37話:救済の女神
風呂から上がった俺たちは、先に始まっていた宴会に混ざった。
テーブルにはたくさんの料理と酒が置かれており、飲めや歌えの大宴会状態だ。
この分だと、夕食ビュッフェは入りそうにないな。
「へえ、そんなにたくさんお宝が出たんだ。すごいねぇ」
果実酒の入ったグラスを片手に、ネイリーさんが興味深そうに言う。
少し酔っぱらっているのか、顔がほんのり赤い。
「ええ、運びきれないくらい出ましたよ。でも、硬貨は溶けちゃっててそのままじゃ使えないし、宝石も鉱石のままだったりで換金しないとなんですよね」
「そっか。ここから天空都市まではけっこう距離あるし、荷車じゃ大変だね。途中で馬車を調達したほうがいいんじゃないかな?」
「そうですねぇ。どこか、手に入るところ知りませんか?」
「うん、あるよ。ここから北に行ったところに小さな村があるから、そこでなら買えるかもしれないよ」
「村ですか。距離はどれくらいです?」
「歩いて2日くらいかなぁ。ちっちゃいけど牧場もあったはずだよ。牛と馬を育ててたと思う」
「2日ですか……」
ここから北へ行くとなると、天空都市カゾへ行くのに遠回りとなってしまう。
とはいえ、荷車を引いてカゾまで10日間も移動するというのもかなりしんどい。
「うん。でも、途中で分かれ道になってて、間違うと山の中に入って行っちゃうよ」
「それなら大丈夫だ。俺が地図を持ってるからな」
カルバンさんが荷物の中から、筒状に丸められた紙を取り出した。
止紐を解いて広げると、ランチョンマットくらいの大きさに広がった。
さすが行商人、頼りになる。
「この町だろ? 俺も行ったことあるぞ。ただ、手持ちの金もそんなにないし、宝石商とかはいないと思うから、馬車を買うにしても物々交換……ん?」
地図を覗き込んでいたカルバンさんが、怪訝な顔になった。
「どうしたんです?」
「いや……地図に変な印が付いてるんだ。こんなの初めて見るぞ」
「変な印?」
皆で地図を覗き込む。
地図はこの宿屋を中心にして描かれているのだが、真っ白な部分がやたらと多い。
一枚絵のような地図ではなく、描かれている部分がうねうねと蛇がのたくったような範囲で記されている。
「何ですこれ? やたらと白い部分が多い地図ですね」
「これは『開拓者の地図』だよ。歩いて目にした部分だけが描き込まれる魔法具なんだ」
どうやら、ゲームの世界で登場するような自動マッピング式の地図らしい。
目にしたものだけが記される地図を使っているなんて、新しいものを見るのが好きなカルバンさんらしい。
「ほら、ここに丸印が付いてるだろ。こんなの、前見た時にはなかったんだよ」
そう言って、カルバンさんが地図を指でスライドさせた。
まるでタブレットのように、地図の表示範囲が指の動きに合わせて移動する。
ペンで手書きしたような赤い丸印が、天空都市カゾの近くの島に付けられていた。
「あれま。本当ですね」
「あっ!」
俺が頷いた時、ノルンちゃんが驚いたような声を上げた。
「ノルンちゃん、どうしたの?」
「そ、そこにソフィア様の判子が押してあるのですよ!」
「判子?」
ノルンちゃんの視線を追って地図の右下に目をやる。
そこには、赤字で『ソフィア』と四角い枠付きの判子が押されていた。
「それ、私の上司の判子なのですよ」
「えっ、上司!?」
「はい。『救済の女神』のソフィア様の判子なのです」
ノルンちゃんの上司の神様については、数日前に現世に戻った時に少し聞いたことがあった。
確か、『体中に目が付いてるんじゃないかっていうくらい、常にすべての事象を把握しているような方』とノルンちゃんは言っていた。
「おそらく、その赤丸印もソフィア様が付けたものなのですよ」
「マジか。ということは、この赤丸の場所には……」
「はい。この世界のバグの場所を記しておいてくださったのだと思います」
「うへ……あの時、俺とノルンちゃんがしてた話は筒抜けだったってことか」
「はい。さすがソフィア様なのですよ」
ノルンちゃんは心底感服したといった表情で、うんうんと頷いている。
上司にバグのことがばれて怯えるかとも思ったのだが、そういったことはないようだ。
「とすると、他にも丸が付いてる場所があるってことかな?」
「かもしれません。カルバンさん、ちょっと地図をお借りしますね」
「お、おう」
ノルンちゃんが地図を指でなぞり、ぐりんぐりんと表示カ所を移動させた。
適当にいじっていると、真っ白な中に赤丸印が1つ見つかった。
「おお、あった。真っ白な中にだけど」
「やはりそうみたいですね……カルバンさん、この印の場所に、何があるのか見当はつきますでしょうか?」
「ふむ……ちょっと地図を縮小表示してみてくれるか? 2本指でつまむようにこすると、表示が広範囲になるから」
「了解であります」
ノルンちゃんが指を動かすと、表示範囲が少し広まった。
操作方法はタブレットと完全に同じのようだ。
「ああ、たぶん蒸気都市イーギリの辺りだな」
「あっ、そうなんですか。元々寄る予定でしたし、ちょうどよかったですね!」
ノルンちゃんがほっとしたように微笑む。
