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31話:異世界観光

 アパートを出た俺たちは、俺のオンボロ軽自動車に乗り込んだ。

 カルバンさんは初めての乗車ということで、助手席に乗ってもらっている。

 チキちゃんはノルンちゃんと一緒に、運転席の後部座席だ。


「な、なんだこれ。どういう仕組みで動いてるんだ? 煙も出てないみたいだが」


 全開になっている窓から外を眺め、カルバンさんが唖然とした顔になっている。

 見るものすべてが物珍しいようで、きょろきょろと視線を動かしている。


「ガソリンっていう油に火をつけて、その爆発力で車輪を回してるんです。詳しい機構は俺もよく分かりませんけど」


「ガソリン? 初めて聞く油だな……煙を吐きながら四つ足で走る乗り物は聞いたことがあったが、煙も吐かずにこんなふうに動く乗り物なんて聞いたことがないぞ」


「四つ足? あっちの世界には、四つ足の乗り物があるんですか?」


 驚いた声を上げる俺に、カルバンさんが「おう」と頷く。


「俺も実物は見たことがないが、『蒸気都市イーギリ』っていうところで使われてるらしい。スチームウォーカーっていうんだったかな。石炭を燃やして動く乗り物だって聞いたことがある」


「蒸気都市!? ノルンちゃん、蒸気都市だって!」


「はい! スチームパンクな香りがぷんぷんするのですよ!」


 興奮した声を上げる俺に、ノルンちゃんが明るく答える。

 俺は機械仕掛けのごちゃごちゃしたものが大好きなのだ。

 フルスケルトンの機械式腕時計が特に好きで、たまに時計屋へ行ってはトランペットを眺める少年のようにガラスケース内のそれを眺めている。

 最近では安価なスケルトンの機械式時計も売られているので、自分へのご褒美として時折1~2万円くらいのものを買ってはコレクションとしてしまい込んでいた。

 スチームパンクな世界観のイラストも大好きで、パソコンの壁紙もネットで拾った機械都市のイラストだ。

 きっと、俺の頭の中を覗いたノルンちゃんが、世界を作る時に組み入れてくれたのだろう。


「カルバンさん、その都市ってどこにあるんですか!? 近いんですか!?」


「かなり遠いな。方角的には、旅人の宿の北東だったと思うぞ。まさか、行くつもりか?」


 顔をしかめて言うカルバンさん。


「あそこは飯がくっそまずいって話だぞ。街全体がいつも霧に覆われてるらしいし、住人は排他的だし、しょっちゅう雨だし寒いしでろくなところじゃないって話を聞くんだが」


「霧!? すごく雰囲気ありそうですね! これぞスチームパンクですよ!」


「コウジさん、やりましたね!」


 なおのことテンションが上がる俺とノルンちゃん。

 まさに俺が頭の中で思い浮かべていた、理想の蒸気都市だ。

 羽ばたき飛行機械とか飛行艇とかも、もしかしたら見ることができるかもしれない。

 カルバンさん的にはお勧めできないようだが、自分の目で見てみないことには始まらない。


「天空都市カゾと蒸気都市イーギリだったら、旅人の宿からはどっちが近いですかね?」


「カゾのほうが近いな。距離でいうと、倍くらい違う。カゾまででも、歩いて行ったら10日くらいかかるな」


「ば、倍……20日ですか……」


 個人的にはすぐにでも蒸気都市イーギリへ行きたいのだが、そこまで遠いのでは天空都市へ先に行くべきだろう。

 どんなところなのか、実に楽しみだ。

 そうこうしていると、大きく『金買取専門店』という看板が掲げられた店へと到着した。

 どこにでもある、質屋さんだ。

 溶けた金貨を換金するとしよう。




「ただいまー」


「おかえりなさいませ! どうでしたか?」


「ちゃんと売れた?」


 換金を終えて車に戻ると、後部座席からノルンちゃんとチキちゃんが身を乗り出してきた。


「売れた売れた。ほら」


 分厚い封筒を、2人に手渡す。

 チキちゃんが封筒の口を開き、中から札束を取り出した。


「わわ! 大金なのですよ!」


「すごいね。いくらあるの?」


「84万円になった。200グラムあって、1グラム4200円で買い取ってもらったよ」


 持ち込んだ金は24金だったらしく、かなりの高額で買い取ってもらえた。

 出所を聞かれるかとも思ったが、特に何も言われず身分証明書を提示するだけで済んだ。

 普段の給料の手取り4カ月分近い。


「それがこっちの世界のお金か。金貨じゃなくて紙とは、何だかありがたみがないな」


 カルバンさんの言うとおり、あちらの世界の金貨や銀貨を見た後だと、紙のお金は何とも安っぽく見える。

 金や銀はそれ自体に価値があるのだから、そう感じて当然だろう。


「で、それだけあれば、コーヒーが山ほど買えるのか?」


