24話:ストーンドラゴンを誘い出したい
翌日、昨晩の残り物で朝食を済ませた俺たちは、再びドワーフの里へと向けて歩き出した。
半日ほどハイキングを楽しみ、太陽が真上に差し掛かった頃。
半壊した作業小屋や、崩れた坑道の入口があちこちにある場所に到着した。
小柄な男が数人、壊れた小屋を解体している。
「うわ、めちゃくちゃですね。お家が倒壊してます」
酷い惨状に、ノルンちゃんが顔をしかめる。
「これは酷いね。無事な家が一軒もないや……とりあえず、声をかけてみるか」
皆でぞろぞろと、瓦礫の間へと進んでいく。
作業をしている人たちも、俺たちに気づいて顔を上げた。
「すみません、ここってドワーフの里でしょうか?」
「ああ、そうだよ。にいちゃんたち、討伐隊かい?」
一番近くにいた中年男が振り向いて答えた。
背は低く髭もじゃで、筋骨隆々だ。
アニメや映画で見るような、ザ・ドワーフといったいで立ちだ。
「はい。ストーンドラゴンを退治しに来ました」
「そうかい。まあ、死なないように頑張りな。あんたらで討伐隊は5組目だが、他の奴らは全員ズタボロにやられちまったからな」
「ストーンドラゴンって、そんなに強いんですか?」
「強いどころの話じゃないよ。身体はよく分からん鉱石で覆われてるわ、口からは石つぶてを吐き出してくるわ、動きはとんでもなく速いわでどうにもならん」
ドワーフのおじさんが、手に付いた砂ぼこりを払いながら俺に近づいてきた。
「とはいえ、こっちも困ってるからよ。討伐隊は大歓迎だ。にいちゃんは戦士には見えないが、後ろの連中の雇い主かい?」
「いえ、そういうわけじゃ。旅人の宿で意気投合しちゃって、ノリと勢いで一緒に来ることになっちゃって」
俺が言うと、後ろにいたカルバンさんが俺の肩に手を置いた。
「ま、大船に乗ったつもりでいてくれや。このにいちゃんたちはすげえんだぞ。何しろ、あのグリードテラスを退治しちまったんだからな」
「何、そりゃ本当か?」
ドワーフのおじさんが、驚いた顔で俺を見る。
「まあ、一応本当です。倒したのは俺じゃなくて、そっちにいるノルンちゃんなんですけどね」
俺の台詞に、皆の視線が隣のノルンちゃんに集まる。
「はい! 私に任せていただければ、ちょちょいのちょいで退治してみせますよ!」
「ほう。ということは、緑のお嬢さんは魔法使いかい?」
「いえいえ、私は女神なのです。栽培を司っているのですよ」
「は? 女神?」
ドワーフのおじさんが、ぽかんとした顔になる。
まあ、いきなり女神だと言っても信じられなくて当然だ。
カルバンさんたちも同じような反応をしてたな。
「ノルンちゃん、何かして見せて。分かりやすい感じで」
「了解です!」
言うやいなや、ノルンちゃんの足が複数の木の根に変異した。
ドスドスと鈍い音を立てて、根が地面に突き刺さる。
数秒置いてから、地響きとともに周囲の地面から大量の根っこが飛び出した。
根っこの先端が分裂し、メキメキと音を立てながら俺たちを覆う木の根のドームが出来上がっていく。
ドワーフのおじさんは、あんぐりと口を開けてその光景を見ていた。
「こんな感じでよろしいですか?」
「うんうん、ばっちり。ところで、このドームは何をイメージして作ったの?」
「落石とかに遭遇した時用のシェルターをイメージしてみたですよ。大岩とかじゃなければ防げるはずです」
「なるほど、確かにこれなら安全そうだね」
俺たちが話していると、ドワーフのおじさんがノルンちゃんに顔を向けた。
「じょ、嬢ちゃんすごいな。これなら、もしかしたらストーンドラゴンでも退治できるかもしれないな」
「ふふん。私にかかれば、ドラゴンの1匹や2匹、物の数ではないのです! お任せくださいなのですよ!」
「しかし、こんなに強い嬢ちゃんがいるなら、別に後ろの連中は必要ないんじゃないか? 退治した報奨金の分け前が減るだけだぞ」