深い森のど真ん中とか、とんでもない山奥だったらどうしようと考えていたが、ひとまずは安心だ。
「見たところ、カゾから一番近い印はイーギリか。イーギリの先に、またいくつかあるみたいだな」
カルバンさんが手を伸ばし、地図をさらに縮小表示にする。
何個も赤丸印はついているが、この場所から一番近いのは天空都市カゾと蒸気都市イーギリのようだ。
「まあ、1つ解決したらその次みたいな感じで、近くにある印を順々に辿って行けばいいんじゃないですか?」
「だな。だけど、後で気づいて戻ってくるようなことにならないように気を付けないとだぞ」
「そうですね、二度手間になっちゃいますもんね」
カルバンさんの意見に俺は頷いた。
自動車や電車があればまだいいが、俺たちは基本的に徒歩移動だ。
グランドホーク便を使えば比較的早く移動はできそうだが、かなり高額とのことなので使う際は懐具合と相談する必要がある。
天空都市カゾでコーヒーや鉱石が高く売れればいいのだけれど。
「お楽しみのところ申し訳ございません。お客様のなかで、表に馬車を停めておられるかたはおられますでしょうか?」
俺たちが話していると、従業員のお姉さんが申し訳なさそうに声をかけてきた。
「馬車? いえ、俺たちのじゃないですね。ここの人たちで、馬車を連れてる人はいないですよ」
「そうでしたか……うーん」
お姉さんが困ったように眉根を寄せる。
「持ち主が見つからないんですか?」
「はい。ここにいるお客様以外のかたには全員聞いてみたんですけど、持ち主が誰だか分からなくて」
「あれま。ちょっと待ってください、念のため、皆に聞いてみます。……皆さん、ちょっといいですか!?」
俺が立ち上がって声を張ると、皆が騒ぐのをやめてこちらに目を向けた。
「宿の前に馬車が停めてあるらしいんですけど、持ち主のかたっていますか?」
俺の問いに、皆が他の面々の顔を見渡す。
やはり、持ち主はこの中にはいないようだ。
「いないみたいですね? お騒がせしました、宴会の続きをどうぞ!」
そう言って再び腰を下ろすと、お姉さんがぺこりと頭を下げた。
「お手間を取らせてしまい、申し訳ございません。ありがとうございます」
「いえ、いいんですよ。でも、いったい誰の馬車なんでしょうね? 俺たちの後から入ってきた人とか、分かりませんか?」
「それが、本日最後に入ってきたのがお客様がたなんです。荷車をお預かりした時に表に出た時は、馬車などなかったのですが……」
「誰かがチェックインせずに馬車だけ置いて行ったってことですか?」
「はい、そうとしか……はあ……」
「どうしたんです?」
表情を曇らせるお姉さん。
「それが、馬車には馬が2頭繋がれているのですが、ものすごく暴れていて。塀を少し壊されてしまいまして」
「ええ……それは酷いですね……」
宿の中は宴会の大騒ぎがずっと続いていたため、外での騒音にはまったく気づかなかった。
心底困った顔をしているお姉さんが、何とも気の毒だ。
そうしていると、話を聞いていたノルンちゃんが、手を挙げた。
「あの、もしよろしければ、私が蔓で縛り上げましょうか?」
そう言って、指をしゅるしゅると蔓に変異させて見せる。
先日、この場でノルンちゃんが蔓の大網を作ったのは従業員さんたちも見ていたので、特に驚きはしていない。
「えっ、よろしいのですか?」
「はい。それくらいお安い御用なのですよ! 蔓を切断するのは痛いので、動けなくした後にもう一度別の縄で縛り上げて欲しいのです」
「はい、すぐに用意します。すみません、私たちでは手に負えなくて……」
縄を取ってきたお姉さんを先頭に、出入口へと向かう。
お姉さんがガラッと引き戸を開けた途端、激しい馬のいななきが聞こえてきた。
かなり興奮しているようで、ガンガンと何かを蹴りつける音まで聞こえてくる。
俺たちは顔を見合わせながらも、音の方へと向かった。
「あわわ、壁がボロボロなのです……」
「酷いね……」
あまりにもなその惨状に、思わず呻くノルンちゃんとチキちゃん。
その傍には、馬車につながれた状態で器用に壁を蹴って破壊している馬が1頭。
馬車は2頭引きで、もう1頭のほうは何とか馬車から逃れようと激しくもがいていた。
「こ、これは酷いですね。ノルンちゃん、お願い」
「かしこまりました。ほら、大人しくするのですよ!」
ノルンちゃんが左腕を蔓に変異させ、馬たちの体を縛り上げる。
馬たちは悲鳴を上げ、ギロリとノルンちゃんを睨みつけた。
そして、俺の姿を見た途端、ものすごい勢いでいななき始めた。
歯をむき出しにして、めちゃくちゃに鳴き喚いている。
「うわっ、なんだ!? この馬たち、なんか変じゃない!?」
「むむ……あ、もしかして!」
ノルンちゃんは何かに気づいたのか、馬たちへと近づいて行った。
「ちょっと! ノルンちゃん、危ないって!」
「大丈夫です。どうどう」
ノルンちゃんはそう言いながら、指を蔓に変異させ、馬たちの口を縛り上げた。
壁を破壊していた馬の額に口を寄せ、ちゅっと口づけをする。
そして、やはりといった顔で頷いた。
「コウジさん、この2頭の馬は、コウジさんの会社の社長さんと部長さんなのですよ」




