29話:二つ名決定
「あの、もしよろしければ、それ私にいただけませんでしょうか?」
ノルンちゃんが傷だらけの手を小さく挙げ、カルバンさんに言う。
「おう、もちろんいいぞ。こいつは女神さんたちだけで倒したようなもんだしな。俺は記念に残骸の1でつもらえればそれでいいよ。皆もそれでいいだろ?」
カルバンさんが皆に呼びかけると、あちこちから肯定の声が上がった。
「いいもの見れた」とか「孫の代まで話せるネタができたな」などと、皆楽し気だ。
欲がないというか、気のいい人たちである。
それを聞き、ノルンちゃんはにっこりと微笑んだ。
「ありがとうございます! あと、他の宝石は、半分はドワーフさんの里の修繕費用に充てるというのはどうでしょうか? 残りは、皆で山分けするのがいいと思うのです。ね、コウジさん?」
「うん、それがいいね。そうしよう」
俺が頷くと、ドワーフさんたちがどよめいた。
討伐団の皆も、驚いた顔をしている。
「修繕費用って……本当にいいのか?」
ロコモコさんが、少し困惑した顔を俺に向ける。
「はい、使ってください。俺たちは旅に必要なお金さえあればいいので。別に大金が必要ってわけじゃないんですよ」
この旅が終わったら俺は一度死んで転生するらしいので、大金持ちになる必要はまったくない。
途中途中の街で宿に泊れて、ご飯が食べられればそれで十分だ。
何より、日本に戻ってからインスタントコーヒーを買ってくればお金は無限に増やせそうなのだ。
宝石に固執する理由は今のところない。
「そうか……ありがとうよ。あんたたち、いい奴らだな」
ロコモコさんはとても嬉しそうに微笑み、ノルンちゃんにカンラン石を差し出した。
「ほれ、持って行ってくれ。他にもいろいろあるだろうから、今から探すよ」
「どうも!」
ノルンちゃんが、ロコモコさんからカンラン石を受け取る。
「ノルンちゃん、その宝石は何に使うの?」
「世界の修復に使うのです。このカンラン石があれば、出来るかもしれないのですよ」
「修復って、この世界を全部一気に直すってこと?」
この世界を作る際、カンラン石の代わりに大理石を使ったことを思い出した。
不足しているその材料を足して、世界を修復するつもりなのだろう。
不足している世界から手に入れた宝石を使って修復なんて、出来るのだろうかと内心首を傾げる。
「そうなのです! やってみますね!」
ノルンちゃんは元気に答えると、カンラン石を両手の上に載せて胸の前に掲げた。
その途端、カンラン石が光り輝いた。
ふわっとそれは浮き上がり、ノルンちゃんが目を閉じる。
ノルンちゃんの身体も、ぼんやりと光り出した。
いつぞやのように、その場でくるくると踊り出した。
「やあやあ、友よ、何処へ行く。歩みの先に、何がある?」
「やあやあ、友よ、こっちにおいで。みんな集めて、一緒くた」
「ここが私の、理想郷。奇跡のために、みんなでうたおう」
「世界の夢は、いつまでも。永久の願いを、あなたとともに!」
ノルンちゃんの身体が、さらにまぶしく光り輝いた。
「理想のかたちに、世界よ戻れ!」
カンラン石が激しく発光し、パン、という音とともに弾けて光の粒になった。
ノルンちゃんが踊りをやめ、目を開く。
「ど、どうなったの?」
俺が聞くと、ノルンちゃんがため息をついて肩を落とした。
「失敗です。もしかしたらできるかな、と思ったのですが」
「そっか。でも、前に『一度完成した世界は後からはいじれない』って言ってなかったっけ? 元から無理だったんじゃない?」
「それはそうなのですが、この世界はバグ混じりなので、もしかしたらそのへんも曖昧になってるかなって思ったのです。宝石を無駄にしてしまいました……」
