表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/150

4話:理想郷へ!

「ふひゅう……もう入らないのですよ……」


 両手と口の周りを生クリームまみれにして、大の字に寝転んだノルンちゃんが至福の表情で言う。

 彼女は焼きそばを2本とキャベツを1欠片食べた後、早々にショートケーキにかぶりついた。

 あまりの美味しさに感動したのか、「美味しいですね! 美味しいですね!」と涙を流しながらケーキを頬張る姿が印象的だった。


「おー、結構食べたねぇ。明らかに腹部の体積より多く入ってるんじゃないかそれ」


「お腹がはち切れる寸前まで食べたですよ……しばらく動けないのです……」


 ケーキは先端部分が弧を描いて削られており、8分の1ほどは減っているだろうか。

 よくそんなに入ったな、と感心してしまった。


「そっかそっか。じゃあ、作業はまた明日にしよう。今日はもう風呂に入って寝ようかね」


 俺が言うと、ノルンちゃんは慌てた様子で起き上がった。


「あ! いえいえ、大丈夫です! 動けるのですよ!」


「いや、無理しなくていいよ。明日は日曜日で仕事も休みだし、のんびりやればいいからさ」


「いえいえ、大丈夫です! コウジさん、私を理想郷の前まで運んでくださいまし!」


 そこまで言うなら仕方がないと、俺は彼女を手に乗せて、ドーム状の物体の前まで運んだ。

 相変わらず、その中にはファンタジーな世界が広がっている。


「ではでは、始めますね! コウジさん、靴をこちらに持ってきて、そこに座って見ていてください!」


「靴? 何に使うの?」


「まあまあ、ここは黙って従うですよ!」


「りょーかい」


 言われたとおり、玄関から靴を持ってきて傍らに置き、その場に腰を下ろしてあぐらをかく。

 何をするのかとみていると、ノルンちゃんはくるくると踊りながら、歌のようなものを口ずさみ始めた。


「やあやあ、友よ、何処へ行く。歩みの先に、何がある?」


「やあやあ、友よ、こっちにおいで。みんな集めて、一緒くた」


「ここが私の、理想郷。奇跡のために、みんなでうたおう」


「世界の夢は、いつまでも。永久の願いを、あなたとともに!」


 歌が終わると同時に、ドームがぼんやりと発光し始めた。

 ドームの中は時間が加速しているのか、雲がすさまじい速さで動き始め、季節が目まぐるしく変わっていく。

 やがて目で追うことすらできないほどの物凄いスピードにまで加速し、何が起こっているのかまったく見えなくなった。


「魔法はほどほど、機械は限定、神話風味でお魚たくさん! あっ、あんまり言わないほうが良いんでした! うっかり言っちゃってごめんなさいです!」


 ノルンちゃんがくるくると踊りながら、そんなことをのたまう。


「ちょ、ちょ、ちょっと! 何がどうなってんのこれ!? どうなるの!?」


「こうなります! よいっしょー!」


 彼女がそう言って両手を上に伸ばすと、ドームが激しく発光した。

 その光で部屋が満たされ、あまりのまぶしさに目を閉じる。


「――コウジさん、コウジさん、目を開けてくださいませ!」


 その声に、ゆっくりと目を開く。


「……え」


 飛び込んできた光景に、俺は目を見開いた。

 石造りの、古代建築を思わせるような2階建ての家々。

 その先に覗く、広大な青い海。

 抜けるような美しい青空。

 頬を撫でる、柔らかな優しい風。

 ひゅいひゅいと遠くから聞こえてくる、海鳥の鳴き声。

 いつの間にやら俺は、おしゃれな海辺の街にいた。

 道の真ん中で、あぐらをかいている状態だ。


「どうです? すごいでしょう?」


 その声に、上を見上げる。

 長い緑髪の女の子が、背後から覗き込むようにして俺を見下ろしていた。


「え、もしかして、ノルンちゃん?」


「はい、ノルンちゃんなのです」


 人間サイズのノルンちゃんが、にっこりと俺に微笑む。


「ど、どうして大きくなってるの? ていうか、ここはどこ?」


「こっちの世界では、私も人と同じ大きさになれるのですよ。そして、ここはコウジさんのための理想郷なのです!」


 彼女がドヤ顔で、その豊かな胸を張る。