ドワーフのおじさんの台詞に、カルバンさんたちからどよめきが起こった。
「しまった、ギルドから正規の依頼を受けてないから、討伐しても報奨金が貰えねえぞ」
「もったいないから、いったん戻って依頼を受けてくるか?」
「街まで戻るってなると、だいぶ面倒くさいな……翼人がいれば、ひとっ飛びで行ってきてもらうんだけどなぁ」
あー、と頭を抱えている討伐団の面々。
どうやら、討伐報酬をもらうには手続きが必要なようだ。
80人近くいて、誰もそのことに気づいていなかったというのがヤバイ。
鳥人さんたちも、皆と同じように鳥頭を抱えている。
手首から脇の下にかけて翼があるように見えるのだが、ダチョウと同じように飛べない鳥なんだろうか。
「事後報告じゃダメなんですか? ドラゴンの死骸を持っていけば、倒したって分かると思うんですが」
俺の質問に、カルバンさんが首を振る。
「いや、それもダメなんだよ。他の奴らが受注したのとかぶったら喧嘩になるからな。1つの依頼は、基本的に1つのパーティで受けるってことになってる。受注者以外が討伐しても、報酬は出ない」
「あー、それもそうですね。じゃあ、勝手に倒しちゃうのもまずいんですか?」
「受注してるパーティがいたら迷惑をかける可能性があるから、あんまりよくないな。でもまあ、別にいいだろ。勝手に倒しちゃダメって決まりはないし」
「ここのドワーフさんたちに、直接交渉するってのは?」
俺がドワーフのおじさんに目を向ける。
おじさんは、いやいや、と手を振った。
「俺たちもギルドに依頼してる手前、勝手に取引しちゃまずいんだよ。バレたら二度とギルドに仕事頼めなくなるからな」
「そうですか……カルバンさん、タダ働きになっちゃいますけど、どうします?」
「もちろん手伝うぞ。ドラゴンの死体さえ分けてもらえれば、鍛冶屋とかどっかの金持ちとかが買ってくれるだろうし。けっこうな額になるだろ」
「そっか。そんじゃ、死体を山分けってことで」
「おうよ。皆もそれでいいか?」
いいぞー、と皆が返事する。
元々ノリで付いてきたような人たちが大半なので、その辺はハナから気にしていなかったのだろう。
まあいいか、くらいにしか思っていないようだ。
「そのストーンドラゴンって、今どこにいるか分かります?」
「そこらにある穴をたどっていけば、たぶん見つかるよ。見つかった途端に、引き潰されると思うけどな」
「そ、それは勘弁願いたいですね……」
「ああ、やめといたほうがいい。宝石を使えばおびき出せるんだが、お前さんたち持ってるかい?」
「え、宝石ですか?」
「そうだ。ストーンドラゴンは鉱石も食うが、宝石が大好物みたいでな。穴の入口にでも置いておけば、そのうち食べに出てくるぞ」
「なるほど……誰か、宝石持ってる人います?」
俺が振り返って聞くが、誰一人手を上げるものはいない。
まあ、もし持ってたとしても、そんな高価なものを餌として使わせてくれる人なんてまずいないだろう。
「んー、どうしようか。困ったな」
「まあ、ここで待ってれば残った鉄鉱石を食べに出てくるかもしれない。二日前にも夜中に穴から出てきて坑道を漁ってたしな。何日か待ってみたらどうだい?」
「じゃあ、そうしますかね。この辺で野営してもいいですか?」
「ああ、いいよ。この先に俺らの里がある。川も流れてるから、水はそこで汲むといい。何かあったら、遠慮なく声をかけてくれ」
「ありがとうございます。俺、コウジっていいます。しばらくの間、お邪魔させてもらいます」
「俺はロコモコだ。まあ、怪我しないようにな」
俺が差し出した手を握り返してくれるロコモコさん。
ハンバーグ丼みたいな名前で覚えやすいな。
何かあったら、彼に報告するとしよう。
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