28話:すごいことになってる
「ノルンちゃーん! また出たよおおお!」
「助けてくれえええ!!」
「わわっ! どうやっておびき出したんですか!?」
ストーンドラゴンを引き連れて逃げ戻った俺たちを見て、ノルンちゃんが慌てて全身を変異させた。
根に変異した両足を地面に突き刺し、数十本の蔓になった腕でストーンドラゴンを絡めとる。
俺はノルンちゃんまで一直線にダッシュし、彼女に飛びついた。
「ノルンちゃん、フルパワーでお願い!」
「了解なのです! どりゃああああ!!」
ノルンちゃんの胸元から首筋にかけて、メキメキと音を立てて木の幹に変異した。
根は辺りの地面を盛り上げるほどにまで張り巡らされ、腕の付け根からはさらに倍近い量の蔓が飛び出してストーンドラゴンに絡みつく。
あっという間に、ストーンドラゴンががんじがらめになった。
それでもストーンドラゴンはうねうねともがいている。
「うぎぎ! やっぱりすごい力なのですよ! はやくー!」
ノルンちゃんが必死の形相で叫ぶ。
フルパワーのノルンちゃんをもってしてもギリギリとは、とんでもないバカ力だ。
「あっ、他の皆さんは近寄らないで! チキちゃん、熱湯かけて!」
「うん!」
武器を手に駆け寄ってきた皆を制し、チキちゃんに熱湯攻撃を指示する。
「精霊さん、熱湯をお願い!」
チキちゃんが突き出した両手から、大量の熱湯が一直線に噴き出した。
「ギャアアアアア!!」
蔓まみれにのストーンドラゴンに直撃し、悲痛な鳴き声が響き渡る。
先ほどまで以上に、めちゃくちゃに暴れ出した。
どすんどすんと、地面や壁にぶつかっている。
「痛ったいです! あっついです! 千切れるし火傷しちゃいますううう!!」
「ノルンちゃん我慢して! 耐えて!」
「こんなの耐えられるわけないでしょおおお!? ひぎいいいい!」
蔓が千切られる痛さと熱さにノルンちゃんは泣き叫びながらも、一切力を緩めずに必死に我慢している。
すると、ストーンドラゴンはひと際甲高い悲鳴を上げて、ズシンとその場に倒れ伏した。
「いだだ!? 蔓が下敷きになっちゃってます!」
ノルンちゃんが木の根を操り、ストーンドラゴンの身体を下から突き上げて隙間を作る。
しゅるしゅるっと蔓を手元に引き戻し、メキメキと音を立てて人間形態に戻っていく。
「うええ、火傷しちゃいました……腕もまた傷だらけです……」
うえー、と呻きながら、ノルンちゃんは腕をだらんと垂らしている。
俺はノルンちゃんにしがみついたままだ。
「ノルン様、大丈夫?」
とてとてとチキちゃんが駆け寄ってきて、ノルンちゃんの腕を見る。
腕は広範囲が爛れてしまっていて、真っ赤になっていた。
あちこちの皮膚が裂け、出血もしている。
どう見ても重傷だ。
「うへ、これは酷い……本当、お疲れ様」
「うう、酷い目に遭いました」
そう言っている間にも、出血は徐々に止まり、爛れた皮膚に薄っすらと薄皮が張り始めた。
10分もすれば、完治できそうだ。
「蔓にまでかけちゃってごめんなさい。でも、どうしようもなくて」
「あ、チキさんが謝ることじゃないのですよ! 元々そういう作戦でしたし、チキさんはよくやってくれたのです!」
ノルンちゃんが慌ててそう言うと、チキちゃんはほっとしたように微笑んだ。
そんな俺たちから少し離れたところでは、討伐団の皆がストーンドラゴンの死体に群がっていた。
死体は崩れてバラバラになっているようだ。
「おい、コウジたちも来いよ! なかなかすごいことになってるぞ!」
死体の傍から、カルバンさんが手招きしている。
どうやら、何かいい物が出たようだ。
「コウジさん、私たちも行ってみましょう! もう離れても大丈夫ですので!」
「うん、そうだね。手、繋いでいこっか」
ノルンちゃんの腕はまだ真っ赤で、火傷状態のままだ。
こんなになるまで頑張ってくれたんだから、できるだけ早く治してあげたい。