 俺は唖然としながらも、もう一度周囲へと目を向けた。

 とても美しい街並みだが、辺りに人はいないようだ。

 そうしていると、ノルンちゃんは俺の手を握った。

 ぐいっと引っ張られ、立ち上がる。


「さあ! コウジさん、行きましょう!」


 元気よく走り出した彼女に手を引かれ、俺も走り出す。


「え、行くってどこへ!?」


「世界を見て回るのです! 初回はあまり時間がないので、さわり程度ですけどね!」




「すみませーん、誰かいませんかー?」


「どなたかいらっしゃいませんかー!?」


 街の大通りを並んで歩きながら、人を求めて大声で呼びかける。

 だが、響くのは俺たち2人の声ばかり。

 やれやれと俺は足を止めると、近くにあった池の横に腰を下ろした。

 

「誰もいないねぇ。無人の街なんじゃない?」


 ぱしゃぱしゃと池の水に手を入れながら、中を覗く。

 水は美しく透き通っており、深さは数十メートルはありそうだ。

 中には水没した建物らしき影が見え、悠々と泳ぐ魚群が見て取れた。

 

「い、いえ、そんなことは……おかしいですね、ここは賑やかな港町のはずなんですが……」


 ノルンちゃんは困惑した様子で、きょろきょろと辺りを見渡している。


「もしかして、出てくる場所を間違えたとか?」


「いえいえ! 私に限ってそんな凡ミス、絶対にしないのですよ!」


「でも、人っ子一人いないじゃん。誰か住んでたような形跡はあったけどさ」


 民家や商店のような場所にも入ってみたのだが、人間どころか動物すらおらず、どこももぬけの殻だった。

 何件かの民家には、腐ってカビの生えた魚料理が放置されていた。

 これではまるで、ゴーストタウンだ。


「う、うーん。おかしいですね……ここにはたくさんのにん――」


 彼女がそう言いかけた時。

 あれだけ照っていた日差しが、突如として遮られた。

 2人同時に、空を見上げる。


「うお、なんだありゃ」


「……えっ」


 とんでもなく巨大なクジラが、空に浮かんでいた。

 ざっとみて、全長400~500メートルはあるだろうか。

 胸ビレと尾ビレをゆっくりと動かしながら、悠々と空を泳いでいる。


「えっ? えっ? 私、あんなもの作った覚えないですよ!?」


「おー、すっげえ……なんて幻想的な光景なんだ!」


 その力強くも美しいフォルムに圧倒され、俺は感嘆の声を漏らした。

 今まで生きてきた中で、今が一番感動しているといっても過言ではない。


「すごい! すごいよノルンちゃん! こんなの見せてくれるなんて、ノルンちゃんマジ女神だよ!」


「い、いえ! 私は本当にあんなの作ってないのですよ!」


「またまた、あれだろ? ワクワクとドキドキのための秘密ってやつでしょ? もう目の前にあるんだし、そんな嘘つかなくてもいいって」


「で、ですから――」


『グオオオオンッ!』


「ひゃあっ!?」


「うおっ!?」


 その時、突如として、空飛ぶ巨大クジラが吠えた。

 びりびりと大気を震わせるほどの、重低音のすさまじい大音量だ。

 数秒ほどその声は響き続け、やがてぴたりと止んだ。

 俺たちは思わず、互いに顔を見合わせる。


「す、すごい声だっ……おおおおっ!?」


「きゃあああ!? コウジさんっ!?」


 突如として猛烈な風が吹き荒れ、俺の身体がふわっと浮き上がった。

 ノルンちゃんが慌てて、俺の腕を掴む。

 彼女の足がコンマ数秒で植物の根に変異して、石の舗装を突き破って地中にそれを張り巡らせた。


「うおおお!? ノルンちゃんすごいな!? その足どうなってんの!?」


「んぎぎぎ! あ、汗で手が滑っ!?」


 すぽん、と手が外れ、俺の身体は空へと吸い上げられた。

 俺の名を叫ぶノルンちゃんが、ものの数秒で米粒大の大きさになる。

 あれよあれよという間に俺は上空数百メートルへと到達し、目の前には巨大クジラの顔。

 ぐわっと、クジラの口が大きく開く。


「え、マジで?」


 言い終わると同時に、ばくん、と俺はクジラに食べられてしまった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