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3話:調整中

 アパートの部屋に帰り着き、買ってきた品々を運び込む。

 ノルンちゃんはぴょこんと床の上に飛び降りると、部屋の隅っこへと走っていった。

 その手には、クマちゃんカステラの下半身が抱きかかえられている。


「コウジさん、この辺に買ってきたブルーシートを広げてくださいませ!」


 口の周りを食べかすだらけにした彼女が、俺に指示する。


「はいはい。半分折りでいいのかな?」


「はい!」


 ブルーシートを2つ折りにし、部屋の隅に広げた。


「そしたら、その上に買ってきた土をまんべんなく広げるですよ。2袋半、でちょうどいいですね」


「シートのきわきわじゃなくてもいい? 床にこぼしたくないんだけど」


「はい、大丈夫ですよ!」


 培養土を開封し、ざばざばとブルーシートの上に広げる。

 きっちり2袋半、平らになるように土を広げた。


「大理石を、これの真ん中に置いてくださいませ!」


「はいよ」


 土の中央に、表札用の大理石を置いた。


「あ、コウジさん、つまようじってありますか?」


「あるよ。どれくらい必要?」


「できればたくさん欲しいです。仕切りとして使うので」


「ほいほい」


 200本入りのつまようじの束を持ってきて、ノルンちゃんの前に置く。

 彼女は食べかけのクマちゃんカステラを俺に手渡すと、つまようじを1本取り出した。

 土の上に1本横たえ、また1本取りに戻る。

 俺も手伝おうか、と声をかけようと思ったところで、スマホから着信音が響いた。


「げ、上司からだ」


「あらら、お仕事ですか?」


「たぶんね。電話が終わるまで、静かにしてて」


「かしこまりました!」


「はー、やだなあ……もしもし。あ、はい。お疲れ様です。……えっ、今からですか!? ……あー、はい。分かりました、すぐ行きます」


 通話を切り、深くため息をつく。

 つまようじを抱えたまま、心配そうにこちらを見ているノルンちゃんと目が合った。


「今から会社に行くのですか?」


「うん、行かなきゃならなくなった。夜には帰ってくるから」


「分かりました。安全運転で行ってくださいね。あと、コンビニにダイナミック入店しないように、くれぐれも注意してくださいね」


「りょーかい。それじゃ、行ってきます」


「行ってらっしゃいませ!」


 ノルンちゃんに見送られ、俺は部屋を後にした。




 約8時間後。

 何とか仕事を片付けて、俺はアパートへと帰ってきた。

 コンビニ袋を手に、鍵を開けて部屋へと入る。


「ただい……ん? ノルンちゃん?」


 真っ暗な玄関先で横たわっているノルンちゃんを見つけ、電気を点けて彼女の前にしゃがみ込む。

 それと同時に、彼女はびくんと身体を震わせて、ばっと身を起こした。


「ね、寝てしまいました……うう、やってしまいました。ごめんなさいです……」


 彼女は酷く残念そうな顔で、うなだれるように頭を下げる。


「いや、別にいいよ。何時に帰ってくるかも分からなかったんだし」


「でも、ちゃんと『おかえりなさい』が言いたかったのですよ」


 しゅんとした様子で、何ともかわいらしいことを言う。

 ちょっと和んだ。


「そっか……えっと、もう一度帰ってくるところからやり直してみる?」


 俺が提案すると、彼女の表情がぱっと明るくなった。


「はい! ぜひ!」


 それでもいいらしい。

 俺は頷くと、くるりと振り返って部屋を出た。

 扉を閉めて一呼吸置き、ノブを捻ってもう一度開ける。


「ただいま」


「おかえりなさいませ!」


 100点満点の笑顔で出迎えられ、少しだけ顔が熱くなる。

 靴を脱いで玄関に上がり、彼女を拾って肩に乗せた。 


「思ってたより仕事が多くてさ、だいぶ遅くなっ……えっ!? な、何だこれ!?」


 部屋に入って電気を点けた俺は、そこにあった予想外の物体に目を見開いた。

 部屋の隅っこ、ブルーシート上に土を撒いた場所に、半透明の膜のようなもので覆われたドーム状の物体が置かれていたからだ。


「どうぞどうぞ、近づいて覗いてみてくださいませ!」


 彼女の言葉に従い、その物体の真ん前へと移動する。

 恐る恐るそれを真上から覗いた瞬間、俺は先ほどとは比べものにならないほどに驚愕した。

 半透明の膜の中には、海、山、森、空に浮かぶ島といった、極小サイズのファンタジー世界のようなものが広がっていたからだ。

 よく見てみると、ドームの中をはばたく鳥のような生き物も見て取れる。

 ドームのふちで世界は途切れているのだが、途切れた先からも雲が流れてきていた。

 どうやら、ドームの外側にも世界は続いているようだ。


「こんな感じで作ってみました! とりあえず、魔法文明マシマシの、ザ・ファンタジー! な世界になるように調整してみたです! お望みならば、機械文明マシマシにもできますよ!」


