48話:強行突入
積乱雲が間近に望める本島の端っこに到着し、俺たちは馬車を降りた。
目前に、巨大な積乱雲がそびえている。
雲がぐるぐるととぐろを巻くようにして動いており、ピカピカと稲妻が光っていた。
積乱雲の直径は、軽く見積もっても縦横ともに数キロメートルはあるように見える。
「うわ、すんごいなこれ。なんて迫力だ……」
「大きいですねぇ……あれですね、『竜の巣』ってやつですか!」
「アニメ映画でそんなのあったよね……カルバンさん、どうしたんです?」
ノルンちゃんとそんな話をしていると、カルバンさんがあちこちをきょろきょろしているのに気が付いた。
積乱雲の周りを、何かを探している様子だ。
「いや……『虹鯉』がいないと思ってな」
「虹鯉? なんですそれ?」
「空飛ぶでっかい魚で、なんつうか、とにかく綺麗なんだよ」
「虹鯉は、この天空島の周辺だけに生息する空飛ぶ巨大魚のことです」
雑な説明をするカルバンさんに代わり、エステルさんが説明をしてくれるようだ。
「虹を食べて生きている生物でして、食べてからしばらくの間、全身が虹色に光り輝くんです。それを見た者には、幸運が訪れるという言い伝えがあります」
言い伝えは観光協会が作った作り話ですけどね、とエステルさんが付け足す。
人の夢を壊さないでもらいたい。
「俺は偶然1度だけ見たことがあるんだけどよ。あんまりにも綺麗で、しばらくその場を動けなくなっちまったぞ。文句なしに、この世で一番綺麗な光景だったな」
「そんなに綺麗なんですか……いいなぁ、俺も見てみたいです」
「俺も、もう一度見てみたいな……で、その虹鯉が1匹も見当たらないんだが、もしかしてあの積乱雲の中に閉じ込められてるのか?」
「おそらくは。天空島が積乱雲に閉じ込められてから、虹鯉は1匹も確認されておりませんので」
「ううむ……雲の中じゃ虹は食えないだろうし、もう全部餓死しちまってそうだな」
カルバンさんが残念そうにため息をつく。
「いえ、それはないかと」
「ん? 何で分かるんだ?」
「あれほどの巨大魚、もし死んでいれば、落下した死体が地上で発見されるはずです」
「ああ、そうか。確かにそうだな。落ちたら、さすがに見つかるよな」
「はい。すべてが天空島に落ちていれば話は別ですが、数千匹は生息していたはずなので、1匹くらいは地上に落ちてもおかしくありません。きっと、積乱雲の中で生きているかと」
「生きていないと困ります……虹鯉がいなくなってしまったら、観光客が減ってしまいます……」
酷く沈鬱な表情で、ベラドンナさんが言う。
本当にそれほどまでに綺麗なら、リピーターも多いことだろう。
ベラドンナさんの健康的な食生活を取り戻すためにも、この積乱雲を何とかしなければ。
「ですね……さて、原因を探るには、あの積乱雲を抜けて天空島に渡らないといけないわけだけど、どうしようか……」
「グランドホーク便を使う、というのはどうでしょうか?」
はい、とノルンちゃんが手を上げる。
「雲を突き抜けて、天空島まで強行突入なのですよ!」
「でも、雷すごいよ? きっと危ないと思う」
チキちゃんが心配そうに言う。
確かに、あんなピカピカしている中を飛んでいくなんて、危なくて仕方がないようにも思える。
グランドホークが雷に打たれてしまいそうだ。
「なら、私だけ天空島の真上に運んでもらって、そこから飛び降りるのですよ」
とんでもない提案をするノルンちゃん。
飛び降りるって、いったい何メートル上空からダイブするつもりなのだろうか。
「そ、そんなことして大丈夫なの? いくらノルンちゃんでも、さすがにただじゃ済まないんじゃない?」
「私は不死身ですので、たとえ地面に叩きつけられようが、全身黒コゲになろうが時間が経てば復活できます。大丈夫です!」
