50話:あなたのためならこの身など
「コウジさんっ!」
突然の出来事に硬直して動けなくなっている俺を庇うように、ノルンちゃんが抱き着いてきた。
彼女の体が一瞬で樹木の幹に変異し、俺を護る盾のように無数の枝が飛び出す。
「風よ!!」
ネイリーさんが杖を突き出して叫ぶと同時に、俺たちを猛烈な風が包み込んだ。
襲い来る矢はそのすべてが風に軌道を逸らされ、俺たちの脇を勢いよく通過していく。
「うわ! ネイリーさんすごい!」
「天才だからね! 応援よろしく!!」
ネイリーさんが片手で帽子を押さえながら言うと、杖の水晶玉が金色に眩く光り輝きだした。
ロボットが射撃を止めてボウガンを腕に収容し、元の腕の形に数秒で戻す。
そして両手を真横に広げると、その腕から薄い紫色に透き通った翼のようなものがガシャガシャと出現した。
ぐぐっとしゃがみ、今にも飛び上がろうとするような姿勢をとる。
「空をたゆたう光の使徒よ、我の敵を打ち砕け!!」
カッと数百メートル先の積乱雲が眩く光り輝いたと思った瞬間。
巨大な稲妻がその中から飛び出し、とんでもない轟音を立ててロボットに直撃した。
あまりの眩しさに目を瞑り、キーンという耳鳴りで何も音が聞こえなくなる。
数秒して恐るおそる目を開くと、そこにはプスプスと煙を上げて崩れ落ちている焼け焦げたロボットの残骸があった。
「うわ、ネイリーさん超強いじゃないですか! さすがです!」
「はあ、はあ……でしょ? もっと褒めていいんだよ!」
ネイリーさんが肩で息をしながら、胸を張って見せる。
「ノルンちゃんもありがと。もう離れても大丈夫だから」
ノルンちゃんは顔の半ばまで樹木に変異しており、体中から伸びた枝が服を突き破っていた。
ほっとした様子で微笑み、俺から離れる。
メキメキと音を立てて、皮膚が人のそれに戻っていった。
「あ、危なかったです……ひやっとしました」
「だね……あのさ、守ってもらっておいてこんなこと言うのはアレなんだけど、できれば俺じゃなくてチキちゃんとかカルバンさんたちを守ってもらえると嬉しいな」
俺は死後に転生できるということなので、ぶっちゃけた話死んでしまっても問題はないはずだ。
チキちゃんも救済措置で転生させてもらえるかもしれないが、他の皆は死んだらそれっきりである。
「いえ、そうはいかないのです。どんなことがあっても、コウジさんが最優先なのですよ」
「でも、俺は死んでも平気なんでしょ? それなら、いざというときは俺以外の人を守ってもらいたいんだけど」
「コウジさんに死ぬような痛みを感じさせるわけにはいきません。コウジさんを幸せにすることが、私の使命なのですよ」
「いや、でもさ――」
「ちょっとお二人さん、取込み中のところ悪いんだけどさ。アレ見てくれるかな」
カルバンさんの声に、俺とノルンちゃんがそちらを見る。
森の木々の間から、先ほど倒したのとそっくりなロボットがわらわらとこちらへ歩いてきているのが見えた。
10や20では利かないほどの大群だ。
「わわっ!? たくさん来ますよ!?」
「ネ、ネイリーさん、お願いします!」
「たぶん私、あと4、5発さっきの魔法使ったら精神力と生命力が枯渇して死んじゃうと思う」
「なんですと!?」
森を出た数体が、先ほどのロボットのように右腕をこちらに向けた。
「皆さん、私の後ろに隠れてくださいませ!」
ノルンちゃんが両腕を木の根に変異させて勢いよく伸ばし、俺たちの前に大盾を作り出した。
一拍置いて、そこに矢が雨あられと降り注ぐ。
ざくざくと鈍い音が響き、盾に無数の矢が突き刺さった。
「いだだだ!?」
「み、皆さん、あちらへ逃げましょう!」
エステルさんが右手に見える街を指差す。
かなり離れているが、街の中に両開きの扉の付いたトンネルのようなものが見えた。
「ノルンちゃん! そのまま走れる!?」
「はい!」
