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42話:袖の下

「コウジさん、どうでしたか?」


「何かあったの?」


 検査官のお姉さんと別れて皆の下に戻ると、ノルンちゃんとチキちゃんが心配そうな顔で寄ってきた。

 カルバンさんは特に気にするでもなく、腰に手を当てて遠目に見える街並みを眺めている。


「いや、いろいろあってさ。先に通してもらえることになった」


「えっ、先にですか? どうしてです?」


 ノルンちゃんが小首を傾げる。

 そうだった。

 ノルンちゃんは不正が大嫌いな女神様だったのだ。

 俺が賄賂を払ったことを知ったら、幻滅するに違いない。


「あれだろ? ちょっと荷物が特殊だから、参考用ってことでいくらか渡したんだろ?」


 カルバンさんが俺に顔を向け、当然のように言う。


「そうなのですか?」


「う、うん、そうそう。初めて持ち込まれる物だから、サンプル品ってことでコーヒーをいくらか預かるってさ。ただ、食べ物だから返却はできないんだって。そのお詫びに、早く通してもらえることになった」


「そうだったのですか! たくさん馬車が待っているみたいですし、ちょっと得しましたね!」


 ほっとした様子で微笑むノルンちゃん。

 なんだか、罪悪感がものすごい。

 カルバンさんを見ると、ぱちっとウインクしてきた。

 どうやら、すべて承知している様子だ。

 だけど、ノルンちゃんの笑顔を見ていると、内心悶絶するほどの後悔が襲ってきた。


「コウジさん、どうかしましたか?」


 脂汗をかいている俺を見て、きょとんとした顔で小首を傾げるノルンちゃん。

 この場で白状するのはさすがにアレなので、後でこっそり謝ることにしよう。

 記憶を見られた時にばれるのは最悪だし、なにより俺自身が彼女に対する罪悪感に耐えられそうにない。


「いや、何でもないよ。はは……」


「そうですか? 何かあったら、何でも私におっしゃってくださいね!」


「うん……」


 そうしてしばらく待っていると、先ほどの検査官のお姉さんがやってきた。


「お待たせいたしました。お持ちになられた品物は、すべて問題ありません」


「よかった。これで街に入れるね」


 チキちゃんがほっとした様子で微笑む。


「こちらの専用帳簿に、品物名と販売金額を記入してください。数量はこちらで記入しましたので、一緒に品物を確認しながら記入をお願いいたします」


「分かりました」


 皆で馬車の後ろに移動し、品物をチェックしながら帳簿に記入する。

 コーヒー以外にもソースやマヨネーズといった品物もあったのだが、そちらは中身のチェックもなく帳簿に書き込むことができた。

 荷物はすべて種類ごとにチェックされており、着替えやキャンプ用品も例外ではなかった。

 こちらの世界には存在しない物がありそうなものだが、賄賂のおかげか完全にスルーされた。

 大量の鉱石や宝石までスルーされたのには、さすがに驚いたが。


「お疲れ様でした。こちら、販売許可証となりますので、街の中の役場で申請を行ってください。販売のしかたや、販売できる場所についても聞いておいてくださいね」


 あれこれと、街での商売の仕方を教えてくれるお姉さん。

 販売許可証を持っていると割引になる宿もあるといったことや、人通りが多くなる時間帯と場所、店舗の一区画を貸してくれるお店の場所など、たくさん教えてもらった。

 賄賂パワー、恐るべしだ。


「マジか。販売許可証で割引が利く宿があるなんて初耳だぞ」


 カルバンさんが愕然とした顔で言う。

 彼もここで商売をした経験がある様子だが、その時は教えてもらえなかったのだろう。


「役場で聞けば教えてもらえますよ」


「そうなのか。でも、役場でいろいろ聞けるとか、そういったことすら俺が来た時は教えてもらえなかったんだが」


「それは、私みたいな親切な検査官に当たらなかったからですね」


 すまし顔で言うお姉さん。

 カルバンさんは「そうかい」と苦笑している。

 賄賂が足りなかったということを理解したのだろう。


「んじゃ、その親切な検査官さんに一番お勧めな宿を教えてもらおうかな」


「お勧めは、中央区画にある『虹の翼亭』という宿です。少し値は張りますが、別注料理のローストビーフがとても美味しいんです。許可証で割引も利きますので、そこをご利用なされてはいかがでしょうか」


