49話:ロボット兵
「コ、コウジ、怖いよ!?」
「あ、あわわわ……」
網目状のシェルターから覗く景色に、隣に座るチキちゃんが怯えた声を上げる。
俺もチキちゃんと同じように、完全にビビってしまっていた。
ぐんぐん遠ざかる浮遊島と、その下に見える大地。
あまりにも高すぎて、下腹部がきゅっと縮こまる感覚に襲われる。
「うわー、うわー、すごいですねー! これぞ絶景! ってやつですね!」
「たーのしー!」
ノルンちゃんとネイリーさんの楽し気な声が響く。
カルバンさんは歯を食いしばって目を瞑っており、エステルさんは何やら念仏を唱えていた。
前方には巨大な積乱雲がそびえ立ち、びゅうびゅうと強い風が吹きつけてきていた。
「天空島の真上まで、一気に飛びます!」
ベラドンナさんが宣言し、グランドホークが速度を上げる。
吹き付ける風がさらに強くなり、息をするのもままならないほどだ。
積乱雲の真上に向かい、ぐんぐんと進んでいく。
「わわっ!? 積乱雲の真上、穴が開いていますよ!?」
積乱雲より高く上昇し、そこから見える光景にノルンちゃんが驚いた声を上げる。
「本当だ……」
「雲のコップみたい……」
俺とチキちゃんも、唖然として光景を見つめる。
チキちゃんの言うとおり、まるで雲のコップがそこにあるような情景になっていた。
中央部分がぽっかりあいた雲の渦が、ピカピカゴロゴロと音をたてながらうごめいているのだ。
「と、とりあえず真上まで行きますね!」
ベラドンナさんがグランドホークの頭を撫で、速度がさらに上がる。
雲を大きく迂回するようにして真上に到達した俺たちは、そこから見える景色に息をのんだ。
ぽっかり開いた雲の渦の中心には、太陽からの光に照らされる島が存在していた。
その上を、虹色に光り輝く巨大な魚が何匹も泳いでいる。
虹鯉だ。
島の上には幾本も虹がかかり、そこに無数の虹鯉が群がっていた。
緑に覆われた島には古城がそびえ、美しい石材建築や木々、滝が見える。
実に幻想的で美しい光景だ。
「すごい景色だな……ベラドンナさん、このまま下まで降りれませんか?」
「分かりました。降下しますね!」
グランドホークが一声鳴き、ゆっくりと下降していく。
すると、島の上空を飛んでいた虹鯉が、何匹かこちらに向かってきた。
「お、虹鯉が寄ってきた……って、ええ!?」
「「きゃあああ!?」」
その虹鯉たちはものすごいスピードでこちらに突進してきて、あわや衝突といったところでグランドホークが急旋回してそれを回避した。
ごうっ、と風を切る音が間近に聞こえ、チキちゃんとエステルさんが悲鳴を上げる。
「ちょ、ちょっとベラドンナさん! 逃げて逃げて!」
「は、はいっ!」
グランドホークが再び急上昇すると、虹鯉たちは下へと戻っていった。
「に、虹鯉って狂暴なんですか!?」
「い、いえ、普段はとても大人しい生き物なんですが……」
「でも、今のって俺たちを襲ってきてましたよね?」
「あぶなー……完全に油断してたわ」
「び、びっくりしましたねぇ」
ネイリーさんが杖を握りしめ、冷や汗をかいている。
ノルンちゃんも真下にいる虹鯉を見ながら、はえー、と息をついていた。
「うーん……普段はじょうろで虹を作ると、それを食べに寄ってくるくらい大人しい生き物なんですけど……」
「えっ、じょうろで、ですか?」
「はい。天空島に渡った後の有料プランであるんです」
「しっかりしてますね……それはいいとして、このまま降りるのは危ないですね。どうしたもんか……」
「私が魔法で守るから、このまま落としてもらうってのはどうかな?」
ネイリーさんがとんでもない提案をしてきた。
皆、ぎょっとした顔を彼女に向ける。
「このまま落とすって、下手したら虹鯉が集団で襲ってきて袋叩きにされますよ?」
「大丈夫。私がなんとかしてみせるって」
「何とかって……大丈夫なんですか?」
「ちょっと揺れるけど、大丈夫だよ。ノルンさん、着地の衝撃はどうにかできるかな?」
「はい。ふんわり着地させてみせるのですよ!」
「なら、このまま行っちゃおう! ベラドンナさん、このまま落としちゃって!」
「い、いいんですか!?」
「うん。それに、よく見たら島の少し上に魔力の壁があるから、グランドホークじゃ降りれないよ。言うこと聞かなくなっちゃうと思う」
「魔力の壁?」
俺は下を見てみるが、魔力の壁とやらがあるのかはさっぱり分からない。
「あ、ほんとだ。なんかもやもやしたのが見える」
「え、チキちゃん分かるの?」
「うん。少しだけ、景色が歪んで見えるよ」
「ノルンちゃん、見える?」
「いいえ、さっぱり分かりませんねぇ」
どうやら、チキちゃんには見えるようだ。
魔法が使える人にしか視認できないものなのだろうか。
「コウジ、どうするの?
