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34話:とんでもなく世界は広い

「ただいまー」


「ただいまなのです!」


 アパートに帰りつき、大量のインスタントコーヒーが入ったビニール袋を片手に部屋のドアを開ける。

 車の中にまだ山ほどあるので、皆にも手伝ってもらわねば。

 チキちゃんがとてとてと駆け寄ってきて、出迎えてくれた。


「コウジ、おかえり。すき焼きできてるよ」


 ふんわりと、すき焼きの甘じょっぱい匂いが漂ってきた。

 肩の上のノルンちゃんが、じゅるりとよだれをぬぐっている。


「コウジさん、先にご飯にするですよ! コーヒーを運び込むのはその後なのです!」


「うん、そうだね。そうしよっか」


 靴を脱いで、部屋に上がる。

 すでにカルバンさんが炊飯器から茶碗にご飯を盛ってくれていた。


「ほれ、早く座れ! こんな美味そうな匂いを前に、ずっとお預けくらってたんだ。腹減って死にそうだ!」


「コウジさん、早く早く!」


「はいはい」


 流しで手を洗い、ちゃぶ台の前に座る。

 それぞれの席の前に、カルバンさんが生卵入りのお椀とご飯を置いた。

 チキちゃんがガス台からすき焼き入りの鍋を運んできて、ちゃぶ台の中央に置かれていたカセットコンロの上に置く。

 カチッとコンロを点火し、ぐつぐつと鍋が煮える音が響いた。


「これ、中の具をとき卵に付けて食べるんだよな?」


 カルバンさんがフォークで生卵を溶きながら言う。


「好みにもよりますけどね。生卵が苦手なら、無理する必要はありませんよ」


「いや、せっかくだから試してみる。何事も挑戦だからな」


 カルバンさんは生卵をかき混ぜると、穴開きおたまで肉を1枚すくい、卵入りの椀に入れた。

 フォークを使ってたっぷりと肉にからめ、口に運ぶ。


「もぐもぐ……ん、これはイケるな! 美味い!」


 途端に表情を綻ばせ、次の肉を取ろうと箸を延ばす。

 野菜には一切手を付けず、肉だけをピンポイントで狙っている。


「生卵って肉に合うんだな。それに、熱々の肉が卵で冷やされて食べやすくなるし、この料理を考えたやつは天才だな!」


「気に入ってもらえたならよかったです。しらたきやえのき茸も、肉に負けないくらい美味しいですよ。焼き豆腐も絶品です」


「お、そうなのか。さっそく食べてみよう……む、このしらたきっての、取るの難しいな」


「はい、ノルン様。切り分けるから、ちょっと待ってね」


「ありがとうございます!」


 おたまでしらたきと格闘しているカルバンさんの斜め向かいでは、チキちゃんがノルンちゃんにお肉を1枚取ってあげている。

 慣れた手つきで箸を操り、肉を小さく切り分けた。

 さすがA5ランクの肉、箸で簡単にちぎれている。

 ノルンちゃんは爪楊枝を握り、肉の一片を突き刺した。

 彼女が持つと、爪楊枝が鉄棒くらいの太さがあるように見える。

 よいしょ、と別の小皿に入れてもらった生卵につけ、がぶりとかぶりついた。


「っっっ!! おいひいですううう!」


 例のごとく、喜びの叫びを上げるノルンちゃん。

 彼女からしてみれば、一片がとびきり分厚いステーキくらいの厚みに見えていそうだ。

 チキちゃんも鍋に箸を延ばし、肉を取って卵に付け、口に運んだ。

 もぐもぐ、と咀嚼し、ぴたりと一瞬動きを止めたかと思うと、ものすごい勢いで肉をかっくらい始めた。


「うお!? こ、こら! そんなに肉ばっかり食うなよ!」


「早い者勝ちだから」


 チキちゃんはカルバンさんには目もくれず、ひたすら肉を取っては卵につけ、口に運んでいる。

 俺は苦笑して立ち上がると、冷蔵庫から追加の肉を取りだした。




 夕食を食べ終え、チキちゃん&ノルンちゃん、カルバンさんと順番にお風呂に入ってもらった。

 お湯は、チキちゃんが魔法で出してくれた温泉水だ。

 俺もゆっくりと湯につかり、普段着に着替えて部屋へと戻った。


「あー、いい湯だった! やっぱりお湯が温泉だと温まりかたが違うもんなんだなぁ」


「お、戻ってきたな。よし、酒盛りだ!」


 チキちゃんと並んでテレビのニュースを見ていたカルバンさんが、うきうきした様子で冷蔵庫へと向かった。

 中から梅の缶チューハイを6本出して、ちゃぶ台に置いた。

 すでにコップとおちょこ(ノルンちゃん用)、おつまみも用意されている。

 今日の酒の友は、出来合いのキュウリの浅漬けと、チキちゃん特製A5肉巻きオクラ炒めだ。

 カルバンさんは大酒飲みだと買い物中に聞いたので、味違いのチューハイを18本買ってきてある。

 ビールではなくチューハイなのは、俺の好みだ。


「あれ、これってどうやって開けるんだ?」


「そこのツマミを引き上げるの」