「ええ、運びきれないくらい買えますよ。たっぷり買っていきましょう」


「よっしゃ! それじゃあ、さっさとコーヒーが売ってる店に行こうぜ!」


「着いたら、まずはカルバンさんの服を買いに行かないとですね」


 カルバンさんに急かされ、車を出す。

 カルバンさんはすでに車に慣れてしまったようで、全開にした窓に肘を載せて鼻歌を歌っていた。

 渋いおじさんだからか、その様子が結構様になっている。

 せっかくこっちの世界に来たのだから、存分に楽しんでもらうとしよう。




 駐車場に車を停め、皆で降りる。

 平日の昼間だというのに、かなりの台数の車が停まっていた。

 ショッピングモールの巨大な建物を前にして、カルバンさんは棒立ちで口を半開きにしている。

 チキちゃんも「おー」と言いながら建物を見上げている。


「で、でけえな。こんなでかい建物、初めて見るぞ」


「中を見たらもっと驚きますよ。さあ、行きましょう」


 皆を連れ、中に入る。


「うお! 扉が勝手に開いたぞ!? トラップか!?」


「あ、あの、あまり大声を出さないでもらえると……」


 自動ドアの前であたふたしているカルバンさんに、周囲の人たちの視線が集まる。

 服装も相まって、不審者にしか見えない。


「カルバンさん、ここは不思議なものだらけなのですよ。いちいち驚いていたら、きりがないのです」


「そ、それもそうだな。すまん」


 チキちゃんの腕の中のノルンちゃんに窘められ、カルバンさんが落ち着きを取り戻す。

 人魚のカーナさんの時もそうだったが、やはり初めてこんな場所に来たらはしゃいでしまう気持ちは分かる。

 俺も蒸気都市や天空都市に行ったら、同じような真似をしないように気を付けねば。


「それじゃ、服を買いに行きましょうか」


 2階の紳士服売り場へと向かうべく、エスカレーターまでやってきた。

 まるで階段が地面から生えているような光景に、カルバンさんが目を丸くした。


「うわ! 階段が地面から飛び出してきてるぞ! どうなってんだこれ!?」


「えっと、これはですね――」


「カルバン、騒がないの。こういうものなんだよ、きっと」


「す、すまん」


 チキちゃんに窘められ、カルバンさんが謝る。

 チキちゃんは一度地元のスーパーに行っている分、耐性が付いているのだろう。


「それじゃ、乗りますよ。気を付けて乗ってくださいね」


「お、おう」


「コウジ、手つないで。ちょっと怖い」


「うん、いいよ」


 チキちゃんと手をつなぎ、エスカレーターに乗る。

 おっかなびっくりといった様子でチキちゃんが乗ると、カルバンさんもへっぴり腰になりながら乗った。

 カルバンさんはきょろきょろと周りを見回しながらも、2階に着くまで騒いだりせずに口を閉ざしていた。

 かなり興奮しているようで、瞳はキラキラと輝いていたが。

 服屋に到着し、中へと入った。


「それじゃ、選んでいきましょうか。どんなのがいいとか、希望はあります?」


「そうだな……動きやすい服がいいな。こう、かっちりした感じのは苦手なんだ」


「コウジさん、あれなんてどうですか?」


 チキちゃんの腕に抱えられたノルンちゃんが、置いてあるマネキンを指差す。

 隣には『発汗性抜群! 新素材冷感インナー』と書かれた看板が置いてある。

 

「ああ、いいね。伸縮性も高いって書いてあるし、あれにしようか。カルバンさん、いいですか?」


「おう、俺は着れれば何でもいいぞ。好きに選んでくれ」


「了解です。ズボンはジーパンでいいか。靴も買います?」


「せっかくだから、こっちの世界の靴も履いてみたいな」


「それじゃ、服を買ったら靴屋に行きますか」


 似合いそうな服を適当に見繕い、試着室で着替えてもらった。

 ガタイのいい、褐色のおじさんに早変わりだ。


「コウジ、靴を買ったらご飯食べに行きたい。お腹すいた」


 チキちゃんがお腹を押さえて訴える。

 きゅるきゅると、腹の虫を鳴かせて空腹アピールをしていた。


「うん、そうしよっか。カルバンさんは、どんな料理が好みです?」


「俺は肉料理なら何でもいいぞ」


「コウジさん、定食屋さんがいいですよ! からあげ定食が食べたいです!」


 ノルンちゃんが、チキちゃんの腕の中でよだれを垂らしながら手を上げる。


「はいよ。そしたら、とっとと靴選んでごはん食べに行こうか」


「カルバンさん! 急いで選ぶのですよ!」


「お、おう。分かった」


 その後、俺たちは急いで会計を済ませて、靴屋へと向かった。

 ものの数分で靴を選ばせてしまったのだが、「軽い! 動きやすい!」と喜んでくれていたのでよしとしよう。

次話からまた週1更新に戻ります。

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