ノルンちゃんの両足が無数の木の根に変異し、ドスドスと地面に先端を突き立てた。
そして、まるでカニのようにしゃかしゃかと横歩きを始めた。
「ノ、ノルンさんすごいね。何でもありだねぇ」
あはは、とネイリーさんが笑う。
「皆さん、絶対に私から離れないでくださいね!」
皆で盾の陰に隠れながら、街へと向けて走り出す。
ロボットたちはしばらく矢を撃ち続けていたが、同時に射撃を止めると翼を広げて空へと舞い上がった。
「飛んでくるよ!」
「飛びながら矢は撃てないはずです! 皆さん急いで!」
ノルンちゃんが腕を元に戻し、今度は太い蔓に変異させて勢いよく伸ばした。
まるで鞭を振るうようにして、空を飛び回るロボットを攻撃する。
ロボットたちは回避行動を取るが、何体かに蔓が命中して地面に叩き落とされた。
「コウジさん、私に抱き着いて!」
「う、うん!」
俺がノルンちゃんに飛びつくと、ノルンちゃんの両腕からさらに数十本の蔓が飛び出した。
「うおりゃああああ!!」
無数の蔓の鞭がぶん回され、次々にロボットたちが撃墜されていく。
街のあちこちにロボットが墜落し、轟音とともに叩きつけられた蔓の鞭に建物が瓦礫と化していく。
「あ、あわわ、街が! 観光地が!」
「そんなこと言ってる場合じゃないですって!」
「ノルン様、そこの瓦礫の中!」
俺がエステルさんを怒鳴りつけていると、チキちゃんが走りながら瓦礫の山を指差した。
墜落したロボットの一体が身を起こし、こちらに顔を向けていた。
口元が変形し、砲塔のようなものが出現する。
キュィィィ、と機械的な音とともに、砲塔の中が光り輝いた。
「えっ、何を――」
俺が言いかけた瞬間、砲塔から閃光が走った。
光は俺の服の袖をかすめてノルンちゃんの左肩を直撃し、ジュッという音とともに当たった箇所を貫通した。
肩を根こそぎえぐり取られ、千切れた蔓が制御を失ってあちこちの建物を破壊しながら地面に落ちる。
「ノルンちゃん!」
「あ……ぎ……!」
ノルンちゃんは表情を歪めて歯を食いしばり、それでも木の根の足は止めずに走りながら、残った腕で空のロボットに蔓を振るう。
見ると、光線を出したロボットは頭部が溶解して倒れ伏していた。
どうやらあれは、捨て身の最終兵器だったようだ。
「後ろ! また飛んでくるよ!」
「空をたゆたう光の使徒よ、我の敵を打ち砕け!!」
積乱雲から稲妻が走り、背後に迫っていたロボットの1体に直撃した。
ロボットが轟音とともに空中で爆散し、その衝撃波で周囲のロボットが錐揉みしながら墜落する。
ネイリーさんはさらにもう一度同じ呪文を唱え、ノルンちゃんが打ち漏らしたロボットを撃墜した。
「ネイリーさん! 大丈夫ですか!?」
「はあっ、はあっ! ……れ、連発はさすがにキツイね」
「もう少しです! 皆さん頑張って!」
エステルさんが背中の翼を広げ、大きく羽ばたいてトンネルの入り口に一足先にたどり着いた。
扉を開け、大きく手招きをする。
俺たちは滑り込むようにして、真っ暗なその中に飛び込んだ。
ノルンちゃんは身体を人間のそれに戻しながら、肩を押さえて地面にしゃがみ込む。
痛みのせいか小刻みに震えており、顔色は真っ青だ。
「扉閉めて!」
「任せろ!」
俺の叫びにカルバンさんが答え、扉を閉める。
だが、こんな木製の扉ではすぐに壊されてしまうだろう。
「コウジ君、明かり出して明かり!」
「あ、はい!」
ネイリーさんの叫びに俺が胸から奇跡の光を出すと、トンネル内が真昼のように明るくなった。
「皆、奥に行って! チキさん、どこでもいいからいっぱい水出して!」
「う、うん!」
「ノルンちゃん、痛いかもだけど我慢して!」
俺はノルンちゃんの膝下に手を入れると、えぐれた肩に触れないように気を付けながら彼女をお姫様抱っこした。
片腕がなくなってしまったせいもあるだろうが、かなり軽い。
抱き上げた瞬間、ノルンちゃんはつらそうに顔をしかめたが、声は漏らさなかった。
