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33話:バグ取りの進捗

 食事を終えた俺たちは、コーヒーやソースを仕入れるためにスーパーマーケット区画へとやってきた。

 カルバンさんだけでなく、この区画に初めて来たチキちゃんとノルンちゃんも「おー」と声を漏らしている。

 目の前に、オレンジ、バナナ、メロンなど、さまざまな果物の棚が広がっている。


「こりゃあすげえな……こんな大規模な食料品店、見たことがねえぞ」


「すごいね。ここなら何でも買えるね」


 チキちゃんは地元のスーパーには1度行ったことがあるが、ショッピングモールのような大規模商業施設は初めてだ。

 大げさに驚いたりはしないが、きょろきょろとせわしなく周囲を見渡していて可愛らしい。


「お夕飯の材料、買っていってもいい?」


「うん、もちろん。メニューはどうしようか」


「コウジさん、すき焼きを食べてみたいのです! ぜひお願いします!」


 ノルンちゃんがチキちゃんの腕の中から、ぶんぶんと手を振って発言する。

 すき焼きなんて、一人暮らしを始めてから一度も食べてないな。


「お、いいねぇ。すき焼きにしようか。夏だけど」


「美味しいものに季節なんて関係ないのですよ! 食べたくなった時が食べ時なのです!」


「コウジ、スマホでレシピって調べられる?」


「うん、できるよ。ちょっと待ってね」


 スマホでレシピを検索し、チキちゃんに手渡す。

 そうしている間に、カルバンさんがショッピングカートにカゴを入れて持ってきてくれた。

 他のお客さんがやっているのを見て真似したのだ。


「このカート、便利だな。あっちで店を開いたら、こういう道具を用意すればいいのか」


「お店を開くことは決定なんですか?」


「まだ悩み中だけどな。こっちで仕入れたコーヒーがあれば、かなり儲けられそうだ。中濃ソースってのも作ってレシピは秘匿すれば、きっと成功するはずだ」


 あちらの世界には食材は豊富なので、レシピさえ分かっていれば大抵の調味料は作れるはずだ。

 これでカルバンさんが大成功してくれれば、俺としてもあちらの世界で調味料が何でも手に入ることになってありがたい。

 教え渋る理由はこれっぽっちもないので、がんがん教えたり品物を持ち込んでしまおう。


「そうですか……お店を開くなら、マヨネーズとケチャップも作ってみるといいかもしれないですね。調味料関係のレシピ、調べられるだけ調べて向こうに持って行きましょうか」


「おお、それはいいな! 儲かったら売上からちゃんとマージンは払うから、期待しててくれな!」


「えっ、いいんですか?」


「当たり前だろ。失敗したとしたら俺の自業自得だが、成功した場合はコウジたちにそれくらいするべきだ。コウジたちに逢わなかったら、こんなチャンスを手に入れることはできなかったんだからな」


 当然、といった表情でカルバンさんが答える。

 なんて気持ちのいい人なんだろう。

 ノルンちゃんも、感心した表情になっている。


「カルバンさん、それは素晴らしい考え方なのですよ。そのまま善い心を持ち続けていれば、きっと今世か来世、もしくはその先でいいことがあります。末永く、そのままのあなたでいてくださいませ!」


