38話:とばっちり
「社長と部長!? マジで!?」
俺が言うと、馬たちは蔓に巻かれたまま唸り声を上げた。
俺に敵意があるのか、鼻息も荒く睨んでくる。
「コウジ、荷馬車に張り紙がしてあるよ」
チキちゃんが荷馬車の御者台に張り紙がされていることに気づき、剥がして持ってきてくれた。
可愛らしい丸文字で、『頑張って! ソフィアより』と書かれている。
どうやら、これもソフィア様の仕業のようだ。
「何だ? こいつら、コウジの知り合いか?」
カルバンさんが、わしわしと馬(社長)のたてがみを撫でる。
馬(社長)はそれを振り払うように、頭を大きく揺すった。
「え、ええ。潰れた会社の一番偉い人と、俺の直属の上司だった人です」
「へえ、元は人なんだ。魔法か呪いで姿を変えられちゃってるのかな?」
ネイリーさんが興味深そうに、馬たちを見つめる。
「いえ、それは違います。ソフィア様の奇跡の力で、記憶はそのままで完全に馬にされてしまっています。もう人の姿に戻ることは不可能です」
「えっ、そんなこと可能なの? 精神エネルギー自体を作り替えられちゃったわけ?」
「違います。魂そのものが作り変えられてしまっているのですよ」
ネイリーさんとノルンちゃんが難しい話をしている間も、馬たちは拘束から逃れようともぞもぞ動いている。
馬が激怒してる顔なんて初めて見たが、結構迫力があって怖い。
大きく見開いた目は血走っていて、まるで地獄の亡者を責める獄卒の馬鬼のようだ。
彼らはしばらくもがいていたが、無駄だと判断したのか、また俺を血走った目で睨みつけてきた。
「な、何でこんなに怒ってるんだろ。俺、働いてる時も2人を怒らせるようなことした覚えないんだけど」
「えっとですね、どうやら彼らは、コウジさんの理想郷行きのあおりを食ったと認識しているようなのです」
「えっ、どういうこと?」
「彼らは今世と前世までの行いが、まあそれなりに悪かったようなのです。でも、ディストピア行きになるほどではなかったのですよ。それが、今回コウジさんが理想郷行きになったので、近場にいたついでに処理してしまおうということで繰り上げになったようなのです」
「……それって、完全に俺と関わってたせいじゃない?」
話を聞く限り、社長と部長が俺を恨むのも無理はない気がする。
俺と関わらなければ、2人とも今回の人生は好きに過ごせたはずなのだ。
「いえ、すべては本人たちの前世まででの行いが悪かったせいなのですよ。それに、この2人はピンクなお店の領収書を改ざんして経費として落としたり、普段の飲み食いのお金も全部社員の福利厚生費用や研修費用として誤魔化して経費にしていたのです」
「え、なにそれ。脱税してたってことだよね? 犯罪じゃん」
「はい、立派な犯罪です。毎月50万円から多い時では100万円くらいは誤魔化していたようですね」
「マジか。やることがこすいというか……はあ」
「いえいえ、こすいどころの話じゃないですよ。コウジさんが在籍中の期間だけでも、2000万円以上誤魔化していたようです」
「に、2000万……? マジかよ……」
その『経費』とやらが正常に処理されていれば、俺たちの給料やボーナスはもう少し豊かなものになっていただろう。
ピンクなお店の領収書を改ざんして経費に、といった手口はよくあると聞いたことはあったが、まさか自分の会社がやっているとは思わなかった。
「なので、自業自得なのです。コウジさんが気に病むことはないのですよ」
ノルンちゃんはそう言うと、馬たちに向き直った。
「2人とも、これはソフィア様が与えてくださった、貴重な贖罪の機会です。その命が尽きるまで、コウジさんのために働きなさい」
