39話:野鳥のから揚げ
ノルンちゃんと並んで御者台に座り、蹄の音を聞きながら荷馬車に揺られる。
新しい仲間となった2頭の馬はとても逞しく、俺たちや荷物の重みをものともせずに軽々と引いている。
手綱を操るのはノルンちゃんだ。
先ほど馬の記憶を覗いたときに、操り方も学んだらしい。
「この馬たちは大丈夫そうだね。力も強いし、全然バテないしさ」
「はい! さすがはソフィア様が用意してくださった馬たちなのです!」
あれからノルンちゃんはご機嫌な様子で、ずっとニコニコしている。
ソフィア様から『頑張って!』と応援されたことが、とても嬉しかったようだ。
ソフィア様は他の神様とは別格の存在とのことで、理想郷や暗黒郷に直接干渉することができるらしい。
バグ取りもやろうと思えば一瞬で完了できそうなものだが、そこまで手を出すつもりはないようだ。
俺としてもこの旅はとても楽しいので、特に文句はない。
「うん。これなら、この先の旅も楽になりそうだ」
「荷物がたくさんあっても大丈夫ですね!」
「コウジ、馬たちの名前を決めようよ」
俺たちが話していると、荷台からチキちゃんが声をかけてきた。
荷馬車は幌付きだが、御者台と直接行き来ができるような構造になっている。
「あ、そうだね。どんなのがいいかな?」
「暗黒郷行きになった2人を偲んで、社長と部長ではどうですか?」
「ノルンちゃん、冗談でもそういうのはやめて」
「す、すみません」
「チキちゃんは、どんなのがいいと思う?」
「シロとクロはどう? 呼びやすいし、分かりやすいから」
実にシンプルな呼び名だが、チキちゃんの言うとおり分かりやすくていい。
それに、あれこれ考えて凝った名前にするよりも、こういった分かりやすいもののほうが俺は好きだ。
「よし、じゃあ今日からお前たちはシロとクロだ。よろしくな」
「シロさん、クロさん、よろしくなのですよ!」
ノルンちゃんが鞭替わりの蔓で、馬たちの頭をよしよしと撫でる。
馬たちは特に返事をするでもなく、ぱからぱからと力強く歩き続けている。
「そういえば、馬たちのご飯はどうしようか。その辺の草でも平気なのかな?」
「はい、一応は大丈夫です。でも、栄養をたくさんとれるよう、果物やお野菜もあげたいところですね」
「果物に野菜か。ノルンちゃんの得意分野だね」
俺が言うと、ノルンちゃんはにっこり微笑んだ。
「はい、お任せください。馬車の中で、ニンジンやキャベツなどを毎日育てるようにするですよ」
「そしたら、プランターが必要だよね。その辺の木で作れるかな?」
「蔓を編めばカゴができるので、それを代わりにするですよ。途中で森に寄り道するのです」
「コウジ、今日は早めに野営にしようや。雲の具合からして、夕方前には雨になりそうだ」
俺たちが話していると、チキちゃんの隣からカルバンさんが顔をのぞかせた。
「えっ、そんなこと分かるんですか?」
「おう。あそこに帯状の灰色の雲があるだろ。あれが見えると、ほぼ間違いなく雨になるんだ」
「へえ、初めて知りましたよ」
「カルバン、すごいね。物知りだね」
感心している俺とチキちゃんに、カルバンさんがにっと笑う。
「これでも一応、行商人だからな。これができないと、下手すりゃ山の中でずぶ濡れになって凍え死ぬことだってあるんだぞ」
「へえ、そうなんですか。でも、もし山の中で雨に降られたらどうするんですか?」
「まあ、大急ぎで雨宿りできる場所を探すしかないな。んで、いい場所を見つけたら“これ”をやりながら止むまで待つんだ」
カルバンさんがグラスをあおる仕草をする。
「酒ですか。確かに、温まりますね」
「ああ。だから行商人は皆、必ず強い酒を持ち歩いてるんだ。ま、俺の場合はただの趣味だけどな。今夜あたり、飲んでみるか?」
「いいですねぇ。いただきます」
「2日続けて酒盛りですね! これは、カゾに着くまで毎晩宴会なのですよ!」
ノルンちゃんがうきうきした様子で万歳する。
「ノルンちゃん、チューハイは持ってきてないから、カルバンさんのお酒がなくなったらそれで終わりだよ」
「あ、そうなのでした……残念です」
「まあ、カゾに付いたらコーヒーとか鉱石を換金して、お酒とおつまみをどっさり買おう」
俺が言うと、ノルンちゃんはぱっと顔を輝かせた。
ほんと、お酒が大好きなんだな。
「そうですね! 山盛り買うのですよ!」
「ノルン様、飲みすぎないように気を付けてね」
「心配ご無用なのです。私はアルコール成分を自在に中和できますので!」
天空都市カゾまでは、徒歩では10日かかる距離らしい。
荷馬車で行けばかなり短縮できるだろうが、長旅になることは間違いない。
とはいえ、このメンツでの旅ならば、退屈せずに楽しく過ごすことができそうだ。
それから3日後の夜。
森の間の街道脇で、俺たちは焚火を囲んでいた。
火にかけている鍋からは、じゅわじゅわと油のはねる小気味いい音が響いてくる。
昼間、ノルンちゃんが蔓の網で野鳥を捕まえてくれたので、唐揚げにしているのだ。
心臓やレバーも串に刺されて、焚火の周りに突き刺されている。
今夜は野鳥のフルコースだ。
「チキさん、まだですか!?」
「まだ。もう少しだから」
「ううう、早く食べたいのです!」
「揚げ物はカリカリになるまで揚げるのがいいの。焦っちゃダメ」
ノルンちゃんは待ちきれないといった顔で、割り箸を握りしめて折り畳みチェアにちょこんと座っている。