 そう言って、にぱっと微笑むノルンちゃん。

 どうやら、理想郷に生み出された人間でも、善行を積めば救済の対象にはなるようだ。

 チキちゃんだけが特別扱いなのかとも思ったが、そうでもないらしい。

 もっとも、高カルマを所持する人物を監視するために探してくれるほど、理想郷の住人に目がかけられているとは思えない。

 ノルンちゃんに出会えたという時点で、カルバンさんはかなり幸運なのだろう。

 これだけ彼女が言うのだから、きっと気にかけてもらえるはずだ。


「お、おう。分かった。肝に銘じておく」


「それと、もしよかったら俺たちと一緒に旅をしませんか? カルバンさんが一緒なら、何かと心強いですし」


「カルバン、物知りだもんね」


「先達はあらまほしきことなり、ですね!」


 チキちゃんとノルンちゃんも俺に同意して頷く。

 ノルンちゃん、徒然草の台詞なんてよく覚えてるな。

 中学校あたりの国語で習った気がするんだけど、まさかその頃から俺のことを監視してたんじゃないだろうな。


「ありがとよ。まあ、天空都市までは一緒に行くし、その間にどうするかは考えるとするわ」


「それではコウジさん、大金も入ったことですし、すき焼きのお肉はA5ランクの霜降りにしましょう!」


「よっしゃ、任せとけ! 肉も野菜も山ほど買っていこうな!」


「いひひ、今から楽しみなのです!」


 じゅるり、とノルンちゃんがよだれを拭う。


「見たことがない果物もいくつかあるな。コウジ、買っていってもいいか?」


「いいですよ。好きなだけ買っていいですから」


「そうか! それじゃ、遠慮なく取らせてもらおうかな」


 ドラゴンフルーツ、パイナップル、マンゴーといった南国系の果物が、カゴに入れられていく。

 果物、野菜、肉をカートに山盛りにして、コーヒーが置かれている棚へと移動した。

 カルバンさんが、棚から缶詰にされているコーヒーを1つ手に取った。


「ふむ、『粉末コーヒー1キロ』か。こう、まとめて10キロとか売ってないのか?」


 陳列されているものはどれも家庭用のものなので、今カルバンさんが手にしているものが最大サイズだ。

 あと、どうやら異世界でも重さの単位は『キロ』が使われているらしい。

 分銅か何かを使った秤が存在するのかもしれない。


「そんなにまとめては売ってないですね。ここにあるやつ、根こそぎ買っていっちゃいましょうか」


「根こそぎって、金は大丈夫なのか?」


「82万円ありますし、さすがに足りると思いますよ。次いつ補充できるか分かりませんし、たくさん買っていきましょう」


「コウジ、店員さん呼んでくるね」


「ありがと。お願いするよ」


「うん」


 チキちゃんがぱたぱたとレジの方へ駆けていく。

 さすがにすべては車に載せられないので、何度かアパートと往復することになりそうだ。


「香辛料も買えるだけ買っていきましょうか」


「おう、そうしてくれ。買い出しが終わったら、次は本屋に行こうぜ」


「分かりました。そういえば、あっちの世界にも本屋さんってあるんですか?」


「もちろんあるぞ。大きな街に行けば必ず何軒かある。ちょいとばかし高いが、いろんな本が売ってるぞ」


「そうなんですね。印刷機械が存在してるんですね」


「いや、機械じゃなくて、全部魔法だよ。書写呪文とかいう、特殊な呪文があるんだ。まっさらな本に、一瞬で別の本の内容を同じように書き写すんだよ」


「え、そんな魔法があるんですか。すごいですね」


 現代でこそ、機械による印刷速度は目で追えないくらいのものだ。

 だが、昔は活版印刷や稼働活字といった、人力の機械で1ページずつ時間をかけて印字していた。

 ゆえに、紙作りの手間も相まって、本1冊の値段はすさまじいものだったのだ。

 魔法で一瞬で同じ本を作れるのなら、『ちょいとばかし高い』程度なのも頷ける。


「紙も魔法で作るんですか?」


「いや、紙生産と本の製造を集中的にやってる町があるんだよ。そこから大量に世界中に出回ってるんだ」


「なるほど、そんな町もあるんですか。本も作ってるなら、魔法使いさんが多そうですね」


「ああ、たくさんいるだろうな。興味があったら、旅すがら立ち寄ってみるのもいいかもな。近くに有名なワサビ農園もあるぞ」


 そんな話をしながら、俺たちは買い物を続けた。