 前回ノルンちゃんに教えてもらったように、チキちゃんがカルバンさんに開け方を教える。

 プシュッとフタが開き、カルバンさんが「おお」と声を上げた。

 チキちゃんがそれを受け取り、皆のコップに注いでくれる。

 本当に気が利くいい娘だ。

 酒が注ぎ終わり、皆がコップを、ノルンちゃんがおちょこを手に取る。


「よし、じゃあここはコウジに一言貰うか!」


「え? じゃ、じゃあ、えーと……ストーンドラゴン討伐と、カルバンさんの尿路結石が治ったことを祝して! 乾杯!」


「「「かんぱーい!」」」


 ぐいっと、皆が酒をあおる。

 全員同時に、だん、と空になったグラス&おちょこをちゃぶ台に置いた。


「っかーっ! 何度飲んでも、これは最高ですね! おつまみもいただきますね!」


 ぐいっとノルンちゃんが腕で口を拭い、肉巻きオクラに手を延ばす。

 本当に、何を飲んでも食べても美味しそうにする娘だ。

 見ているだけで、こっちまで楽しくなってしまう。


「いやぁ、この酒は美味いな! 梅の果実酒なんて久々に飲んだぞ!」


「お、気に入りました? たくさんありますから、がんがんやっちゃってください」


「おう、こんな機会めったにないだろうしな! 好きなだけ飲ませてもらうぞ!」


 カルバンさんが今度はみかん味のチューハイを開け、グラスになみなみと注いで一気にあおる。


「ふーっ、これも美味い……おっと! 酔っぱらっちまう前に、コーヒーを運ばないといといけないんじゃないか?」


「あ、それもそうですね。運んじゃいましょうか」


 俺とカルバンさんが立ち上がる。


「じゃあ、その間に私はお風呂洗っておくね」


「私もお手伝いするのですよ!」


 少し赤い顔をしたチキちゃんとノルンちゃんも立ち上がった。


「ありがと。ごめんね、お酒飲み始める前に全部済ませておけばよかったね」


 謝る俺に、チキちゃんがにっこりと微笑む。


「ううん、大丈夫。転ばないように気を付けてね」


「うん。じゃ、行ってきます」


「いってらっしゃい」


「いってらっしゃいませ!」


 2人に見送られ、俺たちは部屋を出た。

 通りへ出て、アパートの隣にある砂利が敷き詰められた駐車場に入る。


「しかし、不思議なもんだな。俺がいた世界は、コウジのための理想郷か」


 カルバンさんが歩きながら夜空を見上げ、そんなことを言う。


「あ、もしかして、知りたくなかったですか?」


「いやいや、そういうことじゃないよ。ただ、世の中想像も付かないことがあるもんだと思ってな」


 そう言って、駐車場に何台も停めてある自動車に目を向ける。


「あっちの世界じゃ、いろんなところを旅してよ。世界のめぼしいところの、まあ10分の1くらいは見れたかなと思ってたんだ。それがここにきて、10分の1どころか1000分の1も見れてないことに気づいちまった」


「1000分の1、ですか」


「おう。コウジが風呂に入ってる間に見たテレビで、この世界の地図が出てたんだよ。それで、女神さんにここはどこか聞いたんだ。そしたら、すんげえ小さい島国の、その中のさらに小さい区域の中の1つの中の1地区だって言うじゃねえか」


 少し興奮した様子で、瞳を輝かせて語るカルバンさん。

 きっと、新しいものを見たり聞いたりすることが大好きなのだろう。

 10年くらい行商人をして、あちこち旅してきた、と以前言っていた。

 旅がしたいから行商人をしているのかもしれない。


「あっちの世界も、この世界と同じくらいの広さがあるって女神さんは言ってたからな。とても生きてる間にはすべては見きれないって分かったんだ。まだまだ見たことのないものがたくさんあるって知ったら、どうにも嬉しくてな」


「カルバンさんは、旅が好きなんですね」


「おう。旅はいいぞ! 人生に張り合いが出るからな!」


「なら、お金儲けのために一カ所にとどまってソースのお店を開くってのは、向いてないんじゃないですか? 旅ができなくなりますよ?」


「それなんだよな。年食って動けなくなる前に一財産築いて落ち着こう、なんて思ってさ……いやはや、年は取りたくないもんだな」


 カルバンさんは少し笑い、再び夜空に目を向けた。


「……そうだな。ひとつの場所に落ち着くには、まだ早いよな。もう少し年食ってからでも、遅くはないよな……よし」


 カルバンさんは頷くと、俺に笑顔を向けた。


「やっぱり、俺もコウジたちに付いていくことにするわ。コーヒーとか調味料は、まあ、行く先々で適当に売り歩こうや。今後ともよろしくな!」


「はい! こちらこそ、よろしくお願いします!」


 カルバンさんが差し出した手を、俺はしっかりと握り返した。

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