すでに鍋で米も炊けており、唐揚げ待ちの状態だ。
近くでは、シロとクロが器に入れられた人参とキャベツをもりもり食べている。
すべて、ノルンちゃんが荷馬車の中で栽培してくれたものだ。
土に植えられた種が目の前で発芽し、ゆっくりと延びていく様は本当に驚いた。
場所さえあれば、リンゴの木やブドウの木ですら種を生み出して育てることができるらしい。
生み出すことができないのは、菌類であるキノコくらいとのことだ。
「おい、コウジ。もう酒が尽きそうだ。宴会は今夜までだな」
ちゃぷんと銅の徳利を揺らして、カルバンさんが言う。
この2日、皆で大事に飲んできたのだが、それも終わりのようだ。
「そしたら、カゾに着くまで宴会はお預けですね」
「だな。まあ、コーヒーとかココアもあるし、これからはそれで過ごそうや」
「ノルン様、できたよ」
「やったー!」
チキちゃんが割り箸で、鍋から唐揚げを取り出す。
こんな大自然の中で揚げたての唐揚げが食べられるなんて、かなり贅沢な気分だ。
そこそこの大きさの鳥を5羽も捕まえたので、明日の朝食と昼食も賄うことができそうだ。
「火傷しないように気を付けて。すごく熱いよ」
「分かりました! ふーっ、ふーっ」
何度も息を吹きかけて冷まし、がぶりと唐揚げにかぶりつく。
カリッといういい音が響き、ノルンちゃんの表情が至福のものとなった。
「はい、コウジ。カルバンも」
チキちゃんが唐揚げを紙皿に載せ、割り箸と一緒に差し出してくれた。
「ありがと。チキちゃんも食べなよ。俺も手伝うからさ」
「揚げながら食べるから大丈夫。気にしないで」
「ん、そっか。じゃあ、お言葉に甘えて」
「ほれ、酒だ。大事に飲めよ」
「おっ、ありがとうございます」
「カルバンさん、私にもくださいませ!」
皆で最後のお酒(かなり強い果実酒)をちびりちびりと飲みながら、唐揚げを頬張り、串焼きを堪能する。
焚火を囲んで飲み食いしているだけなのに、どうしてこうも満たされた気分になるのだろう。
しばらく皆で話しながら食事を続けていると、ふと気になったことがあったのでカルバンさんに聞いてみることにした。
「そういえば、天空都市カゾって空に浮かんだ島にあるんですよね?」
「おう、そうだぞ」
「どうやって島まで上がるんです? グランドホークに運んでもらうんですか?」
「いや、ものすごく長い鎖に吊るされたカゴがあって、それに乗って上り下りするんだ」
「カゴですか……鎖が途中で切れたりしないんですかね? すごい重量になりそうですけど」
空に浮かぶ島がどれくらいの高さにあるのかは知らないが、10メートルや20メートルといった高さではないだろう。
そんな場所に人を乗せて上り下りできるほどの鎖となると、鎖の自重だけでもかなりあるはずだ。
「切れたって話は聞いたことないな……確かに、考えてみれば不思議だよな」
「普通の鎖じゃ簡単に切れちゃいそうですもんね。あれですかね、魔法の鎖なんですかね?」
「かもしれないな。向こうに着いたら、料金を払う時に係の人に聞いてみるか」
「あ、有料なんですか」
「おう。1人につき、片道大銀貨1枚(5000円)だ。そのほか、荷物の量で追加料金がかかる」
「1人大銀貨1枚ですか。結構しますね」
「そうだな。あそこは何をするにしても金がかかるのがなぁ。あれさえなけりゃ、最高の場所なんだが」
行った時のことを思い出したのか、カルバンさんが少し渋い顔になる。
「何をするにも、ですか。例えばどんなのがあるんです?」
「んー、そうだな。島に上がった後に街に入るための入島税とか、あちこちの道を通る時には通行税、商売する時にかかる関税とかだ。町の中で売ってる食べ物も、やたらと高いぞ」
「うへ、ずいぶんといろいろお金がかかるんですね……」
「そう思うよな。何でも、食料の輸送費と街の整備費にやたらと金がかかってるらしいんだ。そのための税金なんだとよ」
「なるほど……街に入るのに、お金は足りそうですか?」
「それは大丈夫だ。でもまあ、かなり手持ちも寂しくなるから、街に入ったらしっかり商売して稼がないとな」
「コウジさん、食べ物が高騰しているなら、リンゴの木でも作って毎日収穫すれば、結構稼げるかもしれませんよ」
俺たちが話していると、唐揚げを頬張りながら聞いていたノルンちゃんが話に入ってきた。
「どこか適当な場所を借りて、コーヒーの出店を開きながら果物の木を育てるのです。きっと評判になります」
「お、いいねぇ。土地を借りるのもいい案だけど、鉢植えとかでブドウの木を育てるのもいいんじゃない?」
「そうですね、小さい木なら育てられますから、実が付いたブドウを鉢ごと売るのもありですね」
「私もお水出して手伝うよ」
ノルンちゃんは神力さえあれば植物を無制限に栽培できるし、水はチキちゃんがいくらでも出すことができる。
俺の傍にいてゆっくりと神力を回復する手法ならば、俺の魂はほとんど削られることはないらしい。
チキちゃんは水を出し続けると精神力を消耗するが、俺の奇跡の光を浴びれば簡単に回復できる。
この3人が一緒にいれば、水と食料は無尽蔵に生み出すことができそうだ。
「本当、お前ら何でもありだな。まあ、派手にやりすぎて商売敵に目を付けられないようにな」
「あ、そうですね。やりすぎないようには気を付けないと」
そんな話をしながら、夜はゆっくりと更けていった。