「……行っちゃおうか。それしか方法はなさそうだし」
「さっすがコウジ君! ベラドンナさん、やっちゃって!」
「分かりました! 皆さん、よろしくお願いしますね!」
「え、ちょ、心の準備がああああ!?」
グランドホークがシェルターを離し、俺の体を強烈な浮遊感が襲う。
チキちゃんとエステルさんが盛大な悲鳴を上げ、カルバンさんは白目を剥いて失神していた。
「ききき、来ましたよネイリーさん!」
「風よ、うねりを帯びて我らを包め! えんりこげれげれらんぱっぱ!」
ネイリーさんの気の抜けるような詠唱が終わると同時に、シェルターの周りの空気が歪んだ。
下方からは無数の虹鯉が、俺たち目掛けて突進してくる。
「ぶつかるぶつかる!」
「大丈夫!」
虹鯉が俺たちにぶつかる直前、そのすべてが軌道を変えて、シェルターの脇を通過していった。
びゅんびゅんと風切る音を立てて、脇を通過していく虹鯉たち。
情けない悲鳴を上げて俺がそれらを見ている間にも、どんどん地面が迫ってくる。
虹鯉の飛び去った風圧で、シェルターがくるくると回転した。
まるで、遊園地のコーヒーカップを高速回転させているような遠心力が俺たちを襲い、背を預けているイスに身体が密着させられる。
「ノルンさん、あそこの平原に降りるよ!」
「了解であります!」
ノルンちゃんの両腕が蔓に変異して勢いよく伸び、緑の平原に突き刺さる。
ぐにゃりと歪んで落下の衝撃を緩和した。
ぐぐっとたわむ蔓に支えられ、シェルターは天空島の平原に着地した。
虹鯉は地上付近にまでは襲ってこないようで、数十メートル頭上で急旋回して空へと戻って行った。
「し、死ぬかと思った……チキちゃん、大丈夫?」
「……」
チキちゃんは頭をふらふらさせながら、両目がくるくると互い違いに動いている。
完全に目が回ってしまったようだ。
「ごめんなさいごめんなさい、もう不正は働かないので許してください……」
エステルさんが念仏を唱えるように許しを請い、半泣きになりながらガタガタと身体を震わせている。
悪いことをしていたという自覚はあるようだ。
「シートベルトを外しますよー」
「チキちゃん、立てる? カルバンさん! 大丈夫ですか!?」
「何かぐるぐるする……」
「お、おお? 着いたのか?」
皆でふらふらと、シェルターの外に出る。
ノルンちゃんが蔓を身体に戻し、あっという間にシェルターが彼女の身体に収まった。
何度見ても、見事な技だ。
「はー、綺麗なところですねぇ」
ノルンちゃんが天空島を見渡す。
カゾに負けず劣らず、というより、カゾよりもはるかに美しい景観が目の前に広がっていた。
カゾがきちんと整備された観光地としての美しさを誇るに対して、こちらはどこかノスタルジックな美しさが目を惹きつける。
遠目に見える大きな石造りの古城と、苔や蔓植物に覆われた石造りの街並みが、まさに古代都市といった哀愁を漂わせていた。
周囲には鳥や蝶が舞っており、少し離れたところには手つかずの森が広がっている。
「でも、あちこち崩れちゃってるね」
チキちゃんの言うとおり、石造りの家々は所々崩れてしまっていた。
古城は無傷のようで、どこも壊れているようには見えない。
「コウジさん、お土産物屋さんがありますよ!」
ノルンちゃんが指さす先には、小綺麗な土産物屋と飲食店が数軒並んでいた。
あそこで、カゾからやって来た人たちが働いていたのだろう。
「何か、地面に穴が空いてるね」
「ほんとだ。何だろうね」
お土産物屋さんのすぐ隣に、まるで何かを掘り出したかのように地面に大穴が開いていた。
3、4メートルはあるように見える。
「……あれ? おかしいですね、あそこには遺物があったと思ったのですが」
怪訝そうに、エステルさんが小首を傾げる。
身体の震えは治まったようで、キリっとした表情に戻っていた。
「遺物? 何ですかそれ?」
「金属でできた、巨大な人形です。島のあちこちに、苔にまみれて横たわっているんです」
「ねえねえ、アレのことじゃない?」
ネイリーさんの声に、皆でそちらを振り返る。
森の方向から、身長5メートルはあろうかという巨大なロボットが、ゆっくりとこちらへ向かって歩いてきていた。
両手両足がとても長く、ピコン、ピコン、と謎の電子音を響かせて近寄ってくる。
「えっ、な、何で動いて……」
エステルさんがそう言った途端、ロボットがこちらに向けて右腕を突き出した。
その手が勢いよく半分に開き、ガシャガシャという音とともに弾倉を備えたボウガンのようなものが組み立てられた。
「ちょ」
俺が声を発すると同時に、ボウガンから無数の矢が放たれた。