 えっへん、と胸を張るノルンちゃん。

 俺は唖然としながらも、その場に膝をついてドームの薄膜に顔を近づけた。

 ドーム内には雲も浮かんでおり、ゆっくりと中空を移動しているように見える。

 西洋風の城や街、集落といったものもいくつか確認できた。


「す、すごいな。どうなってるんだこれ……ていうか、お望みならば、とか今言ってたけど、それってどういう意味?」


「言葉どおりですよ! これは、あなたのための世界なのです! あなたのために、あなたが望む理想の世界を、1から作り上げるのです! 手を加えられるのは今だけですので、ご希望があれば今教えてください!」


「なんだって……」


 あまりの急展開に、驚きの言葉以外に何も出てこない。

 理想の世界と言われても、何をどうしたいかなんて思いつきもしなかった。


「あ、言葉では現しにくいですか? それなら、私が直接心に聞いてみますね! 顔をこちらに向けてくださいませ!」


「う、うん」


 言われるがまま、彼女の方に顔を向ける。


 彼女は俺の頬に手を添えると、背伸びをしておでこにちゅっと口づけをした。


「ぺっぺっ! 何かギトギトしてますよ!?」


 うぇー、と嫌な顔で文句を言うノルンちゃん。


「そりゃあ、半日も働いて帰って来たんだから、脂くらい浮いてるだろ普通」


「そんなものなのですか。知りませんでした。次からおでこにちゅーするときは、拭いてからにしますね!」


「う、うん。それで、直接心にとか言ってたけど、今のがそれなの?」


 俺が聞くと、彼女は元気よく頷いた。


「はい、ばっちり分かりました!」


「ばっちりですか」


「ばっちりです! コウジさん、予想通りというか、すごく素敵な心をお持ちなんですね! 私、ちょっと感激しちゃいました!」


「え、何が?」


「わくわくとドキドキのために、秘密にしておきます!」


 よく分からないことをのたまう彼女に、俺は困惑顔だ。

 そんな俺に構わず、ノルンちゃんは俺の肩の上でくるりと回り、床に鎮座するドーム状の物体へと向き直った。


「では、さっそく作業に入るですよ。まずは――」


 そう言いかけた時、彼女のお腹から、きゅーっというかわいらしい音が響いた。


「あ、あわわ、ごめんなさいです」


「あ、お腹空いた? そういえば、置いていったクマちゃんカステラはどうしたの?」


「コウジさんが出て行ったあとで、1つだけ食べて残りの16個は世界の構築の材料にしちゃいました。きっと、あっちの世界でもクマちゃんカステラが食べられますよ!」


「マジか。もう何でもありだなぁ」


 俺は彼女をちゃぶ台の上に降ろし、片手にぶらさげていたコンビニ袋を広げた。

 お土産に買ってきた、ちょっとお高めのショートケーキを取り出して、彼女の前に置く。

 それを目にした途端、彼女の瞳がきらきらと輝いた。


「は、はひゃあああ!?」


「はい、お土産。ノルンちゃんの胃袋の容量より確実に大きいから、好きなだけ食べちゃってよ」


「いいんですか!? いいんですね!? これって、甘くてふわふわの、人類の英知の結晶ともいうべきケーキというお菓子ですよね!?」


 ノルンちゃんはテンションマックスといった感じで、ぴょんぴょんとその場で飛び跳ねながら俺に聞いてくる。


「英知の結晶かどうかは知らないけど、美味しいのは確かだと思う。ノルンちゃんの住んでたところには、ケーキとかなかったの?」


「天界に食べ物は存在しないのですよ。天界での私たちは実体を持った魂魄体という特異な存在でして、物を食べる必要がないのです。今日食べたクマちゃんカステラが、私がこの世に誕生してから初めて口にしたものなのですよ!」


「そ、そうだったんだ……えっと、少し待ってくれれば焼きそばも作れるけど、ケーキはデザートにしてそっちを先に食べる?」


 俺の提案に、彼女の瞳がさらに輝く。


「焼きそば!? 夏祭りの屋台で売られている、高いと分かっていてもその抗いがたいソースの香りのせいでつい買ってしまうという魅惑の食べ物ですね!?」


「説明がいちいち大げさだなぁ」


「大げさにもなるのですよ! わぁい、焼きそばだー!」


 余程嬉しいのか、ノルンちゃんはその場で両手を広げてくるくると踊っている。


「それじゃあ、作ってくるわ。ちょっとまっててね」


「あ、私も手伝うのですよ!」


「いや、お気持ちだけ頂いておくよ。その大きさじゃ無理でしょ」


「なら、作ってるところを見守ります! 肩に乗せてくださいませ!」


「はいはい」


 ノルンちゃんを肩に乗せ、俺は台所へと向かうのだった。

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