俺に語りかける時とは違い、酷く冷めた目と声色で馬たちに言い放つ。
さすが女神というべきか、やたらと威厳が感じられた。
普段のほわほわした雰囲気からは想像もつかない立ち振る舞いだ。
「ブヒヒヒン! ヒンヒンヒン!!」
「ブルルル!!」
「おわっ!? また暴れだした!」
「ああもう、聞き分けの悪い奴らだな! 馬刺しにして食っちまうぞコラァ!!」
がん、とカルバンさんが馬(社長)の頭を殴りつけた。
よほど強く殴ったのか、馬(社長)の顔が一瞬ブレて見えた。
「ちょ、ちょっと、カルバンさん! 手荒な真似はダメですよ!」
「何言ってんだよ。こいつら、コウジを食い物にした悪党なんだろ? 馬に変えられても反省しないような奴らなんか、もう身体で自分の立場を分からせるしかないだろうが」
「カルバン、ダメだよ。叩いたって反省しないよ」
再び拳を振り上げたカルバンさんの腕を、チキちゃんが両手で掴んだ。
「話して分かってもらわないとダメ。お願いだからやめて」
「……分かったよ」
やれやれと、カルバンさんが腕を下ろす。
チキちゃんはほっとした顔になると、馬たちに歩み寄った。
「暴れないで、話を聞いて。今までやったことを反省して、ノルン様の言うとおりに、2人とも――」
「ブヒヒヒン!」
「ひゃあっ!?」
「あっ! こら!!」
馬(部長)が鼻を鳴らしながら、チキちゃんに勢いよく顔を突き出した。
ノルンちゃんが蔓を引き締めて事なきを得たが、チキちゃんは驚いて尻餅をついてしまった。
それを見た瞬間、俺の中で何かが切れた。
「何してんだゴルアアアア!!」
「ブヒン!?」
馬(部長)の頬に渾身のパンチを叩き込み、左手で耳を掴む。
死ねとばかりに、怒りに任せてさらに拳を振るった。
馬(部長)の口から血の飛沫が飛ぶ。
「うおっ!? コウジ、落ち着け!!」
「やらせてください! やらせてください!」
「お前そんなキャラじゃねえだろ!? 落ち着けって!」
「はい、そこまで!」
ネイリーさんが言うと、杖の先から勢いよく水が飛び出した。
ばしゃっと冷たい水を浴びせかけられ、はっと我に戻る。
「好きな子のために激高するなんて、いいとこあるね! そういうの好きだよ!」
ぐっと、ネイリーさんが親指を立てる。
「あ……すみません、ついカッとなっちゃって……」
「うんうん、気持ちは分かるよ。でも、それくらいにしておいてね。チキさんも見てるんだし」
「はい、すみませんでした……チキちゃん、大丈夫?」
チキちゃんに歩み寄り、手を差し出す。
彼女は手を取り、にっこりと微笑んで立ち上がった。
「うん、大丈夫。ありがとう」
「はうう、私もあんなふうに扱われてみたいです……」
ノルンちゃんが羨ましそうにこっちを見ている。
いつも彼女には痛い思いばかりさせているし、もっと労わってあげねば。
「馬たち、大人しくなったね」
立ち上がったチキちゃんが、馬たちを見る。
部長は殴られた口元が腫れており、社長はそれを見てビクついていた。
「ノルン様の言うこときいて、ちゃんと働いてね」
チキちゃんがそう言うと、馬たちは小さな鳴き声を上げて頷いた。
翌日、ネイリーさんや討伐団の皆と別れ、俺たちは宿を出て天空都市カゾへと向けて出発した。
荷車の荷物はすべて馬たち(社長と部長)が引く荷馬車に載せ、俺たちも荷馬車に乗っていたのだが……。
「……なあ、こいつら、ダメすぎじゃねえか?」
バテバテな様子でしゃがみこんでいる馬たちを見て、手綱を引いていたカルバンさんが飽きれた声を漏らす。