「風よ、うねりを帯びて舞い上がれ!」
チキちゃんが出した水が渦を巻き、まるで竜巻のようになってトンネルの入口近くの天井に叩きつけられた。
ピシッ、と音が響き、天井に無数の亀裂が走る。
さらにひと際大きな亀裂が走った瞬間、天井が崩落して入り口は瓦礫で完全に塞がれた。
「はあ、はあ、つ、疲れた……ちょっと休ませて」
ネイリーさんが地面にしゃがみ込み、荒い息を吐く。
「ノルン様、大丈夫?」
チキちゃんが座り込んでいる俺たちに駆け寄り、心配そうにノルンちゃんを見る。
ノルンちゃんは俺の腕に抱かれたまま、チキちゃんに薄く微笑んだ。
「大丈夫です。少しだけ、消耗しすぎてしまっただけですので」
「ノルンちゃん、俺の魂のエネルギー、思いっきり吸っちゃっていいから、腕治しちゃいなよ」
「うう、すみません……寿命、少し頂きますね」
「死神みたいな台詞はやめてもらえるかな……」
神力の急速補給が始まったのか、えぐれて炭化してしまっている左肩がじゅくじゅくとうねって修復を始めた。
かなりの痛みを伴うのか、ノルンちゃんは目を瞑って唇を噛みしめ、額に脂汗を浮かべている。
「痛そう……ノルン様、大丈夫?」
「だ、大丈夫です……少し痛いですけど、我慢できる範囲です」
ノルンちゃんは小刻みに体を震わせており、どうみても大丈夫そうには見えない。
そこで俺はふと疑問が湧き、彼女に聞いてみることにした。
「あのさ、蔓とか根っことか出すときみたいに、一気に腕も再生することはできないの?」
「自己切断以外で破壊された肉体の修復は難しいのです。植物への変異とも別物ですので、一気にというわけにはいかないのです。それに、修復を早めようとすればするほど、かなりの神力を使うことになってしまいます」
「使えばいいじゃん。俺の魂のエネルギー、いくらでも吸い取っていいからさ」
こんなに彼女がつらそうにしているのに、替えの利く魂をもったいぶることなんてできるはずがない。
がっつり吸ってもらって、ぱぱっと治してもらった方が絶対にいい。
「……分かりました。ただ、もっと急速に神力を補充するとなると、今のままでは吸収効率が悪いのですよ」
「吸収効率? ああ、肌が触れ合ってる部分が多いほうが効率いいんだっけ」
しばらく前の話になるが、グリードテラスを退治した際、両手両足が千切れた達磨状態のノルンちゃんを抱きしめて神力を補充させたことがあった。
あの時は俺は上半身裸、ノルンちゃんは服が破けてほぼ全裸状態だった。
「はい、布切れ一枚間にあるだけで、がくんと吸収効率は下がるのですよ。裸で抱き合うか、それ以上となると粘膜同士で接触するのが一番いいのですが」
「……何か今、すごくエロいこと言われた気がする」
「エッチかキスが一番吸収効率がいいのですが」
「あ、うん。言い直さなくていいから」
俺が言った時、チキちゃんが俺の後頭部とノルンちゃんの後頭部に手を添えた。
ぐぐっと押し、顔を近づけさせられる。
「ちょ、ちょっと!」
「コウジ、ノルン様にキスして」
真顔で言うチキちゃんに、俺はぎょっとして目を向ける。
「じ、自分の彼女の前でキスするんですか」
「うん。私は大丈夫だから、早く治してあげて」
「わわっ、チキさん、いいんですか!?」
「いいの。私、コウジもノルン様も大好きだから」
「ですって! コウジさん!」
ノルンちゃんが俺に期待の眼差しを向ける。
俺としては嫌どころか、むしろ嬉しいのだが、チキちゃんにガン見されながらというのはかなり抵抗がある。
というか、ノルンちゃんは出会った当初からやたらと俺に好意を持ってくれているようなのだが、何か理由でもあるのだろうか。
「見てるから、早く」
「あ、はい……じゃ、じゃあ」
「よろしくお願いします!」
ノルンちゃんが頬を染めて目を瞑る。
その唇に、俺は自分の唇を重ねるのだった。




