43話:天才魔術師再び
街に入った俺たちは、さっそく買取業者のお店へと向かった。
店は工房が付属した大きな貴金属店で、入口にいたムキムキのガードマンさん(竜人族)に話すと馬車ごと工房の方へと案内された。
「はい、いらっしゃい。宝石と鉱石の買い取りですね?」
前掛け姿のドワーフのおじさんが、ニコニコしながら出迎えてくれた。
片目に拡大鏡のようなものを付けており、今まさに何かの作業中だったようだ。
ドワーフの里で会ったロコモコさんたちとは違い、実に愛想がよく口調も丁寧だ。
「はい、お願いします。馬車に乗っている鉱石と宝石を全部売りたいです」
「許可証を拝見させていただきますね」
ドワーフさんに許可証を見せ、馬車の積み荷を降ろす。
量が量なので、俺たちも一緒に手伝う。
「エメラルド鉱石、サファイア鉱石、ルビーの粒とオパールの原石……ん? これは……」
ストーンドラゴンの残骸を手にして、ドワーフさんが首を傾げる。
「それはストーンドラゴンの残骸です。この間退治して、手に入れたんですよ」
「ストーンドラゴン? 確か、伝説上に存在する宝石とか鉱石を食べるドラゴンですよね?」
「ええ、そうです。西にあるドワーフの里に出没したんですよ」
その時のいきさつを説明し、買い取りをお願いする。
だが、ストーンドラゴンの残骸は加工方法がよく分からないとのことで、買い取りはできないと言われてしまった。
「すみません。ここでは基本的に、細工品に使う鉱石しか買い取りはしていないんです。イーギリでなら、こういう希少な鉱石は喜んで買ってもらえると思いますよ」
「そうなんですね。分かりました、ありがとうございます」
「では、他の宝石と鉱石を査定させていただきます。量が多いので、明日以降もう一度お越しいただければと」
「明日以降ですか。できれば、今現金が欲しいんですが……」
「それでしたら、こちらの溶けた銀貨と銅貨はすぐに買い取らせていただきます」
溶けた銀貨と銅貨の重さを分銅式の秤にかけ、重さを計測してもらう。
銀貨と銅貨は大き目のきんちゃく袋がいっぱいになるくらいあったので、買い取り額も期待できそうだ。
「この量でしたら、全部で大金貨4枚で買い取りできますが、いかがいたしますか?」
「それで大丈夫です。あと、できれば大銀貨と小金貨でいただけると」
「かしこまりました。少々お待ちを」
買い物で使いやすいようにと、細かくしてもらって大金貨4枚分のお金を受け取る。
元の銀貨から換算すると半額以下とのことだが、今の俺たちには十分な金額だ。
宝石と鉱石の代金も明日以降貰えるので、しばらく路銀には困らずに済むはずだ。
「コウジさん、やりましたね! 大金貨4枚分って、すごい金額ですよ!」
ノルンちゃんはうきうきした様子で、近場にある土産物屋に目を向けている。
「だね。お土産選んできたら? 宿で食べてもいいし、街を出てから食べてもいいしさ」
「ありがとうございます! チキさん、一緒に選ぶのですよ!」
「うん!」
手を取り、土産物屋に駆けていくノルンちゃんとチキちゃん。
俺とカルバンさんはドワーフさんに礼を言い、ストーンドラゴンの残骸を再び馬車に載せるのだった。
何軒か土産物屋を見て回り、皆でわいわい楽しんでいたらいつの間にか空がオレンジ色に染まっていた。
道に建つガス灯に、ランタンを手にした人が火を灯して回っている。
俺たちは慌てて土産物(天空こけももタルトと天空サブレ)を手に入れ、今日宿泊する予定の宿『虹の翼亭』へとやってきた。
モルタル造りのベージュ色の外壁と、他の建物と同じオレンジ色の屋根を持つ大きな建物だ。
見上げると、各部屋にはベランダが備わっていて、金属格子の隙間からは色とりどりの花が植えてあるのが見えた。
「綺麗な宿屋さんですね! これはお部屋も期待できるのですよ!」
「だね。でも、部屋空いてるかな……先に予約だけ済ませておけばよかった」
「う、確かにそうなのです……お部屋が残っていますように!」