馬たちは汗だくで、地面にへたり込んでひいひいと荒い息を吐いていた。
宿を出発してから、まだ30分も経っていない。
「そ、そうですね……いくらなんでも、体力なさすぎですね……」
俺たちは全員、荷馬車から降りて歩いている。
理由は単純、全員で乗って出発してから、5分もしないうちに馬たちがへばってしまったからだ。
「コウジさんの奇跡の光を浴びているのに、全然元気にならないですね」
ぺしぺし、とノルンちゃんが馬(部長)の背を叩く。
俺は奇跡の光を頭上に出しっぱなしにしていたのだが、馬たちはまったく元気にならなかった。
彼らはもう怒る気力もないのか、ひいひいと情けない声を漏らすのみだ。
「むしろ、逆に弱ってるように感じない?」
「むう……あれですかね。懲罰対象にされてしまって、邪悪な存在として加護も何も受けられれなくなってるのかもしれませんね」
「ええ……力もないうえにそんなバッドステータス持ちじゃ、使い道ないじゃん……」
「なあ、もうこいつら処分して、俺らで荷馬車は引いていこうぜ。俺と女神さんでなら、引けないこともないだろ」
俺が頭を抱えていると、カルバンさんがそんな提案をしてきた。
「処分って……まさか、殺処分ですか?」
「そりゃそうだろ。こんな性悪、自由にさせたらろくなことしねえぞ。解体して、ここで燻製にしちまおうぜ」
カルバンさんが言うと、馬たちは慌てて立ち上がった。
ひいひいと歯を食いしばりながら、荷馬車を引いていく。
「おっ? なんだよ、やればできるじゃねえか。ほれ、しっかり歩け!」
「な、何だか、虐待してるみたいで嫌な気持ちになるなぁ……」
「うん、私も何だかやだ……」
俺とチキちゃんが言うと、馬たちを見つめていたノルンちゃんがこっちを見た。
「コウジさん、彼らを使役するのはお嫌ですか?」
「うん。俺としては仕事でこき使われてただけだし、ここまでするほど恨んでるわけでもないからさ」
「そうですか……もしあれでしたら、次に現世に戻った時に、私がソフィア様にお伝えしに行きますが」
「そうだね、普通の馬に交換してくれって、お願いをして――」
俺が言いかけた時、ふっと辺りが暗くなった。
それと同時に、馬たちと荷馬車を繋いでいた金具がバチンバチンと音を立てて外れだした。
眩い光が天から一直線に馬たちに降り注ぎ、ふわりと彼らの体が浮き上がる。
まるでアブダクションのように、すごい速さで空へと昇って行った。
「な、なにあれ!? 何が起こってるの!?」
「ソフィア様なのです! ソフィア様が直々にお手伝いしてくださっているのですよ!」
「マジで!? 社長と部長、どこに連れて行かれるの!?」
俺が言うと、空に浮かぶ雲が急激に形を変え始めた。
可愛らしい丸文字で、『ディストピア行き(はぁと)』と書かれている。
そして、上昇していく馬たちと入れ替わりのようにして、空から別の馬たちが俺たちの前に降りてきた。
真っ白な馬と、真っ黒な馬だ。
あっという間に金具が馬たちに装着され、空が明るくなり雲が散り散りになる。
まるで何事もなかったかのように、元の静かな景観へと戻った。
「……え、えっと、この馬たちは?」
「少々お待ちくださいませ!」
ノルンちゃんが馬たちに近づき、ちゅっとおでこに口づけをする。
「この馬たちは普通の馬なのですよ。コウジさんのために、ソフィア様が用意してくださった大人しい馬なのです」
「そ、そっか。ソフィア様ってすごいね……」
「……俺、もう一生悪いことはしないって決めたぞ」
「私も気を付ける……」
新しい仲間となった2頭の馬を見ながら、カルバンさんとチキちゃんが神妙な顔でつぶやいた。