 その後、食料品の買い出しを終えた俺たちは、アウトドアショップでテント、カセットコンロ、本屋で料理のレシピ本を数冊購入した。

 カセットコンロは、部屋ですき焼きを食べる時に使うためのものだ。

 ソースやマヨネーズといった調味料の作り方が載っているものを選んだのだが、チキちゃんが興味を示した料理本も数冊買った。

 今後、理想郷から大人数の来客があるとも限らないので、茶碗や箸などの食器もついでにいくつか買いそろえた。

 今は、俺とノルンちゃんでショッピングモールに取り置きしてもらっている荷物を取りに戻っている車中だ。

 チキちゃんとカルバンさんには、アパートですき焼きの用意をしてもらっている。

 ノルンちゃんは俺の肩に座り、カーナビから流れる音楽に合わせて鼻歌を歌っている。


「あ、そうだ。ノルンちゃん、ちょっと聞きたいことがあるんだけどさ」


 曲が1つ終わったところで、俺はノルンちゃんに声をかけた。

 ちょうど信号が赤に変わり、車が停止する。


「はい、なんですか?」


「理想郷の修復なんだけどさ、こう、今何割くらい終わってる、みたいな目安って何かないのかな?」


「目安、ですか?」


「うん。目についたバグっぽいものをひたすら解決していくっていうのも楽しくていいんだけど、今のままだと進捗具合が全然分からないんだよね。具体的な目標があったほうが張り合いが出るし、調べられないかな?」


「う……確かにそうですよね……」


 ノルンちゃんが、少し暗い声で答える。

 その顔を見ると、声と同じように暗いものになっていた。


「え、どうしたの? 何か問題でもあるの?」


「い、いえ……そのですね……」


 ノルンちゃんは口ごもっていたが、やがて諦めたようにため息をついた。


「分かりました。では、アパートに戻ったら、私が一度理想郷を天界に運んで管理課に調査を申請してきます。何日かかかると思いますが、待っていていただければと」


「もしかして、かなり大変な作業だったりする?」


「いえ、大変というより……もしかしたら、私がコウジさんの担当から外されてしまう可能性があるのです」


「えっ!?」


 驚く俺に、ノルンちゃんは後ろめたそうな表情になる。


「その……理想郷を正常に機能させることができなかった時点で、当然ですがいいことではないのですよ。トラブルがあっても自力で救済完了できれば問題ないのですが、天界に戻って相談とかすると、『能力不足』ということで研修部屋行きになるかもしれないのです」


「えっと……それって、会社でいうところの懲戒処分とか、そんな感じのもの?」


「あ、いえ、罰則とかは特にないのですよ。悪いことをした場合はもちろん何かしらのお咎めはあると思いますが、宇宙の創生以来そんなことは一度もないのです。天界の救済部署は被救済者を第一に考えるので、女神と被救済者の間でトラブルがあったり、女神の能力に問題があると判断された場合は担当が変更になるのですよ」


「そ、そっか。それで、もしかしたら上司の判断で、ノルンちゃんの代わりに別の神様がやってくるかもしれないってことか」


「はい。といっても、代わりに来るのは女神なのですよ。男性には女神、女性には男の神が担当になるのです」


 ノルンちゃんはそう言うと、縋るような顔で俺を見た。


「こんなことを言っていい立場ではないのですが、コウジさんのことは最後まで私にお世話させていただきたいのです。後生ですから、どうか許してはいただけないでしょうか」


「許すもなにも、ノルンちゃんは何も悪いことしてないって。バグ取りの進捗確認も、分かれば便利だな程度にしか考えてないからさ。別に気にしなくていいよ。これからも、一緒にのんびりやっていこう」


 俺が言うと、ノルンちゃんの目から涙が、だばあ、と流れ出した。


「ありがとうございますううう! 私は宇宙一幸せな女神なのですううう!!」


「いえいえ、これからもよろしくね」


 俺が指でノルンちゃんの頭を撫でていると、後ろからクラクションを鳴らされてしまった。

 いつの間にか、信号が青になっていたようだ。

 これからもこの一生懸命な女神様と一緒に、理想郷の完全修復を目指して頑張っていこう。

 まあ、バグ取りがいつ終わるのか分からないというのは問題ではあるので、どうするのかは今後考えないといけないが。

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