逃げ出すなら、島の端まで一気に走って、来た時みたいにノルンさんにシェルター作ってもらって飛び降りることになるけど」


「うーん……」


 俺がノルンちゃんを見ると、彼女はにこっと微笑んだ。

 顔色もよく、完全回復している様子だ。


「コウジさん、このまま探索を続けるのですよ。ロボットが出てきたら、今度こそ私が何とかしますので」


「でも、本当に大丈夫? あのビームをまた撃たれたら……」


「あれは発射までに少し時間がかかるようなのです。撃つと分かっていれば、対処のしようはあります。それに、今逃げ戻ってしまったら、バグを放置することになってしまうのですよ」


 ノルンちゃんの言うとおり、バグをこのままにしておくわけにもいかない。

 理想郷の完全修復が俺たちの目的なのもあるし、このまま天空島が積乱雲に覆われたままというのもまずい。

 天空都市カゾの経済とベラドンナさんの食生活が立ち行かなくなってしまう。


「よし、探索を続けよう。でも、危なくなったらすぐに逃げるってことで」


「かしこまりました! では、さっそく探索に向かうのですよ!」


 ノルンちゃんが元気に立ち上がる。

 その手を、チキちゃんが掴んだ。


「行く前に、ごはん食べたい。お腹空いた」


「あ、それもそうですね。腹ごなししてから向かうのですよ」


「だね。もう少し休んでから行こうか」


 そうして、街で買ってきた食べ物で食事休憩をとることになったのだった。




 数十分後。

 食事を終えてトンネルを進んだ俺たちは、食堂への入り口で足止めを食らっていた。


「……おい、2体もいるじゃねえか。どうすんだあれ」


 カルバンさんが、小声で話す。

 広々とした食堂の中央で、2体のロボットがこちらを向いて仁王立ちしている。

 俺たちは全員、通路内の壁のでっぱりに隠れている状態だ。


「食堂にはいないんじゃなかったのか?」


「は、はい。本当にいなかったのですが……」


「もしかしてこれ、先回りされてたってことなんじゃないかな?」


 皆の視線が俺に集まる。


「先回りって、こいつら知能を持ってるってことか?」


「かもしれません、もしくは、ロボットたちを操っている人がいるとか」


「ふむ……まあ、それよりもこの状況をどうするかだ。ノルンさんよ、あいつらを何とかできるかい?」


 カルバンさんの言葉に、ノルンちゃんがしっかりと頷いた。


「はい。コウジさんに抱き着いてもらっていれば大丈夫です。蔓でからめとって、頭をもぎ取ってやるのですよ」


「よし、コウジ、女神さんに――」


「ねえ、でもおかしくないかな?」


 黙って話を聞いていたチキちゃんが、不意にそんなことを言った。


「もし先回りしてたなら、通路にまで入ってきてたか、隠れて不意打ちしようとしてたはずだよ」


「……確かに、追ってもこないでここで仁王立ちっておかしいね」


「うん。きっと何か理由があって、ああしてるじゃないかな」


 まったくもってチキちゃんの言うとおりだ。

 俺たちは通路の袋小路に小一時間近くいたわけだから、殲滅が目的なら侵入してきただろう。

 それもせずに、広々とした食堂の真ん中で仁王立ちとは。

 偶然そこにいた、という話もなくはないのだが。


「何とかお話しできないかな?」


「え、ロボットと話すってこと?」


「うん。もしかしたら、言葉が通じるかも」


 真剣な顔で言うチキちゃんに、カルバンさんが呆れ顔になった。


「やめとけやめとけ。下手すりゃ、話しする前に矢か光線でぶち殺されるぞ。一度襲われてるってことを忘れんな」


「でも、話してみないと分からないよ」


「分かるって。下手すりゃ俺たち、さっき全滅してたんだぞ?」


「チキさん、リスクは犯せないのです。先手必勝でいきましょう」


「……うん」


 ノルンちゃんの意見に、チキちゃんが渋々頷く。


「ネイリーさん、ロボットたちの気を逸らすことはできますか? こっちに顔を向けられていると、光線が怖いのです」


「うん、できるよ。あいつらの後ろで物音を立てるから、振り返ったらその隙にやっちゃって」


「了解です。コウジさん、抱きしめてくださいませ」


「うん」


 俺が後ろから抱き着くと、ノルンちゃんは両腕を蔓に変異させた。

 それを確認し、ネイリーさんが口を動かす。


『こっちだよ』


 突如としてロボットたちの背後から声が響き、彼らが後ろを振り返る。

 それと同時に、ノルンちゃんが蔓を勢いよく伸ばした。

 ものの数秒でロボットたちの全身を絡めとり、きつく締めあげる。

 頭に巻き付いた蔓がギシッと音を立て、メキメキという破壊音とともに頭をもぎ取った。

 千切れた部位からバチバチと火花を散らし、ロボットたちが倒れ込む。


「やった、上手くいったね!」


 喜ぶ俺に、ノルンちゃんがほっとしたように表情を緩める。


「はあ、案外関節部が脆くてよかったです。また遭遇したら、今と同じように――」


「貴様ら、何者だ。なぜ私の国を荒らすのだ」


 その時、しわがれた男の声が、静まり返った食堂に響いた。

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