「いくらなんでもそれは……それに、ノルンちゃん1人だと復活するのにかなり時間がかかるんじゃない?」
「それは確かに……完全に炭化してしまうと、コウジさんや木々がない場所では、たぶん2、3日は動けなくなると思います」
「でしょ? もし島の表面も雷だらけだったら、延々と雷に打たれ続けて炭化しながらビクンビクンすることになるよ」
「そ、そうですね……やはりやめておきます……」
「ねえねえ、私を雇うっていうのはどうかな?」
どうしようと悩んでいると、ネイリーさんが声をかけてきた。
「雇うって、ネイリーさんならどうにかできるんですか?」
「うん。ノルンさんの蔓で籠か何かを作ってもらって、それに反射魔法をかければ雷はたぶん大丈夫だよ」
「えっ、そんなこともできるんですか!」
「天才だからね! 任せてよ!」
ふふん、とネイリーさんが胸を張る。
「なら、グランドホークに島まで運んでもらうってことですね?」
「あ、それは無理。生身だと、反射魔法をかけても雷の電撃は完全に反射はできないと思う。グランドホークが持たないよ」
「え、じゃあどうする……って、まさか」
「そそ。さっきノルンさんが言ったように、天空島の真上にグランドホークで運んでもらって、そこから籠を落としてもらう感じかな。籠でワンクッションおけば、雷はきっと大丈夫だから」
「マジですか……ううむ」
何とも恐ろしい提案だが、現実的でもある。
籠で投下するなら俺もノルンちゃんと一緒にいられるので、ノルンちゃんは神力が使い放題だ。
反射魔法を貫通した分のダメージは、俺の奇跡の光でいくらかは緩和できるだろう。
ちらりとベラドンナさんを見ると、両手を組んで祈るようにして俺を見ていた。
「……仕方がない。それでいきますか」
「おっ、決まりかな?」
「はい、お願いします。天空島に行く間、ネイリーさんを雇わせてもらいますね」
「まいどあり! 代金は大金貨4枚、後払いで大丈夫だよ!」
思わぬ高額に、俺を含めた全員がぎょっとなった。
「だ、大金貨4枚ですか!? 高くないですか!?」
「命がけだもん。それくらいは貰わないと」
「う……た、確かにそうですけど……」
「それに、雇ってもらうからには、どんなことがあってもコウジ君たちのことは私が護るよ。最悪、私が死んじゃっても皆は助かるように何とかするから」
「……分かりました。よろしくお願いします」
「お、おい、コウジ、マジであの中に飛び込むのか?」
カルバンさんが焦り顔で言う。
正直、俺だってあんなピカピカゴロゴロしている中になど飛び込みたくないが、行かなければバグ取りは不可能だろう。
死んでも転生はできるはずだし、ここは腹をくくるしかない。
「はい。ちょっと3人で行ってきます。カルバンさんとチキちゃんは、宿屋で――」
「私も行く。置いて行っちゃやだ」
チキちゃんが、俺の腕に自分の腕を絡める。
「え、でも……いや、それもそうか。一緒に行こう」
「うん」
危ないし、心配だから待っていてもらいたいとも思ったが、俺がチキちゃんの立場だったら同じように言うだろうとすぐに考えを改めた。
たとえどんなことがあろうとも、好きな人とは一緒にいたい。
危ないだとか安全だとか、そんなことは関係ないのだ。
生きるも死ぬも、一緒がいいに決まっている。
「……俺も行くぞ。危なそうだから自分だけ安全なところにいるなんて、そんなの仲間じゃないからな」
意を決したように言うカルバンさん。
見た目通り、男気のある人だ。
こんな男に、俺もなれるように頑張らねば。
「よし。じゃあ、皆で一緒に行きますか!」
「死なばもろとも、というやつですね!」
「微妙に今の状況とも違うし、縁起でもないからやめて」