鳥の翼が刻印されたお洒落なドアノブを捻り、ノルンちゃんを先頭にして宿の中に入る。
入ると同時に、4人とも「おお」と声を漏らしてしまった。
一面に敷かれた、見るからに上質なダークグレーの絨毯。
落ち着いた色合いに統一されたソファーやテーブル。
壁に掛けられたガス灯と、それに照らされる振り子時計や高級そうな壺や絵画などの調度品。
一目で高級宿と分かる内装だ。
「コ、コウジさん、なんだかすごく高そうなお宿ですよ」
ノルンちゃんが小さな声で、こそっと耳打ちする。
「そ、そうだね。まあ、お金は入る予定だし、大丈夫でしょ」
正面奥にある受付へと向かう。
びしっとしたスーツ姿の翼人のおじさんが、深々と頭を下げて出迎えた。
「ようこそおいでくださいました。お泊りですか?」
「はい。とりあえず1泊、4人と馬2頭と馬車1台お願いします」
「かしこまりました。2階にお部屋をご用意いたします。部屋数はいかがなさいますか?」
「2部屋でお願いします。男と女で、2名ずつで」
俺が言うと、チキちゃんが俺の服の袖を引っ張った。
「私、コウジと一緒の部屋がいい」
「えっ? いや、そういうわけにも。男女別のほうが気が休まると思うし、2部屋にしたほうがいいよ」
「そういうことじゃなくて、私とコウジで同じ部屋にして」
「どういうこと!?」
「あっ、コウジ君!」
俺とチキちゃんがそんなやり取りをしていると、背後から声をかけられた。
振り返ると、やあ、と手を振るネイリーさんがそこにいた。
水晶の付いた杖を片手にとんがり帽子。
以前と同じ、ザ・魔法使い、な服装だ。
もふもふな尻尾が、ぱたぱたと左右に揺れている。
「ネイリーさん! おひさしぶりです!」
「久しぶり! コウジ君たちもここに泊まるんだ?」
「はい。今部屋を取ってるところで――」
「申し訳ございません、お客様。ただいま、こちらのお客様で満室となってしまいまして……」
俺たちが話していると、おじさんが申し訳なさそうに口を挟んできた。
どうやら、最後の2部屋だったようだ。
「えっ、そんなぁ!? ここのローストビーフが絶品だって教えてもらったから来たのに……」
しゅんとした顔になるネイリーさん。
尻尾も、へにゃっと垂れてしまった。
ローストビーフ目当てということは、ネイリーさんもあの検査官の人に賄賂を掴ませたのだろうか。
「うーん……」
これは、と思い、ノルンちゃんに目を向ける。
ノルンちゃんはそれで察してくれたようで、にこっと微笑んで頷いた。
「ネイリーさん、私たちと相部屋というのはいかがですか?」
「えっ、いいの?」
ノルンちゃんの誘いに、ネイリーさんが瞳を輝かせる。
「はい! 女同士、3人で夜通し語り合うのですよ!」
「ありがと! おじさん、そういうことだから、私も入れて3人部屋ね!」
ネイリーさんが言うと、おじさんはすぐに頷いた。
「かしこまりました。エキストラベッドをご用意いたしますので、お子様はそちらをご利用ください」
「……お子様?」
チキちゃんがきょろきょろと皆を見渡す。
すぐに自分のことを言われていることに気づき、ぷくっとほっぺを膨らませた。
怒っているらしい。
記憶は大人のエルフ数十人分あるとはいえ、見た目は15歳なのだから仕方がないと思うのだけど。
おじさんはチキちゃんの様子に気づき、慌てて頭を下げた。
「も、申し訳ございません。おひとり様は、エキストラベッドをお使いいただければと」
「チ、チキさん、私がエキストラベッドを使いますので」
「べつにいい」
そんなこんなで宿を取り、俺たちは部屋へと向かった。
ちなみに、料金は後払い制とのことだった。
宿代は、朝晩食事付きで1人当たり1泊小金貨2枚(2万円)。
商売許可証を見せて割引が適用になり、そこから1割引きの値段になった。
旅人の宿が朝晩ビュッフェ付きで1泊小銀貨3枚と大銅貨1枚(3500円)だったことを考えれば、とんでもない高級宿だ。
明日以降もここに泊まるためにも、しっかりとコーヒーを売って稼がなければ。