しゅんとしているノルンちゃんに歩み寄り、頭を撫でる。
ノルンちゃんが顔を上げた。
「まあ、こればっかりは仕方がないよ。この世界で冒険するのもすごく楽しいし、このまま旅を続ければいいじゃん。ノルンちゃんが気に病むことじゃないって」
「うう、ありがとうございますぅ」
ノルンちゃんが涙目になる。
俺のためにと一生懸命やってくれるのは嬉しいが、もう少し気楽にしてくれたほうが俺としては嬉しい。
そんな俺たちを見て、カルバンさんは困惑した顔になっていた。
「よく分からんが、残念だったな。あと、財宝を山分けって、本当にいいのか? 俺ら何もやってないんだぞ?」
「いやいや、皆で頑張ったから倒せたんですよ。カルバンさんの尿路結石がなかったら退治できませんでしたし、他の皆も戦ってくれたじゃないですか。きっちり皆で山分けしましょう」
「そうか……すまねえな」
近場にいたリザードマンのおじさんが、カルバンさんに笑顔を向ける。
「二つ名ができたじゃないか。これからは『尿路結石のカルバン』だな!」
「お前、次言ったら尿道に小石を詰め込んでやるからな」
睨むカルバンさんに、リザードマンさんが声を上げて笑う。
「おお、怖い怖い。まあ、病気が治ってよかったよ。兄ちゃんたちのおかげで羽振りもよくなりそうだし、宿に戻ったら快気祝いやろうや」
そう言って、彼が右手を差し出した。
溶けた銀貨が山盛りになっている。
「うお、銀貨か。ずいぶんあるな。他にもあるのか?」
「おう。銀貨と銅貨はかなりあるぞ。金貨はちょびっとだな」
ストーンドラゴンの死体の脇では、皆が一カ所に金目の物を集めていた。
紫、緑、黄などの粒が混ざった鉱石が、山積みになっている。
まだまだありそうだ。
チキちゃんも皆に混ざって、せっせとビニール袋に金貨を拾い集めている。
「そうか。まとまった金が手に入りそうだな」
「鉱石もかなりあるぞ。カルバンは鉱石の目利きはできないのか?」
「俺は古物専門だからなぁ。鉱石はからっきしだ」
「それじゃあ、鑑定はドワーフたちに任せるとするか」
リザードマンさんが、瓦礫の山へと戻っていく。
カルバンさんが、ノルンちゃんに明るい笑顔を向けた。
「女神さん、元気出しな! 宿に戻ったら宴会だぞ!」
カルバンさんが、ノルンちゃんに明るい笑顔を向ける。
それを見て、ノルンちゃんも表情を和らげた。
「はい。くよくよしていても仕方がないのです。元気出しますね!」
「おう、その意気だ。宝石探しは俺らでやるから、コウジは女神さんとしばらく引っ付いてろ。その腕、まだ治ってないんだろ?」
ノルンちゃんの腕はまだ傷だらけで、火傷も治りきっていない。
見るからに痛そうだ。
「そうですね、そうします。ノルンちゃん、こっちにおいで」
「はい!」
ひしっと、ノルンちゃんが俺に抱き着く。
カルバンさんは皆に振り向いた。
「おーい! 仕分けが終わったら、宿に戻って宴会やろうぜ! 財宝の半分は里に寄付して、残りは山分けだ!」
カルバンさんの呼びかけに、皆が歓声を上げた。
その時、俺の身体が光り輝いた。
「うお!? コウジ、どうしたんだ!?」
「あ、帰還の光だ」
「ですね。これ、いつもタイミングがよく分からないです」
「コウジ! 待って!」
チキちゃんが俺たちに駆け寄り、抱き着いた。
自分だけおいてけぼりになるかも、と思ったようだ。
俺にくっついていれば一緒に戻れるようなので、こうしたほうが安心だ。
「それじゃ、皆さん、また後で」
そう言うと同時に、俺たちの身体は光に包まれた。