「す、すみません」
謝るノルンちゃんを尻目に、ベラドンナさんに顔を向ける。
「ベラドンナさん、そういうわけで、グランドホークを1匹用意してもらいたいのですが」
「は、はい! すぐに手配してきますので、ちょっと待っててくださいね!」
ばさっと翼を広げ、ベラドンナさんが勢いよく空へと舞い上がる。
あっという間に小さくなっていくベラドンナさんの姿を見送り、皆を見た。
「なんか、今すぐ出発するみたいな話になってない?」
「まあ、いいんじゃない? 善は急げってね!」
いつものように、明るく言い放つネイリーさん。
そうですね、と、ノルンちゃんがメキメキと両腕を蔓に変異させて、にょきにょきと伸ばし始める。
「それじゃあ、今のうちにカゴを作っちゃいますね! 頑丈なのを作らないと!」
「うん、お願い。外壁に中の人が触れないように、工夫してもらえるかな?」
「分かりました!」
「コウジ、向こうで食べれるように、何か食べ物買いに行こう?」
「うん、そのほうがいいね」
「すみません……ベラちゃん、あわてんぼうで……」
俺たちの横で、エステルさんが申し訳なさそうに小さくなっていた。
「お、来たみたいだぞ」
準備を整えて積乱雲を眺めながら待っていると、背後の街並みを見ていたカルバンさんが声を上げた。
皆で振り返ると、街の方から何やら巨大な生き物が羽ばたいてくるのが見えた。
「あれがグランドホークですか」
「おっきいね」
あれよあれよという間にその生き物は俺たちの頭上まで飛んでくると、ばっさばっさと翼の音を響かせて俺たちの目の前に降り立った。
全長5メートルはあろうかという、鷲の頭を持った巨大な四つ足の怪物だ。
グルル、と低い声唸っているその姿は、怖いというよりも勇壮に見えた。
背中に乗っていたベラドンナさんが、俺たちに笑顔を向ける。
「お待たせしました! 何とか1匹、調達できました」
「お疲れ様です。それじゃ、行きましょうか」
ぞろぞろと、皆でノルンちゃんが作ったシェルターに乗り込む。
シェルターは外郭を強靭な茶色い木の根で覆った円形のもので、中央に蔓の長イスが備えられている。
外郭から伸びた木の根でイスはしっかりと固定されていて、座るとシートベルトの要領で蔓が延びて俺たちの体を固定した。
「エステル、あなたも皆さんと一緒に行って」
シェルターに乗り込んだ俺たちを見ていたエステルさんに、ベラドンナさんが声をかける。
エステルさんは仰天した様子で、ベラドンナさんを見た。
「えっ!? な、何で私が!?」
「だって、天空島を案内する人員が必要じゃない。あなたじゃ、グランドホークを操れないでしょ?」
「そ、それはそうだけど……」
心底嫌そうに、エステルさんが積乱雲に目を向ける。
ピカピカゴロゴロと、積乱雲からは稲妻の音が響いている。
「コウジさんたちにここまでしてもらって、私たちが何もしないわけにはいかないわ。エステル、お願い」
「うう……どうして私が……」
「エステルさん、お願いします。俺たち、島の内部はさっぱり分からないんで」
「……はい」
エステルさんは半泣きになりながら、肩を落としてシェルターに乗り込む。
入口の根が、メキメキと音を立てて閉じた。
シェルターは密閉されているわけではなく、網目状になっていて外は丸見えだ。
これはネイリーさんの希望で、外の様子が見えたほうが対処がしやすいということでこうなった。
「ノルンちゃん、準備はいいかな?」
「ばっちりです。ベラドンナさん、お願いするのですよ」
「はい!」
ベラドンナさんが、グランドホークの頭を撫でる。
ギュイィ、とグランドホークは一声鳴き、翼を羽ばたかせて身体を浮き上がらせた。
シェルターの上部を前足の鉤爪で掴み、力強く空へと舞い上がった。