「コウジさん、聞きましたか!? 美味しいローストビーフですよ!?」


 ノルンちゃんが瞳を輝かせて俺を見る。

 少し値が張るというのは気になるが、宝石を売れば大丈夫だろう。


「そしたら、そこに泊まってみようか。宝石と鉱石を先に売りに行ってお金を作らないと」


「鉱石などの買い取り業者は、街に入ってすぐのところにあります。地図に印を付けますね」


 お姉さんが赤鉛筆を胸ポケットから取り、地図に丸印を付けてくれた。

 そういえば、この世界に来て鉛筆を見たのは初めてだ。

 旅人の宿では、確か受付の人は羽ペンを使っていたな。

 イーギリあたりに、鉛筆工場があるのかもしれない。


「それでは、行ってらっしゃいませ。皆さまにとって、この街でのひとときが素晴らしいものになりますように」


 ふかぶかと頭を下げるお姉さんに見送られ、馬車を連れて入場ゲートをくぐる。

 遠目に見える街へと向けて、俺たちは街道を進みだした。




「はぁ……本当に綺麗な街並みですねぇ……」


 街道の先に見える街を眺め、ノルンちゃんがため息交じりにつぶやく。

 彼女の言うとおり、まるで絵葉書のような美しい景色だ。


「本当、どこ見ても綺麗だよね。こんなところに住めたらいいなぁ」


 街道の周囲は草原になっていて、遠目に見える森にまで一面に広がっている。

 森の木々はしっかりと枝打ちがされていて、どれ一つ曲がって伸びているようなものはない。

 その先に見える山の中腹から上には雪が積もり、真っ青な青空と見事なコントラストをなしていた。


「コウジさん、旅が終わったらこの街に住みますか?」


 にこっとノルンちゃんが俺に微笑む。


「悩ましいところだよね……人魚さんたちのいるルールンの港町も楽しそうだし、次に行く蒸気都市も楽しみだし」


「コウジさんのお好きな場所で転生して差し上げますので、旅をしながら見繕っておいてくださいね! どこを選んでも、何不自由しない最高の人生をご用意いたしますので!」


「うお。コウジ、女神さんとそんな約束してたのか」


 カルバンさんがぎょっとした顔で俺を見る。


「ええ。何でも、前世までの俺がすごく善行を積んでたらしくて」


「ノルン様、私も一緒にしてね」


 くいっと、チキちゃんがノルンちゃんの袖を引っ張る。


「はい、きちんと研修を受けていただければ大丈夫なのです。私が責任を持って手配しますので、安心してくださいね」


「うん、ありがとう」


「な、なあ、俺もそれに混ぜてもらうってのは――」


 カルバンさんが言いかけると、ノルンちゃんはそれまでの微笑みを消して彼を見た。


「いえ、チキさんは特別なのです。私の不手際のせいで発生したバグのせいで、とんでもなく不幸な目に遭っていたので。これは、私からのお詫びでもあるのです」


「そ、そうか。変なこと言って悪かった」


 カルバンさんが謝ると、再びノルンちゃんがにぱっと微笑んだ。


「いえいえ、気にしないでくださいませ!」


 ノルンちゃんは時々スイッチが切り替わったように無表情になるのだが、正直冷たい雰囲気が感じられて少し苦手だ。

 あの眼差しが俺に向けられることはないといいんだけど。

 賄賂なんて渡すんじゃなかったと、内心頭を抱えてしまう。

 そうして雑談しながら数分歩き、俺たちは街の入口に到着した。

 

「また土産物屋だ」


「食べ物屋さんもたくさんありますよ。激戦区みたいですね」


 入場ゲート付近やリフトの下の街と同じように、たくさんの土産物屋が軒を連ねている。

『都市内限定! 天空こけももタルト』や『都市内限定! 天空こけももワイン』といった、商品ののぼりが立っている。

 限定と言われるとつい買いたくなってしまう、旅行者心理を突いた作戦だ。


「うう、お土産品も食べてみたいのです……」


 唇に指を当て、ノルンちゃんが物欲しそうにつぶやく。


「街なかにも土産物屋さんはあるだろうし、あとで覗いてみる?」


「はい! ぜひ!」


「ノルン様、食いしん坊だね」


「あっ、チキさんだって人のこと言えないのですよ! よだれが光っているのです!」


「えっ!?」


 チキちゃんが慌てて口元を拭う。


「えへへ、騙されましたね!」


「っ、もう!」


「きゃー!」


 チキちゃんに追いかけられて逃げていくノルンちゃん。

 こうして見ていると、普通の女の子にしか見えない。


「うう、賄賂のこと、あとで謝らないとなぁ」


「あ? 黙ってればいいじゃねえか。わざわざ言うことないだろ」


 何言ってんだ、といった顔でカルバンさんが俺を見る。


「いや、ノルンちゃんって人の記憶を読み取る力を持ってるんですよ。後でばれたら最悪じゃないですか」


「え!? そんな力が……あ! あの馬たちにやってたやつか!」


 社長と部長の一件を思い出し、カルバンさんが目を剥く。


「はい。なので、先に謝らないと……はあ、気が重い」


「確かにそれはまずいな……女神さん、ああ見えて怒ると怖そうだもんな」


 先ほどの眼差しを思い出したのか、カルバンさんが苦笑いする。


「まあ、今夜あたりにこっそり謝っとけよ。嬢ちゃんのほうは、俺が気を引いといてやるからさ」


「すみません……」


 はあ、と重いため息をつき、俺は追いかけっこをしているノルンちゃんたちを見やるのだった。

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