抱きついた状態から離れ、俺が手を差し出すと、ノルンちゃんは「おおっ」と声を上げた。
「コウジさん優しいですね! 好きになっちゃいますよ!?」
そう言って、俺の手を握るノルンちゃん。
少しだけ、顔が赤くなっている。
「マジで!? 俺の彼女になってくれたりする!?」
「私でよ――」
「私が彼女になるんだからダメ!」
俺の空いている方の腕に、即座にチキちゃんがしがみ付く。
「おーい、何いちゃついてんだコラ! さっさと来やがれ!」
「す、すみません。今行きます」
3人でカルバンさんたちの下へ駆けよる。
こぶし大ほどにまでバラバラになったストーンドラゴンの死体の隙間から、様々な色の石がたくさん覗いている。
動物の骨も混ざっているようで、薄っすらと虹色に輝いている物も見て取れた。
「うわ、すごいですねこれ。お宝も混じってるんじゃないですか?」
「ルビーがありますよ。何だか、少し色がくすんでますけど」
ノルンちゃんがしゃがみ込んで、散らばっているくすんだ赤色の鉱石を摘まみ上げた。
小指の爪くらいの大きさだ。
本当にルビーだとしたら、かなりの金額になるんじゃないだろうか。
もちろん、品質にもよるんだろうけど。
「ううむ。消化されかかってるんだか分からんが、色がおかしなことになってるんだよな。売り物になるのかなこれ」
カルバンさんもその場にしゃがみ込み、くすんだ緑色の石が混ざった鉱石を拾い上げた。
俺も彼の隣に座り、ガラガラと鉱石を漁ってみる。
赤、青、紫、銀など、様々な色の鉱石が大量にあった。
ただ、どれもこれも黒ずんでいたり茶色く変色したりしている。
どれも表面は溶けていて、滑らかになっていた。
「うーん。鉱石については素人なんですが、研磨したら綺麗になったりするんじゃないですかね?」
「そうだな。さすがに全部ゴミってことはないだろ……おっ、あれは金貨じゃないか?」
カルバンさんが鉱石の山の中から、表面がツルツルになった金貨を拾い上げた。
小金貨のようだが、1周りくらい小さく、表面に描かれているはずのクジラの絵がない。
どうやら、消化されて溶けてしまっているようだ。
「おお。あんたら、退治してくれたのか!」
そうこうしていると、ロコモコさんを先頭にしてドワーフさんたちがぞろぞろとやってきた。
崩れ落ちているストーンドラゴンの死体を見て、彼らから「おー!」と驚きの声が上げる。
わいわいと死体の周りに群がって、鉱石を漁り始めた。
ロコモコさんが俺の隣にやってきてしゃがみ込む。
ストーンドラゴンの身体の一部を拾い上げ、しげしげと眺めた。
「ううむ、えらくバラバラにしたもんだな。剣の刃も通らなかったのに、いったいどうやってやっつけたんだ?」
「熱湯をぶっかけたんですよ。そしたら一発でした」
「熱湯? そうか、水じゃなくて、熱湯が弱点だったのか。言い伝えも当てにならんなぁ」
やれやれ、とロコモコさんが笑う。
表情が明るく、ほっとしている様子だ。
「それで、死体の中にある宝石なんですけど、価値がさっぱり分からないんですよ。ちょっと見てもらえませんか?」
「おう、いいぞ」
「カルバンさん、それ見てもらいましょう」
「あいよ」
カルバンさんがロコモコさんに緑色の鉱石を手渡す。
ロコモコさんはそれを一目見て、あー、と声を上げた。
「こりゃエメラルドのクズだな。まあ、建材に使うには十分だと思うよ。装飾品には向いてないな」
「そうなのか。金になりそうなものはないのか?」
「うーん、どうかな。ちょっと探してみるか」
ロコモコさんが瓦礫の中に踏み入り、ガラガラと鉱石をかき分ける。
おっ、と声を上げて、薄緑色に透き通った拳大の宝石を拾い上げた。
「カンラン石の大粒があったぞ。品質もよさそうだし、これなら大金貨20枚分くらいにはなるな」
「マジか! コウジ、やったな!」
「やりましたね!」
いえーい、と俺とカルバンさんはハイタッチした。




